「普通にジャックがついてきたんだけど……大丈夫なのこれ?」
特異点を修復してカルデアに帰還すると、麻菜の腕の中には変わらずジャックがいた。
麻菜としても前回のやらかし――聖杯を2つ持ってきてしまうという――がある為に警戒する。
「おかあさんと離れたくない……」
そんなことを言って、抱きついているジャック。
麻菜は頬が緩みそうになるが、耐え忍んだ。
そんな彼女の疑問をダ・ヴィンチが答える。
「ジャックのほうから麻菜に直接契約を結んだ形になっているんだよね」
「いつよ?」
「君がジャックのおかあさんになるって言った時。すごい早業だった。私じゃなきゃ見逃しちゃうね」
「抜け目がない……それでこそ私の子供達」
麻菜はジャックの額に口づけると、ジャックは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「それはさておき所長が呼んでいるよ。出番がなかった面々へのフォロー、やっておきなよ」
「ええ。勿論よ」
「知っているかもしれないけどハーレムへの道は険しいからね。あ、私も加えてくれよ? この前、私を召喚して、君だけのダ・ヴィンチちゃんになっているんだからさ。ついでにパトロンにもなってくれ」
「喜んで」
そんな会話をして麻菜はダ・ヴィンチと別れ、オルガマリーの下へと赴いた。
すると彼女は麻菜を会議室へと誘う。
そして、しっかりとドアの鍵を閉めてオルガマリーは軽く息を吐く。
「まずは特異点修復、ご苦労さま……色々とやらかしたところはあったけど」
「ありがとう。大英博物館の件なら手間賃として頂いたわ」
「それを成功報酬の代わりにするっていうのはダメ?」
「それとこれとは話が別ね。そちらとはそういう契約ではなく、ニコニコ現金払いですもの」
にこにこと笑顔でそう告げる麻菜にオルガマリーは溜息を吐く。
とはいえ今回の話はそれではない。
「麻菜、件の47人のマスターについてよ」
「何か、状況に変化でも?」
麻菜の問いかけにオルガマリーは首を左右に振る。
「違うわ。以前にも言った通り証人が欲しいわけよ。仕方のない状況だった、というね」
「ああ、そういえばそう言っていたわね」
事後処理をスムーズに、かつ色んな組織からちょっかいを出されないようにする為にも、麻菜と虞美人以外の真っ当なマスターもいたほうが良いのは確かだ。
麻菜にしろ虞美人にしろ、魔術師的な意味で普通のマスターであるとは口が裂けても言えなかった。
「説明会のとき、あなたはAチームのオフェリアと親しげに話していたわね?」
「ええ」
「彼女を蘇生して頂戴。証人になってもらうわ」
「分かったわ。いつものサーヴァント召喚の後でもいいかしら?」
「勿論よ。で、蘇生して彼女の体調が万全になったら、あなたの実力を示して欲しいわ。それで理解できるでしょうから」
「プライドとか色々と木っ端微塵になりそうだけど、大丈夫?」
「そこは大丈夫でしょう。現代の戦乙女と呼ばれているのよ、彼女」
戦乙女と言われて、麻菜の頭にはオルトリンデが出てきた。
オルトリンデと説明会当時のオフェリアを比較し、麻菜は首を傾げる。
「あんまり強そうじゃないけど……」
「オルトリンデと比べちゃダメよ。ともあれ、そういう感じでやって頂戴」
「分かったわ」
「無事に生き返ったみたいね」
その声と共にオフェリアの意識は急激に覚醒した。
彼女が目を開くと、そこには説明会で見た顔があった。
「……麻菜さん?」
「麻菜で構わないわ。オフェリア、ちゃんと蘇らせてあげたわよ」
言葉にオフェリアの脳裏に最後の記憶が蘇るが、それで気分を悪くするようでは魔術師は務まらない。
明らかに致命傷であった筈なのに、なぜ――
そこでオフェリアは麻菜の言葉にまさか、と彼女の顔を見つめた。
「体の具合はどう?」
「……問題ないわ。あなたが蘇らせたの?」
「そうよ」
「あなたは一般人の筈では……?」
「世界の可能性はそんなに小さなものではないと答えておきましょうか。状況は他の人達が説明するから」
オフェリアには情報が不足し過ぎていたが、麻菜がただの一般人ではないことは理解できた。
「あなたは魔法使いなの? 死者蘇生なんて、その域にあるものだけれど」
オフェリアの問いに麻菜はくすくすと笑う。
「たかが死者蘇生程度で驚いていたら、これから先、身が持たないわよ?」
そのとき、扉が開いてオルガマリーがロマニ、ダ・ヴィンチを伴って現れた。
「じゃ、私はしばらく模擬戦をやってくるから。オフェリア、見に来てね」
にこりと微笑み、麻菜は部屋を出ていった。
オフェリアは何がなんだかさっぱりであったが、まずは状況把握が先だとオルガマリー達の説明を聞くことにしたのだった。
説明を聞いたオフェリアはあまりにも絶望的かつ、深刻な事態に気を失いそうになった。
カルデアは完全に孤立無援で、かつ、来年までに特異点を修復しなければカルデアも人理焼却に飲み込まれてしまう。
抑止力すらもはやあまり意味を為さない現状であり、なおかつ、相手は魔術王だという。
勝てるわけない、とオフェリアとしては言いたいところであったが、オルガマリーもロマニもダ・ヴィンチも、全く悲壮な雰囲気がなかったのだ。
それどころか、むしろ楽観的な空気すら漂っているように、オフェリアには感じた。
そうしていられる原因が今、シミュレータールームにいるとオルガマリーから言われ、オフェリアはそこへ赴くことになった。
ルーム内にある観戦者用のスペースから、オフェリアはそこで目撃した。
数多のサーヴァント達相手に高笑いしながら、太陽を幾つも落としている麻菜の姿を。
「えっと……合成か何か?」
「と言いたいところだけど、今、君が見ているものは全て本物だ。麻菜君は世界一頼もしい存在だよ。世界一ワガママだけど」
一緒についてきたロマニの説明にオフェリアはすぐに告げる。
「私も中へ行っても?」
「構わないよ。ただ、神話のクロスオーバー的な人外大決戦になっているから気をつけてね」
「それは気をつけようがあるの?」
「まあ、自分の幸運を祈って」
あんまりにもあんまりであったが、宝具が飛び交い、空から太陽やら何やらが降ってきたり、大地が消し飛んだりと大変なことになっていた。
少しどころではなく、かなりの勇気がいるが、シミュレーターであるので、実際に死ぬわけではない、とオフェリアは意を決して、中へと入った。
「ええい! 女神激おこ! 逃げるな麻菜ァ!」
入った瞬間にオフェリアはそんな怒鳴り声と冷気を感じた。
数多の氷柱が空にいる麻菜目掛けて飛んでいく。
「はーっはっは! 溶かしてくれるわ! スカディ!」
瞬時にビームみたいなものが麻菜から放たれ、一瞬にして氷柱が溶けて消えた。
そのビームは大地に当たると一瞬で当たった箇所がマグマへと変化した。
それだけでどれだけの熱量なのか、オフェリアは予想ができてしまったが、ともあれ、魔眼を解放し、さらに遠隔視の魔術を発動させる。
麻菜の次の行動をオフェリアの望んだものに確定させようとした。
しかし、ここで彼女は重大なミスを犯した。
とはいえ、それはオフェリアが責められる類のものではない。
普通、魔術師は防御系の魔術を自身に掛けている。
工房などであれば外敵の侵入や覗き見に対して反撃するような大魔術もある。
それは常識の範囲だ。
だが、こんなにも激しく動き回りながら、かつ自身に対する情報収集系魔術に対して完璧な反撃手段を構築しているなど、全くの想像外だった。
オフェリアの遠隔視の魔術に麻菜が張り巡らせているカウンターが瞬時に発動する。
麻菜の対探知及び対情報収集魔法により、オフェリアの視界は真っ黒に染まった。
「何がっ……!?」
こんなことは初めてであった彼女だが、そう言うだけで精一杯だった。
「誰だ! 麻菜に魔術的な情報収集を試みたバカは!」
そんな叫びが聞こえたときオフェリアの視界はようやく回復した。
そして、彼女は見てしまった。
空中に数多の魔法陣が描かれ、そこから溢れ出てくる異形の者共。
この世に決して存在してはならない、冒涜的なモノ達。
異次元のそれらは100や200ではない、膨大な数が溢れ出してきた。
嫌悪感と恐怖を感じたオフェリアであったが、すぐに白と黒の聖剣の輝き、遅れて白と黒の聖槍の輝きを目撃した。
星の敵に対して無類の強さを発揮する聖剣、世界を繋ぎ止める聖槍。
それらによってもなお、異形達は半数にまで数を減らした程度であった。
単純に敵の数が多過ぎるのだ。
「今日はクトゥルー系で決めてみました。用意しておいた魔法の名前は冒涜的大行進です」
麻菜の声が響き渡る。
そういう魔術――否、魔法なのだろう、とオフェリアは直感する。
オフェリアが幸いであったのは、現れた異形達が彼女から遠くに離れた場所だったことだ。
間近でしっかりと見てしまったのなら、発狂は避けられなかった。
「あなた、魔術師?」
そんな声が横から聞こえてきた。
オフェリアが顔を向ければ、髪をポニーテールにした東洋の女剣士の姿があった。
彼女はズタボロだった。
「治癒魔術的なものがあると嬉しいのだけど」
「簡易的なものなら……」
「あ、それでいいよ」
オフェリアはその剣士に自分ができる治癒の魔術を掛ける。
「私は武蔵よ。麻菜って本当にやばいくらい強いのよね。この数の英霊相手に互角以上っていうのがおかしい」
「見た目からセイバー……でいいのよね? あなたなら、懐に入り込んでしまえば……」
オフェリアの言葉に武蔵は頭をかく。
「無理無理。まず間合いに入るまでに頭がおかしいくらいの魔法やら斬撃やらが飛んでくるし、懐に入ったと思えば転移魔法で逃げられたり、私に立ち向かってきたりするし、もう無茶苦茶」
オフェリアは困惑した。
なんだその無茶苦茶は、と。
「その癖に麻菜ってもっともっと強くなりたいとかいう、向上心の塊なのよね。最近じゃ、技術も結構上がってきていてヤバイし、力とか速さも徐々に上がってきて……成長していてヤバイ」
そう言った直後、オフェリアと武蔵の横に何かが飛んできて、地面にめり込んだ。
「あ、オルトリンデだ。大丈夫? 生きてる?」
「死にかけです。本当に、マスターは規格外です……」
めり込んだ地面からどうにか起き上がり、オルトリンデは溜息を吐いた。
「え、ワルキューレ……?」
「はい、そうです。あなたは……マスター程ではないですが、それなりに。どうですか? エインヘリヤルになりませんか?」
「あ、いえ、なりません」
オフェリアの返事にオルトリンデはしょんぼりした顔になった。
その顔をオフェリアは可愛いと思ったものの、それどころではない。
「よし、ある程度回復した。オフェリア、どうせだから麻菜と戦っていきなさいよ。怖いものがなくなるわよ?」
「それはいい考えですね。この中にいるということはその覚悟があるでしょうし。あ、ちなみにですが、絶対に情報収集とか探知とかそういう系統の魔術は使用しないでください。カウンターが発動して、先程、誰かがやったように大変なことになります」
「今回は大爆発とかじゃなくてよかったわ。クトゥルーのあのくらいなら、頑丈なだけで遅いし」
オルトリンデと武蔵の言葉にオフェリアは冷や汗が出てきた。
「……カウンターは日替わりなんですか?」
「日替わりね。前は大爆発だった。見た人物を中心に吹っ飛んだわよ。今日はクトゥルーだから、抵抗が弱いと間近で見ると発狂するから気をつけてね」
「人間の私が割って入ることができる戦いではなさそうなのですが……」
「大丈夫大丈夫、何とかなるから」
武蔵はそう言いながら、オルトリンデに目配せした。
心得たとばかりに彼女は頷き、素早くオフェリアの背後に回り込み、後ろから抱きついた。
「えっ!?」
「行きます。しっかり捕まえておきますので、魔術なり何なり撃ってください」
そう告げ、オルトリンデは空へと浮かび、麻菜へ向かって加速した。
風圧などを防ぐようにオフェリアにルーン魔術を掛けながら。
「ああもう! やるわよ!」
オフェリアはぐんぐんと近づいてくる麻菜を魔眼でもって捉えた。
目視ならば麻菜のカウンター魔法は発動しない。
オフェリアが麻菜に起こりうる可能性を視ようとしたが、全く視えなかった。
距離的な問題でもなく、また精神を固定化し、別の可能性の自分を発生させないなどでもない。
もっと根本的な問題だった。
「嘘……! 無効化されるなんて!」
「マスターは大抵の呪いやら何やらは無効化しますよ。世界そのものに多大な影響を与える輩であるなら、その抵抗を突破できるそうです」
「なんてデタラメなの!? 私にできることなんて……」
ない、と言おうとしたときだった。
目の前に麻菜が現れた。
オフェリアは彼女の纏う全ての装備に息を呑んだ。
全てが宝具と言われても過言ではない程に秘めた魔力は膨大で、特にその首にある太陽のような黄金の首飾りは別格だった。
そこでオフェリアは引っかかるものがあった。
「あら、オフェリア。奇遇ね」
「ええ、麻菜。見に来て、ついでに参戦したのだけど……ねぇ、あなたのその首飾り……」
オフェリアは震える手でそれを指さした。
「ブリージンガメンよ。いいでしょ? 昔、フレイヤと1対1で戦って、勝ったから貰ったの」
オフェリアは気が遠くなりそうだった。
神話に出てきたモノが目の前にある上、さらにその所有者である女神フレイヤと戦って勝ったという。
そんな規格外の輩なのだ。
たかが死者蘇生程度という麻菜の言葉がオフェリアには思い出された。
確かに、麻菜の言葉は正しかったと彼女は痛感した。
「それじゃ、またねー」
麻菜はそう言って、再度、転移していった。
彼女は呪文を一つ、唱えただけでそれを為したのだから、魔術師のレベルを遥かに超越している。
超越者――
そんな単語がオフェリアの脳裏に浮かんだのだった。
「というわけで、私はこれまでの特異点を色々と解決してきたわけよ」
模擬戦後、麻菜は得意げにこれまでの旅路をオフェリアに説明し終えた。
その横にはマシュが溜息を吐きそうな、やれやれといった顔だ。
以前と違い、非常に感情豊かになったマシュにオフェリアとしては嬉しく感じたものの、それを喜ぶよりもまず、麻菜の旅路にツッコミを入れなくてはならなかった。
「ええと、麻菜。とりあえず、ご苦労様でいいのかしら? 私の抱いた感想からすると、本当にピクニックにでも行くような感じで、あなたは特異点を修復しているように思えるのだけど」
「うん。だって、世界の危機とか昔は1週間に1回くらいの頻度だったし、今更驚くこともないし」
「あなたのいた世界って……」
「北欧神話をベースに色んな神話のごちゃまぜ。クトゥルーの邪神とかもいたわよ」
オフェリアは頭を抱えたくなった。
そりゃ、そんな世界からやってきたのなら、世界の危機程度では驚きもしないし、特異点の修復なんぞピクニック気分だろう、と。
「フレイヤを倒したのって……?」
「本当よ。こっちの世界のフレイヤとは全く関係ないでしょうけど」
「シグルドとかいた?」
「似たような連中なら山程いたし、私に襲いかかってきたわよ。全部返り討ちにして、装備品根こそぎ奪ってやった」
「ええと……マシュ、私はどういう反応をすればいいのかしら?」
オフェリアは困惑が極まり、マシュに助けを求めることにした。
「先輩ですから……オフェリアさん、常識を捨て去った方が幸せになれますよ……」
遠い目でマシュはそう告げた。
それを見たオフェリアは彼女の苦労を悟った。
「あなたも、大変だったのね」
「ええ……本当に世界一頼りになるんですけど、世界一ワガママなんです」
何なのこの空気、と麻菜は渋い顔だった。
「オフェリア、私はあなたを蘇らせたのだから、もうちょっと何かない?」
「私としたことが、あまりにも色々ありすぎて忘れていたわ。蘇らせてくれてありがとう」
オフェリアは素直に麻菜に向かって頭を下げた。
「オフェリアは綺麗だから許してあげる」
麻菜の言葉にオフェリアは顔をあげる。
するとそこにはにこりと微笑む麻菜の顔があった。
あまりの美しさに見惚れてしまうオフェリアだが、マシュがジト目で見つめていたことに気がついた。
「先輩、オフェリアさんにまで色目を使わないでください」
「何を言っているの? オフェリアとは説明会のときに色々お話して、良い関係を構築しているのよ」
「本当に先輩って手が早いですね!?」
「それほどでもない」
「褒めてません!」
そのやり取りにオフェリアは思わず笑ってしまう。
「仲良しね。私も仲間に入れてもらえないかしら?」
オフェリアは自然とそんな言葉が口から出てきた。
麻菜は胸を張って答える。
「勿論よ。あなたはもう私に捕まったのよ。残念だったわね……ところでさっきの模擬戦のとき、何か見てきたけど、アレは何? 目からビームでも出そうとしたの?」
「違うわ。私の右目は魔眼なのよ」
「何それかっこいい、私も欲しい」
「先輩、無茶を言わないでください。先輩が魔眼とか持ったら、絶対悪用するのでダメです」
「両目に眼帯つけて笑いを取りに行くから大丈夫よ。笑ったやつはアウトなので、太陽落としの刑だけど」
「さらりと世界を滅亡に追い込もうとするのもやめてください」
流れるようなやり取りにオフェリアは再度、笑ってしまうのだった。