わたしは隣の座席にいるクラリッサを除いた六人の側近たちの騎獣に囲まれた状態で、再びアルビオンを訪れた。目的はルイズたちから聞いていたアルビオンの虚無の担い手を保護するためだ。そのための説得要員として、わたしの騎獣の後部座席にはルイズと平賀の姿もある。ちなみに側近全員を動員しているのは、説得に成功した暁には引っ越しが必要になるためだ。人海戦術というのは、なんだかんだで強い。
平賀の案内で、わたしはウエストウッド村の中に足を踏み入れた。ウエストウッド村は森の中に小さな家が数件建っているだけの、本当に小さな村だった。
アルビオンの虚無の担い手であるティファニアの家は村の入口付近にあった。藁葺きの屋根から、煙が立ち上っている。
扉を叩いたのは、ティファニアと面識の深い平賀だ。中から少女の小さな返事を聞くと、平賀はすぐに扉を開けた。
「フーケェエエエエエエエッ!」
次の瞬間、平賀が絶叫しながら背中の剣を抜き放ち、中へと飛び込んでいく。平賀の叫び声を聞いたラウレンツが平賀の後を追い、マティアスはクラリッサと一緒にわたしの護衛につく。ハルトムートはルイズの手を引きわたしの傍に控え、ローデリヒ、リーゼレータ、グレーティアはそれぞれシュタープを手にわたしの背後を固める。
「やめてえッ!」
次の瞬間、聞き覚えのない少女の声が響いた。
「なんで二人とも戦うの! サイト! 剣をしまって!」
「で、でも……」
「マチルダ姉さん! この方に手を出してはだめ!」
「マチルダ姉さん?」
少女の仲裁の成果か、平賀たちの言い争う声は少しずつ小さくなっていく。その後、中の様子を見に行ったラウレンツが入口から顔を出した。
「どうやら一時休戦となったようです。もう入っても大丈夫です」
ラウレンツのお墨付きをもらって中に入ると、なるほど確かに土くれのフーケがいた。
「お久しぶりですね、マチルダ様。時の女神ドレッファングーアの糸は交わり、こうしてお目見えすることが叶いましたこと、嬉しく思います」
わたしがユルゲンシュミット式の再会の挨拶をするとフーケは目を見開いていた。
「あんたはわたしと戦う気はないってことかい?」
「ええ、そのような必要はまったくございませんもの」
わたし自身はフーケにそれほどの恨みはない。それよりも、この場でフーケと敵対することで、ティファニアの心証を悪くする方が不利益が大きい。
「あんたたちとも随分と久しぶりだねぇ。まずは旧交を温めようじゃないか」
そう言うとフーケは椅子に腰掛けた。そうして、わたしたちが家の中に入って席に着いたところでティファニアに尋ねる。
「ねえティファニア。なんでこいつらと知り合いなのか話してごらん」
ティファニアはアルビオン軍を食い止め、死にそうになっていた平賀を助けたこと。迎えに来たルイズとも知り合いになったこと。わたしたちとは初対面であることを伝えた。
「ああ、じゃああれはあんただったのかい。七万のアルビオン軍を一人で食い止めたっていうのは。ふふ、やるじゃないの。少しは成長したようだね」
「じゃあ、次はこっちの番だ。お前とティファニアは、どうして知り合いなんだよ」
フーケの代わりにティファニアが、平賀に向けて説明を始める。
「いつか話したことがあったよね。わたしの父……、財務監督官だった大公に仕えていた、この辺りの太守の人がいたって。彼女は、その方の娘さんなの。つまりわたしの命の恩人の娘さん。それだけじゃないの。マチルダ姉さんは、わたしたちに生活費を送ってくださっていたの」
つまりフーケことマチルダは元はアルビオンの貴族だったと。そして元のアルビオン王家には恨みを持っていた。国を出て盗賊に身をやつしていたのも、その辺り理由があるのだろう。
「そのような素性なのでしたら、マチルダ様には、今のアルビオンで潜伏生活を送るための伝手があるということですか?」
「なんでそんなことを聞くんだい?」
「わたくしたちはティファニア様を保護するために、こちらに参りました」
マチルダの眉が、軽く動いた。ティファニアが驚いたようにわたしを見つめてくる。
「森の中でルイズが襲われたことは、ティファニア様も聞き及んでおられるでしょう? その敵がティファニア様の口封じを狙ってくる可能性があります。わたくしたちが巻き込んでしまって申し訳ないのですけど、せめて巻き込んでしまった者の責任としてわたくしたちでティファニア様を保護させていただきたく存じます」
わたしはガリアのことは隠して表向きの理由を伝える。
「もちろん、子供たちもいっしょだ。生活はトリステインが保証する。ティファニア、外の世界が見たいって言ってただろ?」
サイトが言い添えると、ティファニアの顔がわずかに輝いた。
「結論を急がないでください、サイト」
けれど、わたしは話を進める二人を制止した。
「わたくしたちの当初の目的は、先にお伝えしました。けれど、もしもマチルダ様が安全な場所を確保できると言うのなら、マチルダ様にお任せすることもやぶさかではありません。マチルダ様はどのようにお考えですか?」
「ちょっと待ってくれ、それでいいのかよ!」
「サイト、ティファニア様を保護することを強く主張したわたくしが言えることではないと思いますが、本来なら、わたくしたちは手段を示すのみで、決めるのはティファニア様とマチルダ様が行うべきなのですよ」
ティファニアがマチルダを見つめる。マチルダは目をつむって考えている。
「ローゼマインたちと一緒に行きな、ティファニア。お前もそろそろ、外の世界を見たほうがいい歳だ」
「おい! いいのかよ!」
「ああ。それに、わたしは今や文無しでね。仕送りをしたくてももうできないのさ。今日はそれを言いにきたんだ。ちょうどいいかもしれないね」
どうやらマチルダの逃亡生活も楽なものではないようだ。少なくとも子供たちも連れて行くことはできないだろう。それなら、完全に一緒には暮らせなくとも休みの日には会いにいける、わたしたちのところに来たほうがいいのかもしれない。
「マチルダ姉さん……そんなに苦労しているんなら、どうして言ってくれなかったの?」
「娘に心配をかける親がいるかい?」
「マチルダ姉さんは、わたしたちの親じゃないわ」
「親みたいなものだよ。だって、小さなときからずっと知っているんだものね」
ああ、駄目だ。わたしは肉親との別れには弱い。
「少し、二人で話す時間を作ってさしあげましょう」
ルイズと平賀を促して、わたしたちは隣の部屋で待つことにした。そうして鐘一つ分ほどの時間を過ごした頃、マチルダが部屋の中に入ってきた。
「お話は済んだのですか?」
「ああ、当初のとおりローゼマインたちにティファニアは任せるよ」
「それでよろしいのですね」
「ああ、どんな道だろうが、わたしと行くよりは、マシだからね」
その言葉には、真にティファニアのことを案じる響きがあった。その後、マチルダは平賀の方を見て、少し真剣な顔をした。
「あの子のこと、よろしく頼むよ。世間知らずなんだ。変な虫がつかないように、よく見張るんだよ」
それは平賀に釘を刺しているのだろうか。確かに平賀は隙あらばティファニアの胸に視線が行っていた。悪いけど、女性には丸わかりだからね。それはともかく、ティファニアにとってはマチルダも大事な家族のようだ。それなら今生の別れとしてはいけない。
「マチルダ様、トリステインに移住して少し落ち着いたら、ティファニア様にオルドナンツを送るようお勧めしてもよろしいですか?」
「いいのかい?」
「ええ、ティファニア様は人質としてトリステインに向かうわけはないですから。それに、わたくしは家族との連絡を制限するほど狭量ではないつもりですよ」
「そうかい。楽しみにしているよ」
マチルダはそう言って、そのままウエストウッド村から去っていった。一方のわたしたちは村で一泊した後、翌日にティファニアと子供たちを騎獣を乗せてアルビオンを去った。
ちなみにティファニアはこの世界では嫌われているエルフとのハーフだった。その特徴的な耳を隠すため、ユルゲンシュミットの側仕えのお仕着せに近い衣装を用意して、表向きはわたしの側仕えとして遇することにした。生活の場も守りの強いわたしが建てた離れとして、素性もオスマンにも秘した。徹底した情報管理の元、ティファニアはトリステインでの新しい生活を開始した。
原作と違いティファニアの素性は一般の魔法学院の生徒には開示されません。
私が書くと、双方に多大な犠牲が出る激しい戦いになりかねませんので。