ハルケギニアの商人聖女   作:孤藤海

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王宮での情報収集

一ヵ月ほどをキュルケの実家で過ごし、オルドナンツ十個を置き土産にして、わたしたちはトリステイン魔法学院に帰ってきていた。夏季休暇の終わりまでゲルマニアで過ごすという手もあったけど、台本の修正や商売の話が一通り終わったこと、そして、ゲルマニアではハルケギニアの魔法研究の面で、停滞が避けられないことから、予定を切り上げた。

 

そうして今は毎朝、魔法学院から王宮に向かい、王室図書館でハルケギニアの魔法の研究を進めている。これはアルビオンがトリステインに侵攻してきた折に協力する条件として閲覧許可を取り付けたものだ。

 

トリステインは今、ゲルマニアとともにアルビオンに侵攻をかける準備を進めていることは、わたしの耳にも入っている。国民からの怨嗟の声も気にせず、アンリエッタは税率を引き上げ、戦列艦の建造を進めているようだ。

 

ウェールズの死を冒涜したアルビオンをアンリエッタは深く恨んでいる。もしも父さんや母さん、トゥーリやフェルディナンドをあのように扱われれば、わたしも怒りを抑えられる自信がない。けれど、それでもアルビオンに攻め込むというのは間違っていると思う。

 

ほんの数か月前、トリステインはアルビオン相手に敗北必至という状況まで追い込まれていた。あの戦いでアルビオン艦隊も大打撃を受けたとはいえ、急造の艦隊で簡単に勝利を収められるとは思えない。よしんば勝てたとして、国民に多くの犠牲が出るだろう。

 

アルビオンの打倒は今のトリステインにとって国是であるというのはわからなくはない。アルビオンはいずれ必ずトリステインに再侵攻を仕掛けてくる。それがわかっているのならば、アルビオンが戦力を低下させている今が好機と考えるのも間違いではないだろう。

 

それでも勝つか負けるかわからない戦いを仕掛けるべきではない。特にアルビオンは空に浮いているという性質上、上陸したら簡単には退けないのだから。

 

「ふん! 平民の女風情が!」

 

その声が聞こえてきた方を見ると、短く切った金髪と澄みきった青い目の女騎士と、壮年の男性がいた。男性の方は杖を持っているから貴族なのだろう。一方、女騎士は腰に杖ではなく細く長い剣を持っている。

 

それでアンリエッタがタルブの戦いで貴族に劣らぬ戦果を挙げた平民にシュヴァリエの位を与えて貴族に取り立てたという話を思い出した。名前は確かアニエス。

 

「平民出身のシュヴァリエが珍しいですか?」

 

視線に気づいたのか女騎士がわたしたちに話しかけてきた。その視線には警戒の色が見える。アニエスは護衛の不足を補うためにアンリエッタが新設した銃士隊の隊長だったはずだ。だったら、トリステインの民でないのに王宮内をうろつくわたしたちを警戒するのは当然だろう。

 

「わたくしたちの国では魔力のない者が貴族となることはできません。ですが、それはわたくしたちの国では魔力により個人の識別がされていたりと、魔力が必須だからです。そうでない場所では魔力のない者でも活躍をしておりますし、先に訪れたゲルマニアではメイジでない貴族ともお会いしました」

 

「それは……?」

 

「貴族にもできることとできないことがございます。わたくしが知る貴族には書類仕事が全くできない者もいました。騎士としてはとても強いのですけど、書類仕事に関しては平民の方がよほど頼りになりました。アニエス様も貴族にできないことができるのならば何ら恥じることなくアンリエッタ様の護衛騎士として勤めてよいのではないでしょうか」

 

わたしも神殿に入った直後、青色神官たちから色々と言われた。身分のことは、なるべく気にしないようにすることはできても、全く気にしないことはできない。それに、同じ失敗をしたのでも、原因に身分を絡められ余計な非難を浴びるのだ。経験があるからこそ、少しだけエールを送っておく。もっとも、当のアニエスは急に聞かれてもいないことを話しだしたわたしを呆気にとられたように見ているだけなのだけど。

 

アニエスと別れてわたしは王室図書館で始祖ブリミルとミョズニトニルンの記述を探していく。けれど、調べれば調べるほど、わからなくなってくる。

 

「また、前に調べたことと矛盾ですか」

 

いかんせん伝説といわれるほど古い時代の話なのだ。失伝してしまった内容もあると覚悟はしていたけど、それ以上に後世に伝わる段階で内容が変わってしまったと思われるものも多いのだ。これはユルゲンシュミットでも同じだった。最近になって、わたしが行った儀式などを通じて神事の重要性が見直され、これまで忘れ去られていた新たな資料などが見つかることも増えてきたけど、それでもまだまだだ。

 

ともかく矛盾する記述が見つかったときには、どちらの記述が正しいのかを判定しなければならない。二つだと判断が難しいとして、複数の資料があった場合だと、単純に考えれば数が多い記述を信じるのが正しいように思える。けれど、間違った記述を元にして後の資料が書かれていた場合、当然にその先の記述も間違ったものになる。誰がどんな伝承を元に本に残したのかは非常に重要だ。

 

「ですけど、作者に関する情報は伝承以上に残っていないのですよね」

 

わたしの言葉にクラリッサとローデリヒはよくわかっていないという表情でいる。そもそもユルゲンシュミットでは、歴史学のようなものは発達していない。伝えられていることが真実とされ、異伝のようなものが存在しないのだ。おそらく身分制が厳しいので、上位者が正しいと言ったことが、正しいこととして残ってしまうためだろう。

 

学術的な正しさと身分の上下は関係ない。けれど、上位者に睨まれるとわかっていて下の者が反論の声を上げづらいのもわかる。何とかできないものだろうか。

 

「まあ、それは今、考えることじゃないか」

 

「何かおっしゃられましたか?」

 

「いいえ、何でもございません」

 

これまでにやったことのない、本の内容の正しさを推測するという作業を急に覚えることは難しい。そのためハルトムートは本分の情報収集に励んでもらっている。開戦の時期などを探り、その直前には王宮に近寄らないようにすることも必要だからだ。

 

「戻りました、ローゼマイン様」

 

情報収集から戻ったハルトムートに、すかさず盗聴防止の魔術具を渡す。

 

「何かわかったことはございましたか?」

 

「アンリエッタ様はおそらく魔法を忌避しています」

 

「それは、どのような根拠によるものですか?」

 

「アンリエッタ様が護衛の不足を理由に平民のみの部隊を新設したことはご存知だと思います。ですが、それ自体は正しいとしてアンリエッタ様は平民出身のアニエスを重用しすぎているのです。異性であるため側に仕えるには不向きですが、警備ということならば、本来ならフルーランス様、あるいはマンティコア隊の隊長であるド・ゼッサール様が中心となるべきです」

 

確かに、戦闘力という面ではどうしても魔力が高い方が有利だ。いざという時に犠牲になるということを考えれば、わたしは護衛騎士だけは平民から取り立てようとは思わない。

 

「ウェールズ様のことで一時的に魔術を目にしたくなくなっているのかもしれませんね。けれど急な変化は、どのような影響が出るかわかりません。危険ですね」

 

わたしが思い付きのままに急激に変化させすぎないように、フェルディナンドは時にはわたしの考えを却下することで、結果的にわたしを守ってくれた。けれど、アンリエッタの周囲にはそのような相手はいないようだ。

 

アンリエッタが急激に登用した平民たちと、従来のやり方を望む貴族たち。力関係が逆転していればまだしも、未だ貴族側の力の方が強いのだ。貴族側が力で平民を排除しようとして争いが起きることがなければいいと、切に思う。

 

「アルビオンとの戦の準備についてはどうですか?」

 

「戦列艦五十隻に加えて、二万の傭兵と諸侯の一万五千の兵、それにゲルマニアからの援軍を加えて、アルビオンに侵攻するための準備を着々と整えているようです」

 

それは貴族のみが戦闘を行うユルゲンシュミットでは、ありえない規模の遠征軍だ。そこまで準備が進められているのなら、もう立ち止まることはできないだろう。

 

避けられない戦の気配に、わたしはため息をつくと避難のタイミングを考え始めた。

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