コルベールの治療
夜明け前、わたしはオルレアン家に増築した白の建物の中で、キュルケから送られた緊急のオルドナンツを受け取った。それによるとトリステイン魔法学院がアルビオンの部隊に襲撃され、コルベールが瀕死の重傷を負ったということだった。キュルケのオルドナンツは、わたしにコルベールの治療を依頼するものだった。
わたしはリーゼレータに了承のオルドナンツを送ってもらっている間に、グレーティアによって急いで身支度を整えてもらう。けれど、急行することはできない。
馬に乗れないわたしの移動手段は、騎獣か馬車しかない。これはわたしに限ったことではなく、皆が騎獣を持っていることもあり、ユルゲンシュミットの貴族は総じて馬に乗ることができないのだ。
そして、わたしたちの存在を秘さなければならない今、騎獣を使って移動することはできない。せっかくコルベールを助けても、それによってタバサの家族が危険に晒されたのでは意味がない。
わたしはリーゼレータ、マティアス、ラウレンツ、クラリッサと一緒にオルレアン家の執事であるペルスランが用意してくれた馬車に飛び乗る。荷物はハルトムート、グレーティア、ローデリヒの三人で準備をして後で送ってもらうことにした。ハルトムートも後続組にしたのは、さすがにある程度は戦闘力のある者を残しておかないと不安だったからだ。
「国境を超えたら、わたくしたちは魔法を使って学院を目指します。貴方はゆっくり学院を目指してくださいませ」
トリステイン国内に入ったところで、予め、そう伝えていた馬車の御者を置いて、わたしたちは騎獣で魔法学院に向かう。
「ローゼマインです。トリステインに入りました。どちらに向かえばよいですか?」
全速で騎獣を駆けさせながらオルドナンツを送ると、返信はすぐに届いた。
「ローゼマインが作った離れにいるわ。できるだけ急いで」
キュルケの声の切迫感に、わたしも騎獣に込める魔力量を増やす。そうして魔法学院に隣接する、わたしが作った建物の前に騎獣を降ろすと、すぐに建物からタバサが出てきた。
「キュルケはどちらですか?」
「一階の会議室」
タバサに伝えられた部屋に入ると、布が敷かれた床の上に横たわるコルベールと、その傍に膝をついているキュルケの姿が目に入った。
「ローゼマイン、お願い」
「怪我は魔法攻撃によるものですか?」
「魔法と剣による傷よ」
それならばルングシュメールの癒しで大丈夫なはずだ。
「水の女神フリュートレーネの眷属たる癒しの女神ルングシュメールよ、我の祈りを聞き届け、聖なる力を与え給え。教え子を守り傷つきし者を癒す力を我が手に。御身に捧ぐは聖なる調べ。至上の波紋を投げかけて、清らかなる御加護を賜わらん」
わたしが祝詞を唱えるとコルベールの体が緑の光に包まれた。少しして光が消えたときには、コルベールの傷は消えていた。どうやら上手く治療できたようだ。わたしがほっと息を吐いているとコルベールがゆっくりと目を開けた。
「ミスタ・コルベール、あたしがわかりますか?」
「ミス・ツェルプストー、ここは?」
「ローゼマインが魔法学院の外に作った建物の中です」
キュルケに言われて周囲を見回したコルベールがわたしに目をとめた。
「そうか、ミス・ローゼマインが来てくれたのか。こんなわたしのために……」
「そのように、ご自分を卑下しないでくださいませ」
そうは言ってみたが、わたしはコルベールがなぜ、こんなわたし、と言っているのかがわからない。わたしがキュルケから聞いたのは、学院がアルビオン軍に襲われたということと、その戦いでコルベールが重傷を負ったということだけだ。
まさか生徒たちを置いて一人で逃げようとした、とでも言うのだろうか。だったら、さすがに救えないが、それとは違うように見える。けれど、違うにしても、どう違うのかは全く見当がつかない。
どうしようかと思っていると、コルベールから見えないように、リーゼレータがそっと盗聴防止用の魔術具を差し出してくれた。魔術具のもう一方を持っているのはタバサだ。わたしは、傷の状態を見ると言ってコルベールに背を向けさせる。
タバサが言うには、コルベールは昔、疫病の蔓延を防ぐためという偽の理由を付けられた命令に従い、罪のない人を虐殺したことがあったらしい。そして、今回、アンリエッタから学院の生徒の軍事教練のために派遣された銃士隊の隊長がその生き残りであること、彼女に皆の仇と責められて剣で刺されたということを教えられた。
盗聴防止用の魔術具を使っていて本当に良かった。ユルゲンシュミットの価値観で言うなら、コルベールは何も悪くない。そもそもアニエスが産まれたという村はブリミル教以外の宗教を取り入れて中央に睨まれていたという。
平民が貴族に逆らったのだから粛清をされて当たり前。それを恨むなど、とんでもない。それがユルゲンシュミットの常識だ。
いくらハルケギニアでは常識が違うといっても、自分の中に身についた常識を捨て去るのは難しい。わたしがいくらユルゲンシュミットの貴族の在り方を説かれても、何か不都合があったなら平民に責任を押し付けることだけは許容できないのと同じだろう。
今回の場合、生徒たちの教練という任務のために訪れた先で、敵の襲撃中に、過去の遺恨を理由に味方を傷つけたのだ。アニエスは平民出身とはいえ、今はアンリエッタに貴族として爵位を授けられている。さすがにトリステインの貴族に手を出すことはないとして、対応はこれ以上ないくらいに冷たいものになるだろう。
もっとも、そのように感情を優先させる相手というのは、わたしにとっても怖い相手だ。今後はなるべく近づかない方がいいかもしれない。
「コルベール先生、悔いる気持ちはわかりますが、悔やんでも過去は変わりません。それよりも、これからどうするのかが大切なのではないでしょうか?」
「わたしも、そう思って炎を破壊以外のために使うことで贖罪としようとしていた。だが、それは被害者を救うことにはならないと知った」
「そんなものは、当然ではありませんか。被害者が加害者を許すことはありません。恨まれたままであることは受け入れるしかないでしょう」
コルベールが驚いたようにわたしを見た。
「わたくしも昔、農村の常識を知らないまま行動したことで、町一つを処分されるきっかけを作ってしまったことがございます」
「ミス・ローゼマインが常識を知らないと、どうして農村が処分されるのですか?」
「わたくしが農村の常識を知らないまま、町長の所有物と知らずに奪ってしまったものを取り戻そうと、町長が領主一族が作った建物に対して攻撃を仕掛けてしまったのです。領主一族が作った建物を攻撃するということは、領主一族への反逆罪となるのです」
わたしが奪ったのは孤児たちなのだが、それはさすがに黙っておいた。
「その一件は、どう解決したのですか?」
「その町をわたくしが派閥づくりを学ぶための教材とするという条件で、町一つの処分は避けられることになりました」
「派閥づくりをするための教材、ですか?」
わけがわからないというようにコルベールが首を傾げる。
「ええ、襲撃を命じた町長を処分することは避けられませんでしたが、反町長派は命を助けることに決まったのです。わたくしが反町長派の数を多くすることができるほど、多くの人の命を救うことができるということです」
わたしの言い分は、町に住む人たちを、ひとりひとりの人間と見ていない言い方だ。それこそゲーム感覚で人の命を左右していると言われても反論できない。
「コルベール先生には不快な話だと思います。けれど、わたくしにできるのは町長を孤立させることで、なるべく多くの人を助けるということだけでした。結局、そのときは六人が領主への叛意ありとして処分がされました。人数の多寡はあるといえ、わたくしがしたこともコルベール先生と大差ないと思いませんか?」
平民の価値がユルゲンシュミットとハルケギニアでは違うことが、コルベールにも理解できたのだろう。コルベールは深刻な顔で考え込んでいる。
「わたくしにできるのは、これから先に平民たちが豊かに暮らせるように力を尽くすことだけです。コルベール先生も、急がずとも、これからのことは、ゆっくり考えればよいのではありませんか?」
「……そうですね」
コルベールはそう言って、未だうかない表情ながら、ゆっくりと頷いた。