ゲルマニアでキュルケと別れ、タバサはトリステイン魔法学院に帰還した。そして、その足で採取した素材を積み込み、ローゼマインたちと一緒にオルレアン家に向かう。これで、いよいよ母を助けうるユレーヴェというものが作れるのだ。
今すぐにでも作成をして、一刻も早く母に飲ませたいという気持ちは強い。けれど、それと同じくらい、もしも効かなかったらという恐怖心もある。ユレーヴェは今のところ、母を救える可能性のある唯一のものだ。これで何の効果もなかったら、タバサは、もうどうしていいかわからない。
それでも、今はローゼマインを信じて最高のユレーヴェを作るしかないのだ。そう覚悟を決めてローゼマインの作った増築部分の調合室に向かう。中に入るとローゼマインが嬉しそうな顔で出迎えてくれた。
「ああ、タバサ。つい先程、ルイズからオルドナンツが届いたのです。驚いたことに、才人が生きていたそうですよ」
サイトがアルビオンとの戦で亡くなったという連絡は、タバサもキュルケ経由で聞いていた。ローゼマインもその報を信じてしまったということだが、ルイズは諦めず、未だきな臭さの残るアルビオンに渡って見事にサイトを見つけ出したらしい。
ルイズは見事な勇気を示した。次はお前の番だと背中を押された気がして、タバサはすぐにユレーヴェを作りたいとローゼマインに申し出る。
「タバサ、焦ってはなりません。まずは調合の基本を確認してからとしましょう」
そう言って、ローゼマインは長時間、精神力を均等に流しながら、素材をかき混ぜられるか見たいと言ってきた。確かにユレーヴェの素材はいずれも貴重なものだ。もう一度、採取をするということは難しい。
まずは調合の感覚を掴むために価値の低い素材を使って練習をしてみることになったのだが、ローゼマインの用意した素材の中にはタバサが火竜山脈で採取して使えないと判断されたものもあった。有効活用といえなくもないが、それなりに苦労して採取したものを価値が低いと断じられたのは、少しだけ悲しい気持ちになった。
タバサがそんな感想を抱いているうちに、ハルトムートが大きな鍋を持ってくる。その鍋に向けてローゼマインはヴァッシェンという、ユルゲンシュミットの洗浄の魔法を使う。
「余分なものが混入すると品質が落ちますので、調合に洗浄は非常に大事です。けれども、タバサは洗浄の魔術が使えませんので、こちらはわたくしたちが行います」
タバサとしては、頷くことしかできない。オルドナンツと違ってヴァッシェンはタバサは使用することができなかったのだ。魔力を込めてヴァッシェンと言えばいいだけと言われても、どうしてそれで魔法となるのか分からない。
「調合鍋を洗浄したら、素材を一つずつ鍋に入れていきます。タバサはこちらの棒に調合の終わりまで精神力を均等に流し込みながら、鍋をかき混ぜ続けなければなりません。最初に精神力を多く流し込みすぎますと、疲れてくるに従って流し込む量が少なくなってしまい、失敗しますので注意してください」
ローゼマインにそのように注意されたこともあり、タバサは一つ目の魔石が入れられた鍋を混ぜる棒に、ドットの魔法を使うくらいの感覚で精神力を流し始めた。
「次の素材を入れますね」
しばらく混ぜ続けて、鍋の中でカラカラと音を立てていた魔石が溶けて、粘度の高い液体へと変わったところで、ローゼマインが次の素材を入れた。どうやら、これを繰り返すことになるようだ。
それにしても、どうして精神力を注ぎながらかき混ぜると、石が液体状になるのだろうか。原理がまったくわからない。けれど、実際になっているのだから、そういうものと思うしかないのだろう。
素材が入れられるごとに、中の液体の量が増え、徐々にかき混ぜるのが難しくなる。けれども、タバサは戦闘訓練を受けている関係で外見よりは力がある。この分ならば、最後まで混ぜ続けることができるだろう。
「ここまでで十分でしょう」
ローゼマインによると、これ以上は貴重な素材も使用しなければならないらしい。だから、練習ではここまでに留めるということだった。
「品質は?」
調合のときに流す精神力によりユレーヴェの品質は左右されるらしい。タバサの作った液体を取り出したローゼマインは、しばらく調べた後、ゆっくりと首を横に振る。
「最初から上手くはいかないものです。それでも最初は途中で魔力切れになることが多いのに、タバサは初めての調合で完成させることまではできたのですから、習得するまでも早いと思いますよ」
その言葉に励まされるようにタバサは翌日も調合の練習を行った。そして、その翌日も。連日の調合を行うこと四日目、ついにタバサはローゼマインから合格を勝ち取った。
「明日は一日、お休みとしましょう。最高品質の素材は、調合に相応の魔力を必要とします。明日はゆっくり休んで、本番に臨みましょう」
そう言われたタバサは部屋に戻ってすぐにキュルケにオルドナンツを送った。タバサにとって、入学してから始めてできた友人、そして長らくただ一人の友人であったキュルケに、まずはこれまでの礼を言おうと思ったのだ。
「その調子だと、ローゼマインから合格をもらえたみたいね」
タバサは感情表現が乏しいと言われる。けれど、キュルケは今日の調合が終わったという一言だけでローゼマインから合格を勝ち取ったことに気付いたようだ。
「実行するのは明日?」
「ううん、明後日」
「じゃあ、今日は飲みましょう」
そうして、その夜はオルドナンツを送りあいながら深酒をし、翌日は二日酔いを覚ます日を過ごし、いよいよタバサはユレーヴェの作成に臨む。
「では、春の素材から入れてください」
これまでの練習の通り春の素材から入れ始める。ラグドリアン湖で最初は退治を考えていた水の精霊から得た、水の精霊の涙を魔石化したものを調合鍋に入れる。カラカラと音をたてていた水の精霊の涙が、やがて形を崩していく。
そういえば、水の精霊から依頼されたアンドバリの指輪は、結局、取り戻すことはできていない。持ち主であったクロムウェルがガリアの船からの砲撃で、司令部ごと吹き飛ばされてしまったためだ。ローゼマインからは情勢が落ち着いたら、無駄足とは思うが念のために現地を訪れるつもりだと聞いている。
次に鍋に入れるのはロマリアで採取してきた硫黄だ。つい先日、採取したばかりの硫黄は魔石化すると、なぜか濃い青色の魔石になった。その魔石を見ていると、グリューアの町で入った温泉街の匂いが思い出された。あれは全ての採集の中で最も楽しいものだった。
その次はアルビオンで採取した風石だ。思えば、アルビオンでの風石の採取が、初めての鉱物の採取だった。ところで、最後に敵に回ったワルドは今、どうしているのだろう。
そして、最後に投入するのが、採取にも魔石化まで持っていくにも一番の苦労を強いられたガリアのチタンだ。最初は火の素材を狙っていたこともあり、しばらく思うような品質の素材を入手することができず、大いに焦ったものだ。そして、その後はコルベールの精製待ちという歯がゆい時間も過ごした。そのコルベールに、まさかキュルケが熱烈な恋をすることになるとは、あのときは思いもしなかった。
これまでの素材採取での思い出がタバサの脳裏に蘇ってくる。タバサは心を落ち着けて一定の精神力を注ぎながら鍋をかき混ぜ続けた。
チタンの魔石が完全に溶けると、ローゼマインが鍋の中に黒い液体を垂らした。けれど、四色のマーブル模様に変化はない。今の液体は何だったのだろうか。タバサが考えていると、鍋の中の液体が急に量を増やしていった。
「これで完成です。完成した液体は、こちらの白い箱の中で保存します」
「これはどうやって使うの?」
「杯の半分ほどを飲んだ後、この液体の中に浸かります」
「え?」
あまりに予想外の言葉に、それだけ呟いたきり声がでなかった。と、そこで素直に浸かればよいのだと思い直した。
「肩まで浸かる?」
「いいえ、頭まで浸かります」
「それだと溺れる」
「少なくともわたくしは溺れませんでした」
「わかった」
またしても、よくわからない理屈がでてきた。本当に大丈夫なのか、未だ半信半疑ではあるが、とりあえず試してみるしかないだろう。
「ユレーヴェの効果が出るまで一定の時間がかかります。タバサのお母様の治療にどのくらいの時間がかかるかは、わたくしも予測ができません。なるべく予定の空いているときに使うのがよいと思いますよ」
「そうする」
そろそろガリア王家から次の任務を命じられてもおかしくない。それが終わった直後が頃合いだろうか。そんなことを考えながら、タバサは調合室を出た。
次章 ガリアとの暗闘