ハルケギニアの商人聖女   作:孤藤海

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コルベールの望むもの

ゲルマニアのフォン・ツェルプストー家に向かう馬車の中で、わたしはコルベールと新しく作るというフネの話をしていた。わたしは乱読派であったので科学系の本も少しは読んでいるのだ。覚えているのは、ごく一部のみで、理解まで行くと皆無に等しいというのは少し悲しいけれど。それでも腐っても現代人であったのだ。中世のコルベールには負けるわけにはいかない。

 

そう思ってコルベールと話していたのだが、現代人でも素人で興味も薄いわたしと、中世の人であろうとも並々ならぬ熱意を燃やすコルベールとでは勝負にならなかった。根幹部分の技術に口を出すことは諦め、わたしは実現のために必要なことを考えることにした。

 

「合計三つの回転する羽の動力を、石炭によって熱せられた水により発生する水蒸気の圧力によって得るのですね。コルベール先生の設計ですと、とても長い鉄のパイプが必要になりますね。ゲルマニアでは作ることができるのですか?」

 

「ええ、当然でしょう。むしろ、そんなに長くて丈夫な、フネの支柱に使えるような鉄材を加工するなんて、ゲルマニアにしかできないわ。ああ、これからあたしたちはゲルマニアの火のツェルプストーの技術と炎蛇の知識、二人の愛の結晶を生み出すのね」

 

え、なんか二人の雰囲気が以前とは違うと思ってはいたけど、いつの間にここまでの関係になってたの?

 

「ねえ、ジャン、そう思わない?」

 

呼び方まで変わってるし。これがブルーアンファが訪れたということなのだろうか。

 

「いつの間に、キュルケはコルベール先生と親しい関係になったのですか?」

 

「あら、ずっと親しい関係だったわよ。ただ、今まではそれに気づいていなかっただけ」

 

ごめん、キュルケ。何を言っているのか、わからない。

 

「きっかけは、ミス・ツェルプストーが危ないところを助けたことだと思うのだ」

 

そう言ったコルベールは、魔法学院の食堂に立て籠もったアルビオン軍に人質とされた生徒たちを救うために突入したキュルケの危ないところを救った、ということを話してくれた。お母様が聞いたら喜んで本にしそうな話だったけど、わたしにはそれほど魅力的な話ではない。

 

いや、その一件を機にほのかな恋心を抱いた、という話ならわたしもときめいたかもしれない。けれど、キュルケのようにいきなり運命とか言われると、正直、わたしの頭ではついていけない。

 

「わたしのジャンって、あんなに強いのに、力をひけらかしたりしないし、物知りなの」

 

あんなにと言われても、わたしはコルベールが戦っているところを見たことがない。戦闘面では素人のわたしは、誰が強いとか弱いとか、簡単にはわからないのだ。これ以上、話を聞いていても疲れるだけとなりそうなので、話を進めることにする。

 

「ともかく資材は準備できるとして、問題なのは建造費となりますね。かなりの額になると思うのですが、計算はできているのですか?」

 

「まずは木材が大量にいるわね。どのくらいになるかしら?」

 

「キュルケ、もし可能ならば、なるべく多くの木材を買い込んでおくとよいと思います」

 

「あら、どうして?」

 

「トリステインとゲルマニアの連合軍はアルビオン軍と戦闘に及んだと聞き及んでいます。今のところ勝利したという連絡しか届いていませんが、勝ったとしても被害は少なくないことでしょう。傷ついた艦船の修理や補充のため木材は高騰する可能性が高いです。その前に買い込んでおいた方が結果的には節約になると思いますよ」

 

下手な相手に勧めると暴利を貪る手段とされそうだけど、ツェルプストーならば適度に儲ける程度で収めてくれるはずだ。

 

「ところでコルベール先生は東に行きたいと仰っておられるようですが、東にはどのような国があるのかはご存知なのですか?」

 

「いや、時々、エルフの地を経て交易品が入ってくるが、社会情勢などの情報はない」

 

「そうなると、直接の交易はなかなか難しそうですね」

 

交流のない相手との交易は危険だ。商慣習の違いを知らないことで思わぬ不利益を受ける可能性もあるし、そもそも最初の段階では相手に胡散臭く思われることは避けられないだろう。

 

「確かに交易には困難も伴うだろうな。けれど、行ってみたいと思わないか?」

 

「わたくしは冒険心のようなものはございませんので」

 

知らない国には新しい本もあると思うけど、そのために全く知らない国と交易をしたいとまでは思わない。

 

「けれど、ロバ・アル・カリイエにはサイトくんの故郷があるのだろう?」

 

「そう言われていますね。けれど、ユルゲンシュミットと才人さんの国とは明確に違います。そこに行ったとして、必ずしも帰還できるとは限りません。けれど、新しい文化には興味がございますので、できる限りの応援はさせていただきますよ」

 

とりあえず、東に東に進んでいけば地球に辿り着く、なんてことは絶対にない。それこそ宇宙に出ていかない限り平賀は故郷に帰ることはできない。それに、仮に宇宙に行けても、地球の技術でも確認できていないような遠い距離まで行ける可能性は皆無だ。

 

それに比べれば、わたしはまだ可能性がある。ユルゲンシュミットには国境門を超えなければ帰還できないけど、ランツェナーヴェに辿り着くことができれば、開かれた国境門があることはわかっているからだ。

 

ただし、ランツェナーヴェがあったとしても、国境門を超えた先はアーレンスバッハだ。わたしが無事にエーレンフェストに帰還できる可能性は低いだろう。唯一の可能性としてはフェルディナンドが短期間のうちにアーレンスバッハを掌握してくれていた場合は安全になるだろうけど、ディートリンデがあれだけ好き勝手にしている時点で望み薄だ。

 

そもそもロバ・アル・カリイエの交易品と言われるものは、ユルゲンシュミットの品とは少し違うような気がしてならない。わたしはランツェナーヴェのことを知らないけれども、交易をしている以上、何らかの一致点はあってしかるべきだと思うのだ。

 

もっとも東には帰還のための魔法が存在する可能性はあるし、ハルケギニアの魔法と組み合わせることで新たな効果を発揮する魔法もあるかもしれない。総合すると、コルベールの望みはわたしにとっても利益になることだ。

 

「東の国との交易が成立するよう、わたくしも願っております。けれど、そうなると少し気になることもございますね。武装等はどうなさるのですか?」

 

「交易のためのフネに本来なら武装など付けたくないが、ミス・ローゼマインが言っているのはそういうことではないのだろう?」

 

「ええ、コルベール先生が作られる船が優れたものであればあるほど、それを狙う者は出てくると存じますので」

 

わたしたちの国の海賊ならぬ空賊というものが存在しているらしい。どこの国も有していない優れた船が無防備で飛んでいるなど、格好の獲物だろう。

 

「わかっている。わたしはこれから作るフネを国家の所属とするつもりはない。となれば、最低限の自衛の手段は必要だろう」

 

後ろ盾がない以上、自分の身は自分だけで守らなければならない。東に行ってからも難題が多いけど、建造完了の直後から難しい舵取りは始まるのだ。

 

「心配しなくてもフォン・ツェルプストーが全面的に関わる以上、そう簡単におかしなことにはさせないわよ。伊達に嫌われまくっているわけじゃないわよ」

 

そういえばツェルプストーは味方も燃やし尽くすと評されていると聞いたことがあった。普段ならば呆れるところだけど、今回は頼もしく思っておくとしよう。

 

「では、ここでも警戒すべきはアルビオンになるでしょうか?」

 

「主力がゲルマニアとトリステインの連合軍との戦いで傷ついているでしょうから、武装が貧弱だけれど改装で簡単に強化できる大型艦は魅力的でしょうからね」

 

「艦船だけなら新型艦の速度なら逃げ切れるはずだが、さすがに竜を持ち出されると振り切るのは困難だろうからな」

 

いかに速度を改良したとして、大きな船が小型で高速な竜から逃れることはできない。

 

「何か手は考えておられるのですか?」

 

「サイトくんの飛行機械に取り付けた武器の改良型を考えている」

 

そう言ってはいるが、コルベールが乗り気でないのは明らかだった。

 

「いつか、そのような武装は取り払えるときがくればよいですね」

 

だからわたしは、コルベールにそう語りかけた。




題名にコルベールが三連発。
五月の私はなぜこれほどコルベールを丁寧に追おうと考えたのか。
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