二日連続でコルベールとローゼマインと面会することになり、オスマンはそっと溜息をついた。少し居住まいを正して入室を促す声をかけると、ローゼマインは随分と大勢の人間を連れていた。年の頃は、見た目は学院生たちと同じか少し年下くらい。ただ、纏う雰囲気は随分と違う。確かユルゲンシュミットでは成人の年齢が十五歳と言っていたので、社会経験の差だと思われた。
「オールド・オスマン、突然の面会依頼に応えてくださり、ありがとう存じます」
「それは良いが、後ろの方たちはミス・ローゼマインの知り合いでよいかの?」
五人のうち三人はローゼマインの服装と似た黒を基調とした服装であるし、残る二人についても、どことなく雰囲気が一致している。
「ええ、彼らはわたくしの側近たちですわ」
「側近?」
「まずお詫びさせていただきます。わたくしはオールド・オスマンに上級貴族であると説明いたしましたが、わたくしは領主候補生なのです」
「領主候補生……とは、どこかの領地の領主候補ということでいいかの? 上級貴族とはどこが違うのかの?」
ハルケギニアの基準では、少なくとも上位の貴族は領主である。よって、上級貴族という区分こそないが、上位の貴族と領主候補生は一致している。
「ユルゲンシュミットにおける領主候補生とは、国王より境界で区切られた領地を与えられたアウブと呼ばれる地位に就ける資格を持った者です。ハルケゲニアでは異なるようですが、上級貴族は領主とは全くの別物です」
ローゼマインが考えながら口にしていたことから考えて、だいぶ噛み砕いて説明をしてくれたのだろう。しかし、常識の違いは大きく、やはりよく分からない。
「それで、側近と側仕えというものも、また別物ということかの?」
「ええ、側近は領主候補生直属の側仕え、護衛騎士、文官の総称とお考え下さい」
「では、ミス・リーゼレータを含めた七人がミス・ローゼマインの側近ということか?」
「いいえ、ここにいる七人はわたくしの側近の中でも特別な者たちとお考え下さい。全員ということなら、だいたいこの二倍くらいとお考えください」
二倍という言葉に眩暈がしそうになった。未だ領主でもない候補の段階で貴族を十四人も従えているなど、トリステインの王女よりも、よほど贅沢だ。
「それで、彼らはどうしてここにいるのかの?」
「それが、ミス・ローゼマインも春の使い魔召喚の儀式に参加したいと希望されましたので許可をしたところ、彼らが呼び出されました」
どうやらコルベールが好奇心に負けて余計な許可を与えたことが、今回の事態の原因のようだ。
「ともかく、先に必要なことを用意するとしよう。ミス・ロングビル、彼らのために部屋を六室ほど押さえておいてくれんか」
「かしこまりました」
「話し中にすまないが、六室というのはさすがに用意に時間がかかるのじゃよ」
「ええ、それはわたくしにも理解できますので、お気になさらないでください」
ローゼマインに一言断りを入れてから、話を元に戻す。
「それでは彼らの今後についてだが、部屋は学院内の空き部屋を用意できるが、衣服はどのようにしようかの?」
「殿方については、しばらくはこちらの制服で我慢してもらうしかないでしょうが、わたくしたちには、こちらの制服は受け入れがたいのです」
「ならば教師が着用している服ならば、許容範囲に入るかの?」
「ええ、それでしたら。ですが、本格的には誂えないとならないと思いますので、どなたかの専属を紹介いただけないでしょうか?」
専属というのは聞きなれない言葉だ。だが、意味は分かる。そして、残念ながらオスマンには専属などという存在は居ない。ひっそりと部屋に入ってきて所在なげに隅に立っているキュルケを見るが、彼女はトリステインの人間ではない。紹介できるような伝手はないのだろう。
「生憎じゃが、私にはミス・ローゼマインに紹介できるような店はない。じゃが、王室に知り合いがいるので、その伝手で何とかしよう。ミス・ローゼマインには申し訳ないが、紹介は少し待ってはもらえないだろうか」
「いえ、オールド・オスマンが女性向けの服飾の伝手がなくとも不思議ではございません。お気になさいませんよう」
「しかし、紹介まではよいとして、服を仕立てるための費用はどうされるおつもりですか? 残念ながら当学院の余剰予算では皆さんの満足する品質を誂えるだけの金額を用意することはできないでしょう」
「それはそうでしょう。ですので、オールド・オスマン。商談をいたしませんか?」
商談と口にした途端、ローゼマインの目が怪しく光った気がしたのは気のせいだろうか。そればかりか、心なしか笑みが深くなったような気もするのだが。
「けれど商談と言ってもわたくしに出せるものは限られているのです。そもそも、まだこちらに何があって何がないのかが分からないので、双方に利がある取引とするのが難しいのです」
それはそうだろう。オスマンもローゼマインが何をできて何ができないのか、などは分からない。その状態で自分たちができないことを要求するのは、もっと困難だ。
「わたくしたちがお出しできるのは知識と魔術具になると思いますが、魔術具はそもそも使えなければ話になりませんね。リーゼレータ、オルドナンツを一ついただけますか?」
そう言ってローゼマインは黄色い石をリーゼレータから受け取った。
「これはオルドナンツと言って通信用の魔術具です。これをオールド・オスマンが使うことができるのか、少し確認をさせてくださいませ」
そう言ってローゼマインは黄色い魔石を白い鳥へと変化させた。ローゼマインは、その鳥に何やら言っているように見えるが、なぜかオスマンには聞こえない。その後、杖を振ると、白い鳥はオスマンの方に一直線に向かってくる。
「オールド・オスマン、鳥が止まれるように腕を前に出してください」
言われた通りに腕を前に出すと、白い鳥が止まった。すぐに白い鳥の嘴が開く。
「ローゼマインです。オールド・オスマン、このように指定した相手に伝言を送ることができます」
ローゼマインの声で三回、同じ言葉を繰り返すと白い鳥は黄色の石に戻った。
「オールド・オスマン、こちらに同じような魔法はありますか?」
「いや、このような魔法は存在しない」
「やはり、そうでしたか」
「なぜ、そう思ったのじゃ?」
「簡単なことです。ミスタ・コルベールが使っていませんでしたから。ユルゲンシュミットでは何か緊急時には、まずオルドナンツを送るのが一般的なのです」
確かに、このような便利な連絡手段があるのなら、まずは相手の都合を確認してから相談に向かうという手順になるだろう。
「後は本来ならシュタープを持たない相手には送れないという制約があるので、本当に飛び立ってくれるかは半信半疑でしたが、意外となんとかなるものですね」
「それで、これはどうやって使うのじゃ」
「まずは『オルドナンツ』と言いながら杖で魔石を叩いて魔力を送ってください」
言われた通り、杖を石に押し当てながら、オルドナンツ、と言ってみる。すると、黄色の魔石は白い鳥に姿を変えた。
「ほうほう、その次はどうするんじゃ?」
「鳥の嘴を杖で叩くと口を開けるので、そうしたら送りたい伝言を口にします。最後は送りたい相手を思い浮かべながら杖を振ってみてください」
鳥の嘴に杖を当てるとローゼマインの言う通り、鳥が口を開いた。
「ミスタ・コルベール。そんなに物欲しそうに見つめるのでない」
はっきりと口にするとコルベールが顔を顰めた。構わずコルベールの所へ飛んでいけと念じながら杖を振ると、白い鳥はコルベールの元に飛んでいき、腕に止まる。
「ミスタ・コルベール。そんなに物欲しそうに見つめるのでない」
きっちり三回、同じことを聞かされている間にコルベールはローゼマインに途中で止める方法はないかと聞いていたが、ローゼマインも知らないようだ。
「なるほど、これは嫌がらせにも使えそうじゃの」
「大事な魔術具を、そのようなことに使わないでくださいませ」
「ミス・ローゼマインの言う通りです。これをそのような用途のための物としては、あまりにも勿体ないです」
オスマンのちょっとした悪戯はローゼマインとコルベールの二人に咎められた。研究が趣味の者同士、案外この二人は気が合うのかもしれない。
「オールド・オスマン、この魔術具は壁を通り越して相手の元に届きますが、お買い上げいただけますか?」
「分かった、買い取ろう。代償はミス・ローゼマインの側近の生活に必要な物を買い揃える、ということでよいのかの」
「ええ、それでお願いしますわ」
こうしてオスマンはいつでもロングビルを呼びつけられる便利なマジックアイテムを手に入れたのだった。
ハルケギニアの貴族にオルドナンツを送れるというのは当然ながら捏造設定です。
基本的にはシュタープがないと送れないので、オルドナンツは飛び立たない気がしますが、これが駄目だと本好きらしさが出ないのです。