労使交渉が無事に決着し、オルガマリーと世界を救った後について有意義な話し合いが行われてから数日後のことだ。
麻菜はケルト勢のサーヴァント達との宴会を終えて、気分良く歩いていた。
こういうお誘いはかなりの頻度で色んなサーヴァントからあり、彼女としても酒の席でしか聞けない話もあると確信していた為、誘われるとほいほいついていってしまう。
高校生だから酒はNGと思いきや――しかし、麻菜には伝家の宝刀がある。
前世も含めれば二十歳を越えているからセーフ理論や、法律なんて都合が悪い時は無視して、都合が良い時だけ使えばいいや理論である。
麻菜は酔えなかったが、それでも楽しい時間を過ごした為に非常に機嫌が良かった。
鼻歌でも歌おうかと思っていた矢先、廊下の端っこでカーミラが頭を抱えているのを発見する。
無視するのもマスターとしてダメだろうと思い、声を掛けることにした。
「どうかしたの? カーミラ」
「エリザベート・バートリーが……」
麻菜はうんうんと頷いて告げる。
「で? 昔の自分がどうしたって?」
「何でわざわざ言い直すのよ!」
「いや、だって……私は昔のあなたも、大人のあなたも、とても魅力的に思えるわ」
「あなた、この間はオルガマリーの部屋にいたようなのに、すぐに別の女を口説けるのね……」
数日前のことなのに何でわかるの、と麻菜が問えば、僅かに残っている匂いだと返ってきた。
カーミラは嗅覚に優れている、と麻菜は覚えたので、もし何かやらかしたときのお仕置きとしてユグドラシル産の超絶最凶悪臭爆弾を食らわせようと考えた。
そんなどうでもいい考えを横において、麻菜は告げる。
「カーミラは可愛いものよ。私の知っている前世の連中なんて欲望の為に殺しまくったり、拷問しまくったりでそりゃもう色々……」
「……ちょっと待って。あなたの前世ってどんな世界だったのよ……」
「ディストピアかな。ただし、権力と金があるとユートピア。まあ、これはどこでも変わらないかしら。あ、ちなみに私はやってないからね。仕事以外では」
カーミラは頬が引きつった。
もしかしなくても、自分はとんでもないことを聞いてしまっているのではないか、という思いが湧き上がってくる。
「参考までに、あなたはどれだけ殺したの?」
「聞きたいの?」
にんまりと笑みを浮かべる麻菜。
綺麗な笑みではあったが、それはひどく不気味にカーミラには思えた。
「いえ、聞かないわ。あなたはそれでも、仕事でやったのでしょう?」
「ええ、仕事だったわ。私はまだ優しい方だったので。だから、カーミラも欲望の為だったとしても、昔にやったことはあんまり気にしない方がいいんじゃないの。やっちゃったものはしょうがないし」
もしかして励まされているのだろうか、とカーミラは困惑した。
励まし方が斜め上過ぎる為に。
どこの世界に自分の方が殺した数は上だから心配するな、と言う奴がいるのだろう、とカーミラは思ったところで、目の前にいたことに何とも言えない気持ちになる。
「麻菜、あなたは本当にぶっ飛んでいるわね」
「所詮この世は焼肉定食、焼いた肉を食えば生き、生肉を食えば死ぬという名台詞があるらしいわよ」
「それ、明らかに間違っているわよね? 弱肉強食って言いたいのよね?」
「昔はそうだったらしいわよ。最近はこれがトレンドという噂……知らないけど」
何なのかしら、この子は、とカーミラは可哀想な視線を麻菜へと向ける。
その視線のせいか分からないが、麻菜はとんでもないことを言い出した。
「それはさておいて、永遠の若さだっけ? 欲しいならあげるからいつでも言ってね」
「……は?」
カーミラは目を丸くした。
麻菜は不思議そうな顔になる。
「私はリョナもいけるから、今のカーミラが少女を拷問するのはとても見てみたい……おっと、これは問題発言ね。ともあれ、若さが欲しいならあげるから。でも、今のカーミラは大人の魅力に満ち溢れていて素敵だと思うの」
「待って、待って」
カーミラは両手を前に出して、ストップを掛けた。
「えっと、麻菜。あなたは私をどうしたいの?」
「私のサーヴァントになった以上は望みを叶えた上で、いっぱい働いてもらおうかなと……そっちのほうが満足できるでしょう? 私としては叶えられる願いは叶えてあげたいと思うの」
「……参考までに、どこまでできるの?」
「不老不死、性転換、若返り、金銀財宝とかの本人にしか影響を与えないものなら今すぐに渡せるわよ」
カーミラは唖然とした。
麻菜が大抵の人間が欲しがるものを気軽に渡せることに。
「というか、不老不死の薬も性転換薬も若返り薬も金銀財宝も魔力を消費する程度で作り出せてしまうので」
「えっと、麻菜……あなたって、非常識って言われない?」
「私の常識と世間の常識はどうやら、次元を隔てているらしいわね。早く私のいる次元に来て欲しいものだわ」
「あー……」
カーミラは何とも言えない声を出した。
色々と悩んでいたことがどうでも良くなってしまったのだ。
麻菜は問う。
「で、どうする?」
「……7歳くらい若返りたいのだけど、できる?」
「できるわよ。若返って、不老の薬を飲めば完璧ね」
「……何が望み?」
カーミラの問いに麻菜としては腕を組む。
「ただ満足させたかっただけ、という善意なのだけど……」
「何でもいいから言いなさい」
「じゃあ、カーミラ、私の傍にずっといて頂戴。不自由はさせないわ」
「ええ、構わないわ。私としても、あなたの血は興味があったの」
カーミラは即答した。
望んだものが手に入るならば、それくらいは全く構わない。
彼女は生前性別問わずに愛人が多数いた為、同性であっても問題はない。
何よりもカーミラからすれば麻菜は愛でたい存在であった。
性格はともかくとして見た目は抜群なのである。
対する麻菜は血という単語でメドゥーサを思い出した。
「そういえばメドゥーサが以前に私の血を吸ったんだけど、彼女曰く、これ以上美味い血はないとか、魔力が非常に濃厚とか何とか言ってたわよ」
「……え?」
「浴びたら酔っ払うんじゃないの? メドゥーサ、酔っ払った感じになってたし」
「えぇ……」
カーミラは困惑した。
何でメドゥーサに血を吸わせているんだ、とか色々とツッコミどころが満載だった。
しかし、そんな彼女の困惑なぞ知らず、麻菜は無限倉庫から小瓶を2つ取り出した。
「はい、若返り薬。戻りたい年齢をイメージしてね。その後はこれ、不老不死の薬。不死はおまけ」
「有り難みが全然ないわね!?」
色々と台無しだった。
そして、カーミラは若返った――のだが、麻菜からするとあんまり変わったようには見えない。
しかし、カーミラは手鏡を取り出して、自分の顔を見つめて、何やら目元のあたりを弄っている。
「もっと若返っても良かったんじゃないの?」
「いえ、あんまり若返ると昔の自分に近づくから……とはいえ、本当に若返っているわ。肌の質が違うもの」
そういうもんか、と麻菜は納得しつつ、カーミラへと不老不死の薬が入った小瓶を渡した。
それを飲み干して、カーミラは笑みを浮かべる。
「ふふふ、麻菜。あなたには返しきれない恩ができてしまったようね」
「それじゃ約束通り、ずっと私の傍にいてね? あなたの見た目も雰囲気も性格も素敵だと思う」
「あなたに言われると皮肉にしか聞こえないのだけど……素直に受け取っておくわ。約束も守りましょう」
麻菜は満足げに頷きつつ、そういえばと問いかける。
「で、昔の自分がどうしたのよ?」
「何かをやらかすんじゃないかって思うと、ストレスが……」
「大丈夫よ。過去は過去、あなたはあなた。過去のあなたがやったとしてもそれは、カーミラがやったことではないから。割り切ればいいのよ」
とはいえ、と麻菜は続ける。
「難しいだろうから、ストレスを感じたら、私のところに来なさい。美味しいものを食べれば何とかなるわ」
「……ありがとう」
照れくさそうにカーミラはそう告げた。
麻菜は満足し、その場を去ろうとするが、その服の裾をカーミラは掴んだ。
はてな、と首を傾げる麻菜にカーミラは告げる。
「口説いておいて、行ってしまうの?」
問いかけに麻菜はすぐさま満面の笑みを浮かべ、カーミラをひょいっとお姫様抱っこした。
さすがにそれはカーミラからしても、予想外。
だが、生まれて初めてそんなことをされた為に恥ずかしいが、何だか嬉しく、拒むという選択肢はない。
「あなたの部屋、行ってもいいかしら?」
麻菜の問いかけにカーミラは小さく頷いた。
「ブチギレましゅ!」
「マシュ、どうしたの? またブチギレましゅやっているの?」
「先輩のせいですよ! 朝帰りって何ですか!?」
「朝帰りは朝帰りよ。ちょっとカーミラと深いことを……」
食堂にて麻菜はマシュに詰め寄られていた。
カーミラと2人揃って登場した為に、何があったのか分かってしまったのだ。
堂々としているのが、いっそ清々しい。
「というか、四六時中玉藻さん達がついている筈なのに……」
「そういや彼女ら、昨夜はストーキングしていなかったわね」
2人が会話をしていると清姫がひょっこりと現れた。
「昨日は麻菜様のベッドにいつものメンバーとジャンヌさん達で匂いつけをしていました」
麻菜とマシュは察した。
「いつものメンバーは分かるけど……ジャンヌまで?」
「はい、白黒ジャンヌさん達です」
何やら怪しかった。
麻菜はちょうど食堂にやってきた玉藻へと視線を向ける。
「玉藻、私の部屋で昨日の夜は何をやっていたの?」
「え、パジャマパーティーですけど。ご主人様がいつまで経っても帰ってこないので、白黒ジャンヌさん達も交えて。最後は枕投げやりましたよ。そのままご主人様のベッドで皆揃って就寝しました」
「え、何それ楽しそう。私も混ぜて」
「ええ、勿論ですよ。ちなみに一番はっちゃけたのは黒いジャンヌさんで、2番めが白いジャンヌさんです。まだ寝ているのではないでしょうか」
麻菜とマシュは何となく想像がついた。
ジャンヌ・オルタは悪ぶっているものの、どうにも微妙にポンコツなのだ。
そこがまた愛らしいのだが。
「ジャンヌの方もはっちゃけたのは意外ね」
麻菜の言葉に玉藻が答える。
「ご主人様、ジャンヌさんは騒ぐことは嫌いじゃないみたいですよ。子供時代を思い出しました、とか言っていましたし」
「元々は農民だったっけ?」
「ええ、そうです」
そんな会話をしていると、静謐のハサンが現れた。
彼女はじっと麻菜を見つめ、すすす、とその背後に寄っていった。
全身が猛毒の塊みたいな彼女であるのだが、麻菜には効かなかった結果、召喚されてすぐのあたりからこういう関係になっている。
そのとき緊急放送が入る。
麻菜とマシュの呼び出しであった。
それが意味することは一つしかない。
「あ、ご主人様、次の特異点は私をしっかりと連れていってくださいまし。現地妻を作られたらたまりませんので」
「玉藻さん、一緒に頑張りましょう」
玉藻とマシュは互いに握手をしたのだった。
「おい、麻菜」
その声に麻菜が振り返り、つられてマシュや玉藻もそちらへと視線を向けると、セイバーのアルトリア・オルタがジト目で仁王立ちしていた。
「いい加減、私を連れて行け」
出番の催促だった。
「そういえば他の皆さんも連れて行けとたびたび聞きますね」
玉藻の言葉に麻菜はむむむ、と思案顔になる。
そこへマシュが追撃を掛ける。
「先輩、私のところにもたくさんの方々から出番をよこせと声が届いています」
「……検討するから皆を集めておいて」
そう答えて麻菜はメンバーの入れ替えを考えながら、ミーティングルームへとマシュと共に向かった。