「次の特異点はロンドンよ」
オルガマリーの言葉に麻菜はおもむろに懐からリストを取り出した。
現在、カルデアに召喚されているサーヴァントのリストだ。
「ええっと、少佐……少佐はいなかったかしら……いないなら、ドイツ系のサーヴァントを……オルトリンデはちょっと違う気がする……」
「麻菜、何なの?」
「え? ロンドンに対して特攻があるサーヴァントを考えていたのよ。吸血鬼の大隊を率いて、ロンドンを火の海にしてやろうと……」
「よくあるナチネタかしら?」
「それをネタにした日本の漫画ね」
なるほど、とオルガマリーは頷きながらも話を進める。
「レイシフト先は1888年の産業革命時代ということくらいしか分からないわ」
「例によって例の如く、何にも分からないのね」
「仕方ないじゃないの……と言いたいところだけど、当時のロンドン市内の地図はあるわ」
オルガマリーによって麻菜とマシュに配布される地図。
それなりに精密なものであり、大いに助けになりそうだ。
「ふーん、なるほどね……」
麻菜は地図のあちこちを見て、あることを閃いていた。
「先輩、誰を連れていきますか? あ、玉藻さんは絶対に連れていってくださいね。抑え役が必要なので」
マシュの言葉にオルガマリーが反応する。
「え? いつものメンバーじゃないの?」
「実は他の方から行きたい、という声が多数ありまして……」
「あー、そりゃそうよね。今までメンバー固定で、他のサーヴァント達がやってることは麻菜の教育係だもの」
うんうんと頷くオルガマリー。
実際にそうであったからだ。
いつものメンバー以外にも多数のサーヴァント達がいるにも関わらず、基本的に麻菜はメンバーを固定している。
多数のサーヴァント達はというと、麻菜に色々と教育したり模擬戦をしたりとそういうことしかしていない。
自分達にも出番をよこせ、という声が麻菜ではなくマシュへ寄せられていた。
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、ということわざの通りにマシュから麻菜に言ってもらった方が要望が通りやすいだろうという判断によるものだ。
そのとき、会議室の扉が開いてダ・ヴィンチが入ってきた。
彼女はにんまりと笑みを浮かべている。
「所長、発表しても?」
「ええ、構わないわ」
どうやら彼女が来ることとその発表は予定されたことであったらしく、オルガマリーはダ・ヴィンチの問いに許可を出した。
ダ・ヴィンチは咳払いをし、ドヤ顔で告げる。
「なんと! レイシフトに連れていけるサーヴァントの人数が増えた! 合計で10人まで! 勿論、マシュは除いて10人だ!」
「私達だって何もしていなかったわけじゃないのよ。ただ私や虞美人がサーヴァントを連れてレイシフトする場合もこの枠になるけども」
オルガマリーの言葉に麻菜はなるほどと頷いた。
要するに、麻菜がマスターとしてレイシフトするならマシュを除いて最大10人までサーヴァントを連れていける。
しかし、麻菜に加えてオルガマリーと虞美人もそれぞれのサーヴァントを連れて行くと彼女達が4枠使用することになり、麻菜が連れていけるサーヴァントは最大で6人になるということだ。
オルガマリー達がレイシフトしなければ最大でサーヴァント10人という数字に麻菜は笑みを浮かべる。
だが、彼女は最初から10人全員を連れて行くのは問題があると考えた。
「いきなり10人というのは良くないわね。こちらの投入できる最大の戦力が判明してしまうと、相手に主導権を握られる可能性がある。だから、突入の5分前といった程度に、対応できる暇を与えない短時間で兵力を集結させ……」
話し始めたところで、麻菜は向けられる視線に気がついた。
なんでそんなことを知っているの、と言いたげな視線だ。
「……む、昔取った杵柄なので……」
「麻菜、あなたは何をしていたの?」
ジト目となったオルガマリーの問いかけ。
「異世界から転生してきた私、実は人間でもあったの。表の顔というやつ」
麻菜はそこで一度言葉を切り、一拍の間をおいて告げる。
「人間としての私は世界的な複合企業の裏側で総責任者だったのよ。防諜からテロ、暗殺、他にも紛争を起こしたりとかやってた」
「えっと、小説とか映画の設定かしら? あの世界観で企業……?」
「信じるかどうかは、あなた次第……と言いたいところだけど、残念ながら本当。まあ、人間だけがいる世界もあったと考えて頂戴」
麻菜の言葉にオルガマリーは深く溜息を吐き、告げる。
「なんというか……あなたって波乱万丈ね」
「それほどでもない。まあ、そんな仕事を……あと、そこのボスになるまでに色んなこともやってきたので、大抵の倫理的な問いかけとか道徳的な問いかけは私に通用しないと思って頂戴」
ならば、とダ・ヴィンチは問いかけた。
「例えば人体実験……それも命の危険があり、なおかつ被験者の意思を無視したものは?」
「費用が嵩んで大変そうって思う。予算確保の為にあちこちに根回しとか……あと被験者の確保も大変よね」
オルガマリーは何とも言えない表情となる。
そういやマシュが静かだと麻菜がそちらへと視線を向けると、何やら悲しそうな顔だ。
一方でダ・ヴィンチは予想ができていたのか、納得したような顔だった。
オルガマリーとマシュの反応から麻菜は容易に結論を出した。
「……えっと、マシュ。あなたって被験者で成功例というパターン?」
マシュは小さく頷いた。
麻菜は彼女に対する情報を頭の中で改めて整理する。
降霊術とやらでサーヴァントをその身に降ろした、というのがおそらく合っているが違っているのだろう。
ならば、後天的にサーヴァントもしくはそれと同等になる為に生み出された存在ではないか、と。
「サーヴァントと同等の能力を得る為に生み出された強化人間?」
「デミ・サーヴァントという計画よ。あなたの予想で7割くらいは合っているわ」
オルガマリーの言葉に麻菜はなるほど、と頷いた。
「で、それで?」
麻菜の問いかけにオルガマリー達――無論、マシュも含めて呆気に取られた。
その反応に麻菜は困った。
「悲惨な過去で色々大変だったね、とでも言えばいいの?」
「そういう反応をされるのは予想外だけど……ほら、カルデアという組織について色々と思うところが出てきたりとか……」
オルガマリーは少し怯えたような顔で告げた。
麻菜は深く溜息を吐きながら、告げる。
「私の観点でいえば唯一の成功例がマシュだけなんて、費用対効果が悪すぎて元が取れていないんだから、最初からやらなきゃ良かったのに、としか思えないわ」
そして、彼女はマシュをその黄金の瞳で見つめる。
「マシュの出生がデザインベビーだろうが、神話生物だろうが、そんなものは関係ないわ。重要であるのはマシュがどうしたいかっていう意志よ。それ以外に必要なものなど存在しない」
きっぱりと言い放つ麻菜。
ある意味清々しいまでの発言だ。
マシュはその言葉をゆっくりと頭に浸透させる。
その間にオルガマリーは問いかける。
「ええっと、麻菜。他の犠牲者とか……悪魔の所業だとは思ったりとか……そういうのは?」
「悪魔の所業っていうのなら、確かにそうでしょうね。でもね、人類の歴史なんてそんなものよ」
そこで麻菜は言葉を切り、オルガマリーを真っ直ぐに見据える。
「悲劇はどこにでも転がっている。悲劇の軽重があるだけよ。犠牲者なんて星の数ほどいるわ。個別の悲劇を知れば全員を救いたくもなるでしょうが、現実問題として救済なんてできやしないわ。それに私の知っているのと比べると……悪魔は悪魔でもまだ優しい悪魔の所業だとは思うわ」
麻菜がそう答えたところでようやくダ・ヴィンチが口を開く。
「その理由は?」
「マシュは人格を剥奪されていないから。マシュ・キリエライトと認識していられるから。私の知る人体実験で被験者の人格剥奪は最初に行われることだからね。邪魔だから、研究者側にとって都合の良い意識を適当に植え付けるの」
ダ・ヴィンチは軽く頷き、更に問いかける。
「もっと重い悲劇がある、と言っている麻菜だけど、君がもし当時のマシュの状況を知ったならどうする?」
「地図を書き換える必要が出てくるわ。ここらの山一帯が抉れていたことでしょうから」
さらりと麻菜はそう告げた。
にやりと笑みをダ・ヴィンチは浮かべる。
「ということさ。麻菜は別にもっと重い悲劇があるから我慢しろとか、そういうことではないよ。麻菜、犠牲者については? 愚者の夢想によって悲劇が生まれた。君は犠牲者について、どう考える?」
「とても痛ましいと思うわ。責任は全部愚者にある。ちゃんと成功の確率とかそういうのを考えてやらないと、無駄に費用や犠牲者を垂れ流すだけよ」
「人体実験自体には?」
「しっかりとした計画とそれを完遂できるだけの予算・人員・設備・場所及び被験者に対する事前説明と同意……色んな条件をクリアできればやってもいいんじゃないの? マシュみたいに生み出された場合は被験者本人の意思決定能力が介在していないから、ある程度成長した段階で説明をして同意を得るべきであったと思う」
ダ・ヴィンチはうんうんと頷き、オルガマリー、そしてマシュを見る。
「見事なまでに人体実験を命じる側の回答だけど、人の心は失っていないと思うよ……たぶん」
「私に一般的な倫理とか道徳とか通用しないと言ったじゃないのよ」
そう答えて頬を膨らませる麻菜にオルガマリーがおずおずと告げる。
「えっと、麻菜……その愚者っていうのは私の父なのだけど……」
麻菜はあからさまにやべぇ、という顔になった。
その表情にダ・ヴィンチは吹き出した。
「えっと、マリー? 素敵なお父様よ。大丈夫、誰にでも失敗はあるから。ほら、他の功績が消えるわけじゃないからね?」
「いえ、いいのよ。事実だもの……その、あなたはそれでも私を拒んだりしない?」
「拒む要素が見当たらないのだけど。別にマリーが何かをやったわけじゃないし。親族だからと無関係な輩を吊るし上げるような無意味なことはしないわ」
麻菜の言葉にオルガマリーははにかんだ笑みを浮かべる。
「先輩」
麻菜は呼ばれて振り返った。
マシュが何やら決意を秘めた顔をしていた。
「意志が重要なのですね?」
「ええ、そうよ。マシュ。あなたはあなたが思うままでいいのよ」
「では遠慮なく……私、余命があと少しみたいに感じるので、何とかしてください」
ダ・ヴィンチとオルガマリーは驚きの顔でマシュを見た。
「自分の体のこと、何となく分かりますから。あんまり長くはないんじゃないかって」
2人に対し、マシュは微笑んで告げた。
彼女の言葉に麻菜は軽く頷いて、
「マシュ、その願いを叶えてあげるから、ずーっと私の傍にいなさい」
「当然です」
マシュは胸を張った。
「先輩のブレーキ役は誰にも譲れません。盾で殴ってでも、暴走したら止めますので」
「痛そう」
「当たり前です。痛くするつもりなので、角でいきますよ?」
ひぇええ、と麻菜は情けない声を出しながら、超位魔法を発動する。
「マシュ・キリエライトの全ての疾患その他諸々のあらゆる不具合を完全に、かつ完璧に一切の後遺症なく治癒しなさい。ウィッシュ・アポン・ア・スター」
そして、願いは叶えられる。
「……先輩、ありがとうございます」
マシュは軽く体を動かして、そう告げた。
対する麻菜は構わない、と手をひらひらとさせる。
「で、何だっけ? ロンドンだっけ? ちょっとロンドン橋を落としてくるから」
「違うわよ! 特異点の修復よ!」
オルガマリーのいつもの感じのツッコミに麻菜はけらけらと笑った。