火竜山脈で採掘した鉱石を全て精製し終え、その中で最も品質が高いと判断した素材をタバサは魔石化した。その頃には、アルビオン攻略に向けてトリステイン艦隊の出航する日を迎えていた。
平賀とルイズは艦隊とは別に、魔法学院から出発した戦闘機で合流することになっているらしい。出陣の日、平賀はシエスタの曾祖父の形見である飛行眼鏡を首から下げ、背中にはデルフリンガーを背負って、見送るわたしたちの前に現れた。腰からは皮のポーチを下げ、片手に生活用品の入った袋を持っている。
「大変だなあ。直接、これでフネに向かうのだろう? こいつを無事にフネにおろすことができるのかね?」
「まあ、メイジが何人も魔法をかけてくれるって言ってたし……。無事におろせるんじゃないですかね」
何だか不安になるような回答をした平賀に、コルベールは搭載した新兵器の説明をしていた。二人の遣り取りは正確には生徒と教師という関係ではないにもかかわらず、それと類似する良好な関係を築いていることが窺えた。
平賀と違って、わたしは側近たちがいる分、ハルケギニアの人たちとの関係は広くて浅い。少しだけ平賀を羨ましく思う気持ちもないではないけど、これもわたしがハルケギニアに深入りすることをしないと決めた結果なのだから仕方がない。
「戦地に赴く平賀さんにお守りを作ったのです。疾風の女神シュタイフェリーゼの記号を刻んでいるので、少しなりとも平賀さんの助けになると存じます」
「ありがとう」
簡易ながら魔法陣を刺繍した、本当に効果があるものなのだが、平賀は受験や試合の前に渡されるお守りのように何気ない様子でポケットにしまい込んだ。ある意味では雑な扱いを見て軽くハルトムートが怒っているが、ユルゲンシュミットの神々については平賀にはろくに説明をしたことがないのだから、仕方がないだろう。
それにお守りに使った素材は全てハルケギニアで採取されたもので、特別に価値が高いものではないのだ。更に言うと、素材の糸を魔力で染めたのはわたしだけど、実際に刺繍をしてくれたのはリーゼレータなのだ。平賀に過剰に感謝をされてしまうと、それはそれでいたたまれない。
「おせーよ」
そうしているうちにルイズが現れたが、平賀の開口一番の言葉は文句だった。
「しかたないじゃない! 女の子には準備がいろいろとあるのよ!」
「戦争に行くんだぞ。どんな女の子の準備があるっつーのよ」
「平賀さん、本当に女性には殿方とは異なる準備もあるのです。そこはしっかりと器量をお見せしませんと、ミス・ヴァリエールの心が離れていってしまうかもしれませんよ」
そう言うと、平賀が少したじろいだ。わたしも女性の中では比較的、準備に時間をかけない方だから、平賀の気持ちは少しはわかる。
「わずかの時間で平穏を買えるのだと思えば、多少の待ち時間など安いものでしょう」
「なんだか妙に実感がこもってるな」
悟りきった顔で言っていたのは、わたしのお父様なんだけどね。まあ、そこは語る必要がないことだろう。
わたしたちが話している間に、ルイズは平賀を無視して翼によじ登って操縦席に乗り込もうとしている。最近はあまり顔を合わせていなかったので気付かなかったが、ルイズと平賀は、なんとなくよそよそしく見える。
「ルイズ、少し待ってくださいませ」
そんなルイズを呼び止めて、わたしはルイズにもお守りを渡した。ルイズのお守りに刺繍された記号は幸運の女神グライフェシャーンだ。ルイズがアルビオンとの戦いでどのような役割を担うのかがわからないので汎用的なものにしておいた。
「ありがとう」
「さすがに戦争には手を貸せませんが、幸運をお祈りしておりますね」
ルイズを操縦席に送り出したら、今度は平賀の方に向かう。
「ルイズとは、今のうちに仲直りしておいた方がよいですよ」
「いや、別にケンカしているとかじゃないから……」
そうなのか。まあ、保護者達からは散々な評価をされているわたしの社交力だ。当てにはならないか。
話を終えた平賀も操縦席に乗り込んだ。コルベールが魔法でプロペラを回す。
「サイトくん! ミス・ヴァリエール! 死ぬなよ! みっともなくたっていい! 卑怯者と呼ばれてもかまわない! ただ死ぬな! 絶対に死ぬな! 絶対に帰ってこい!」
それは領主候補生となってしまっているわたしには言えない言葉だった。貴族に体面を考えるなと言うことは、貴族として死ねと言うも同然だ。それに、わたしは側近たちの名を受けている。わたしは誰かに命をかけて守ってもらう側だ。
取り繕った言葉しか送れないわたしには、平賀に言葉を送る資格はない。だから、せめてわたしにできることを二人に贈ろう。
「炎の神ライデンシャフトが眷属、武勇の神アングリーフの御加護がルイズとサイトにありますように」
シュタープを出して二人に祝福を送る。さすがに開戦のときまで効果が続くとは思えないけど、二人にせめてもの餞別だ。コルベールの魔法も借りて平賀たちが飛び立つ。
「ミス・ローゼマインはこれからどうするのだ?」
平賀の戦闘機が空の彼方に消えたところでコルベールがわたしに尋ねてきた。
「わたくしたちは学園を離れてしばし姿を消そうと思います。コルベール先生も戦いがお嫌なのでしたら、同じようにされてはいかがですか?」
「それは大変に魅力的だな。けれど、これでもわたしは教師だからな。生徒たちの授業を放り出して姿を隠すわけにはいかない」
「そうですね。コルベール先生は教師なのですものね」
授業が中止になっているわけではないので、確かにコルベールは姿を隠しにくいだろう。あとはトリステインの第一陣が消耗して強制的にコルベールが徴発されないことを祈るしかない。
コルベールと別れて、わたしたちは魔法学院の学生寮に入ってキュルケの部屋に向かう。そこではキュルケがタバサと一緒に次の採集の相談をしていた。
「お二人はロマリアに向かうのでしたよね」
「ええ、二人でロマリアの硫黄を手に入れてくるわ」
宗教国家であるロマリアにわたしを入れるのは危険。かといって無口で人付き合いが苦手なタバサ一人では心配ということで、キュルケはタバサと一緒にロマリアに向かうことにしたようだ。
チタンの採掘については一人で段取りを整えたように、タバサも交渉等ができないわけではない。けれど、すでに慣れ親しんだトリステインと違ってロマリアはタバサにとっても初めての地らしい。それなら交渉上手のキュルケがいた方が安心だろう。
折よく今はゲルマニアはトリステインと一緒にアルビオン遠征に向かっている最中だ。火の秘薬である硫黄をゲルマニアで高名な火のメイジであるフォン・ツェルプストー家が求めても何ら不自然ではない。
「ローゼマインたちはしばらくオルレアン家に潜伏するのよね」
「ええ、タバサが留守の間も使ってよいと言ってくださいましたので、お言葉に甘えることにしました」
今は良いとして、トリステインが劣勢となり、貴族という貴族を徴発となったら、わたしたちも安穏と暮らせるとは思えない。トリステイン国内に残ることはできない。
そして居所が知られることを避けるという意味でフォン・ツェルプストー家に身を寄せることも見合わせることにした。ゲルマニアも今や蚊帳の外ではない。トリステインが厳しい状況にあるということは、ゲルマニアにも被害が出ているはずだからだ。
そんな状況で戦力になる貴族が遊んでいると知られたらどうなるか。ゲルマニアの首脳部に伝手がないわたしたちでは、それを読むことはできない。
その結果、タバサのオルレアン家に避難することに決定した。タバサがオルレアン家の出身であることは、ほとんど知られていない。そして、仮に知られたとしても、中立を宣言している大国ガリアには、トリステインもゲルマニアも圧力をかけられない。
「じゃあ、ローゼマインたちも気をつけてね」
「ええ、キュルケとタバサも」
近くトリステインとゲルマニアの連合軍と、アルビオン軍との間で大規模な衝突が起こる可能性が高いらしい。その様子を探ってから二人はロマリアに向かうようだ。しばらくの別れに対する挨拶を交わし、わたしたちはガリアのオルレアン家に向かう準備を始めた。