かつて土くれのフーケと名乗っていたマチルダ・オブ・サウスゴータは不本意な気持ちを隠せないでいた。そもそもマチルダがティファニアをルイズやローゼマインに託したのは、トリステインに追われる身である自分と一緒にいても、ティファニアは幸せにはなれないと考えたためだ。
それなのに、よりもによってガリアのお尋ね者になって帰ってくるというのは、どういうわけか。一応、ティファニア本人は、やましいことは何も行っていないと聞かされている。避難はあくまでローゼマインの関係者ということで巻き添えを避けるためなので、状況が許せばティファニアだけトリステインに送り返すことはできると言っていた。
それでも一時的にでも逃亡をしなければならない立場になったことが問題なのだ。日の当たる場所を歩かせてやりたいという、マチルダの思いが踏みにじられたのだから。
そんな不満を抱えながらもマチルダはティファニアと一緒にローゼマインたちとタバサを受け入れた。そうして夕食を振る舞いながら今は詳しい話を聞いているところだ。
「トリステインでは、皆さん、とてもよくしてくださったのです」
近況報告のオルドナンツで、ティファニアはトリステインではローゼマインの側仕えとして学園内で過ごしているということは聞いていた。ローゼマインの側仕えが用いている衣装は耳を隠すことができるので、エルフの血を引くティファニアには都合がよい。
マチルダに努力の証を披露するかのように、ティファニアは一生懸命、丁寧な言葉と所作をしている。まだまだリーゼレータたちとは差が大きいが、トリステインに行ってからの期間を考えれば、上出来だろう。
「三年生のローゼマインと同じクラスで授業を受けるんじゃ、基礎部分が飛ばされて大変なんじゃないのかい?」
ローゼマインは授業にも側近と一緒に参加していた。ティファニアは、その中に加わることで、間接的に魔法学院の授業を受けていると言っていた。
「授業でわからない部分は、ローゼマインとタバサが教えてくださるので大丈夫よ」
タバサが高い実力を持っていることは、何度か杖を交えたマチルダも知っている。それならば、授業については問題ないだろう。
「それにルイズやサイトやシエスタもトリステインの色々なことを教えてくれるの」
「他の魔法学院の連中とは上手くやれているのかい?」
「他の人とは、まだほとんど話したことがないの。ローゼマインの側仕えとして行動しているときには私語は禁止されているから」
「知られてはならない秘密を抱えるティファニアは、無防備に他人と交流するのは危険すぎますから。まずはルイズやサイトとの交流でハルケギニアの常識を身につけ、その後に仮に秘密を知られても受け入れてくれそうな者から交流を始める予定だったのです」
ティファニアに厳しい勤務を強いているのかと思ってローゼマインを見ると、そのように弁解してきた。エルフに対しては憎悪に近い感情を持つ者がいることは、マチルダも嫌というほど知っている。勤務の際の制限はティファニアを守るための措置だったようだ。
「それで、誰から交流を始めるか、当てはついていたのかい?」
「まずはグラモン家のギーシュ様など、どうかと考えていました」
職員として潜り込んでいたこともあるとはいえ、マチルダはそれほど魔法学院の生徒たちについて詳しくない。けれど、ギーシュの名前については覚えている。主に悪い意味で目立っていたことで。
「よりにもよってグラモンの息子なんて、ローゼマインは何を考えているんだい?」
「マチルダ様はギーシュ様の女好きの面を気にされているのでしょうか。確かに多くの女性に声をかけるという悪癖はございますが、一方でギーシュ様は意外と情に厚いところがございますよ。タバサのお母様の救出に助力をしてくださった際には、エルフ相手にも立ち向かってくださいました。ティファニアの出自を知ったとしても急に態度を変えたりすることはないと存じます」
「けどねえ、確かグラモンは顔がまあまあなのと、女を褒めることが上手いせいで、それなりに人気があったように見えたけどね。そのグラモンがティファニアと仲よくしだしたら、それをきっかけに他の女から目をつけられたりしないかね」
「それは……そうならないように、わたくしたちで守りますので」
少し言葉に詰まったところを見ると、その線は考えてなかったに違いない。大人びているといっても、やはり子供。政治面には長けていても男女の感情については、まだまだ疎いのだろう。
「それで、一時的に匿うくらいなら構わないけど、いつまでもこのままというわけにはいかないだろう? 今後のことは考えてあるのかい?」
「ええ、タバサと対応策は考えました」
「へえ、大国ガリアに個人で対抗する策なんて、あるとは思えないけどね」
「普通だったら、そうでしょう。けれど、タバサならば打てる手はあるのです」
そう言ったローゼマインの言葉に頷いたタバサの目には、覚悟を決めた者だけが持つ強い光が見えた。
「その方法ってのは、生半可な方法じゃないみたいだね」
「そうですね。あるいは多くの人にとっては歓迎できない方法と存じます」
「それにティファニアが巻き込まれることはないんだね?」
「はい、それだけはお約束いたします」
ティファニアに危険が及ばないなら、マチルダはローゼマインとタバサが何をしようと口を出すつもりはなかった。けれど、ティファニアに危険がないとなると、今度は個人が大国と相対する策というものに興味が湧いてきた。
「一体、何をするつもりなのかね」
思わず漏れた言葉にローゼマインが目を光らせた。
「できればマチルダ様に手をお貸しいただけると、非常にありがたいのですが、わたくしたちに雇われる気はございませんか?」
「それは、わたしの前職を見込んで、ということだね?」
「その通りです」
マチルダに頼まれるのは、まず間違いなくガリア国内での諜報だろう。危険は大きいが、ローゼマインが言う国に相対するための策が本当にあるのなら、それがティファニアの未来を再び明るく照らす一助になってくれるかもしれない。
「ひとまず話だけは聞こうか。受けるか受けないかはその後でいいかい?」
ローゼマインがタバサの方を見た。タバサがわずかに頷き返す。
「こちらにいるタバサの本名はシャルロット・エレーヌ・オルレアン。現ガリア王ジョゼフの弟にして、ジョゼフの手によって暗殺されたオルレアン公シャルル様のたった一人の忘れ形見です」
さすがのマチルダも息を飲んだ。
「まさか、その策っていうのは、王位継承権を主張して蜂起するってことかい」
「その通りです。ですが、旧オルレアン公派の貴族すべてを味方につけたとして戦力は全く足りません。そのために、今ガリア国内でジョゼフに不満を持っている者たちをどれだけ味方につけられるかが重要なのです」
「それで勝算はあるのかい?」
「ある程度の間、互角の戦いをすることができれば、トリステインを味方につけることができると考えています。トリステインも腹の中ではガリアを敵と考えていますので」
仮にトリステインを味方につけられたとして、それで勝てるとは限らない。トリステインが行ってくれるのは、いくらかの援助くらいのもので、本格的な派兵までをしてくれるとは思えないからだ。
「マチルダ様は、勝算が低いと考えておられるのでしょう。ですが、勝てる可能性がないわけではありません。ガリア王ジョゼフはエルフとも手を組んでいました。その証拠を得られれば、あるいはロマリアに王権の正当性を認めてもらえるかもしれません」
「なるほど、そうなれば、確かに勝ち目もみえるだろう。けれど、それにはエルフと手を組んだ証拠を得られる、ロマリアに王権の正当性を認めてもらう、という二つの仮定が含まれていることは理解しているね?」
「ええ、理解しているからこそ、その仮定を仮定でなくすための情報がほしいのです」
「……いいだろう。ひとまず情報の収集までは請け負おう」
「ありがとう存じます」
それにしても随分と大胆な手を考えるものだ。まさか自分たちが追われる身でなくすということのためにガリアを二つに割った戦をしようとするとは。
「ローゼマインはともかく、そちらのお嬢ちゃんは、とてもそんな大胆なことをしでかしそうには見えなかったんだけどね」
「わたしも、自分が生きるためにあがこうと思った」
話を向けたマチルダに、タバサは短くそう返してきた。
第一部も残り五話。
第二部については話の雰囲気も変わりますし、タグの変更もしたいので、別の話としての投稿も考えています。
第二部でタグを追加するとしたら「原作キャラ死亡」「ロマリア敵対」「タバサ別人化」などでしょうか。