トリステインの二か所の山で採掘を試してみて、タバサはローゼマインたちとともに再び火竜山脈を訪れた。今回は比較的長期間の四日の採掘が可能なように、ローゼマインの騎獣の中には十一日分の生活物資が搭載されている。
ちなみに今回もシルフィードは留守番だ。シルフィードは不平を言っていたが、今のところはローゼマインたちにもシルフィードの情報を全て開示するつもりはないので仕方ない。帰りにトリスタニアでお土産を買って帰ることで勘弁してもらおう。
今回は往路で国内を哨戒飛行している竜騎士と危うく遭遇という危機があった。けれど、視力を強化していたというローゼマインがいち早く気付いたおかげで森の中に姿を隠すことで難を逃れることができた。
途中の時間のロスもあり、到着した時間は昼をかなり過ぎていた。魔獣には夜目が利くものも多い。今から採掘に向かって夕闇の中で襲われると危険と判断して、到着の日は周辺の安全確保にとどめることになった。
「今回はわたくしたちも採集を行いましょう。マティアスとクラリッサは、わたくしの護衛に付けますが、ラウレンツとハルトムートはタバサについてあげてくださいませ」
「それではローゼマイン様の護衛が少なすぎませんか?」
「魔獣の気配を感じたら、すぐにロートで救援を要請します。わたくしも付近にいる予定ですし、わたくしのシェツェーリアの盾は皆が戻ってくるまでの時間を稼ぐことくらいできることは、知っているでしょう?」
ローゼマインはそうハルトムートに言って、ラウレンツをタバサの採掘の護衛に付けてくれた。ハルトムートも採掘の間の護衛としては十分に頼りになったが、それでも本職でないだけに、目に見えない危険に対する感度は少し低い。そういった意味でもラウレンツが護衛に付いてくれるというのはありがたい。
そうして翌日は早朝から採掘が可能な場所を探して火竜山脈を歩き始める。火竜山脈はトリステイン国内で採掘を行った山より遥かに地形が険しい。また、生き物の数自体は少ないのに、こと魔獣に限っては数も多くて強力だ。どうしても周囲を警戒しながらの探索となるため、ペースは遅くなってしまう。
「ここで土の素材を採取できたとして、タバサ様は残る火の属性の採集場所について心当たりはあるのですか?」
その途中で尋ねてきたのはハルトムートだ。その意図は何となくわかっている。
「一応は当てはある。けれど、そこにローゼマインを関わらせるつもりはない」
タバサがそう答えたのは、火の属性の秘薬として有名な硫黄がユレーヴェの素材となりえるのではないかと考えてのことだ。けれど、問題なのはハルケギニアで最高級の硫黄の産地として知られている場所だ。
最高級の硫黄が取れるのは、宗教国家ロマリア。生まれた国の宗教を信仰している節のあるローゼマインたちにとって非常に相性の悪い場所だ。だからこそ、そこにもローゼマインを連れていくのかどうかをハルトムートは探ってきたのだ。
心配しなくとも、これはタバサの問題だ。ローゼマインは協力してくれているにすぎない。甘えすぎてローゼマインを危険に晒すようなことになっては、タバサは自分で自分のことが許せない。
「ならば安心ですね」
そう言って満足気に頷いたハルトムートは、明らかにローゼマインのことしか考えていない。その極端な思考は日常で傍にいると重苦しく感じそうだが、有事の際には誰よりも信頼ができるだろう。
タバサの家の執事であるペルスランと比べると、単純な能力では明らかにハルトムートが上だ。けれど、タバサにはペルスランくらいがちょうどよい。
「タバサ様、よろしければ私の騎獣を使いますか?」
ハルトムートとの話が終わったタイミングで申し出てくれたのはラウレンツだ。
「ローゼマインはユルゲンシュミットでは男女が騎獣に相乗りするのは好ましくないことだと言っていたけど?」
「その通りです。けれど、このまま徒歩で採掘ができる場所を探していては時間がかかりすぎるのではありませんか? 幸い、ここには騒ぎ立てる周囲の目はありませんし、そもそも私には婚約者もいないですから」
「別に私でも問題ないが? クラリッサはローゼマイン様の負担を少しでも減らすためと言えば、同意してくれるだろうからな」
「確かにクラリッサなら、そう言いそうだが、一般的には私の方が適任だろう」
話題に出てきたクラリッサも、明らかにローゼマインが第一だ。二人は婚約者だと言っていたはずだが、それでいいのだろうか。クラリッサも非常に優秀なのだけど、やはりタバサにはペルスランくらいがちょうどいい。
ともかく申し出自体はありがたい。ラウレンツの騎獣に乗せてもらえれば、探索は格段に早くなる。そう思ってラウレンツの騎獣に跨ったのだが、その瞬間にタバサは思わず顔をしかめた。ラウレンツの騎獣は、ローゼマインの騎獣とは違って、硬くて乗り心地はよくない。
「私たちの騎獣はローゼマイン様の騎獣ほど乗り心地が良くはないでしょう?」
タバサが頷くと、ハルトムートはローゼマインの素晴らしさを滔々と語り始めた。とりあえずハルトムートのことは無視して、タバサは山肌の様子に集中する。
けれども、ここならば、と思えるような場所は、なかなか見つからない。そもそも山の様子がトリステイン国内の山と違うのだ。タバサの数少ない経験から該当箇所を絞り込むのは想像していた以上に難しそうだった。結局、その日は適当に何回か降ろしてもらったが、一度も採掘に至らないまま終えることになった。
その話を夕食時にしたところ、翌日の採集にはローゼマインたちも同行してくれることになった。ローゼマインにはアルビオンで風石を光らせた実績がある。手詰まり感もあったので、手助けは非常にありがたい。とはいえ、安易にあのときと同じように場所の絞り込みができるとは考えない方がいいだろう。
そうして二日目と三日目はローゼマインの騎獣に乗って採掘ができそうな地点を探して回ることになった。けれど、それでも良質なチタンの採掘ができそうな場所を見つけることはできなかった。
そして迎えた最終日、採掘に出る前にローゼマインはグライフェシャーンという幸運の女神の加護をタバサに贈ってくれた。気休めだと言っていたが、ローゼマインの加護を受けたアルビオン貴族がレコンキスタ相手に善戦したという実績もある。
期待と迫る期限への焦燥を胸に火竜山脈を巡ってもらう。そうして、ついにトリステイン国内で見た採掘ができる場所に似た風景を見つけた。近くに騎獣を降ろしてもらいタバサは杖の先に精神力を集めて見つけた鉱石を削り取る。
「ローゼマイン、この鉱石で大丈夫そう?」
削る際に生じた小さな欠片を手渡してタバサが聞くと、ローゼマインは早速、魔石を取り出して雑多な属性を移していく。そうして残った土の属性の量を確認すると、ゆっくりと頷いた。
「コルベール先生の精製に比べると、いくらか質は下がることが想定されますので、欲を言えば、もっと高いものの方が望ましいです。ですが、あまり時間も残されていません。今日のところはこちらの採掘で良しとすべきでしょう」
ユレーヴェの素材はなるべく他人の精神力が触れないことが要求されるとローゼマインは言っていた。その観点から考えると、精製のための錬金のような他者の精神力にどっぷりと浸かるような魔法は絶対に避けなければならないらしい。
けれどもタバサが得意なのは風と水。チタンの精製の際に要求される火と土はどちらも苦手としている。それがコルベールの精製に比べて質が低下すると言われた所以だ。
とはいえ、得意な属性というのは変えられるものではない。今、タバサにできることは、できるだけ多くの鉱石を持ち帰り、なるべく多くの精製を試み、その中で最も品質の良いものを魔石化するということだけだ。そう意気込んで大量の鉱石を乗せようとしたタバサは、あまりに多くの量を乗せようとし過ぎて、重量オーバーとハルトムートに叱られた。
重量が増えれば騎獣を運用するのが難しくなるのは、少し考えればわかることで、タバサは大いに反省することになった。