なぜなのか……。
ガリアからタバサのお母様を救出した翌日の早朝、わたしはフォン・ツェルプストー家の皆からの見送りを受けて、ゲルマニアを飛び立った。今日、わたしの騎獣の中にいるのは護衛役のクラリッサとティファニアだけだ。
クラリッサ以外の側近たちは、それぞれ自分の騎獣に、そしてタバサは自分の使い魔であるシルフィードに乗っている。けれど、わたしの騎獣の大きさは過去最大級といえるかもしれない。騎獣にはわたしたちが使う大量の生活物資が乗せられているためだ。
自分たちの荷物を主に運ばせることに側近たちは恐縮していたが、わたしの騎獣以外では多くの荷物を運ぶことはできないのだから仕方がない。それに、ただでさえ側近たちにはハルケギニアに来て以来、かなりの不便を強いているのだ。これくらいは何でもない。
今はちょうどアルビオンが遠い時期であるらしく、わたしたちはトリステイン上空を通過して大洋の上で捕まえることになる。飛行時間はおよそ十二時間と予想されている。
さすがにぶっ通しで飛び続けるのは辛いので、途中一回、トリステインの海岸沿いに降りて休憩をすることになっている。もっとも、それはうまく見つからずに休むことができたら、という条件付きのものだ。もしも現地の領主に追い立てられてしまえば、さすがに迎撃はできないのでアルビオンまで飛び続けるしかない。
昨晩は特に早くベッドに入って十分に睡眠は取ったので、途中で気絶することはないと思うけど、十二時間の飛行は不安だ。それに、不安はもう一つある。それは、アルビオンに到達できるかどうか、ということだ。
一行の先導をするのはマティアスだけど、マティアスはキュルケから見せられた地図だけを頼りに現地へと飛んでいる。一度も見たことがない場所を地図と教えられた地形の特徴だけを頼りに飛んでいけるとは、わたしには到底、思えない。
けれど、普段は慎重なマティアスが、お任せください、と言ったのだ。きっと大丈夫なはずと信じるしかない。とりあえずマティアスには、出発前に導きの神エアヴァクレーレンの加護だけは祈っておいた。ちなみに、そのときハルトムートがいつも通り自分にも加護をという、面倒くさいことを言い出したけど、今日は魔力を節約したいので我慢させた。
まずはトリステインの国境を超える頃にオルドナンツを一度、マチルダに送って今のところ予定通りと伝えておく。その後、しばらく飛び続けていると、マティアスが徐々に騎獣の高度を下げ始めた。おそらく休憩予定地のトリステインの海岸沿いに着いたのだろう。
マティアスが騎獣を降ろしたのは、海岸沿いまで山がせり出した場所だった。外部から視界が遮られる場所を選んだのでシルフィードは窮屈そうだが、仕方がない。
「ここまでは予定通りですか?」
降りたところで、わたしはマティアスに尋ねた。
「はい、概ね予定された時間でここまで来ることができました」
そう言い切るということは、マティアスは現在時刻を確認できているということだろう。似たような山と森の上ばかりを飛んでいるのに現在地が把握できていることといい、相変わらず騎士には不思議が一杯だ。
今日の昼食はお弁当であること、日が暮れるまでになんとしても目的地に到着するために時間に余裕がないことから、全員で一緒に食べる。今は収穫祭などのように席こそ分けられているけど、平民とも同時に食事を取っている姿を知っているダームエルやアンゲリカがいない。そのためか、どことなく側近たちは居心地が悪そうだ。
わたしとしては、食事は大勢とした方が楽しいのだけど、この分だと食事風景の改革は難しそうだ。いつもは長めに取る食後のお茶の時間も省略して、わたしたちは出立の準備に取り掛かる。
「もしも途中で体調に異変を感じたら、遠慮なくわたくしの騎獣に来るのですよ」
これ以後は、空中であるため休むことはできない。こんなところで大事な側近を失うわけにはいかないため、わたしはそう注意をして再び空に飛びあがった。
何もない洋上をわたしたちは進んでいく。眼下の風景に全く変化がないので、方角どころか前に進んでいるのかすら自信が持てない。わたしにとっては、久しぶりの海ともいえるのだけど、陸と違って魔力がなくなってしまえば落ちて溺死と思うと、ちっとも楽しい気分にはなれない。
「クラリッサは方角がわかっているのですか?」
「はい、マティアスの先導は正確ですね」
心配になって聞いてみると、クラリッサからはそのように返ってきた。クラリッサは嫁入りの際、護衛騎士と二人だけで騎獣でダンケルフェルガーからフレーベルタークを経由してエーレンフェストまでやってきた。わたしと違って方向感覚に優れているのだろう。
これ以上、心配してもわたしが気疲れするだけで何も良いことがない。マティアスを信じて黙って騎獣を飛ばすことに専念する。
どれくらい飛んだのだろうか。やがて太陽の傾きは大きくなり、海に吸い込まれるのも時間の問題となってきた。
「見えてきました。アルビオンです」
クラリッサが指さす方向を見ると、風にけぶる水を纏った浮遊大陸アルビオンが雲の間にその姿を見せていた。
「マチルダ様にオルドナンツを送りますね」
マチルダも、きっとティファニアが無事であるか心配しているだろう。クラリッサに許可を出し、ティファニアの声を吹き込んだオルドナンツを飛ばしてもらう。
「ところで、今は予定通りの時刻なのですか?」
「わずかばかり遅れているというところですが、完全に日が落ちる前にはマチルダ様の隠れ家に到着することができると存じます」
時間に遅れが生じた原因は道中が向かい風だったからで、マティアスに問題があったわけではないと、クラリッサは言い添えてくれた。わたしはあまり感じなかったけれど、向かい風で速度が少しばかり落ちていたらしい。魔力で飛ぶとはいっても天候の影響は避けられないのだから、こればかりは仕方ない。
「天候の影響は誰の責任でもございませんもの。あと少し、引き続き周囲の警戒を厳重にして飛行してくださいませ、と伝えてください」
そうクラリッサに伝えて徐々に暗くなっていくアルビオンの大地を見つめて飛び続ける。それから一時間ほど経ったかな、という頃だった。
「そろそろ目的地のはずです。ティファニア様、マチルダ様へのオルドナンツをお願いしてよろしいですか?」
クラリッサに促され、ティファニアが近くまで到着していることと、これから先、どこに進んだらいいかの指示を出してくれるよう頼んだ。少しすると、オルドナンツが帰ってきてティファニアの腕に止まる。
「双子のように同じくらいの大きさの、やや背の高い山があるだろう? その谷間に小さめのゴーレムがいるから、その付近に降りておいで」
周囲を見渡すと、確かに特徴的な、全く同じ高さと形の山が二つ並んでいるのが、やや遠くに確認できた。わたしたちがそこを目指して飛んでいくと、谷間に三メートルくらいの大きさの土のゴーレムがいるのが見えたので、そこに騎獣を降ろす。
わたしたちの騎獣が降り立ってすぐ、土のゴーレムは崩れ去った。それとほぼ同時に岩陰からマチルダが姿を現した。
「おかえり、ティファニア。元気にしてたかい?」
「ええ、ローゼマイン様のおかげでハーフエルフだってことも知られることなく、平和に過ごせていたわ」
「それはよかった。けど、それ以外では期待外れだったみたいだけどね」
平穏を願ってティファニアを送り出したのに、ガリアに追われる身となって逃げ回ることになったのだ。マチルダがわたしに向ける眼光は鋭い。
「言い訳はいたしません。ティファニアには申し訳ないことになったと思っています」
「はぁ、色々と言いたいこともあるけど、こんなところで立ち話もないね。ひとまずわたしの隠れ家に案内するよ」
「ええ、ありがとう存じます」
ティファニアの安全よりも、わたしはルイズとタバサを優先したのだ。マチルダからの苦情を受け止める義務が、わたしにはある。
頭ではそう理解していても少しばかり気持ちは重い。けれど、そんなことは関係なしに、レッサーくんはわたしたちの新しい住居へと軽快に足を動かしていた。