ガリアから急行してくれたローゼマインに傷を癒してもらった翌日、あたしは今後に向けての話をするためにコルベールの部屋を訪れた。コルベールの部屋は、ローゼマインの作成した建物の二階の一番手前の部屋だ。ローゼマインの側近たちは、本当は二階は男性用の部屋で異性のあたしが入るのは好ましくないと言っていたが、コルベールは病み上がりの状態だ。移動の負担をさせたくないと言うと、それ以上は何も言わなかった。
部屋に入ると、コルベールはベッドの中で上半身を起こしていた。昨日に比べて心なしか顔色も良い。
「ミスタ・コルベール、調子はどう?」
「おかげで、ほとんど普段通りだよ」
「それは良かったわ。本当ならもっと時間をあげたいところだけど、早急に今後のことを話さないといけないから」
言いながら、あたしは部屋の中に置かれていた椅子をコルベールの枕元に運んだ。
「その言い方だと、銃士隊はまだ学院に駐屯しているということかな?」
「そうよ。ここは学院の敷地外で、使っているのはローゼマインに、あたしにタバサと他国の人間ばかりだから、銃士隊も気にかけてはいないけど、いつまでも誤魔化しきれるとは限りませんもの」
「見つからないうちに、今後の身の振り方を考えなければならないということか……」
「そういうことになるわね」
コルベールの取れる道は大きく二つ、逃げるか、立ち向かうか、だ。
「……命令だったとはいえ、罪は罪だ。逃れるというわけにはいかないだろうね」
「そう、そちらの道を選ぶの。じゃあ、その道を選んだ場合のローゼマインとタバサの予想も伝えておくわね。トリステインが選びうる選択肢は大きく二つ。一つは事件を徹底的に隠蔽するという方法。もう一つは事件があったことは認めた上で、誰かに全ての責任を押し付ける方法。ミスタ・コルベールはそのうちのどちらを選んでくれると思う?」
「……事件を公表することなど、ないだろうな」
「ローゼマインたちも同意見ね。事件の裏を探られたら堪らないわ。ミスタ・コルベールとアニエス、たった二人の口を封じるだけで、事件は闇に葬れるから、そちらのほうが簡単ね。そうなると、ミスタ・コルベールが罪を受け入れるということは、アニエスの命を奪うことになるかもしれないわけですが、それでも自分の罪にこだわりますか?」
あたしは卑怯だ。こう言えば、コルベールが罪を受け入れる道を選べないと知って、この問いを発した。それでも、あたしはコルベールを死なせたくないのだ。
「ミス・ツェルプストーはわたしにどうしろと言うのだい。罪も償わず、のうのうと生きていけばよいとでも?」
「死ぬのは簡単ですが、贖罪がしたいのならば、それは生きてこそ成し遂げられるというのがローゼマインの意見ですわ。それに、ミスタ・コルベールは多くの人の助けになることを成し遂げる方法を、すでに持っているのではありませんか?」
「わたしができる、多くの人の助けになること……」
「ミスタ・コルベール、ゲルマニアにはトリステインより遥かに優れた冶金技術があるわ。それにフォン・ツェルプストーには資金力もある。多くの人のためになることは、容易に利益にも繋げることができるので、協力できることは多いと思いますわ」
一昨日の夜のアルビオン軍の襲撃まで、あたしはコルベールに興味を持っていなかった。だから、コルベールが何を行おうとしていたのかを知らない。けど、ローゼマインとタバサはコルベールの目指していたものを知っていた。その二人の意見も受けての殺し文句が今の勧誘だ。
「それはフォン・ツェルプストー家でわたしを匿ってくれるということか?」
「ええ、その通りですわ」
「……わかった、世話になろう」
少し迷ってコルベールがあたしの提案を受け入れてくれた。
「ええ、歓迎しますわ、ジャン」
「ジャン?」
「だって、ツェルプストーに来ていただけるということは、もうミスタ・コルベールは学院の教師ではなくなるのでしょう。だったら、あたしとは対等の関係なのではなくて?」
「そう……なのか。いや、そうなのだが……」
実際は単に距離を縮めたいというだけなのだけど、あたしの建前をコルベールは否定できないでいる。ローゼマインが言っていた、立派な建前があると物事は通りやすいというのは本当だったようだ。
「それで、ジャンが作りたいものは何なのかしら? あたしに聞かせて」
「フネを作りたい」
「フネ?」
「そうだ。浮力を得るための大きな翼と、石炭を燃やして熱せられら水から発生する蒸気の力で回す巨大なプロペラで風石の消費を抑えることで、これまでにない長大な航続距離を稼ぐことができるようになる。わたしは、それを使って東に行きたい」
東というと、サイトの出身地、ロバ・アル・カリイエのある場所だ。もちろん純粋な好奇心もあるのだろうけど、コルベールはサイトを故郷に帰してあげたいのだろう。
「ジャンの考えているものは、わたしが形にしてみせますわ」
「どうして、わたしなどのために、それほどまでしてくれるのだ?」
「ジャンはあたしの命を助けてくれたじゃない。それに、あたしがそんなに面白いそうなことを放っておくと思って?」
「そうだな。ミス・ツェルプストーはそういう生徒だったな」
半面としてコルベールにはだいぶ迷惑もかけた。それも思い出したのか、コルベールがくすりと笑った。一昨日の夜から、コルベールはずっと深刻な顔のままだ。ようやく戻ってきた笑顔にあたしも自然に笑顔になる。
「ねえ、ジャン。ジャンがもう先生じゃないのと同じで、あたしももう生徒じゃないのよ。だから、あたしのことはキュルケ、とお呼びになって」
「その……、なんだ、できればジャン、というのも勘弁してくれないか?」
「い・や。キュルケって呼んでくれないと、わたくし、返事をいたしませんわ」
その妙な押しの強さは彼女の影響かな、などと言いながらコルベールは肩を落としているが、あたしの押しの強さは元からだ。ただ、一方的に希望を伝えるのでなく駆け引きを楽しむようになった、という意味では誰かさんの悪影響と言えなくもないかもしれない。
「さて、楽しい話はここまでとして、今後のことを説明しておくわね。あたしたちは明日、食材を納入に来た馬車に紛れて学院を出るわ。その後はローゼマインたちが馬に乗れないので、ゲルマニアまでは馬車の旅になる予定よ」
「国境はどうするつもりだ?」
「あら、あたしを誰だと思って?」
「そうだったな」
国境を超えた先、ゲルマニア側の領主はフォン・ツェルプストー家だ。トリステインに気付かれずにゲルマニアに入る方法など両手の指で足りないだけ持っている。
「残念ながら、怪しまれるのを防ぐためにジャンの研究室にある物は置いていくことになるけどいいかしら?」
「ああ、仕方がない」
「本当にいいの? 何か一つくらいなら形見として持っていったとかで誤魔化すことができると思うけど?」
そう言ったが、コルベールはゆっくりと首を横に振った。
「いや、炎蛇のコルベールは死んだのだ。それでいい」
それはコルベールなりに覚悟を決めたということだろうか。
「あ、いや、やはり一つだけ持って来てもらってもいいか?」
そう思っていたが、急にコルベールは前言を撤回した。
「いいわ。何を取りに行けばいいの?」
「研究室にオルドナンツがある。あれならば、持ち出したところで、行方を捜索しようとは思わないだろう」
「そうね、オルドナンツには名前なんて書いてないし、どれも同じ形をしているものね」
「そして、大きさの割に便利で、何より高価だ」
どうやらコルベールは大枚をはたいてオルドナンツを購入していたようだ。目的はおそらく研究のため、だろう。
「本当に、ローゼマインは商売が上手いですからね」
「まったくだ」
そう言ったコルベールと、あたしは笑い合った。