昨年、多くの他の貴族が実家へと帰省する中、タバサは夏季休暇をトリステイン魔法学院で過ごした。それは今年も同じだと思っていた。ガリア王家から横やりが入りやすい実家は、タバサにとって、けして心安らかに過ごせる場所ではなかったからだ。
けれど、ローゼマインがユレーヴェという薬で母を救える可能性を見せてくれたことで、今年は採集に励むことになった。火の素材の採集地として目を付けていた火竜山脈に赴き、タバサが単独で狩ることができるぎりぎりを狙って魔獣を倒し、その牙や爪、果ては心臓まで取り出して精神力を注いでみた。
その結果、いくつかの素材は魔石化をさせることができた。けれど、それはローゼマインから伝えられていた濃い青色とは程遠いものだった。多くの魔石の色は薄い青色。それならば良い方で、中には薄い赤色のものもあった。
どれだけ採取をしても結果に繋がらず、途方に暮れているタバサに届いたのが、予定を切り上げてローゼマインがトリステインに戻るというキュルケからのオルドナンツだった。それを聞いて、タバサもトリステイン魔法学院へと戻ってきた。
トリステインに戻ったローゼマインは、王室図書館で始祖ブリミルの伝説の調査の他にハルケギニアの魔法に関する研究を行っていたらしい。ローゼマインたちの魔法の理解も随分と前進していると、側近であるクラリッサは言っていた。ローゼマインの魔法の研究が進めば、母の治療薬が改善される可能性も高まるため、タバサも嬉しい。
「どんな成果があった?」
タバサはユルゲンシュミットでは魔術具と呼ばれているマジックアイテムについて、新しいものが再現できたと聞いていた。それがどのようなものか聞くと、ローゼマインは赤い石を見せてくれた。これも魔石と呼ばれるものだろう。
「これはどうやって使うもの?」
「これを使うには、まずは魔力によって白の建物を作る必要があるのです」
「それは錬金で作るってこと?」
「似たようなものだと思ってください」
建物自体を錬金で作るという話は聞いたことがない。ローゼマインは一体、どれだけの精神力を有しているのだろうか。考えていると、タバサの思いに気付いたようにローゼマインが慌てて訂正をしてきた。
「建物すべてを新たに作る必要はないのですよ。隠し部屋に繋がるに扉に相当する部分を構成する小部屋を創造の魔術で作れば、この魔術具は使えるのです」
「使うとどうなる?」
「隠し部屋を作ることができるのです。ユルゲンシュミットの貴族が感情を露わにしてよいのは、本来は隠し部屋の中だけとされているのです」
ローゼマインは感情を隠すのが、とても上手い。好ましくないことを告げられたときでも微笑を浮かべたままだ。ガリア王ジョゼフという敵を抱えたタバサも、感情を表さないことは身に着けたが、タバサが無表情なのに対してローゼマインは笑顔という違いがある。
この無表情と無口が災いして、入学当初にキュルケと争うことになったのは今では良い思い出だ。けれど、もしもタバサがもう少し上手く立ち回ることができたら、母が心を失うこともなかったのだろうか。
そこまで考えて、タバサは首を横に振った。ジョゼフは自分を苦しめようとしている節がある。笑顔など浮かべようものなら、より苛烈な仕打ちを受けた可能性が高い。両方を身に着けて、時と場合によって使い分けられれば最高なのだろうけど、タバサはその辺りは器用ではない。きっと上手くはいかないだろう。
「これを使ってローゼマインは学院の寮に隠し部屋を作るの?」
「それなのですけど、少し迷っています。学院内に隠し部屋を作る方が楽なのは確かですけれど、既存の建物の中に別に壁などを作るわけですし、それによって元の建物に影響を与えてしまう可能性もあります。それよりも、学院の塀の外に別に白の建物から作ってしまう方が良いのではないかとも思っています。問題は新しく白の建物を作るための金粉を用意しきれるか、ということですね」
「どうして建物を作るのに金粉がいるの?」
「それは……そういうものだと思ってくださいませ」
どうやら、ローゼマイン自身もよくは知らないらしい。
「火の素材について相談したいんだけど」
ローゼマインが頷いたので、タバサは火竜山脈で行った採集が良い結果とならなかったことを伝え、実際に魔石化した素材を見せた。
「これは青色が薄いので、おそらく他の属性が混じってしまっていますね」
そう言うとローゼマインは魔石を持ったまま目を閉じ、何やら集中を始めた。
「わかりました。これには土の属性が含まれていますね。一応、土の属性を取り除くこともできなくはありませんが、そもそも火の属性の素材としては、これはあまり適してはいないようです」
しばらくして目を開けたローゼマインの言葉はタバサを落胆させるものだった。
「これはどのようなものを魔石化したものなのですか?」
「それはサラマンダーの油袋を魔石化したもの。それで火の属性が高くないなら、あとは火竜くらいしか対象が思い浮かばないけど、さすがに倒すのが難しい」
「サラマンダーというのは火の魔獣でしたね。それなのに土の属性を持っているのは、その魔獣の特性なのか、それとも土地自体が土の属性が強いのか」
ローゼマインの呟きの中に見過ごせない言葉があった。
「採取した素材の中には赤色の魔石になったものがあった」
「それは土の属性の素材ですね。そちらも見せていただけますか?」
赤い色なら火属性というのがタバサの感覚だが、ローゼマインたちユルゲンシュミットのメイジには異なる印象となるようだ。ともかくタバサは一度、部屋に戻って急いで赤い色をしている魔石を取ってきて、ローゼマインに見せた。
「こちらは土の属性が強いですが、火の属性も含まれているためユレーヴェの素材とするには適しませんね」
「火竜山脈は土の属性が強い?」
「火竜山脈という名前と火の魔獣が生息しているという情報から火の属性が強いと思っていましたけれど、その可能性はありますね。もっとも、土と火の二属性が強い土地という可能性もありますけど」
「これまでは火の属性の素材を採るつもりだったから、サラマンダーとか火の魔獣ばかりを狩っていた。今度は土の素材を採るつもりで探してみる」
とはいえ、火竜山脈に生息している土の属性が強い魔獣というのは、すぐには思い浮かばない。夏季休暇も残るは三分の一ほどしかない。これから火竜山脈に向かって、手当たり次第に採取をしてみるのと、先に十分な下調べをするのと、どちらがよいだろうか。
「タバサは火竜山脈の土の素材について何か心当たりはありますか?」
「ない。けど、アルビオンの時みたいに岩を取ってみようかと思う」
「さすがに、そこらの岩を手当たり次第に削っても、良い結果は得られる可能性は低いと思いますよ」
それはそうだろう。ならば、やはり下調べに精を出すしかないのだろうか。
「ここハルケギニアでも、魔術を使う際に触媒を使用することがあるのですよね」
「有名なのは火の触媒の硫黄」
「タバサも知っての通り、わたくしたちは今、トリステインの王室図書館で調べ物をしています。そのときに土の魔術の触媒としか使われる素材についても調べてみましょう」
「お願い。わたしも魔法学院内で岩について調べてみる」
タバサは割と乱読派だが、さすがに石や岩については興味の対象外だった。それにタバサは得意な風と水の属性は多少は触媒にも詳しいが、土の魔法は得意ではないため、触媒等にも詳しくない。改めて読み直してみると何かしら発見もあるかもしれない。
今はしっかりと調べる。それが結果的に近道となるはずだ。そう信じてタバサはその日からフェニアのライブラリーに籠ることになった。
そうして、タバサは残りの夏の日々を、調べ物をして過ごしたのだった。
次章原作6巻相当は8話。
大きな事件が起こる前夜の話ながら期間が長いので、やや話数多め。
逆に7巻8巻は期間が短いので合わせて一章として8話。
9巻以降はどこを区切りとするか検討中。