ガリアとトリステインの国境沿いに位置したラグドリアン湖、その近くにある、古ぼけた屋敷がそろそろ見えてこようかという位置で、あたしたちは馬車を降りた。馬車だと、どうしても襲撃への対応が遅れるので、ここからは徒歩で屋敷へと向かうことにしている。
一行の先頭を進むのはラウレンツで、その後をタバサが進み、少し離れてルイズとサイト、ハルトムート、ローゼマイン、クラリッサの三人が続く。そこからまた少し離れてあたしとギーシュ、マリコルヌ、最後にマティアスという陣形だ。
屋敷に到着するまで心配された襲撃はなかった。けれど、魔法学院を出て少し進んだところで、ローゼマインは屋敷に設置していた防衛用の魔法に反応があったと言っていた。敵はすでにオルレアン邸に入り込んでいる。もっとも、ローゼマインは同時に守りの魔法は破られていないとも言っていたので、さほど焦りはない。
焦ることなく、ゆっくりと慎重に。そうタバサとも相談して警戒態勢を崩さず、あたしたちはここまで進み、まずは屋敷から離れたところで様子を窺っているのが現状だ。
ローゼマインは、まだ屋敷の中から何者かの気配を感じると言っていた。おそらく、中でタバサを待ち受けているのだろう。あたしたちは覚悟を決めて前進を開始する。
玄関の大きな扉に、鍵はかかっていなかった。ラウレンツが振り返って皆が戦闘態勢を整えているのを確認すると、重たい音を立て、扉を開いた。この時点でも襲撃はなかった。
けれど、屋敷の奥にあるタバサの居室に通じる長い廊下を進んでいると、左右に並んだ扉が一斉に開いた。
扉が開くと同時に、大量の矢が飛んでくる。これはタバサが氷の壁を作ってはじき返す。続いて開いた扉から、兵士が飛び出してくる。しかし、よく見ると剣を持って飛び出してきたのは人間ではない
「あれは何ですか?」
「ガーゴイル。意思を付与された魔法人形。死を恐れない上に頑丈で、手強い」
タバサがガーゴイルを知らないらしいローゼマインに簡単に説明をしている。
「人間じゃないなら、かえってやりやすい」
サイトがデルフリンガーを構えて最前線に進み出たことで、前衛がサイト、ラウレンツ、タバサの三人に変わる。中衛はローゼマインとルイズをクラリッサとハルトムートが挟む形となった。あたしやギーシュ、マリコルヌとマティアスは後衛だ。
「サイトたちだけに任せてはおけない。ぼくも援護を……」
そう言ってワルキューレを作ろうとしたギーシュをあたしは押し止めた。
「あのくらいならタバサたちだけでなんとかするでしょ。精神力は温存しておきなさい」
ただでさえギーシュとマリコルヌはドットメイジで魔法の使用可能回数が少ないのだ。ここで精神力切れを起こされると、本当に足手まといにしかならない。
あたしが二人を抑えているうちに、サイトは十数体のガーゴイルに臆さず突っ込み、敵を切り裂いていく。ラウレンツは主にそんなサイトの死角から攻めようとする敵を牽制するように動いている。
そして、タバサは得意のウィンディ・アイシクルの魔法で複数のガーゴイルを同時に射抜いていた。射抜かれたガーゴイルは、氷の矢に帯びた魔力で、一瞬で氷結する。タバサたち三人は、わずかの時間で十数体のガーゴイルを見事に全滅させた。
「タバサの風魔法……、いつもの威力じゃなかったわね」
「そうなのですか?」
「ええ、あの破壊力、トライアングルのそれじゃない。スクウェア・クラスの威力よ」
母を救出するという強い思いがタバサのランクを一段階上げたようだ。ガリアの秘密騎士として経験を積んだ今のタバサは、ハルケギニアでも有数の戦士だろう。
あたしたちはタバサの母の居室の前に立った。タバサがドアの取っ手に手をかける。
鍵はかかっていないようだ。タバサが観音開きの扉を無造作に引いた。
中に誰かいたのかタバサがすぐにウィンディ・アイシクルを使う。少しして、もう一度、タバサはウィンディ・アイシクルを放つ。
その後、タバサは中にいる何者と何か話をしているようだった。何を話しているのか確認するために、あたしが前に出ようとした瞬間だった。
「後退!」
突如としてタバサが叫んだ。有無を言わせぬタバサの声の迫力に、あたしたちは慌てて玄関ホールまで後退した。
「ねえ、タバサ。何があったのよ」
「エルフ」
タバサの言葉にあたしだけでなく、ルイズ、ギーシュ、マリコルヌの間にも緊張が走る。例外はローゼマインたちとサイトだ。
「ハルケギニアの住人とエルフは仲が悪いと聞いていましたが、ガリアは交流を持っていたということでしょうか?」
「そうかもしれないけど、今はそれどころじゃないでしょ。エルフと戦わないといけないことに緊張感を持ってよ」
そう言ってみたが、ローゼマインもサイトも実感が持てないようだ。それでも護衛騎士であるマティアスとラウレンツはあたしの雰囲気から強敵であると感じ取り、シュタープを構えていた。
エルフはハルケギニアの東方に広がる砂漠に暮らす長命の種族で、人間の何倍もの歴史と文明を誇っている。そして強力な先住魔法を使う。そんな悪名高き種族、金髪のエルフの男が部屋の中から出てくる。
話には何度も聞いているけれど、実際に目で見たのは初めてだ。今となっては敗北したご先祖様たちが誇大表現をしただけで、実際の脅威度は低いことを祈るしかない。
「わたしは“ネフテス”のビダーシャルだ。出会いに感謝を」
「わたくしはローゼマインと申します。水の女神フリュートレーネの清らかなる流れに導かれし良き出会いに感謝いたします」
「ちょっと、なんで、エルフなんかと挨拶を交わしてるのよ!」
「ルイズ、わたくしたちの目的はエルフの討伐ではございません。戦わずに済むのでしたら、それに越したことはないではありませんか」
ユルゲンシュミットはエルフがいない国だということなので、仕方のないことなのかもしれないけれど、ローゼマインの感覚はあたしたちとは随分と違う。
「お前は蛮人なのか?」
「どういう意味なのでしょう?」
「屋敷に隣接する白い建物からは“大いなる意思”が感じられた。そして“大いなる意思”は最後まで我を拒んだ」
屋敷に隣接する建物といえば、ローゼマインが建てた白の建物だろう。けれど、大いなる意思というものには心当たりがないのか、ローゼマインも何を言われているのか理解できないという表情を見せていた。
「まあよい。お前たちに要求したい。我の要求は、そこの青髪の娘を引き渡してもらいたい、ということだ。我々エルフは無益な戦いを好まない。お前たちの意思にかかわらず、その娘をジョゼフの元へ連れていかねばならない。そういう約束をしてしまったからな。だから、できれば穏やかに同行願いたいのだ」
「少し相談する時間をいただけないでしょうか?」
「ちょっと、ハルトムート! 何を言っているのよ!」
タバサを引き渡す可能性があるとも取れるハルトムートに、あたしは怒りを抑えきれずに詰め寄った。けれど、ハルトムートは笑顔を崩さない。
「ここは私にお任せください。悪いようにはいたしませんので」
言いながらわずかに笑みを深めたハルトムートの姿を見て、何か考えがあるらしいことがわかった。おそらく作戦会議の時間を取りたいということだろう。
「ローゼマイン様、風の盾をお作りください」
「ハルトムート?」
「キュルケ様たちの話では、相手は強敵のようです。戦闘が始まってからでは、長い詠唱が必要な祝詞は使うのが難しくなるかもしれません。今のうちにローゼマイン様の安全の確保をお願いします」
そして、あたしの予想通り、ハルトムートは戦闘準備の指示を出した。
「相談をする時間がほしいと言って戦いの準備を始めるなんて、悪い人ね」
「おや、私がいつ、あの男の提案を受けるかの相談をすると言いましたか?」
確かにハルトムートは相談と言っただけだ。何についての相談かは言わなかった。
「守りを司る風の女神シュツェーリアよ。側に仕える眷属たる十二の女神よ。我の祈りを聞き届け、聖なる力を与え給え。害意持つものを近付けぬ風の盾を、我が手に」
ローゼマインが小声で風の盾を張る魔法を唱え、あたしたちの周囲が黄色い半透明の膜に覆われる。それを見たエルフの男が驚愕に目を見開いた。
「それは“精霊の力”か? なぜ蛮人が精霊の力を使える?」
「これは精霊の力ではございません。神々のお力です」
「そんなことはありえない」
最初から余裕綽々という態度を崩さなかったエルフの男が動揺をしている。いずれにしても今が好機だ。
「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース……」
風の盾から出たタバサが素早く呪文を唱える。タバサの周りの空気が、揺らいだかと思うと一瞬で凍りついた。
凍った空気の束が、無数のヘビのようにタバサの体の周りを回転する。
氷と風が織り成す芸術品のような美しさと、触れたものを一瞬で両断するような鋭さを兼ね備えた、氷の暴風が出現した。
タバサのアイス・ストームの魔法は、どんな防御魔法で防ごうとしても、一撃で吹き飛ばしてしまえる威力を秘めているように思えた。しかし、エルフの男は自分めがけて高速で迫りくる猛り狂ったアイス・ストームを、まるで無視した。
そのままエルフの体が氷嵐に包まれるかに見えた瞬間、氷嵐の回転が、突如として逆流を始める。氷嵐は放ったときと同じ勢いを保ったまま、タバサめがけて飛んでくる。
「イル・フル・デラ……」
それを見たタバサは“フライ”の呪文でローゼマインの盾の中に逃れようとする。しかし、タバサの体が浮くことはない。いつの間にか、タバサの足はせり出した床にのまれている。今や粘土のように形を変えた床が、がっりちとタバサの足首をつかんで離さない。タバサの放ったアイス・ストームは、今にもタバサ自身を飲み込もうとしている。
「タバサ!」
気付いたら、あたしは叫びながらローゼマインの盾から飛び出していた。