三日前、わたしはタバサからユレーヴェをお母様に使用したという連絡を受けた。けれど、それから二日後の昨日、タバサから受け取ったオルドナンツは、明日トリステイン魔法学園に向かうというものだった。
「ユレーヴェの効果が現れた、ってわけじゃないのよね」
同じ連絡を受け、わたしの部屋を訪ねてきたキュルケの表情は晴れない。
「それでしたら、経過を見ているでしょうね。おそらくガリア王家から何らかの面倒な指示が下されたのではないでしょうか?」
そうでなければ、タバサは今、母親の側から離れようとしないだろう。そして、その予想は学園に戻ってきたタバサにより肯定された。わたしとキュルケと一緒に離れに作った会議室に入ったタバサは、盗聴防止の魔術具を使用すると、すぐにガリアから受けた指示の詳細について語り始める。
「わたしが受けた指令はスレイプニィルの舞踏会でルイズを誘拐する間のサイトの足止め。ルイズの誘拐を実行するのはミョズニトニルンであるシェフィールド」
「やはりミョズニトニルンの主はガリアの者だったのですね」
タバサの連絡は、ある意味では予想の範囲内だ。けれど、ミョズニトニルンが直接、出向いてくるとは思わなかった。
「ねえ、タバサ。そのことをあたしたちに伝えてしまって大丈夫なの?」
「構わない。わたしは母の治療をユレーヴェに賭けた。今は隠し部屋の中で眠っているから、仮にガリアが刺客を放っても手を出すことはできない」
キュルケの心配を大丈夫だと言ってのけたタバサは、確認をするようにわたしの方を見つめてくる。わたしはタバサを勇気づけるためにも大きく頷いた。
「ええ、隠し部屋に入れるのは予め登録をされた者だけです。タバサの隠し部屋に登録されているのはタバサとお母様、あとは念のためにわたくしと、世話をするためにペルスランに魔石を渡しているだけです」
「ペルスランには、何かあればすぐに隠し部屋に逃げ込むように伝えてある」
隠し部屋に籠ってしまえば、ガリア王家の者たちは手を出せない。それでも、隠し部屋の存在を知っていれば何かしら手を打たれる可能性はあるが、知らなければ単純に逃げられたとしか思わないだろう。
「それで、あたしたちに計画を知らせてくれたってことは、ガリアの企みは阻止するってことでいいんでしょう? 具体的にはどうするの?」
「シェフィールドを捕らえる」
言い切ったタバサに思わず息を飲んだ。
「ガリアとは完全に決別するということになると存じますが、よろしいのですか?」
「構わない」
タバサの言葉からはガリアを故郷と感じている様子は見られない。すでに愛想は尽きたと言わんばかりだ。
「使い魔は死ねば再び召喚が可能になる。その意味では虚無の使い魔は生きて捕らえた方がよいと思うのだけど、できるかしら? 捕らえることができたとして、ミョズニトニルンはあらゆるマジックアイテムを扱えるのよね。逃げられないかしら?」
「それについては、わたくしに考えがございます」
わたしがそう言うと、タバサも捕らえた後どうするかは迷っていたのか、興味深そうに見つめてきた。
「アルビオンから連れて帰ったティファニアの使える虚無の魔法は『忘却』なのです。それを使用して自らの主人に対する忠誠心を忘却してもらいます」
「そんなことができるの!?」
「ええ、それで、できるだけの情報を引き出した上で、最後には自らがミョズニトニルンであるということを忘れてもらうことにしましょう」
「ローゼマインって、結構えげつないことを考えるのね」
キュルケに引かれてしまったけど、ユルゲンシュミット帰還のため、ミョズニトニルンの知識は是非とも得ておきたい。記憶を覗く魔術具を持っていれば話は早かったけど、あれはアウブの許可が必要なものなので、当然ながら、ここには持ってきていない。
「じゃあ、シェフィールドを捕らえるとして、どのような方法を取るの?」
「神の頭脳、と言われるミョズニトニルンですから、ルイズから聞いている人形を使う方法以外に、わたくしたちが知らないマジックアイテムを使ってくることも考えられます。普通に戦えば苦戦は免れないでしょうね」
「相手は多くの手勢を連れてこられないでしょ。数で押せばどうにかなるんじゃない?」
「勿論、数も用意しますが、それ以外にも考えがございます」
「また悪い顔になっているわよ、ローゼマイン」
わたしが癖で浮かべた作り笑いを見たキュルケが、そう指摘してくる。けれど、わたしはフェルディナンドのように性格が悪くない。シェフィールドに仕掛ける罠を考えながら笑みを浮かべるなんてことはない……はずだ。
「それで、どんな考えがあるの?」
「シェフィールドはハルケギニアの魔法やマジックアイテムには詳しいと思われますが、さすがにユルゲンシュミットの魔術や魔術具の知識まではないでしょう。ならば、わたくしたちはユルゲンシュミット固有の方法で攻めようかと思います」
「それってどういうものなの?」
「ユルゲンシュミットには、魔力を通すだけで魔術を発動させられる魔法陣というものがございます。さすがに、そのまま使うと警戒心を持たれてしまうかもしれませんが、わたくしたちは模様に隠して刺繍する技術も持っていますので、きっとシェフィールドが気付かない魔法陣入りの絨毯を仕上げることができると思いますよ」
ハルケギニアには魔法陣のようなものは確認できていない。おそらくシェフィールドも、足元で攻撃魔術が完成しているとは夢にも思わないはずだ。
「けど、ローゼマインはシェフィールドの顔を知らないでしょ。ルイズかサイトを隣に置いて確認をさせるの?」
「わたくしが使っている風の盾には、中にいる者に害意がある者は入れないという特性がございます。わたくしが入口に風の盾を張って中でルイズと一緒にいればシェフィールドの顔を知らなくとも特定することは難しくないと存じます」
「ローゼマインの風の盾に弾かれた者がいた場合、全員で一斉攻撃をするというわけね」
「その通りです。そして、最後はわたくしがシュタープで捕縛します」
シュタープでの捕縛は、魔力が上回らない限り逃れることはできない。シェフィールドはメイジではないという話なのでハルトムートかクラリッサでも十分かもしれないが、念には念をいれておくべきだろう。
「ところで、先にお母様を救出しておかなくてもよいのですか?」
その方がタバサも心置きなく戦えるだろう。そう思っての提案だったのだが、タバサは首を横に振った。
「母をゲルマニアに逃がそうとすれば、さすがに察知される。そうなると、わたしが裏切るつもりだということも気づかれる」
「確かにそうかもしれませんが……本当によろしいのですか?」
「隠し部屋にいれば安心だというローゼマインの言葉を信じる。母はシェフィールドを捕らえた後に救出すればいい」
「わかりました。タバサの協力、ありがたく受け取らせていただきます」
「じゃあ、問題はルイズとサイトにどこまで知らせるかね。あの二人の場合、下手に知らせると顔や態度に出ちゃいそうだから」
タバサとの話がついたところで、今度はキュルケがルイズとの連携について聞いてきた。確かにルイズに襲撃されることを伝えると、周囲を警戒しすぎてシェフィールドに情報が漏れていることを気づかれてしまう可能性がある。
「ルイズには風の盾の中に入ってもらう段階まで教えない方がよろしいでしょうね」
「じゃあ、捕らえるのはあたしたちだけで行うってことね」
「ええ、オールド・オスマンに話は通しておく必要があると存じますが、生徒や教師たちには知らせない方がよいでしょうね」
「そうね、下手に勇ましく出られても面倒なことにしかならないでしょうしね」
魔法学院の一般の生徒たちの戦闘力はけして高くない。何より、下手に情報を与えると、水精霊騎士隊の隊員たちの中の誰かが、何としても我が手で捕らえる、と妙な正義感を発揮して暴走してしまう可能性がある。
とりあえず概要は決まったけれど、まだまだ話し合っておくべきことは多い。わたしたちはそれから、細部についての話し合いを進めていった。