ハルケギニアの商人聖女   作:孤藤海

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恋愛下手な人たち

あたしは、フォン・ツェルプストー家で建造していたオストラント号の試験飛行の成功を見届け、トリステイン魔法学院へと復帰した。そうして話でしか聞いていなかったルイズがサイトを探してアルビオンに向かった前後と、そこで発見されたルイズに続く虚無の担い手であるティファニアの話を聞いている。

 

ちなみに本人は隠しているつもりのようだが、ルイズが虚無を使えることは、あたしも気づいている。アルビオンでワルドが虚無に触れていた上に、アンリエッタたちに向けて放たれた謎の魔法を見ても気付かないほど、あたしは間抜けではない。

 

「サイトが死んだから、自分も命を絶つなんて、ルイズは何を考えているのかしらね」

 

いつも通りクラリッサの護衛の元、今日はグレーティアから出されたお茶を飲みながらあたしが学院を留守にしていた間の話をローゼマインから聞いていく。そうして最初に口をついて出たのが、先の感想だ。

 

虚無の担い手が三人もいたことも衝撃的だったが、何より驚いたのは、ルイズの行動についてだ。情熱的なことは大好きなあたしでも、さすがに恋人が死んだからといって後を追おうとは思わない。

 

「それに、それだけ愛してるという割には、そんな雰囲気でもないじゃない」

 

学園に戻ってきたときに二人を見たが、サイトが貴族になっても、ルイズの折檻は続いているようだった。それだけ好きな相手なのに、理不尽な怒りをぶつけるなんて、相手の気持ちが離れるのが怖くないのだろうか。

 

「本当に、こじらせてますよねぇ」

 

ローゼマインがしみじみと言ったのに合わせて、あたしはため息をついた。本当に、もう少しだけ素直になれば、もっと楽しい毎日が待っているだろうに。

 

「どうやったら、あんなに恋愛下手になれるのかしらね」

 

「そうですね」

 

そう同意したローゼマインを見ているうちに、ふと思った。そういえば、ローゼマインの恋愛話は聞いたことがない。

 

「ローゼマインは誰か好きな相手はいないの?」

 

「わたくしは、もう婚約者がいますので」

 

「それって、政略結婚なんでしょ。そうじゃなくて、男性の好みとかはないの?」

 

「そうですね。それでしたら、わたくしは本をたくさん持っている殿方がいいです」

 

一瞬、何を言っているのかわからなかった。

 

「ごめん、ローゼマイン。もう一回言ってくれない?」

 

「わたくしは本をたくさん持っている殿方が好きです。わたくし、貴女のためにこれだけの図書館と本を準備しました、と求婚されるのが夢なのです」

 

それは、お金持ちが好きとか、身分が高い人が好きとか言っているのと、何も変わらないのではないだろうか。ローゼマインは十三歳だと言っていたと思うのだけど、望んでいる内容は甘い恋愛とは、ほど遠い。

 

「本をたくさん以外に、性格面では何かないの? 例えば、優しい人がいいとか?」

 

「わたくし、お母さまからは、腹芸の一つもできない、敵を排除することもできないような優しいだけの男は駄目、と注意を受けていましたので」

 

ルイズとローゼマインを足して二で割れば、いい塩梅になるのではないだろうか。そう考えてしまうくらい、ローゼマインは恋愛に対する興味が薄い。

 

「ええと、そういえば、ローゼマインには婚約している側近がいたわよね。あたし、話を聞いてみたいのだけど、いいかしら」

 

「クラリッサのことでしょうか? 構いませんが、彼女からはあまり有益な情報は得られないと思いますよ」

 

「ええ、別にちょっと聞いてみたいだけだから構わないわ」

 

そう言って、ローゼマインの背後で護衛についているクラリッサに話を向ける。

 

「ねえ、クラリッサはどうしてハルトムートと婚約をしようと思ったの?」

 

「わたくしは元々、ダンケルフェルガーという領地の出身でした。けれど、わたくしはどうしてもローゼマイン様の側近になりたかったのです。ですのでローゼマインの側近となるために婚約をしたのです」

 

あたしはクラリッサに、ハルトムートと婚約をした理由を尋ねたはずだ。けれど、今の話の中にはハルトムートの名前は一度も出なかった気がするのだけど。

 

「それで、どうしてハルトムートを婚約者に選んだのだっけ?」

 

「ローゼマイン様の側近となるためにはエーレンフェストの殿方と結婚するしかありませんでしたが、同学年か、それより上の上級貴族で、ローゼマイン様の近くに居られて、わたくしが親から許可がもぎ取れそうな方は、ハルトムートしかいなかったからです」

 

ようやくハルトムートの名前が出てきたけれど、どう考えてもハルトムート自身を好きになったとは思えない。クラリッサが恋したのはローゼマインであり、ハルトムートは近づくための手段にすぎない気がする。

 

「ねえ、ハルトムートはクラリッサがどうして自分と婚約したか知っているの?」

 

「ええ、もちろん存じていますよ」

 

「知っていて、どうしてクラリッサとの婚約を了承できるのよ!」

 

あたしが思わず少し大きめの声をあげてしまうと、ローゼマインは答えにくそうに目を逸らした。代わりに答えたのはグレーティアだ。

 

「ハルトムートは、どれだけローゼマイン様について熱く語ってもクラリッサは熱心に話を聞いてくれるし、どれだけローゼマイン様に入れ込んでも全く喧嘩になる気配がないのだから、自分にはこれ以上ない良縁だ、と喜んでいたと聞いています」

 

え、何それ? どうしたら、そんな感情になるの?

 

「ついでに言うならば、ハルトムートもクラリッサも互いのために命を捧げる気は全くありませんが、二人でローゼマイン様に命を捧げるのは繋がり合っている気分になれて素敵だと言っていましたよ」

 

何を言っているのか全くわからない。クラリッサとハルトムートについては諦めよう。

 

「じゃあ、グレーティアは何かないの?」

 

「わたくし、誰にも嫁がずに一生を過ごすつもりです」

 

その言葉に頑ななものを感じて、あたしはそれ以上、聞くことをやめた。何か事情があるのなら、興味本位で聞いてしまっていいことではない。

 

「そういえば、リーゼレータには何かあるのかしら?」

 

「リーゼレータはエーレンフェストに婚約者がいました。けれど、それは解消になるのではないでしょうか?」

 

「え、なんで?」

 

あたしが驚いて聞くと、ローゼマインは少し答えにくそうに目を伏せた。

 

「直接の原因は、わたくしがエーレンフェストから中央へと移ることになったことですね。長くわたくしに仕えてくれた側仕えの中で中央に移れるのがリーゼレータしかいなかったのです。なので、わたくしが我儘を言って一緒に移ってくれるよう頼みました」

 

「それで、遠距離になるから別れるしかないってこと?」

 

「いいえ、リーゼレータのお相手は、わたくしの婚約者でもあった次期領主とされていたお兄様の側近だったのです。けれど、お兄様はわたくしとの婚約解消で次期領主から外れることになりました。そうなるとリーゼレータにとっては利のない婚約となりますから」

 

あれ、それって政略結婚の相手として旨味がなくなったから、さよならってことなの? ユルゲンシュミットの貴族にとって、結婚ってそればっかりなの? とてもローゼマインが聞かせてくれた恋物語と同じ国の話とは思えなくて困惑しかない。

 

「ええと……他の側近は……」

 

「アンゲリカは論外としてレオノーレなら……、けど、コルネリウス兄様は本にされるのが嫌だと言って、わたくしには教えてくれませんし……」

 

もう少し広げてもまともな話は聞けないらしい。

 

「ねえ、ローゼマインが貴族院で集めに集めた恋物語って、妄想話ではないのよね」

 

「ええ」

 

「その割には恋に全然、興味がないのはどういうことなの?」

 

「物語には山も谷も必要ですけれど、自分の人生は平穏が一番でしょう?」

 

ああ。駄目だ、これは。ユルゲンシュミットの貴族は決定的に恋愛に向いていない。

 

あたしは衝動的に右手にスプーンを掴むと、窓の向こうの二つの月まで届けと全力で投げつけたのだった。




キュルケ匙を投げる
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