アルビオンで七万の軍を足止めした功績で。俺は晴れて貴族となった。けれど、生活は大して変わらなかった。“シュヴァリエ”の称号には年金がついているので、金回りは多少よくなったが、生活が一変するほどでもない。俺がもらうことになった年金は平民の一家四人が不自由なく暮らせるくらいの額だ。領地を持たない、下級貴族の収入はそんなものらしい。
住む場所も変わらない。相変わらずルイズの部屋だ。借りようと思えば学院のあいている部屋も借りられたのだが、ルイズが嫌がった。余計なお金使うことないじゃない、とルイズは言った。普段の金銭感覚はいい加減なのに、このときは妙に堅実だったのだ。
とりあえず、アンリエッタから命じられた騎士隊の勤務には絶対に必要だとのルイズの勧めに従い、俺は年金を前借りして馬を一頭買った。
いい乗り手は馬よりも馬具に拘る、とのルイズのアドバイスに従い、馬具もそれなりのものを買った。その二つで年金のほとんどが吹っ飛んだが、めんどくさいし言うとおりにしないとルイズが怒るので、俺はしぶしぶ馬と馬具を買ったのだ。
そして、余ったお金はゼロ戦を置くために、雨から守るだけの板と木の格納庫を作るのに消えてしまった。
このときばかりは移動手段にお金をかけなくてもよいユルゲンシュミットの貴族を心の底から羨ましく思った。騎獣なら空を飛べるし、維持費もかからないのに。
そんな風にいきなり貴族になった俺に対する、魔法学院の人たちの反応は様々だった。
学院長のオスマン氏は喜んでくれた。
こっちの世界に骨をうずめる覚悟ができたようじゃな、と目を細めた。そういうつもりではない、と説明したら、未だにそんなことを言うのは、嫁さんがいない所為だと言い出し、貴族になった記念に結婚して身を固めろ、わしの姪はどうじゃな? 四度結婚に失敗して四十を過ぎているが器量はそこそこじゃ、と言い出したので、逃げ出した。
赤土のシュヴルーズ先生も、まぁ、と目を細めて喜んでくれた。
教師で喜んでくれたのはその二人ぐらいなもので、他の先生は快くは思っていないようだった。今までどおり、俺を空気のように無視した。すれ違いざまに、成り上がりが、と呟く教師もいた。さすがにむかついたが、一応相手は目上であるので放っておいた。
生徒たちの反応もまた様々だった。
平民上がりとバカにするもの。内心はよく思ってないが、俺の戦果に恐れをなして近づかないもの。無関心のもの。
すれ違いざまに、平民のくせに、とか、調子に乗りやがって、など、やっかみ半分の呟きが聞こえてくることもあった。相手が生徒ならまあよかろう、と俺はそんなことを言われるたびに決闘を吹っかけた。
ヴェストリの広場で続けざまに三人ほどボコってやると、すれ違いざまに悪口を言われることもなくなった。
貴族になった俺が所属することになったのは、女王アンリエッタの肝いりで新設された近衛隊だ。俺はオンディーヌという名を与えられた騎士隊の副隊長となった。
水精霊騎士隊という意味らしいオンディーヌは、過去に存在した栄光を纏いし、伝説の騎士隊らしい。トリステイン王家と縁の深い水の精霊の名前が冠されたその騎士隊が創設されたのは千年以上前にもさかのぼる。
しかし、数百年前の政粉の際に廃止されて、現在に至っていたのだが……、アンリエッタがその名前を拾い上げたらしい。そんな水精霊騎士隊の隊員たちはアルビオン戦役に参加した魔法学院の生徒たちで構成されている。隊長はギーシュだ。
初め俺は、隊長は自分がやろうと思っていた。けれど、平民上がりがいきなり隊長になると相当に風当たりが強い、というアニエスの話を聞いて、断念したのだ。アニエスが率いているのは平民たちだ。それでも、相当のやっかみがあるらしい。
それに対して俺の場合は平民が貴族を率いるということになる。当然、アニエスよりも更に風当たりは強いことになるだろう。それに、当人たちが納得していても親たちがどう思うかはわからない。そんな面倒を負ってまで騎士隊の隊長になりたいわけではない。
それにしても、俺に隊長を辞退するように勧めてくれたときのアニエスの様子を見ても、俺にはどうしてもコルベール先生を殺そうとしたことが信じられない。けれど、迂闊に確かめようとしてコルベール先生を危険に晒すわけにはいかない。
結局ルイズと相談し、とりあえず隊長にはギーシュを押して、当面の間、俺は副隊長ということになったのだ。
ギーシュはシティオブサウスゴータでは手柄をあげ、勲章をもらったし、それに父親は元帥である。人柄と実力と経験はともかく、家柄と戦果は騎士隊隊長としては申し分ない。
アンリエッタは俺を隊長にしたいようであったが、やっぱり俺はハルケギニアの貴族社会のルールもよく知らないし、メイジではないし、公にはできないが異世界人である。
ちなみにローゼマインも同じ意見だった。ローゼマインの場合、俺が人の上に立ったことがないことを心配して、そのような意見になったらしい。あとは、俺がルイズの尻に敷かれまくっているところを学院生たちなら見ているので、それでは隊長に就任しても威厳などないというのも懸念材料だったらしい。
けれど、代わって隊長に就任したギーシュは、モンモランシーに尻に敷かれまくっている。それに、何と言っても、やっぱりギーシュだ。威厳なんてものがあるはずがない。その意味では騎士隊の中に適任者なんていなかったことになる。
ともかく水精霊騎士隊は、訓練初日から俺とギーシュの取っ組み合い、アルビオン戦役での英雄譚に憧れを抱いた一年生からのアプローチ。そして、鼻の下を伸ばしていたことを咎めるルイズとモンモランシーの俺たちへの制裁と、ぐだぐだながら何とか走り出した。
そうして、アンリエッタの命である水精霊騎士隊の設立が一段落したところで、俺たちは虚無の担い手と判明したティファニアを、アルビオンに迎えに行く相談を始める。相談の会場は、ローゼマインの作った離れの会議室だ。
会議室にいるのは、アルビオンでティファニアと会っている俺とルイズ。それから今回の会議の提案者であるローゼマインたちだ。
「わたしたちを襲ってきたミョズニトニルンはシェフィールドと名乗っていたわ」
「死者を操る魔法から解放されたウェールズ様がおっしゃっていた、アルビオンの神聖皇帝クロムウェルを裏から操っていると思われた秘書の名ですね。そうなると、アルビオンの革命自体がミョズニトニルンの主人によって仕組まれた可能性がございますね」
「虚無の担い手は王家に現れると聞いているわ。まあ、王家に連なるものくらいでないと、アルビオン革命の黒幕になんかなれないわよね」
「そして、その者がどこの王家に連なるものであるかはアルビオン革命の最後を見れば容易に想像ができますね」
アルビオン戦役は、それまで中立を保っていたガリアが、突如としてアルビオンを攻撃したことにより終わりを迎えた。ガリア軍は開戦後の最初の一撃で見事に皇帝クロムウェルを死に追いやったのだ。けれど、考えてみれば、その経緯は不自然だ。
まずはクロムウェルを討ち取るためには、正確な居場所を知らなければならない。けれど、敵の大将の位置を知ることが難しいことは、アルビオンで敵の大軍に突っ込んだ俺が一番よく知っている。なるべく指揮官を狙おうと思っても、人の群れの中で判別するのは容易なことではない。
けれど、シェフィールドの後ろにいるのがガリア王家なら、それも説明がつく。言うまでもなくシェフィールドが情報を流したのだ。
「ガリア王家に連なる者の中に虚無の担い手がいるとしても、ルイズの件を見てもわかる通り、傍系でもよいようですからね。対象者はどこまで広がるかわかりません。誰が虚無の担い手か突き止めるのは難しいのでしょうね」
「いいえ、見当はつくわ。あまり考えたくはないけど」
「誰なんだ?」
俺が聞くと、ルイズは苦々しいという感情を顔全体に現した。
「ガリアの無能王、ジョゼフ」
「無能王って、もしかして……」
「そう、魔法が上手く使えないらしいわ」
俺が言おうとした言葉を、ルイズが引き継いで肯定した。
「それは、確定と見てよいでしょうね」
落胆した様子でそう纏めたローゼマインの言葉に否定の声はあがらなかった。俺自身も、ルイズと似ていると感じてしまったからだ。
「これで予断を許さなくなりました。今の共同統治のようなアルビオンにティファニア様を置いておくことはできません。早急にわたくしたちで保護すべきです」
その言葉に反対を唱えることのできる者はいなかった。