麻菜がレイシフトから戻り、コフィンから出たところで出迎えたのはマシュだった。
「先輩?」
マシュは笑みを浮かべていた。
しかし、彼女の笑みは怒りの笑みであった。
麻菜はそれを察したが、狼狽えることはない。
「最後の行動かしら?」
「それもありますが、全体的に先輩は欲望に素直過ぎます」
「ダメ?」
「ダメです」
「それは申し訳ないわね。マシュは真面目だから気を負いすぎてしまうのよ」
「というか、先輩が不真面目過ぎるのでは?」
問いに麻菜はドヤ顔で告げる。
「結果を出していれば文句は出ないわよ。それに致命的に組織のルールを逸脱するようなこともしていない」
「禁止されていないから、やっていいとはならないんですが……色々と」
「……まあ、前向きに検討し、善処するわ」
マシュは麻菜の物言いに、改める気はないな、と確信した。
とはいえ、マシュ自身としても、自分がこんなに他人に色々と言えるような性格であったか、と問われると不思議であった。
たとえばロマニやダ・ヴィンチ、オルガマリーや他のサーヴァントとの会話でこのようなことにはならない。
麻菜が不真面目過ぎたところで、別に他の人達と同じように会話をすればいいのに。
「先輩は何だか放っておけません」
「そう?」
「はい。欲望一直線過ぎるので、ストッパー役がやはり必要ですね」
「それなら私と一緒に来なさいよ。人類を救った後、どうせ暇でしょ?」
その誘いはマシュにとって衝撃的であった。
しかし、それは悪いものではなく、むしろ嬉しさがこみ上げてきた。
「いいんですか? その、お邪魔になったりとか……」
「構わないわよ。あなたが真面目過ぎるのは娯楽を知らないから。あっちこっち連れ回してあげる。世界は美しく、そして楽しいところが山程あるわ」
麻菜の言葉にマシュは満面の笑みを浮かべて、頷いた。
いつも通りにオルガマリーへの報告を済ませ、労いの言葉を言われた。
しかし、今回はちょっと積極的だった。
手を握ってきて、お疲れ様と言われたのだ。
さらにそのときは照れ顔で、視線をちょっと逸らしてはいたが、むしろそこが可愛さを強調させた。
何このツンデレ、ひゃっほー、と麻菜はそんなことを思いつつ、オルガマリーがいつも頑張っていることを褒めたり、食堂で美味しいものでも食べようと誘って、約束を取り付けた。
マシュが横でむくれ顔であったので、麻菜はあとで何かしなければと思いつつも、恒例の召喚の時間となった。
まずは縁を結んでいる者達から。
一番に出てきたのは当然決まっていた。
「麻菜ぁ!」
叫びながら麻菜に飛びついてきた。
ネロだった。
彼女は麻菜の胸に顔を埋めると、頬ずりをし始める。
「会いたかったぞ! 永遠の時間を待った気がした!」
顔を上げて、そう言った。
麻菜はネロの頭を優しく撫でながら言葉を掛ける。
「私からすると一瞬だったけど、あなたは2000年近く待ったものね。頑張ったわ」
「そうだろう、そうだろう! 余は頑張った! 実はな、頭痛が無くなった余は色んな分野に手を出して抜群の功績を残してやった。最後は色々あったが、余は一人では死ななかったぞ!」
歴史が微妙に変わっているが、大筋に影響がなければ問題がないのが歴史の良いところではある。
「具体的には?」
「余はこれをそなたに見せる為に魔術師になった。おっと、それを知っているのは余の魔術の師と余だけだ。だから公には知られておらぬ」
ネロは麻菜から離れて虚空に手を突っ込んで、1枚の大きな絵画を取り出した。
「そなたの肖像画だ! 題名は余の女神!」
ネロはドヤ顔だった。
どうやらネロは麻菜のような空間倉庫が欲しいが為に魔術を学んだらしい。
「他にも、そなたに関する作品は基本、余の倉庫に放り込んである。一部は王宮などにも飾った。正直この倉庫を創るのは大変であったが、そこは天才の余が何とかした」
胸を張るネロ。
「ネロ、嬉しいわ。もう離れることはないわね」
「当然である。そなたの傍にずーっとくっつくぞ!」
そんな熱い展開をマシュはジト目で見つめていたが、その間にも召喚は続く。
次々と召喚されるサーヴァントはカウンターサーヴァントとして存在していたものばかり。
しかし、そんな中で見慣れぬ輩がいた。
「えっと、いたっけ?」
「失礼ね! いたわよ! 会っていないけど!」
ステンノと名乗ったサーヴァントだ。
とても美しい少女の姿であったが、麻菜は傍らのネロ、そしてマシュへと視線を送るも知らない、と首を左右に振られる。
「着物を着ていた玉藻とかいう女よ。あの女、私の試練をすぐに見破ってご主人様が出てこなくて良かったですね、とか宣ったのよ」
怒るステンノ。
どうやら玉藻が何かやったらしい、と思い、麻菜はすぐに玉藻へと
そして、やってきた玉藻はステンノを見るなり問いかけた。
「あれ、来たんですか?」
「来たわよ!」
首を傾げる玉藻、怒るステンノ。
2人を見て麻菜は告げる。
「玉藻、説明して」
麻菜の言葉に玉藻は説明を開始する。
ローマ市内での噂として聞いたもので、形のない島というところに女神がいて、試練を乗り越えれば宝を授けるというもの。
当時の麻菜はネロとの観光に忙しく、玉藻が憂さ晴らしついでにそこへ行ったら、ステンノと出会い、試練が単なる悪戯であり宝などは無かったとのことだ。
「はめられた、と分かるとご主人様が怒る可能性があったので黙ってました。大して強い敵もいなかったですし」
「ワンパンだったの?」
「ワンパンですね。正義執行してきました」
「それなら仕方がないわ」
そんなやり取りにステンノは頬を膨らませる。
「それであなたの名前は?」
「玲条麻菜よ」
「そう、麻菜ね。この私を養う権利をあなたには与えるわ。対価として、あなたを振り回してあげるわ」
はて、と麻菜は首を傾げる。
「それって私にメリットがなくない?」
「なくないわよ。だって女神よ? あなたも確かに美しい。それは認めるわ。けれど、私の美しさも相当のものでしょう? それに見たところ、あなたはそこの薔薇の皇帝と同じ性質だろうし」
「まあ、そうね……振り回すのはいいけど、あくまで世界を救うとかそういうことに影響のない範囲にしてね」
「ええ、心得ているわ」
妖艶に微笑むステンノ、しかし、彼女は知らない。
マシュは察し、玉藻は確信したのか、それぞれがご愁傷様です、とステンノに心の中で告げる。
「私が振り回さない、とは言っていない」
小声で呟く麻菜。
ですよね、とマシュと玉藻は同意とばかりに頷いた。
そうこうしているうちにもサーヴァント召喚は進む。
「私がローマである」
「ローマは偉大、間違いない」
「うむ。汝は少々異なるが、それもまたローマである」
ロムルスと麻菜がそんなやり取りをした。
麻菜はとにもかくにも、この偉大なる男にあれこれ色々質問しようとワクワクしていた。
そんな彼女にロムルスは優しげな目を向ける。
「数奇な運命を辿る者よ。そなたの行いもまた、ローマに通ずる。故に、そなたはそなたの道を行け。それがローマだ」
麻菜は彼には敵わないと直感する。
力が強いとか弱いとか、そういう話ではないのだ。
ローマって凄い、と麻菜は思いつつ、次で特異点で縁を繋いだサーヴァントは最後だ。
「我が名はアルテラ。フンヌの裔たる戦士だ」
約束通りにやってきてくれたアルテラであった。
新たに来たサーヴァント達の案内を玉藻へと任せ、麻菜は次を待つ。
少しの時間を置いて、ダ・ヴィンチの声が響く。
『さて麻菜。ここからは完全に運試し! 新しいサーヴァントの召喚だ!』
どんなサーヴァントが出てくるか、麻菜はワクワク気分だった。
そんなこんなで召喚を終えた麻菜はオルガマリーと労使交渉を行うこととなった。
本来の意味では労働組合と使用者が交渉するというものだが、カルデアに組合はないので、労働者個人と使用者という意味合いだ。
「あなたの能力に見合う給料を支払うと、カルデアが破産するわ。一瞬で」
オルガマリーは開幕、そう麻菜に告げた。
オルガマリーがダ・ヴィンチとロマニ、更に経理の担当者達で基準に照らし合わせながら上限無しで計算してみたところ、それこそ1回のレイシフトの度に億単位の手当を麻菜に支払わなければならず、また月給にしても億単位の支払いになってしまい、一組織が払える金額では無くなってしまった。
「どこまで上げられるかしら?」
麻菜の問いにオルガマリーは少しの間をおいて告げる。
「逆に問いたいわ。どこまで欲しい? あなたは金銭に執着するようなタイプではなさそうだけど」
「そうね。ただ、私の作り出す金塊はこっちじゃ使えないから。金の取引は国がうるさくてね」
「金塊を欲する個人とあなたの仲介役をする、という報酬はどうかしら? それならあなたは大きな富を得ることができるわ。アニムスフィアの人脈はそれくらいならどうとでもできる」
麻菜は軽く頷きつつも、それだけでは満足しない。
「それだと私の収入が不安定になってしまうわ。それは将来の話として……何なら、そのときに手数料は引いて貰っても構わない。私は今の労働分の給与について決めたいの」
オルガマリーは内心舌打ちをする。
麻菜のことは個人としては非常に高く評価しているし、良い関係になりたい、と彼女は思っている。
だが、それとこれとは別だ。
使用者という立場から考えると、麻菜は極めて優秀だが非常にやりにくい労働者だった。
「1回のレイシフト毎に成功報酬支払いという形でもいいわよ? 勿論、そこに諸々の手当なども全て含めて。月給については拘束時間換算で構わないし」
具体的な金額を出せ、とオルガマリーは叫びたくなった。
だが、ぐっと堪える。
彼女は麻菜の顔を見つめる。
美しい顔であったが、今の彼女からするとまさに悪魔の顔に見えた。
「そうね、それはとても良い案に思えるわ。ただ、人類の未来という仕事内容から多少の手加減は欲しいところね」
「あら、人類の未来を救うという大仕事なら、むしろ兆単位で請求しない分、手加減している方よ?」
オルガマリーとしてもそう言われると何も言えない。
「……特異点修復ごとに成功報酬で2億、月給は300万でどうかしら?」
「手取りかつドル支払いで、それよね?」
ぐぬぬぬ、とオルガマリーは苦い顔となった。
「ドル支払いなら月給10万、成功報酬100万ドルで……」
「たったそれだけの報酬で世界を救えって? マリー、あなたはそれで世界を救えって言われて承諾するの?」
「せ、世界が滅んでいるんだから、紙幣なんて紙切れじゃないの……?」
「私は世界を救った後の話をしているのよ。良い報酬がないとやる気が起きないし、責任も持てないわね」
意地の悪い笑みを浮かべて、麻菜はそう告げる。
基本的に彼女は強欲であった。
「最低でも毎月100万ドル、成功報酬で1000万ドルは欲しいわね。出せない金額じゃないでしょ?」
「カルデアが破産するわ!」
「でも、世界が滅ぶよりはマシ。違うかしら?」
ああ言えばこう言う、しかも麻菜の言っていることは正論であるからタチが悪い、
彼女がへそを曲げてしまえば他にマスターは……そこでオルガマリーは気がついた。
自分も麻菜によって蘇ったときマスターとしての適性も備えてくれたのではないか、と。
更に言えばAチームの1人、芥ヒナコこと虞美人もいる。
正体を暴露されたとき、オルガマリーは仰天したが、麻菜と比べればまだ許容範囲内である。
虞美人と自分で特異点を解決できないか――?
麻菜のように規格外ではないものの、虞美人は真祖に近い存在であるし、オルガマリー自身も魔術師として優秀である。
所長という立場あるものの、試してみる価値はある筈だ――
オルガマリーはそう考えた。
「麻菜、交渉は一時保留よ。次の特異点は私と虞美人で修復してみせるわ」
その言葉に麻菜は目を丸くし、なるほどそうきたかと納得したように頷く。
「いいわよ。何事もチャレンジは大事だもの。ぐっちゃん先輩には項羽と一緒に行ってもらうわ。私から2人に言っておくから」
そこで麻菜は言葉を切り、一拍の間をおいて続ける。
「無理そうだったら私が出るわ。マリーのサーヴァント、どんなのが出てくるのかしらね?」
「ふふん、見ていなさい。私だってやれるんだから」
オルガマリーは自信たっぷりにそう言いながら、あることに気がついた。
「……ねぇ、麻菜。ところで物は相談なんだけど……他のAチームのマスター、もう1人か2人くらい蘇生できない? カルデアが絶対絶命で、色々な規則とかを破るのも仕方がなかったという証人が必要なのよ」
「考えておくわ」
そう答えて、麻菜は手をひらひらさせるのだった。