ハルケギニアの商人聖女   作:孤藤海

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アルビオン戦役の終結

降臨祭の終わりから三週間後、わたしたちはトリステイン魔法学院に戻っていた。それはゲルマニアとトリステインの連合軍と神聖アルビオン共和国との戦が終結し、臨時の士官として出征していた魔法学院の生徒たちが次々と魔法学院に戻ってきているという情報を入手したからだ。

 

降臨祭の最終日、アルビオン軍は停戦協定を破り、シティオブサウスゴータに駐留していた連合軍に襲い掛かってきた。そこに味方の裏切りも重なり連合軍はあっという間に敗走させられたらしい。そこまで聞けば、戦は連合軍の完敗で終結したと思いそうだが、実際の勝敗は真逆だ。

 

連合軍の艦隊が命からがらアルビオンから逃げ出した直後、大国ガリアの艦隊が突如として連合軍側に立って参戦してきたのだ。ガリア艦隊は、敗走した連合軍から奪回した港町ロサイスに入っていたアルビオン皇帝のクロムウェルを司令部ごと吹き飛ばし、駐屯するアルビオン軍に降伏を促したのだ。

 

圧倒的な兵力差と、一瞬で皇帝を吹き飛ばされた混乱とで、アルビオン軍はただでさえ戦意を失っていた。そこに連合軍から離反したはずの軍が今度は、アルビオン軍に杖を向けるに至り、戦わずしてアルビオン軍は降伏した。

 

ガリア軍はそのままロサイスに駐屯、臨時の調停のテーブルを設け戦争の後始末を開始。こうして、アルビオンの侵攻から始まった足かけ八ヶ月にも及ぶ戦は、いきなり横槍を入れてきたガリア王家に主導されるかたちで終わりを迎えた。

 

幸いにしてシティオブサウスゴータからの敗走においても魔法学院の生徒から、死者は出なかった。けれど、生徒以外では犠牲になった者がいた。ルイズの使い魔として、ともに前線にあった平賀だった。

 

連合軍の撤退の時間を稼ぐため、ルイズはたった一人で敵の追撃を防ぐ殿軍の役割を命じられた。けれど、ルイズの精神力は満足に回復しておらず、敵の足止めを可能とするような大規模な魔法を使える状況ではなかった。ルイズの死は確実な状況だった。それを理解していながら、なお役割を果たそうとしたルイズを睡眠薬で眠らせると、平賀は代わって一人で敵に立ち向かったという。

 

その戦いがどのような展開となったのかは、わたしの元には入ってない。けれど、結果として猛然と追撃していたアルビオン軍は足を止め、その間に連合軍は無事に撤退をすることができた。そして、平賀は未だ行方知れずだ。

 

「言動には少々、問題がありましたが、彼は紛れもなく護衛騎士だったのですね」

 

その話を聞いたマティアスは、そう呟いていた。確かに平賀の行動は護衛騎士としては正しいことだと思う。マティアスやラウレンツ、あるいはここにはいないダームエルたちにしても似たような行動をしたと思う。

 

わたしは側近たちが命を捨てて守ってくれたならば、称えなければならない立場だ。けれども、いざ守られたときに、わたしは上手く褒めることができるだろうか。今回のことは、わたしにも考えさせられることが多かった。

 

ともかく、気になるのはルイズのことだ。自分を守るために平賀が命を落としたと聞いて、上手く受け止めることができているだろうか。ギーシュやモンモランシーに聞いてみると、ルイズは部屋に閉じこもっているということだった。

 

「ルイズの部屋を訪ねてみましょう」

 

わたしとルイズは、それほど親しい間柄ではなかった。けれど、ルイズが虚無の使い手だということを知っている者は少ない。他の人には話せないアルビオンでの行動などについても、わたしになら話せるかもしれない。

 

そう思ってリーゼレータ、グレーティア、クラリッサの三人と一緒にルイズの部屋を訪ねてみたが、返事がない。けれど、中からは微かに物音がしている。

 

「ルイズ、入りますね」

 

そう言ってリーゼレータに扉を開けさせる。ルイズは制服姿で頭には妙な帽子をかぶり、膝を抱えてベッドに座っていた。

 

「……ローゼマイン?」

 

「サイトのことは聞きました」

 

そう言いながら近づくと、ルイズは静かに涙を流しながら語り始める。

 

「わたしのことなんか放っておけばよかったのに。こんな恩知らずでわがままな、可愛くないわたしのことなんか、無視して逃げればよかったのよ」

 

ルイズの言葉はわたしに向けて発したものではない。ただ、自分の中の思いが口から零れているだけだ。

 

「あんなに、名誉のために死ぬのはバカらしいなんて言ってたくせに、自分でやってちゃ世話ないじゃないの」

 

「わたくしの側近であるローデリヒは、わたくしの側近となるとき、わたくしのために一生を捧げると誓ってくれました。そして、彼の名は常にわたくしと共に、彼の命はわたくしのためにと、すべてをわたくしに捧げてくださいました。クラリッサも、おそらくルイズと同じような状況に陥れば、命をかけてわたくしを助けてくださると思います。ですので、あるいはサイトの気持ちがわかるかもしれません」

 

そう言うと、ルイズが顔をクラリッサの方に向けた。

 

「クラリッサ、もしもわたくしが危機に陥ったらどのような気持ちで命をかけると思うか、教えてくださる?」

 

「わたくしもローゼマイン様のために命を捧げると誓いました。ローゼマイン様が遥か高みに上がられ、わたくしだけが残されるなど、どのような状況でもあり得ません」

 

名捧げのことは秘しておくべきことなので婉曲的に表現したけど、クラリッサは仮に名を捧げていなくとも同じだと言ったことがある。

 

「命をかけて仕えると誓った主のためならば、名誉など得られなくとも後悔などはないのでしょう。サイトはルイズに仕えているという気持ちはなかったかもしれませんが、ルイズのためならば、命をかけられるくらいには慕っていたと、わたくしは思います」

 

ルイズには、そこまで平賀に慕われていたという実感はないのだろう。ルイズはかなり嫉妬深い性格で、それが暴走して平賀を折檻する姿は学園内でも目にしていた。その自覚は本人にもあるだろうし、無理はないかもしれない。

 

「それに……これがある意味では、最も大きな要素かもしれません。殿方というものは女性に対しては格好をつけたがるものでしょう?」

 

そう言うと、ルイズが目をしばたたいた。

 

「格好をつけて死んじゃったら、何にもならないじゃない。本当に馬鹿よ」

 

「あら、彼が馬鹿だということは少し見ていたらわかると思いますし、それでルイズも苦労していたのではないですか?」

 

「そうね。そうだったわ」

 

ようやくルイズに少しだけ笑みが戻った。

 

「ルイズ、最悪のことを考えてしまうのは仕方がないことでしょうけど、そのことを心配するあまり、ここで悲しんでばかりでよいのですか?」

 

「どういうこと?」

 

「まだ誰からもサイトが戦死したという目撃情報などは得られていないのでしょう?」

 

そう言うと、ルイズがはっとしたように顔をあげた。

 

「万に一つでしょうけど、可能性がないわけではないですよね?」

 

あるいは重い怪我を負って帰国できないけど生存している可能性もあるのだ。本当に可能性は低いが、それでも勝手に死んだことにして悲しみに暮れる日々を過ごしても何にもならない。それに仮に亡くなっているのがわかっただけとして、遺品の一つでも見つけられれば、それが次の一歩を踏み出すきっかけになるかもしれない。

 

「そうね。今こそ前にローゼマインが言ってたことを確認すべきね」

 

「どういうことですか?」

 

「サモン・サーヴァントを使ってみるわ。ガンダールヴが呼び出せなかったらサイトは生きている」

 

そういえば、ガンダールヴ以外の使い魔を呼び出せないか提案をしたことがあった。けれども、まさかそれを生存確認のために使うとは思わなかった。ゆっくりと平賀の足跡を追うことで何かが好転することを願った提案だったのに、そんなお手軽な確認では心情面では何の変化も得られないのではないだろうか。

 

「あの、もう少し考えてからでもよいのではないでしょうか?」

 

「ううん、サイトは生きてるわ。今、決心できなかったら、あとになったって無理よ」

 

そう言うと、ルイズは目をつむって杖を振り上げる。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし“使い魔”を召喚せよ」

 

止める間もなくルイズはサモン・サーヴァントの呪文を唱えてしまう。あまりの急展開にわたしは頭を抱えるしかない。

 

本当に考えなしに発言なんかするべきじゃなかった。もっとハルケギニアではどのような結果を生むのか真剣に考えてから発言しないといけなかったのだ。励ましのつもりで絶望を生んでしまっては完全に逆効果だ。どうか、どうか、ガンダールヴが呼び出されませんように。

 

呪文の完成と同時に、ルイズの前には白く光る鏡のようなゲートが現れる。中から現れるのはガンダールヴか、それ以外か。

 

「扉よ、閉じて」

 

固唾をのんで見守っていると、ルイズは急にゲートを閉じた。

 

「どうしたのですか?」

 

急に怖くなったのだろうか。そう思ったのだけど、ルイズの答えは違った。

 

「今の召喚は、ガンダールヴを呼ぶものだったわ」

 

「わかるのですか?」

 

「ええ、間違いないわ」

 

単なる勘違いの可能性もあるのではないか。けれど、とてもではないが、そんな言葉は口にできる雰囲気ではない。

 

ふらふらと歩きだしたルイズはベッドの中に潜り込んでしまう。客人の退室を待たずに部屋の主がベッドに入るというのはマナー的にはよろしくないが、さすがにリーゼレータも心配そうな視線を向けるのみだ。わたしは目で側近たちを促し、そっと部屋を出る。

 

今は下手な慰めは逆効果だろう。しばらくは時が傷を癒すの待つしかないのだろうか。

 

本当に完全に裏目に出た。元より対人スキルの高くないわたしが余計なことをするべきではなかったのかもしれない。

 

習慣とは悲しいもので、自分のやらかしに落ち込みながらも、こんなときでも貴族の微笑を張り付けて、わたしは学園の外に作った別棟に向かって騎獣を飛ばした。

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