ハルケギニアの商人聖女   作:孤藤海

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近づく戦火の気配
エントヴィッケルン


魔法学院の夏季休暇が終わってすぐ、わたしたちはガリアにあるタバサの実家へと移動をしていた。移動手段は馬車だ。騎獣で無断で国境を超えることは問題になる可能性がある上に、何より目立つ。お金はかかるが、これが一番、確実なのだ。

 

トリステインとゲルマニアの連合軍は、突貫作業で艦隊を整備して二国合わせて六十隻の戦列艦を作り上げようとしている。この艦数はアルビオンに匹敵する数だという。空では随一の強国であったアルビオンに、今は一時的とはいえ肩を並べたのだ。ここまで準備を整えて、侵攻を取りやめることはないだろう。

 

とはいえ、アルビオン軍の五万に対してトリステインとゲルマニアの連合軍は六万ほどにしかならないようだ。兵力の面での優位は僅かしかない。

 

しかも今回のアルビオン侵攻では、トリステインは兵力の不足を大量の傭兵によって埋めるという。しかし、士官は傭兵で埋めるわけにはいかない。それをトリステインは魔法学院の生徒に短期訓練を行って仕上げるという。その軍務に、ギーシュをはじめとして魔法学院の男子生徒はほとんどが志願した。

 

けれど、魔法学院の生徒たちはユルゲンシュミットの騎士課程のように軍事訓練を積んでいない。しかも初陣。それで、どれだけのことができるか不明だ。

 

志願をしたのは生徒だけではない。教師も男性は、変人コルベールや高齢の者を除いて、ほとんどが出征することになり、それによって授業も半減した。

 

ちなみにキュルケは迷った末に志願を見合わせた。ツェルプストー家の新たに立ち上げた劇団キュントをロマリアでの公演を挟んでアルビオンへと送り込むことになり、その準備を行う必要があったためだ。わたしとしてはキュルケに危険な所に向かってほしくないので、正直なところ、ほっとした。

 

そして、そういった状況から、わたしたちにも何らかの依頼がされる可能性も高まった。今回はそれを避けるための避難だ。そのため当事国であるトリステインとゲルマニア以外としてガリアに向かうことになったのだ。

 

今回の戦いにはルイズも参戦することになったと聞いている。貴族の義務として、ただ参戦するだけでなくアンリエッタはルイズを切札と考えているようだ。アルビオンへの憎悪は虚無の戦争への利用という、アンリエッタの過去の懸念を現実にしてしまったのだ。

 

そんなルイズに半ば流される形で平賀もアルビオン戦に参加するようだ。アンリエッタはアルビオンの竜騎士隊を圧倒した平賀を高く評価している。けれど、平賀の零式艦上戦闘機は先の戦いで銃弾をほとんど使ってしまったと聞いている。

 

今のハルケギニアの技術では、戦闘機が使える銃弾を作ることはできない。となると平賀の戦闘機は移動くらいにしか使えなさそうだけど、アンリエッタはそれを理解できているのだろうか。

 

加えて心配なのが、簡単な勝ち戦だと喧伝されていることだ。負けるかもしれないなど言えないので、勝つと言うしかないということは理解できる。けれど、それを本気で言っているのか、心構えとして言っているのかが、わたしには判断ができない。

 

「タバサは魔法学院に残っていることになっているのですよね」

 

「そう、帰還したことにすると、面倒な命令をされる可能性が高いから」

 

「では、タバサの分も隠し部屋用の魔石を贈った方がよいかもしれませんね。それがあれば万が一、ガリア王の手の者が訪れても、隠し部屋に籠ってやり過ごせますから」

 

「それがあると、色々と助かる」

 

そのような話をしながら、タバサの実家に入った。迎えに出てきた執事のペルスランに簡単な挨拶を終えると、わたしはすぐに建て増し予定地の屋敷の裏側に回って、創造の魔術の準備に入った。

 

一応、学園の外に小さな建物を作ることには成功した。けれど、既存の建物に隣接するようにして部屋の建て増しを行うというのは初めてだ。念のためもう一度、現地と設計書を確認する。ちなみに、この設計書は事前にタバサにも確認してもらっている。これから行うのは領主一族のみに伝えられる魔術であり、知られてはならない闇の神と光の女神の名を唱えなければならないので、わたしは側近たちから少し離れてからシュタープを出す。

 

「スティロ」

 

まずはシュタープを魔法陣を描くためのペンに変化させ、最高神の記号を空中に描いていく。それが完了したら、いよいよ創造の魔術の祝詞を唱え始める。

 

「我は世界を創り給いし神々に祈りと感謝を捧げ、創られた世界に変化を願う者なり」

 

予め手に持っていた金粉が勝手に浮かび上がり、シュタープを変化させたペンの先に集まり、わたしが描いた魔法陣を金色に彩っていく。光を帯びた魔法陣に金粉が飛んでいき、徐々にその複雑さと眩さを増していく。

 

「全てを吸収する力を我が闇の神シックザントラハトの名の下に。新たに創造する力を我が光の女神フェアシュプレーディの名の下に。御身に捧ぐは命の欠片、祈りと感謝を捧げて大いなる夫婦の御加護を賜わらん。新たな憩いの場をこの地に」

 

上空に大きな魔法陣が浮かび上がり、ゆっくりと地面に下りていく。魔法陣の光が触れたところから、木々が白く光る粉に変わっていく。魔法陣の中では大量の白い粉だけが渦を巻いている。

 

魔法陣が地面に付いた。土の色が白に変わり、液体のように動き始める。用意していた設計図が魔法陣に向かって飛んでいき、中心で金色に燃え上がる。次の瞬間、白い土が形を変えて太い柱となっていく。続いて柱と柱の間に幕が張るように白い土が伸びていく。最後に一際眩しい光を放てば建物は完成だ。

 

「これで完成?」

 

「そうです。中の確認を行ってみましょう」

 

ちなみに既存の建物をそのまま残して作ったため、建て増し部分の一階の扉以外に、元は各部屋の窓であった場所から白の建物に入れるようになっている。それを見越して白の建物内の屋敷側には窓の高さまでの階段が作ってある。けれど、既存の建物側にはそのようなものはないので、木箱か何かで簡易の階段を設置する必要があるだろう。

 

ひとまず最初は裏庭側に作った入口から建物の中に入る。ちなみに創造の魔術で作った建物には扉も窓もないのは、こちらでも同じだ。

 

「まずは扉と窓をつけなければなりませんね」

 

建て増し部分は最低限の広さに設計したため、狭くて生活をするのには不便だ。加えて、今は風通しが良すぎて、さすがに落ち着かない。

 

「なるべく早く取り付けさせる。それまでは本館の部屋を使って」

 

「ありがとう存じます。その際の費用については一部は負担させていただきますね」

 

増築をしたのは、そもそもわたしたちがガリア王の手の者の目から隠れるためだ。そのために扉や窓を発注するのだから、費用も持つべきだろう。

 

「助かる。それで隠し部屋というのはどうやって作るの?」

 

「実際に見てもらうのが早いでしょう。わたくしが使う予定の部屋でお見せします」

 

わたしの部屋は基本的に男子禁制なので、リーゼレータ、グレーティア、クラリッサの三人を連れて部屋に入る。その部屋の奥にある壁にわたしは魔石を押し当てた。

 

シュタープを出して呪文を唱えると、赤い光が上に伸びて成人女性でも屈まずに入れるくらいの高さで左右に分かれ、今度は床へと延びていく。二つに分かれていた光が合流して魔石の位置に戻ってくると強い光を放った。これで赤い魔石のはまった隠し部屋への扉ができあがる。後は魔石に手を当てて魔力登録を行えば、隠し部屋の完成だ。

 

「この扉は魔力登録を行った者が許可した者しか開くことができません。見ての通り、壁に扉がついているようにしか見えませんから飾りだと言い張ることはできるでしょう」

 

タバサは実際に扉を開こうとしてみたが、押しても引いてもびくともしない。

 

「中も確認してみますか?」

 

そう言って扉を開いて、わたしの魔力を込めた魔石を渡す。それを持たせてタバサを隠し部屋の中に招き入れた。

 

「え……?」

 

わたしの隠し部屋は、今はただの殺風景な小部屋に過ぎない。それでも、タバサは大いに驚いたようだ。

 

「では、タバサも隠し部屋を作ってみましょう。やり方はわたくしが見せたのと同じですが、何か分からないことがあれば質問してくださいませ」

 

「その前に、この部屋はどこにあるの? 壁にはそんなに厚みはなかったはず」

 

「それは、わたくしも詳しくは存じません」

 

どこか異空間みたいな場所にできているのだろうと思っているけど、フェルディナンドに確認を取ったことはない。隠し部屋の中には、どこにも繋がらない窓さえあるのだ。よく考えてみても、原理はよくわからない。

 

どこか釈然としない様子のタバサを連れて、わたしはタバサのための隠し部屋を作るために歩き出した。




エントヴィッケルンがハルケギニアで使用できるかについて。
決め手はないながら、礎の魔力を使わないフェルディナンドと同じ方法なら可能ということにします。
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