ハルケギニアの商人聖女   作:孤藤海

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オストラント号建造と連合軍の苦戦

あたしたちがフォン・ツェルプストー家に戻ってから三週間あまりが過ぎた。あたしたちがコルベールが考案したフネを急ピッチで建造している間にもゲルマニアとトリステインの連合軍とアルビオンの戦いは続いている。

 

連合軍は緒戦の空戦でアルビオン艦隊に勝利を収めると、何らかの手段を使って敵軍を北のダータルネスに誘導。アルビオンの首都ロンディニウムの南方三百リーグにある港町ロサイスに上陸を果たしたと聞いている。

 

上陸後も連合軍は敵の反撃を受けることはなかった。けれど、それは連合軍にとっての誤算の始まりでもあった。

 

連合軍が望んでいたのは短期決戦。六万もの大軍を維持するためには大量の兵糧が必要となる。ただでさえ大量の傭兵の動員で多大な出費をしているトリステインに長期戦は不可能だ。だから始祖ブリミルの降臨祭までにロンディニウムを落とす計画だったのだ。

 

降臨祭は新年の第一日から十日ほど続く、ハルケギニア最大のお祭りだ。降臨祭の間は、戦も休むのが慣例だ。

 

降臨祭までの終戦を見越して、連合軍が用意していた補給物資はわずかに六週間分に過ぎなかった。しかし、予定の期間の半分近くが過ぎているが、連合軍は未だロンディニウムの手前にある古都、シティオブサウスゴータを落とすことができたに過ぎない。そして悪いことに、そのシティオブサウスゴータの兵糧を、敵がすべて持ち去っていたことで、貴重な兵糧を住民に施さねばならなくなった。

 

もはや降臨祭までにロンディニウムを落とすことは不可能となった。無論、降臨祭の間も戦を継続することは可能ではある。けれど、それでは兵の不満が大きすぎるし、道理をわきまえぬ相手と、敵を無用に結束させてしまう可能性も高い。

 

「状況はあまり良くないということですね」

 

シティオブサウスゴータに駐留している連合軍の陣地に慰問隊が送られることになったのに合わせ、フォン・ツェルプストー家は劇団キュントを紛れ込ませた。そして、戦地での主客である男性に合わせて騎士物語を公演させている。キュントに所属させていた元傭兵メイジのエルザスからのオルドナンツによってもたらされた情報を伝えるとローゼマインはそう言って小さく溜息をついた。

 

「ええ、降臨祭後に戦が再開されたとして、長期滞陣に倦んでいて、物資にも不足が生じる連合軍が現地貴族が多数含まれるアルビオン軍に勝てる可能性は低いでしょうね」

 

「さすがに六万ともなると、物資の補給に協力したとして効果は薄いでしょうからね」

 

「そうね。フォン・ツェルプストー家の財産を使い切る勢いならば、わからないけど、それだけつぎ込んで勝てなかったら最悪だしね」

 

コルベールの新造船の最大の脅威がアルビオンだ。アルビオンが連合軍を撤退に追い込んだ場合、新造船の運用はより慎重にならざるをえない。それに、あたしだってゲルマニアの貴族だ。祖国の敗北は見過ごせない。だから、今回の戦争はなんとしても勝たなくてはいけないが、それでも払える犠牲と払えない犠牲がある。

 

「せっかくのあたしとジャンのオストラント号だっていうのに……」

 

忌々しく言ったあたしに対して、ローゼマインはこてりと首を傾げた。

 

「オストラント号、ですか?」

 

「ええ、せっかくなら東方を意味する言葉がいいと思って、どうかしら?」

 

「良いのではないでしょうか?」

 

答える前に、ローゼマインはリーゼレータの方を見た気がする。そして、リーゼレータは微かに首を振ったように見えるのだが、あれは意見を言うなという意味だろうか。もしかしたらローゼマインはネーミングセンスに問題でもあるのかもしれない。

 

「ところで、ジャンの水蒸気機関の改良は順調なの?」

 

「ええ、思った通りクラリッサの開発した魔法陣を組み込むことで、大幅に出力が増加しました」

 

「そう、じゃあ、建造の方は順調なのね」

 

オストラント号はコルベールが開発した、石炭を燃やして熱せられた蒸気の力を使って、巨大なプロペラを回転させるという画期的な機関を重視し、当初は魔法の力を補助的にしか使用していなかった。けれど、それをローゼマインは魔法の力は必要なものの、より高い出力と広大な航続距離を得られるように改良した。これは石炭を大量に使用する構造だと、今後、問題が発生する可能性があるとローゼマインが主張したことも影響している。

 

おかげで運用にはトライアングルクラスのメイジが必要となってしまうことになったが、あたしもコルベールもトライアングルクラスのメイジなので全く問題ない。それに、風石の消費が多くなる代わりに、ラインクラスのメイジでも動かせる機能も残している。

 

オストラント号は、すでに基幹部分は完成している。けれど、出力等のテストが完了しないと、どのくらいの大きさのフネとするのが最適なのかがわからなかった。それで船体は、ほとんど手つかずなのだ。

 

「そういえば、タバサからオルドナンツが届いたわ。今のところ学院生の死亡情報はないみたいよ」

 

「それは良かったですね」

 

タバサは一週間ほどあたしの家に滞在した後、トリステイン魔法学院に戻っている。そのタバサから送られた情報によると、何人かの負傷者はいるものの、いずれも学院に復帰できる程度の傷ではあるらしい。

 

緒戦の空戦では連合軍側も十二隻が撃沈、八隻が大破という被害を受けた。出撃艦隊の実に三分の一が深刻な被害を受けたのだ。メイジなので墜落する船からでもフライで脱出することはできる。けれど、砲弾が飛び交う空の戦いでのことだ。直撃弾で重傷を負えば魔法を使うことは難しくなる。死者が出なかったのは僥倖というものだろう。

 

そのタバサについてだけど、何でもガリア王家から、また面倒な指示が下されたらしい。おかげで情報収集が一段落したら行う予定だったロマリアでの硫黄採取の計画は持ち越しになっている。

 

コルベールのオストラント号建造は、ようやく一定の目途が立ったところだ。後は建造を担当するコルベールと職人の手配等を担当するローゼマインの側近たちがいれば、あたしがいなくとも問題ない。

 

降誕祭が明けた後、アルビオンでの戦況がどのようになるか、わからない。それが各国にどのような影響を与えるかも。未来が見通せないからこそ、できるだけ早くユレーヴェというものの材料を揃えておきたかったのだけれど、ままならないものだ。

 

「あまり時間はかけられないっていうのに……」

 

「焦っても仕方がありません。今はタバサから連絡を受けたら、すぐに動けるようにしておくよりないでしょう」

 

オルレアン家に作った建物は、明らかに他者が生活できるスペースを作るためのものだ。一応、ガリア王家の者に調べられても問題がないように、ローゼマインの助言を受けて以来、正当な報酬を要求するようになったタバサが得られている収入を使い、荒れていた屋敷を整備するため使用人を増やすという名目は作ってある。

 

同時に、屋敷内の使用されていないエリアについては取り壊しを始めている。屋敷の総面積としては、それほど変わらない。

 

謀反を疑われないための手は打った。けれど、急に報酬にうるさくなったこと、領地の経営をしっかり行おうとし始めたこと。それらを起点に言いがかりをつけられた場合に逃れることは難しい。

 

「それより、この時期のガリア王家からの任務というのも気になるのよね」

 

「任務の内容がアルビオンとの戦争に関係があるにせよ、ないにせよ、あまり良いことではないでしょうからね」

 

アルビオンとの戦争に関わりがあれば、それは確実に高い危険を伴ったものとなる。一方、関わりがない場合も、ガリアが戦争で中立を保っていることを考えると、兵力不足を補うための簡単な魔獣討伐などの任務であるとは考えにくい。そうなると、そちらもろくな任務ではないだろう。

 

いずれにせよ、今は激動の時代のようで、何が起きても不思議でない。ならば、何が起きても対処できるようにしておかねばならない。

 

タバサに母国への忠誠心は薄い。母親の問題さえ解決できれば、タバサは自由になれる。ガリア王家がタバサに嫌がらせをするのなら、ゲルマニアに移住してしまえばいい。

 

「早く戻ってきなさい、タバサ」

 

そんな思いを胸に、あたしはこの場にいないタバサに語りかけた。




アルビオンの戦いの状況は結果報告のみ。
次話はルイズ帰国後なので、本話で原作七巻終了。
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