この不審な青年に疾走を!   作:トキワ

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青年は信仰を得る

 実は宿屋の宛はついていた。

 持っている金額が金額だからと門番さんが紹介してくれていたのだ。

 基本的に借りを作るのは嫌いな私だが、彼にはお世話になりっぱなしで頭が上がらない。今度菓子折りを持っていこうと思う。

 

 無事に辿り着きチェックインを済ませた後、部屋に入った。

 日本からきた自分としてはまあこんなもんかなといった感じだが、曰く普通の冒険者は大部屋で雑魚寝らしい。

 特にお金のない新人は、馬小屋で寝てバイトをして装備を買うお金揃えるそうなので俺は十分すぎる程に恵まれているのだろう。

 

 手を合わせてエリス様に感謝した。

 いや手を合わせるのが正しい礼拝かは分からないのだが、こういうのは気持ちだろう。…たぶん。

 

 

 

 

 

 拠点を確保して落ち着いたので、先程貰った冒険者カードを取り出した。

 なんでもステータス、つまり俺のスペックの確認とスキル、そのまんま技能の獲得ができるらしい。

 スキル獲得にはスキルポイントが必要で、スキルポイントは最初から持っている分とモンスターを殺してレベルアップして得られる分があるらしい。

 

 

「ゲームだなあ」

 

 

 思わず呟くくらいはゲームである。

 スキルさえ獲得できれば数秒前まで素人でも急に上手く扱えるという所も最高にゲームだ。

 だが面倒な事にスキルの獲得には先人の教えが必要らしい。

 コツさえ教えて貰えれば獲得できるそうだが、それはつまり教えてくれる人がいなければ詰みということだ。

 対価さえ払えば教えてもらえるらしいが、知らない人に話しかけるのもなかなか勇気がいるものだ。

 だがお金も無限にあるわけではない。はやく稼げるようになる為に、明日は勇気を出すべきだろう。

 

 

 

 

 

 防具はローブでなんとかなりそうなのでダガーだけ買った俺は、お昼前にギルドにやって来ていた。

 

 

「すいませーん!どなたか盗賊のスキルを教えてくださる方いませんか!」

 

 

 早めの昼食を摂っている冒険者達に呼びかける。

 なんだあいつ。とでも言いたげな目線に耐えていると一人の女性が手を挙げてくれた。

 

 

「あたしが教えたげよっかー!」

 

 

 白髪で右頬に傷のある軽装の女性だった。

 なんだかいかにも盗賊って感じの人である。

 

 

「お願いします」

 

 

「おっけーおっけー。まずは裏庭に移動しよっか」

 

 

 素早く駆け寄り、予め職員のお兄さんに聞いておいた相場通りの礼金を渡した。

 金額を確認して納得したらしき女性は歩きだし、俺もそれに続いた。

 

 

「盗賊のスキルっていっても色々あるんだけどさ。具体的にどういうのが希望なの?」

 

 

 ぶっちゃけ考えてなかった。そんなに自由度が高いのだろうか。

 

 

「なんかこう…脚が速くなれるスキルはありませんか」

 

 

 

「うーん…移動が速く済ませられるってことでいい?だったら助走とかあるけど」

 

 

 助走。助走ってスキルなのか。なんかこう…瞬間移動!とかそんな感じかなと予想していたのだが。自分としては走る事に関連しているらしいので万々歳だ。命を賭ける以上贅沢は言わないが、できれば二本の脚で走りたい。

 

 

「なかなか面白いスキルだよ。こんな感じで走る前にちょっと集中するだけで…」

 

 

 スタンディングスタートの構えから走り出す女性。

 普段の彼女の足の速さは分からないが、不自然な加速からスキルの効果が見て取れる。これは是非ともマスターしたい。

 

 

「こういうのを求めてたんです!頂きますね」

 

 

 冒険者カードを弄って助走スキルを獲得する。

 

 

「一度試してみなよ。できなかったらアトバイスするからさ」

 

 

 お言葉に甘えてやってみることにする。

 肩幅より少し腕を広げて両指を地面に付き、右足側は膝を立て、左足を後ろに置く。いわゆるクラウチングスタートだ。

 

 

 いつものように心を落ち着け、右足に力を籠めた。

 

 

「うぇっ」

 

 

 物理的に不条理な加速。しかしトップスピードに乗ればいつも通りだった。最初の加速を助けるだけで最高速度を上げる訳ではないらしい。

 

 裏庭を一周して戻ると、盗賊さんが拍手してくれていた。

 

 

「いやほんと速いね。まだ初心者でしょ?才能あるよ」

 

 

 お礼を言いつつも少し引っかかる。初心者にしては、という事はやはりもっと速い人はいくらでもいるのだ。

 

 

「助走スキルだからほんとは助走中に使うんだけどね。こんな感じで止まってる間に使う裏技もあるんだよ」

 

 

 潜伏スキルとやらで隠れている間に助走をする時に便利な裏技だそうだ。

 先人の知恵はやはり偉大だ。

 

 

「どうする?まだ他にも教えようか?」

 

 

「是非お願いします」

 

 

 今日は午後を使ってスキルを教わる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れー」

 

 

「お疲れ様でした」

 

 

 夕方までかかったが、スキルを六つ教わった。これでもう一端の盗賊らしい。

 戦力が一日で出来上がるのは、便利だが恐ろしいシステムだと思う。

 

 

「ついでに一つお聞きしていいですか?」

 

 

「んー?なにー?」

 

 

「エリス教会って何処にあるかご存知ですか」

 

 

「ん?入信希望?それとも礼拝?」

 

 

 入信希望だと伝えると、彼女は嬉しそうに教えてくれた。

 街の真ん中に位置していて、他に教会はないので行けばすぐ分かるらしい。この世界はエリス教の一強なのだろうか。

 

 

「あ、これ着けてる人はエリス教徒だよー」

 

 

 ペンダントを見せてもらった。俺の世界で言う十字架みたいなものだろう。

 

 

「ってことは貴方はエリス教徒なんですね」

 

 

「そうだよ〜。教会であったらよろしくね!」

 

 

 まだ完全に入ると決めた訳ではないが、それは言わぬが花だろう。

 またスキルが必要になった時は訪ねる約束だけして解散した。

 

 

 

 

 

 

 立派にして荘厳。そうとしか言い様のない教会だ。

 今なら行けば分かるという言葉にも頷ける。

 日本では教会に入った事はなかったので、少し緊張する。

 

 

「お邪魔しまーす…」

 

 

 小声で呟きつつ両開きの扉を開ける。重くも軽くもないその手応えは、しっかりと整備がされている事を裏付けていた。

 

 

「いらっしゃい。ようこそエリス教会へ。今日はどうされました?」

 

 

 瞳に深い知性を湛えた老人が出迎えてくれた。

 服装は質素だが品位があり、なろうテンプレ聖職者特有の、私腹を肥やしているといった感じはしない。

 

 

「えっと、その、教えを聞きたくて…はい」

 

 

 教会と老人の雰囲気に呑まれ、しどろもどろにしか話せない。これが神聖な雰囲気という奴だろうか。

 

 老人、恐らく神父は優しげに笑い、静かに告げた。

 

 

「そう緊張なさらないでください。エリス教は厳格ではありますが、抑圧的ではないですよ」

 

 

 慣れた対応だ。ここで洗礼を受ける人は多いに違いない。

 

 

「ではこちらにおかけください。もう日も暮れそうですし、掻い摘んでお話しましょうか」

 

 

 指定された古びた椅子に座り込んだ。

 一体どんな教えなのだろうか。良くても悪くても楽しみだ。

 

 

 

 

 

 30分ほどかけて簡単な説明を受けたのだが、一言で表せばとてもまともな戒律だった。

 俺にとっても受け入れ難かったり理解できないものもなく、善行とされることも他人に親切にするといった分かりやすいものだ。

 おまけにエリス様は幸運の女神だそうで、ちょっと運がよくなるかも、らしい。

 

 入らないメリットがない気がした。

 この世界はエリス教の一強の様だから対抗勢力もなさそうだし、信仰を告白すれば他のエリス教徒と仲良くなれるだろう。

 あれだけ大恩を受けてスルーするのも申し訳ないので、入信することにした。

 

 小銭を払って信仰の証であるペンダントを購入した。

 特に入会金等はなく、商売っ気がない。大きなパトロンでもついているのか、それとも質素に暮らしているのか…

 よく手入れされた調度品を見れば、後者の方が正しい気がした。




TIPS
5:エリス教は教えも信仰する神もマトモであり、この世界では珍しく悪い側面がない。

6:アクセルのプリーストが集団墓地の霊を宥めない(原作情報)ことから彼らを雇うほどの財力がないと判断した。つまり教会内の描写はオリジナル要素。

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