「次の特異点なんだけど……キアラを放り込んで、気持ち良くなってもらった後に私が乗り込んで聖杯を頂くっていうのはどうかしら?」
「それは大変素晴らしいですわ、麻菜様。私、ずーっとそういう意味での出番がなかったので、少し運動をしたかったところです」
「別の意味では私がよく相手をしてもらっていたんだけどね。とりあえずキアラって感じで」
「もう!」
何なんだろう、こいつらという視線がこの場にいる面々から注がれるが、そんな視線を気にする神経など2人には存在しない。
マシュは深く溜息を吐いていた。
6つ目の特異点修復の為のブリーフィングであったのだが、いきなり真面目な空気は消えてしまった。
Aチームの面々も今回からレイシフトに加わる為に参加しているのだが、慣れているオフェリアと違ってキリシュタリア達は面食らっていた。
なお項羽から参加したほうが良いと言われた為に虞美人も参加している。
彼女としても項羽と一緒に特異点修復という名目で旅行をしたいという思いがある為だ。
「あ、ところでカドック。とりあえず童貞を捨てたかったらキアラに頼むといいわ。ただし、高純度のヘロインみたいなものだから、廃人になる可能性がそれなりにあるけど」
「1日の中でせめて30分くらいは真面目になれよ!」
麻菜から突然話を振られたカドックのもっともなツッコミに、麻菜は満足げに頷き、キアラは妖艶な笑みを浮かべる。
「可愛らしい方ですね。うふふ、私、困ってしまいます……」
「さすがのツッコミね、カドック。ぐっちゃん先輩並だわ」
「はぁ!? おい馬鹿後輩、私がいつツッコミ役になった!?」
「そういうところね」
色々と台無しであったが、そこは手慣れたオルガマリーが軌道修正を行う。
「はいはい、漫才は後にして頂戴。今回は1273年のエルサレムが舞台よ。歴史的にはエルサレム王国が消えたあたりね」
そこですかさず麻菜が勢い良く手を挙げた。
オルガマリーはジト目で彼女を見つめながらも問いかける。
「……まだ概要しか説明していないんだけど……何かしら?」
「異教徒共皆殺しにして、世界最強の宗教の威光を知らしめていいですか!?」
「特異点の修復って言っているのに、何であなたが特異点を作ろうするのよ!」
麻菜は特異点をすぐに作ろうとするので油断できない。
「まずは我々がレイシフトして、拠点を構築するという形かな」
キリシュタリアの提案は妥当なものであるが、麻菜はならばと代案を出す。
「最初にも言ったけど……キアラを放り込んで、しばらくしたら敵が気持ち良くなって魂が解放されているから大丈夫」
「ええ、勿論です。遍く全ての魂を救済してみせましょう」
「快楽特異点とかになりそうだからダメ」
オルガマリーからの駄目出しに麻菜は顔を顰め、キアラは困り顔だ。
その反応を見て、一瞬オルガマリーは自分が間違っているのではと思いかけるが、そんなことはないと思い直す。
最初に召喚されたサーヴァントであり麻菜が手綱を握っているから、ということで見逃されているのだが、キアラ本人の話を纏めると彼女はどうもビーストっぽいのである。
他のサーヴァント達もキアラを嫌悪あるいは忌避したりする者は多く、滅ぼした方がいいのでは、と進言する者までいるくらいだ。
しかし、これまたキアラ本人が言うには麻菜でしか満足できない身体にされてしまった為、見境なく手を出そうとは考えていないとのこと。
ダメ出しをするオルガマリーに麻菜は毅然と告げる。
「世界を救う為なんだから、キアラをぶつけても許される筈よ」
「先輩、許されないですから。最後の一線は守ってください」
今度はマシュが駄目出しをした。
キアラに対する扱いが酷い気もするが、彼女の事情をよく知らないAチームの面々も、危険な存在という認識はあった。
一目見た瞬間に油断も慢心もしてはならない相手である、と彼らは感じている。
「実は特異点ごと消し飛ばすこともできるから、キアラをぶつけるのはかなり自重している方なんだけど」
事も無げに告げる麻菜にオルガマリーとマシュは深く溜息を吐き、キリシュタリア達は頬が引き攣った。
何なんだろう、これ――
さすがのキリシュタリアといえど麻菜はちょっと理解し難い、というより理解したくない存在だった。
とはいえ、その力は強大無比であり、協力を得られれば彼個人の計画は一気に進むことは間違いない。
そして、この流れならば彼がずっと気になっていた質問をしても不自然ではないと考えた。
故に彼は問いかける。
「ところで、君が全力を出したならどこまでできる?」
「意味がない質問だわ」
キリシュタリアの問いに対し、麻菜は笑みを浮かべてそう答える。
これに関してはこの場にいる誰も彼もが興味津々で――キアラですらも――2人のやり取りに注目する。
「それは……どういう意味で?」
「そのままの意味よ。私が望めば何でも叶う。人類全てを不老不死にして、病気も何もなく、永遠に繁栄させ続けることもできるし、スケールを大きくするなら、この宇宙そのものを消し去ることもできる」
それほどまでか、とキリシュタリアは絶句してしまう。
「そんな造物主な私が思うことだけど……」
麻菜はそう前置きして、言葉を続ける。
「何でもできるから何もしなくなるわよ。それでも根源接続者の従姉よりはかなりマシだけども」
さらっと爆弾が投げ込まれ炸裂した。
「え? 従姉が根源接続者?」
オルガマリーの問いかけに麻菜は頷いて告げる。
「沙条愛歌っていうのよ。私が絡まないと引きこもりニート。魔術師が愛歌を見ると、嫉妬して発狂して死ぬらしい」
「根源接続者が引きこもりニート……」
オルガマリーは思わずキリシュタリア達を見つめた。
彼らは引き攣った顔だった。
「なぁ、後輩。お前の親族、みんなそうなのか?」
「従姉だけね。妹の方は普通の魔術師よ。実は魔法使いだったとかそういうオチもない……そうだ、私も朱い月の真似をして真祖をたくさんつくろうと思うんだけど、どう?」
「やめろバカ」
「じゃあ、人理修復が終わったら、南米にいるって愛歌が言ってたでっかい水晶蜘蛛を捕まえに行こうと思うんだけど、ぐっちゃんパイセンも来る?」
南米――でっかい水晶蜘蛛――
それで誰もがピンときた。
死徒二十七祖に数えられてはいるものの、そんな生易しいものではないと噂される存在だ。
「あらやだこの子、夏休みの自由研究的なノリでORTを捕まえようとしているわ」
ペペロンチーノの言葉にオルガマリー達は固まった。
「ORTを捕まえて時計塔の連中に見せれば、私も魔術師として認められるかしら?」
「うーん……たぶん、時計塔の人達が皆死んじゃうわね」
「マジで? 面白い蜘蛛ね、ますます気に入った。捕まえたらリタに自慢してやろう」
またまた聞き捨てならない名前が出てきた為、オルガマリーは問いかけた。
「……ねぇ、麻菜。リタって誰?」
「私、週末に転移魔法で世界各地を旅行するのが趣味なんだけど、ヨーロッパで知り合った芸術家のお嬢様。嗜好的な意味で意気投合して、色々とね……フルネームはリタ・ロズィーアンって言って、吸血鬼なんですって」
やっぱり二十七祖の一角だった――
しかし、衝撃はそれだけに終わらない。
「リタと仲良くしていたら、そこに酔っ払ったスミレがやってきて殺し合いを始めたから、最終的に私がどっちも良い感じに収めた。スミレってば酔いが覚めたら空想具現化とかいうチートを使ってきたので手強かった」
それを聞いてペペロンチーノは鷹揚に頷き、麻菜に問いかける。
「麻菜ちゃん、あなたは人理焼却の黒幕なんじゃないの? 魔術王ってあなたの手下?」
「私だったらこんな回りくどくやんないわよ」
「それもそうよねぇ……麻菜ちゃんが味方で良かったわ」
ペペロンチーノの言葉に麻菜は胸を張る。
「私の敵になるってことは私に何をされても構わないって宣言して、契約書に自らサインをしたようなものよ」
その言葉にこの場にいる面々の大半は深く溜息を吐き――そこでオルガマリーは当初の話題を思い出した。
「特異点! 特異点の話に戻るわよ! どうして麻菜がいると話が異次元に飛んでいくのかしらね!?」
「異次元の戦士なので」
「黙らっしゃい!」
オルガマリーはそう言って、麻菜の両頬を思いっきり引っ張った。
餅みたいに彼女の頬を伸ばしながら、オルガマリーは告げる。
「真面目にやりなさい! 分かったわね!?」
「ふぁい……」
オルガマリーが麻菜に言うことを聞かせる様子を見て、キリシュタリア達は感心する。
これにより彼らのオルガマリーに対する評価が鰻登りであったが、当の本人は話を脱線させまくる麻菜への怒りしかなかったのは言うまでもない。
そんなこんなで、ようやくマトモに話し合いが行われ、敵情が不明ならばまずは最大戦力をぶつけるべきだという結論に達した。
そして、被害を最小限に抑えるならば麻菜に任せた方が良いというのも事実だ。
その為、まずは彼女の好きに――特異点を根こそぎ吹き飛ばすとかそういうのは無しで――やらせてみることになった。