わたしがキュルケから硫黄の採集成功の連絡を聞いた翌日の朝、わたしは別の驚くべき報告を聞くことになった。それはルイズが昨日の深夜、学院内の火の塔から身を投げたというものだった。
「それでルイズは無事なのですか?」
「はい、何やら偶然が重なったようで、大きな怪我はないようです」
その言葉にほっと息を吐いた。わたしの治癒の力は学院内でも屈指のもののようなので、危険な状態であれば、就寝中であろうとも連絡が来たはずだ。となると、すでに命が失われているのか、それほど怪我が重くないかのどちらかなのだろうと思ったけど、どうやら良い方向であったようだ。とりあえず最悪の事態は免れたようで、そのことは本当によかった。けれどもリーゼレータからの報告はそれで終わりではなかった。
「ローゼマイン様、シエスタより面会の依頼が来ています」
「シエスタから、ですか?」
これまでシエスタが面会の依頼をしたことはない。リーゼレータかグレーティアのどちらかに要望を伝えれば、二人を通してわたしに要求は届くからだ。
「しばらく休暇をお願いしたいとのことです」
「わかりました。朝食の後、部屋に来るように伝えてちょうだい」
このタイミングでの面会なのだ。間違いなく休暇の目的にはルイズが関わっているのだろう。わたしの側近たちのことを考えれば、シエスタが抜けるのは痛い。けれど、そもそもルイズを追いこんでしまったのは、わたしかもしれないのだ。
もしそうなら、シエスタの報告を聞くのは恐い。けれど、シエスタがきちんと筋を通して許可を得ようとしているのに、面会はよいから休めと言うこともできない。わたしの好みに完全に合わせてくれていたフーゴには僅かに劣るものの、十分においしいトリステイン魔法学院の料理も今日ばかりは手が進むのが遅くなってしまう。
「シエスタから話を聞くのは気が進みませんか?」
それを敏感に察知したリーゼレータがわたしを気遣うように声をかけてくる。
「ルイズへの対応が失敗だったことは自覚があるので、少しばかり気が重いです」
「ルイズ様には厳しい結果になってしまいましたが、遅かれ早かれ誰かが同じような行動には出たと存じます。ローゼマイン様の責任ではございません」
いつまでも平賀の死から目を背けていられないのは確かだろう。けれど、ルイズがそれを自分で消化するまで待つか、あるいは同じ説得でも、もっと上手くできる人ならば、今回の件は起こらなかったかもしれないのだ。
とはいえ、そんなことを思い悩んでいても仕方がない。わたしにできるのはシエスタのことを後援するくらいのものだ。ならば、そちらに全力を尽くそう。
覚悟を決めたわたしは、食事を終えると、すぐにシエスタを部屋に読んだ。そうして待つこと少し、シエスタは驚くべき人を連れていた。
「ルイズ、もう怪我はよいのですか?」
驚いてわたしが聞くと、ルイズは少しばかりばつが悪そうに視線を逸らした。
「ローゼマインにも心配をかけたわね。わたしはもう大丈夫よ」
そう言ったルイズは、本当にどこか吹っ切れたような表情に見える。
「何か心境が変化するようなことがあったのですか?」
「わたし、思ったの。わたしはずっと、あのバカ使い魔に甘えてたって。それなのに、あのバカってば、わたしを守ってくれたわ。そんなあいつに、できることはなんなのかって」
「それで答えは出たのですか」
「信じることよ。世界中の誰もが、『サイトは死んだ』って言ったって、この目で見るまではわたし信じない。たとえ魔法が“死んだ”って教えてくれたって、わたし信じない。あいつ、わたしに言ったもの。何があってもわたしを守るって。わたし、その言葉を信じるわ。だからあいつは生きてる。絶対よ。それにね、あいつはわたしの使い魔なの。わたしに無断で死ぬなんて許さないんだから」
ルイズはそう言い切った。ルイズの今の様子は、自殺しようとしたという昨晩よりは良い状態にあるのだろう。けれど、あくまで平賀が死んでいないという前提に立っていることについては、正直なところ危うく見える。
けれど、ここでまた落ち込ませても仕方がない。わたしが下手に何か言うよりも、ここはシエスタに任せた方がよいだろう。
「この目で見るまで、という言葉から考えると、ルイズはこれからアルビオンに向かわれるつもりですか?」
「ええ、絶対にサイトを探し出してみせるわ」
「では、シエスタはそれに同行したいということでしょうか?」
「はい、わたしたちが信じなかったら、サイトさんを信じてあげる人はいなくなっちゃうと思いますから」
「シエスタの休暇申請は認められません」
そう言うと、シエスタは驚いたように目を見開いた。
「シエスタには当分の間、ルイズの側仕えの役割を命じます。無論、わたくしが命じたお仕事ですから、これまでと同様の報酬を支払います」
そう言うと、シエスタは嬉しそうに、ありがとう存じます、と返してきた。あちこちと移動することも多いわたしたちに、シエスタが実際に仕えた期間は長くない。仕事に直結する所作などはグレーティアが叩き込んだはずだけど、言葉遣いについては、いずれは去ることになるわたしたちに合わせ過ぎても他で浮いてしまうため、あまり矯正しないように伝えている。けれど、さすがにいくつかの言葉は覚えてしまったようだ。
「ローデリヒ、ひとまず一月分の給料をシエスタにお渡しして」
公爵家の令嬢とはいえ、ルイズに自由にできるお金が少ないことは知っている。シエスタに給料として渡されたものを簡単に受け取るとは思えないが、いざという時の助けにはなるだろう。
その後、ルイズを先に退出させてわたしはシエスタにもう少し詳しい事情を聞いてみた。すると、驚くべきことが判明した。
なんと、ルイズが火の塔に登っていたのは確かなのだが、そこから身を投げたというのは正確ではなかった。実際は塔の淵に立つルイズに駆け寄ろうとしたシエスタが、転んだ拍子に突き飛ばしてしまったということだった。
「あの、ですけど、本当に危険な雰囲気だったのです。サイトさんには、もうこうしないと会えない、とか叫んでいて……」
わたしの冷たい視線に気づいたのかシエスタが慌てて弁解してきた。シエスタが口からでまかせを言っているとも思えないので、危険な状態だったのは確かなのだろうけど、もう少し落ち着いてほしいものだ。もっとも、そんなことを口にすれば、わたしも側近たちから後で同じことを言われてしまうのは確実なので黙っておく。
「事情はわかりました。シエスタ、ルイズのこと、お願いしますね」
「お任せください」
そう答えたシエスタが部屋を出て行くと、わたしはリーゼレータにキュルケと連絡を取るように依頼する。素材を集め終えたタバサは、すぐにでもユレーヴェの作成に取り掛かりたいはずだ。わたしたちはタバサが学院に戻り次第、試作品を作ることができるように準備をしておくつもりなので、いつ頃になるのか確認するためだ。
「キュルケよ。予定通り二人でツェルプストーの城に戻ってからタバサをトリステインに向かわせるわ。タバサがツェルプストーの城を発つ日が決まったら連絡するわね」
ゲルマニアに入ってからの日程はある程度、計算ができるけどガリア国内の移動に関しては読みにくい部分があると言っていた。それに加えてツェルプストー家にどのくらい滞在するのかも、まだ決まっていないのだろう。
「ローゼマインです。タバサも疲れているでしょうから、ツェルプストーの城でしっかりと休養を取ってから戻ってきてくださいませ。こちらに着いたら、魔力を大量に消費することになりますからね」
そう吹き込んで、わたしはオルドナンツを飛ばした。それから少ししてタバサから、覚悟しておく、という言葉が返ってきたが、そのときタバサの引きつった顔が浮かんだのは気のせいだろうか。
「タバサが到着するまで、しばらく時間がかかりそうですね。わたくしたちは調合の準備だけ整えて、後はこれまで通り研究に励むとしましょう」
そう側近たちに伝えて、わたしはここハルケギニアでの日常へと戻っていった。