「いや、まだ諦めるには早い。やっとコツのようなものが掴めてきたのだ。次こそは成功できるはずだ。だから、あと一度だけやらせてくれ!」
コルベールの熱弁を聞きながら、わたしはそっと溜息を吐いた。
「やはり、諦めた方がよいのかもしれませんね」
何度目かのチタンの精製の失敗を見て、わたしがそう言ったところ、研究魂に火がついているコルベールはそう言って再挑戦への同意を迫ってきたのだ。けれど、今の魔法学院はあまり居心地の良い場所ではない。なるべく離れに引きこもって、いるのかいないのかわからないようにしているくらいなので、本音で言えば、あまり滞在していたくない。
「ですが、そろそろトリステイン軍は出陣なのでしょう? サイトの飛行機に対して仕掛けを追加するのに忙しいと言っていたではありませんか」
「わたしは常々、火が司るものが破壊だけでは寂しいと考えていた。ミス・ローゼマインはそのわたしに、火は高く成長を促す属性であると言ってくれた」
そんなこと言った覚えは……いや、雑談をしている折にユルゲンシュミットに関する世間話として属性と季節の関係のことは言ったことがある気がする。ユルゲンシュミットにおいては火が破壊というイメージは全くないのは確かだけど、コルベールにとっては、まさに自分の思いに合致したものだったのだろう。
「ミス・ローゼマインの言葉に触発されて蒸気を利用する装置を作ったが、あれでは役には立たないことは、わたしが一番よくわかっていた。けれど、そこにサイトくんは飛行機械のエンジンを持ってきてくれた。あれこそが、わたしの火の力を動力として使うという案の完成形だ。けれども解析すれば解析するほど、今の我々の冶金技術では、同じものを作ることはできないと思い知らされた」
春過ぎからの半年強の期間、最も充実した時を過ごしてきたのはコルベールなのではないだろうか。そう思わずにいられない熱量でコルベールは語り続ける。
「そして今、ミス・ローゼマインが冶金技術を向上されられるかもしれない方法を示してくれた。これが成功すれば、火の力を動力として用いるために重要な基礎技術を得られるかもしれない。サイトくんの飛行機械への新兵器の取り付けも行ってはいるが、本音を言えば武器を取り付けるというのには、やはり抵抗感があるのだ」
「ミスタ・コルベールのお気持ちはよくわかりました。先生がお手間でないのなら、このまま研究を続けていただけると助かります」
それだけの労力を投じて精製をしてみたも、結果として素材としては使えないということも十分に考えられる。それにタバサが出している素材の材料費も馬鹿にならないはずだ。正直に言ってしまえば、そろそろ見切りをつけるときではないかと思うのだが、ここまで意欲を見せているコルベールを止めるのは忍びない。
それに精製したチタンが素材としては使えなくても、精製の効率的な方法が見つかれば、その方法を売って投じた開発費を回収することもできるだろう。ひとまず開発は続けてもらうという方針でいくとしよう。
「では、わたくしは離れに戻らせていただきますね。コルベール先生も、あまり根を詰めすぎないようになさってくださいませ」
トリステイン魔法学院内が居心地が悪いのは確かだけど、それはタバサの実家でも変わらない。むしろ、もっと気を張って暮らさないといけない。ここで待つのも、それほど悪いわけではない。そうして側近が図書館から借りてきた本を読みふけるという、平穏な時期ならば夢のような一週間ばかりの引きこもり生活を過ごしたある日の昼過ぎ、待望の知らせがオルドナンツによってもたらされた。
「手ごたえのあるものができたぞ! 是非見てくれ、ミス・ローゼマイン!」
興奮を抑えきれないというような声を聞いて、わたしはすぐに手の空いている側近だけを連れてコルベールの研究室に向かった。
「ローゼマイン様は、少し扉の前で待っていてくださいませ」
けれど、すぐに研究室に入ることはできなかった。コルベールの様子にエーレンフェストの寮監であるヒルシュールと同じものを感じたのか、先にリーゼレータが中の様子を確認してくると言い出したのだ。
コルベールもヒルシュールと同じように、研究に熱中すると部屋の中の清掃を疎かにする可能性が高い。そして、その予想通り、部屋の中からは慌てて物を片付けるような音が聞こえてきた。
「ミス・ローゼマインの国では恐ろしいマジックアイテムがあるのですね」
中に入った瞬間、コルベールが溜息を吐きながら言ってきた。コルベールの言うところによると、リーゼレータはこちらでも、指定した範囲のものを全て呑み込む魔術具を使おうとしたようだ。何かに熱中すると他が疎かになる気持ちはよく分かるが、掃除はきちんとしてほしいものだ。
「ともかく、ようやく納得のいく品質のものができたのだ。ミス・ローゼマイン、これでどうだろうか」
コルベールの手には光を反射して銀に輝く金属があった。一目見て、これまでより桁違いに品質が高いことが見て取れた。けれど、それは必ずしもユレーヴェの素材としての質の高さに繋がるわけではない。
「見せていただきますね、ミスタ・コルベール」
精製されたチタンを受け取って、わたしは魔力をゆっくりと流し始める。強く感じたのは土の属性だけ。他の属性は火を少し感じるくらいだ。トリステイン産のチタンでは、さすがにそのままユレーヴェの素材とするには、やや品質が足りなそうだけど、火竜山脈で採掘したものなら使える可能性は高いだろう。
「ありがとう存じます。ミスタ・コルベール」
コルベールに礼を言って研究室を後にすると、わたしはすぐにタバサにチタン精製の成功をオルドナンツで連絡した。タバサからは、すぐにわたしの部屋に向かうと連絡があり、そのままわたしの部屋で作戦会議となった。
「チタンはユレーヴェの素材にできそう?」
「ええ、素材とできる可能性は高いと思います」
「なら、すぐに採掘の準備に入る」
無駄になる可能性はあったものの、タバサはすでにチタンの採掘に詳しいトリステインの技師の調査を進めていた。ガリアでの活動を最小限にするためだ。
あくまでトリステインの技師であるため、実際の採掘地である火竜山脈の状況など全く把握していない。けれどタバサはトリステイン国内の山で実際にチタンの採掘を練習する予定まで入れていたらしい。
「ハルトムートはタバサに同行してくださいませ。採掘の間の護衛と、わたくしたちの研究用に、道中での素材の採集をお願いします」
「お任せください」
今回、タバサに同行させるのはハルトムートだけだ。側近の文官たちにはアンリエッタから与えられている権限を使って、少しでも役立ちそうな本をトリステイン各地から集めさせている。クラリッサとローデリヒの二人には、そちらを続けてもらうつもりだ。
ちなみに男女二人だけでの外出はユルゲンシュミットでは外聞が悪い行為となるが、今回もクラリッサが気にしている様子はない。婚約者とはいっても、相変わらずクラリッサの元にブルーアンファは訪れていないようだ。
当初、帰還の目標としていた領主会議の時期はすでに過ぎてしまった。けれど、間に合わなかったと諦めてしまうには早い。
ユルゲンシュミットの王族にとって、わたしが唯一のグルトリスハイトのへ手がかりなのだ。仮にディートリンデがすでに処刑されているとして、フェルディナンドに対する連座処分は保留として、白の塔に幽閉して様子を見ている可能性もあるし、フェルディナンド自身が何らかの手段を講じて減刑をさせていることも考えられる。
他にも希望がないわけではない。平賀はわたしが地球で死んだときよりも前の時代から、このハルケギニアにやってきている。当てにするのは危険すぎるけど、時の流れが捩じれているのなら、ある程度の時間が経過しても望みはつなげるかもしれない。
「ま、さすがにそんなに都合よくはいかないだろうけどね」
「ローゼマイン様、何かおっしゃられましたか?」
「いいえ、リーゼレータ。つまらない独り言ですので気になさらないでくださいませ」
リーゼレータにそう答えて、わたしは今できることを続けるのだった。