ハルケギニアの商人聖女   作:孤藤海

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最後の素材

ガリア王家の任務を終えて戻ってきたタバサと一緒に、あたしはロマリアを訪れていた。目的はもちろん、ユレーヴェと呼ばれるものの最後の素材として目星をつけていた、硫黄を入手するためだ。

 

今回はゲルマニアのフォン・ツェルプストー家のキュルケと護衛という名目での正規の方法での入国だ。戦争は終わったものの、アルビオンでの戦に向けて保有していた硫黄のほとんどを使用したこと、今のところは落ち着いているアルビオンも、いつ反乱等が起きても不思議ではないため、予め備えておくことを名目にしている。

 

事前に劇団キュントに情報収集をさせ、良質な硫黄が産出される場所については情報を得ている。更にフォン・ツェルプストー家の使用人を派遣して、アルビオンで使用する硫黄の採集のための技術指南役として職人との接触も済ませている。後は火のメイジとして著名なフォン・ツェルプストー家の娘として、実際の採集の方法を学ぶだけだ。

 

まずはロマリアの技師が採集している場面を見て、その後タバサが一人で採集してみる。最後にキュルケも試してみるという流れだ。はっきり言ってキュルケは硫黄を採集する必要などないのだが、タバサの目的を隠匿するために行うことにした。

 

今回のような行動の場合、できるだけ時間を取って、自分に有利なように水面下で準備しておくというローゼマインの考えは親和性が高い。タバサがいないうちから準備を進めていたこともあり、いざロマリアに向かうと決めてからは早かった。

 

ロマリアに入ってすぐ、予め接触を持っていた現地の技師に案内され、あたしたちは採集地へと向かう。その途中の馬車の中で技師のおじさんが不思議そうに聞いてくる。

 

「良質の硫黄を求める方はいくらでもいますが、わざわざ自分で採集してみたいだなんて、お嬢様がたは変わっていますね」

 

「さすがに他国まではあまり知られていないようだけど、あたしたちツェルプストー家は、ゲルマニアでは名の知れた火のメイジの家系なのよ。自分たちがよく使う秘薬については詳しく知っておくに越したことはないでしょう」

 

知られていないのは他国にではなく、平民にと表現するのが正しい。平民にとってメイジというものは纏めてメイジと認識されていて、後は公爵家などの一部の大貴族がすごい貴族と認識されている程度らしい。けれど、それを口にしたところで相手を不快にするだけだ。技師が協力的か否かは採集する硫黄の質にも関わってくる以上、余計なことは言わないでおくに限る。

 

「見えてきましたよ」

 

その声に馬車の窓から外を見ると、薄っすらと噴煙を上げる山が見えた。今回の採集地は時おり小規模の噴火を繰り返している火山なのだ。

 

「あれがヴェスティア山。今回の採集のために向かう場所です。そして、その麓に見えるのが今晩の宿を取っているグリューアの町です。グリューアは温泉が有名な町ですので、お嬢様がたも寄ってみてはいかがですか?」

 

「そうね、試してみるわ」

 

技師の勧めににこやかに答えて、あたしたちは宿に入った。

 

「お待ちしていました」

 

そこに待っていたのは劇団キュントに付けていた元傭兵メイジのエルザスだ。元とつくのはエルザスがすでにツェルプストー家のお抱えとなっているためで、今回も最終的な現地の情勢確認のために前日のうちにグリューアに入っていたのだ。

 

「ご苦労様、エルザス。不審な人物の噂など、なかった?」

 

「今のところ、そのような話は耳にしておりません」

 

あたしたちは不審者の目撃情報だけでなく、何らかの違和感を覚えた場合もすぐに町から撤退することにしていた。けれど、そういう情報はないようだ。

 

「わかったわ、それじゃエルザスは明日もグリューアで情報収集をお願いね」

 

「かしこまりました」

 

「じゃ、あたしたちは温泉に行ってくるから。エルザスも今日はもう休んでいいわよ」

 

エルザスにそう言って、あたしはタバサと一緒に温泉を楽しんだ。といっても、タバサの心は明日の採集地に向かっていて、気もそぞろという様子だったけど。

 

そうして翌日、あたしたちは硫黄の採集のためヴェスティア山へと足を踏み入れた。あたしたちは二人とも厚い布を顔に巻いている。ヴェスティア山はあちこちに蒸気が噴き出す穴があり、ただでさえ暑いのだが、こうしておかないと思わぬところで有毒なガスを吸い込んでしまう可能性があり、危険なのだそうだ。

 

「タバサ、暑いから氷でも作ってくれない?」

 

「この先、何があるかわからない。精神力は温存したい」

 

「そうよね。採集にも精神力を使うみたいだし、ないと思うけど、山に何かあったときに精神力がないんじゃ話にならないものね」

 

そう言ってみたはいいけれど、顔に巻いた布の下は汗でぐしょぐしょだ。鼻の頭や瞼の上にまで汗が流れているのがわかる。

 

我慢して先に進んでいると、硫黄の匂いが徐々に強くなっていく。顔に巻いている布は暑さという面ではマイナスだったけど、匂いの軽減という意味では役に立っている。あたしは火のメイジなので多少は慣れているとはいえ、臭いものは臭いのだ。

 

「あそこです」

 

言われた方を見ると、岩にびっしりと硫黄が付着していた。

 

「まず自分が採集してきますので、お嬢様がたはこちらから見ていてください」

 

そう言って技師の男が硫黄の塊の方へと歩いていく。蒸気が噴き出る石の間を難なく通り抜けた男は岩を工具で砕いた。その欠片を手に男は同じ道を戻ってくる。

 

「蒸気が噴き出る場所は決まっています。絶対に自分の後ろから脇に逸れたりはしないでください」

 

あたしたちを連れて、技師の男はやはり同じ道を通って硫黄の元に向かう。けれど、そこの場所の硫黄を見たタバサは表情を曇らせた。

 

「なるべく人が触っていない場所の硫黄が欲しい。わたしはメイジだから飛べる。硫黄の質が良さそうで、他の人が採集を行っていない場所はどこ?」

 

ユレーヴェの素材とするには、なるべく他の人の魔力が混ざらない方がいいと、これまでもローゼマインから言われてきた。けれど、この場所の岩にはすでに多くの人が削った跡が刻み込まれていた。タバサはそれを見て品質に不安を持ったのだろう。

 

「あたしからもお願いするわ。少しでも品質の高い硫黄が欲しいの。見えているけど危険すぎるから採集できなかった場所とかないかしら?」

 

人が触っているか否かは本来の用途で使用する場合は何の影響もない。タバサの言っていることを不審に思われないように、あくまで未だ見ぬ高品質の硫黄を求めた結果であるように言い添えると、技師の男は納得したような表情を見せた。

 

「それならあそこに見える場所なんかは、良い硫黄が取れるのではないでしょうか。けれど、見ての通り危険な場所ですよ」

 

指さした先は小さな谷を挟んだ崖の上の岩場にあった。そこには分厚い黄色がこびりついている。けれど、そこまでの地面には多くの亀裂があり、そこから不定期に蒸気が噴き出していた。

 

「高めに飛べば、近づけると思う」

 

「いいえ、低空でもいけるわ」

 

タバサがこてりと首を傾げるのを見て、あたしは自慢げに言う。

 

「魔法学院を襲った火のメイジが温度を感じられるって言ってだしょ。あたしも少しだけど感じられるようになったのよ」

 

もっと実力を高めなければと研鑽に励む過程で、あたしも温度を知覚できる能力を手に入れたのだ。もっとも、感じられるのは相当に温度差がある場合に限られるので、今回のような高温の蒸気の噴き出る場所以外では、火や氷の魔法の位置を感じるくらいしかできないのだけど。

 

要するに、今のところ、それほど役に立つ技能ではない。けれど、ここでなら使うことができる。

 

あたしはタバサの先に立ってフライで宙を進む。タバサはあたしのすぐ後ろをぴったりと付いてくる。

 

右前の穴から、十秒後くらいに蒸気が出そうだ。安全策をとり、左側の穴の上を進む。次は右に、その次も右に。無事に噴気孔が集まる場所を抜ければ地割れの先に崖が見える。

 

「もう少ししたら、一度、蒸気が噴き出すわ。その後は大丈夫よ」

 

あたしの言葉通り、硫黄が多く付着する岩の傍から蒸気が噴き出した。

 

「今よ、採集をしてしまいましょう」

 

待ってましたとばかりにタバサが崖を飛び越え、岩にとりついた。杖の先に精神力を集めて岩に突き刺すと、さして力を入れた風でもないのに、ごっそりと硫黄が取れた。

 

「思った以上に簡単に取れたようね。せっかくだからあたしも採集させてもらうわ」

 

ここに来るまでは、形だけの採集をしようと思っていただけだが、目の前にお宝があるのに見過ごすことなどできない。取り過ぎて怒られない程度に採集を行い、あたしたちは意気揚々とヴェスティア山をあとにしてエルザスと合流したのだった。




ルイズが絶望の中にいて、ローゼマインがやらかしたと頭を抱えているころ、キュルケとタバサは割と楽しく採集中。
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