「タバサ!」
叫びながら、わたしの盾から飛び出したキュルケが巨大な火球をタバサへと迫る氷嵐に向けて放った。その炎は吹きすさぶ氷の礫を見事に融かしたが、それだけでは襲い来る魔法の威力を消しきれない。暴風は、まだ殺傷能力を持って二人へと迫っている。
「うわあああ!」
そんな中、キュルケを追って風の盾から出た影があった。それは、わたしが戦力として期待していなかったマリコルヌだった。キュルケの隣に立ったマリコルヌは風の膜を張って暴風を受け止めようとしている。
しかし、同じ風の魔法でもタバサとマリコルヌでは地力が違いすぎる。マリコルヌの風の膜は多少は威力を減少させるものの、あっさりと破られてしまう。このままでは、三人とも危ない。
「ワルキューレ!」
けれど、そんな三人の前に七体の青銅の騎士が現れる。ギーシュのワルキューレは互いに手を取り合い、覆い被さるようにして嵐から三人を守っている。
「後は任せろ!」
一方、平賀はデルフリンガーを抜き放ち、襲い来る風を迎撃していた。平賀の剣で吸い込めるのは触れている部分のみ。広範囲を破壊できる魔法や、複数の人間を守るのは得意ではない。けれど、今は魔法の余波を青銅の騎士たちが防いでくれている。デルフリンガーに吸収され、タバサの魔法は威力を失っていく。
「リーズィッヒェル」
その間にマティアスがシュタープを鎌に変えて、タバサの足を掴んでいた床を切り裂き、ハルトムートが手を掴んで、わたしの盾の中へと引っ張り込む。ほどなくタバサの魔法を耐えきったキュルケ、ギーシュ、マリコルヌの三人も平賀と一緒にわたしの盾の中へと戻ってきた。
「皆様、お体は大丈夫ですか?」
「ああ、なんとかね」
「うん、痛いけど大丈夫」
ギーシュとマリコルヌは二人とも軽傷。キュルケに至っては、ほぼ無傷だった。どうやらギーシュは自分の守りを削ってでもキュルケを手厚く守ったようだ。ギーシュは単に気障なだけでなく男気もあったらしい。
「タバサ、どうしてタバサの魔法が方向を変えて襲ってきたのか、わかりますか?」
「ありゃあ“反射”だ。戦いが嫌なんてぬかすエルフらしい、厄介でいやらしい魔法だぜ」
わたしの質問に答えたのは、尋ねたタバサではなくデルフリンガーだった。
「あらゆる攻撃、魔法を跳ね返す、えげつねえ先住魔法さ。あのエルフ、屋敷の“精霊の力”と契約しやがったな。なんてえエルフだ。とんでもねえ“行使手”だぜ、あいつはよ……」
「先住魔法とは精霊が行使する魔法でしたか?」
「そうだ。先住魔法はブリミルがついぞ勝てなかった魔法だ。どうしたもんかね」
「とぼけんな! あらゆる攻撃が跳ね返されるんなんて、どうすりゃいいんだ!」
平賀が叫んでいる間にも、ビダーシャルは両手を振り上げている。
「石に潜む精霊の力よ。我は古き盟約に基づき命令する。礫となりて我に仇なす敵を討ち果たせ」
エルフの男の手前の床が地響きと共に持ち上がる。床石は宙で爆発して、わたしたちへと飛んでくる。直後、わたしのシュツェーリアの盾から風が吹き出し、石礫をビダーシャルへと跳ね返した。わたしの盾に跳ね返された礫は更にビダーシャルの反射によって周辺へと弾き返される。
「ねえ、デルフ! このままじゃ、タバサのお母さまを助けられないじゃない。いったいどうすりゃいいのよ!」
「どうもこうもねえだろが。お前さんの系統だけが、あいつをどうにかすることができるんだ。どうにかするのはお前さんだよ。ルイズ」
「でも、どんな魔法もきかないんでしょ! いったい何を唱えりゃいいのよ! ああ、始祖の祈祷書は学院に置いてきちゃったし、どうにもならないじゃない! エルフがいることがわかってたら、持ってきてたのに!」
「お前さんはとっくにその呪文をマスターしてるぜ。“解除”さ。先住魔法を無効化するには、“虚無”の“解除”しかねえ。でもな……、あのエルフはどうやらここいらの精霊の力すべてを味方につけてるらしい。それを全部解除するのは、大事だぜ。お前さん、それだけの“解除”をぶっ放すだけの精神力がたまっていないだろ?」
「それなら精霊の力というものを減らせばよいということですね」
デルフリンガーとの会話を聞いていたわたしが言うと、ルイズが勢いよく振り返った。
「そんなこと、できるの!?」
「できるかどうかは、わかりません。ですが、試してみる価値がある手段には一つ心当たりがあります」
言いながら、わたしはシュタープをもう一つ出すと、海の女神フェアフューレメーアの記号を空中に書きながら杖を作り出した。海の女神フェアフューレメーアの祝詞は周囲の魔力を神々に奉納する効果がある。周辺の魔力が減れば、ビダーシャルの反射の効果も薄くなる可能性があると考えたのだ。
「ローゼマイン様の魔力消費を抑えるため、私たちは外で敵の攻撃を防ぎます」
マティアスが言い、ラウレンツと一緒にわたしの盾の外に出て、ゲッティルトを唱える。盾が敵の攻撃に晒される度にわたしは魔力を消費してしまう。神事がわたしの魔力を大きく消費させることを知っている二人は、今の自分にできる行動を取ってくれたのだ。
ぐるんぐるんと大きくフェアフューレメーアの杖を回していけば、杖の動きに合わせて、ざざん、ざざんと潮騒の音が聞こえ始める。ビダーシャルは何かを感じているのか、今度は巨大な石の拳を作り、わたしの風の盾へと叩き付けようとしてくる。
それを迎撃するため、マティアスが剣に魔力を集めていくと、剣先からバチバチと火花が散り始める。ビダーシャルが叩き付ける石の拳に向かってマティアスが剣先に集めた魔力を打ち出した。
直後、轟音と共に石の拳は粉々に砕け散った。マティアスの攻撃は少しばかり強すぎたらしく、そのままビダーシャルの背後の壁を崩落させていた。
「我等に祝福をくださった神々へ、感謝の祈りと共に魔力を奉納いたします」
祝詞を唱え、高く空に向かってフェアフューレメーアの杖を掲げる頃には周囲に溢れていた魔力が目に見えて減った。
「我と精霊との盟約を無効化した? お前は何者だ?」
「わたくしは、しがない領主候補生の一人ですわ」
ビダーシャルに答えながら、ちらとルイズを見る。ルイズの魔法はわたしの祝詞よりも更に詠唱時間が長い。今のうちに詠唱を始めて。
その思いは伝わったらしい。ルイズは盾から出ると杖を構え、朗々と呪文を唱え始める。勿論、ルイズの前には平賀の姿もある。
「ウル・スリサーズ・アンスール・ケン……」
ビダーシャルが呪文を阻止するためにルイズに向けて石の礫を飛ばす。けれど、魔力を奉納した成果か、先の攻撃より明確に威力が弱まったいる。
「ラウレンツ、ルイズを守ってくださいませ!」
マティアスは今、消費した魔力を回復中だ。石の礫に対してなら、剣を使う平賀よりも、盾を使うラウレンツの方が向いている。
ルイズの前で盾を構えるラウレンツの更に前で、平賀はできるだけ礫の数を減らす。石礫が飛来してくる度、平賀の体には傷が増えていく。
「平賀さん、ルイズの守りはラウレンツに任せて大丈夫ですよ。一度、わたくしの盾の中に避難してくださいませ」
「いや、ルイズは俺が守る!」
男の子の意地だろうか。わたしとしてはラウレンツに任せた方がいいと思うけど、平賀の意思は固そうだ。
平賀はどれだけの傷を負おうと、絶対にルイズの前を離れようとしなかった。大きめの礫が当たって骨折をしたのだろう。右腕をだらりと下げたままの状態となろうと、左手一本で、なお礫を払いのけ続けている。
「ユル・エオー・イース!」
そうして、ついにルイズの呪文が完成した。
デルフリンガーが怒鳴る。
「俺にその“解除”をかけろ!」
ルイズが杖をデルフリンガーに向けて振り下ろすと“虚無魔法”がデルフリンガーにまとわりつき、刀身が鈍い光を放つ。
「相棒、今だ!」
どこにそれだけの力が残されていたのか、その声を聴いた瞬間、平賀が猛然と突進を開始した。ラウレンツが騎獣に乗り、慌てて後を追う。
「私の後ろに下がれ!」
ビダーシャルが迎撃のために礫を放った瞬間、ラウレンツが叫ぶ。平賀はラウレンツの指示通りラウレンツの騎獣の後ろに下がる。
ラウレンツの盾や鎧、騎獣に石礫が当たる音がするが、重武装のラウレンツにとっては致命傷ではない。そうして礫を防ぎ切ったところで、ラウレンツの騎獣は天井付近まで上昇し、改めて平賀が前に出た。ビダーシャルが二撃目を繰り出すより早く平賀がデルフリンガーを振り下ろす。
“反射”の目に見えない障壁とデルフリンガーがぶつかり合う。ルイズの唱えた“虚無”が障壁の一点に集中し、デルフリンガーの触れた部分を“解除”していく。障壁が切り裂かれたことにビダーシャルが驚愕の表情を浮かべた。
「シャイターン……。これが世界を汚した悪魔の力か!」
平賀の剣に切り裂かれるより早く、ビダーシャルが左手で右手を握り締めると、指輪に封じられていた魔石が光を放った。
「悪魔の末裔よ! 警告する! 決してシャイターンの門へ近づくな! そのときこそ、我らはお前たちを打ち滅ぼすだろう!」
それだけ叫ぶと、ビダーシャルは窓を破って空へと逃走する。
「追いますか?」
「いえ、今は一刻も早くタバサのお母様を救出して、ガリアを離れましょう」
聞いてきたマティアスにそう言って、わたしたちは改めて屋敷の奥へと歩みを進めた。