全ては世界を救う為に!   作:やがみ0821

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勿論、戦う。拳で!

「いつのまに私は南米に来たのかしら……?」

 

 麻菜はエリドゥへと到着し、そこに囚われていた生贄達から事情を聞いて女神がいるという太陽神殿へと向かった。

 そこで待ち受けていたのは――明らかにメソポタミアっぽくない金髪のお姉さんだった。

 あとマヤの神殿っぽいものの横にでっかい斧がぶっ刺さっているという、中々に衝撃的な光景だ。

 

 さて、その女性は見るからにラテンのノリであるが、見た目とは裏腹に膨大な魔力を内包していることが容易に分かる。

 ともあれ麻菜は問いかけた。

 

「これからサンバでも始まるの?」

「サンバじゃないデース! ルチャデース!」

「あー、知っているわ。ルチャリブレってやつね」

 

 メキシコの連中がよく見ていたやつだと麻菜はちょっとだけ懐かしくなる。

 ともあれ、生でルチャの試合を観るなんて滅多にない為、彼女は邪魔にならないように隅っこへと移動した。

 そして無限倉庫から椅子と取り出して座り、さらにカルデアから持ってきていたポテチを取り出す。

 

「で? 対戦相手は? 有名な選手とか召喚されているの?」

「何を言っているの? 私とあなたがやるのよ?」

「……は?」

 

 麻菜は真顔になった。

 

「私と同じ外のモノだし、いけるいける。大丈夫デース!」

「いやいや待ってよ。流石に私もルチャっていうかプロレス系はやったことないわよ。あとその胡散臭い喋り方はやめなさい。わざとやっているでしょ」

「どうして分かったの?」

「見るからに高位の女神でしょう。そんな存在が流暢に話せないわけがないわ……何なら私がスペイン語で話してあげましょうか?」

「それには及ばないわ。とりあえず戦いましょう。あなたも戦うのは好きでしょう?」

 

 それはそうだけど、と麻菜は眉毛をハの字にして困ってますとアピールする。

 そんな彼女に女性はくすくすと笑う。

 

「そういう人間の感情を忘れてはいけないわ……まあ、あなたなら大丈夫でしょうけど」

「やっぱり分かるのね?」

「ええ。何とも数奇な運命を辿っているみたいだけれど……楽しそうで何よりだわ」

 

 彼女の言葉に麻菜は肩を竦めつつ、問いかける。

 

「ところであなたの名前は? 私は玲条麻菜っていうんだけど」

「私はケツァル・コアトルよ」

「え? 嘘でしょ?」

「本当デース」

「その喋り方はいいから。それはともかくとして、とりあえず握手して欲しいんだけど……あとアステカとかマヤとかあそこらの歴史について詳しく教えて」

 

 麻菜はそう言いながらケツァルコアトルの前に立ち、手を差し出した。

 彼女はにこにこ笑顔でそれに応じてくれた為、麻菜は調子にのって色紙とサインペンも無限倉庫から取り出した。

 

「サイン、貰っていい?」

「私のサインは高いヨー!」

「気前の良いところを見せて欲しいわ。額縁に入れて大切にするので」

「仕方がないネー」

 

 さらさらっとケツァル・コアトルは色紙にサインを書いてくれた。

 色紙を受け取り、麻菜はにんまりと笑みを浮かべながら無限倉庫へと収納する。

 その際、しっかりと額縁に色紙を入れていた。

 

 それを見ながらケツァル・コアトルは告げる。

 

「歴史の授業は戦いが終わってからにしましょう」

「どうしても戦う流れなのね?」

「当然だわ。だって、久しぶりに私が本気を出しても良さそうな子なんですもの」

「待った、たぶんだけどそれをやると世界が終わる。それはお互いにとってよろしくない」

 

 麻菜の言葉にケツァル・コアトルは陽気に答える。

 

「大丈夫、武器無しの殴り合いならあまり被害もなく収まるわ」

「私はルチャじゃなくてもいいのよね?」

「ええ、勿論よ」

「といっても賞品が歴史の授業だけじゃやる気が出ないわ。それに武器無しって私が不利よね?」

 

 むむむ、とケツァル・コアトルは考え込み――ならばと麻菜のやる気を引き出す提案をする。

 

「私に勝ったらあなたの願いを何でも叶えるっていうのはどう? 歴史の授業は参加賞って形にするから」

「本当?」

「本当よ。その代わり私も手加減しないから。あなたも武器以外なら何を使ってもいいわよ。ただし、攻撃手段は肉体であること」

 

 ケツァル・コアトルの提案に麻菜は考えるが、どちらにせよ彼女を倒すなり何なりしない限りは特異点の解決には繋がらないだろうという結論に落ち着く。

 

「砂とか岩とか木とか投げるのはアリ?」

「ナシ! 肉体のぶつかり合いがしたいのよ!」

「あなたもそういうものを投げたりしないのね?」

「しないわ」

 

 それならば対等ではあるが、麻菜はさらに確認する。

 

「装備や自分の状態を整えることは? 装飾品とか強化魔術とかそういうやつ」

「いいわよ。むしろ、どんどんやって!」

 

 その答えに麻菜は獰猛な笑みを浮かべる。

 ケツァル・コアトルはその笑みを見て、やる気になったのだと確信する。

 

「ところで全然関係ないんだけど……紅茶が飲みたいねって言ってみて」

「紅茶が飲みたいネー」

「何故か知らないけど、しっくりくる。微妙に違う気もするけど……ともあれ、戦いましょう」

「張り切っていくわよー!」

 

 満面の笑みを浮かべたケツァル・コアトル。

 しかし、その顔は一瞬にして恐ろしいものへと変わる。

 

 普通ならばその表情に恐怖の一つでも覚えるのだが、あいにくと麻菜はそんな感情は抱かなかった。

 どうやって勝つか、不利な条件を覆すか、というところに思考がいっている為、なんか変な顔をしているなぁ、くらいにしか思わなかった。

 

 麻菜は予想する。

 

 純粋な技量では圧倒的に相手が上、戦闘経験はユグドラシルのものが現実に体験したものとなっているからたぶんドッコイドッコイだといいな――

 

 魔法やら何やらが封じられたのはかなり不利、またレーヴァテインを使えないのも非常に問題だ。

 

 しかし、やることはいつもと変わらない。

 バフをガン積みしてスペックで上回る。

 それでも相手が上回ったらお手上げだが、そこはユグドラシルのフレーバーテキストを信じるしかない。

 

 

「ところで麻菜は格闘技ってやったことがあるの?」

「さっきも言ったけど、スポーツとして格闘技はやったことがないわね……」

 

 そう答えながら、麻菜は装備を整える。

 一瞬にして変わるその装いにケツァル・コアトルは大げさに驚いてみせる。

 

「おー! 戦女神みたいネ―! これは楽しくなりそうデース!」

「その喋り方……いや、もういいわ」

 

 麻菜は諦めつつ、バフを掛け始める。

 色とりどりの光に包まれる彼女であったが、ケツァル・コアトルは妨害をしない。

 

「私が言うのもなんだけど、妨害しないの?」

「戦いの前にコンディションを整えるのはとっても大事デース。それを邪魔するなんて、無粋な真似はシマセーン」

「器がデカイわね……私は小さいから遠慮なく妨害しまくるけども」

「そこは考え方の違いだから大丈夫」

「さすが女神、寛大だわ」

 

 麻菜は素直に感心しながら、全てのバフを掛け終える。

 それを見てケツァル・コアトルは舌なめずり。

 

「ふふふ、準備が整ったようデスネー」

「ええ。ところでさっきのことなんだけど、スポーツとして格闘技はやったことがないって言ったわよね?」

 

 麻菜の問いにケツァル・コアトルは頷く。

 そして、麻菜は全身から余計な力を抜いてリラックスする。

 

「仕事で、幾つかの格闘技をちょびっとだけ習ったわ」

 

 一瞬にして麻菜は駆け出す。

 そして、そのままケツァル・コアトルの内懐に潜り込みジャブを繰り出す。

 たかがジャブ――などとは到底言えなかった。

 強化に強化を重ねた身体能力によるジャブはもはや当たるどころか掠めただけでも、肉を抉り取るかのような速度と重さであった。

 しかし、ケツァル・コアトルは軽々と避けていく。

 彼女は興奮する。

 

「パワーもスピードも素晴らしいわ!」

 

 並の輩であるならば麻菜の猛攻に為すすべもなくミンチにされるだろうが、あいにくとケツァル・コアトルは規格外の輩であった。

 故に麻菜の動きの癖を瞬時に把握して、そこを起点に反撃に転じる。

 

「でも技が荒削りで、駆け引きも甘いわよ?」

 

 その言葉と共にケツァル・コアトルの拳が麻菜の頬に吸い込まれて――

 

「あら?」

 

 確実に入ったとケツァル・コアトルは思ったのだが、拳は空を切った。

 まるで麻菜が後ろへ一歩下がったかのように。

 

 下がれるような猶予を与えたつもりはない筈――そこまで考えたものの、すぐさま麻菜から拳が飛んでくる。

 それを捌きながらもケツァル・コアトルは考える。

 

 何かを使っているという確信はあるが、ルールには反していない。

 回避の為にそういうものを使ってはいけない、とは定めていないからだ。

 

 さすがに光輝緑の体(ボディ・オブ・イファルジェントベリル)という魔法によるものだとは分からなかった。

 

 やがて麻菜の動きが変わる。

 

 柔術系――違う!

 

 ケツァル・コアトルは瞬時にその変化に気がついた。

 彼女が使うルチャは勿論のこと、基本的に格闘技には技という決まった型がある。

 

 麻菜もつい先程までは技を使っていたのだが今は違う。

 先程と比べると身体の使い方が段違いで、脱力しているにも関わらずその威力は強烈、繰り出される動きも変幻自在。

 

 姿勢も真っ直ぐ保たれており、呼吸も独特であるがそれは緊張を解きほぐし、余計な力を身体から抜くものであることが見て分かる。

 

 まるで散歩でもしているかのような、とてもリラックスした状態だ。

 

 だからこそケツァル・コアトルはゾクゾクする。

 笑みを浮かべながら、より苛烈に攻め立てる――しかし、それを全て自然体で麻菜は捌く。

 

 

「さっきまでとは段違い! 身体のキレ、良くなったわ!」

「ありがと」

 

 ケツァル・コアトルは興奮と楽しさのあまりに声を弾ませながら、しかし麻菜は至って普通であった。

 身体は勿論、表情にも声にも戦闘による緊張どころか恐怖や興奮すらもない。

 戦闘の最中とは思えない異常なほどの自然体。

 

 異様ではあったが、ケツァル・コアトルにとってはそんなことはどうでもいい。

 故に彼女は全力を出す。

 これまで本気ではあったが、全力ではなかった。

 

「じゃ、全力でいくわよ!」

 

 ケツァル・コアトルは宣言し――麻菜の頬に拳を叩き込んだ。

 突き崩せなかった守りを簡単に突破したが、彼女に喜びはなかった。

 

 当たる寸前に麻菜の全身から一気に魔力が頬に集中し、更に当たった瞬間に呼吸がまた変わった。

 呼吸法はともかくとして、膨大な魔力の集中により飛躍的に防御力が高められたことによって、大したダメージは与えられなかった。

 麻菜の頬が赤くなったが、ちょっとぶつけたかなという程度でしかない。

 流石にこれはケツァル・コアトルにとっても予想外の結果で、すぐさま拳を引こうとしたが、ほんの僅かにその判断は遅かった。 

 麻菜は彼女の小さな隙を逃さず、身体にしみついた動作を流れるように実行し、ケツァル・コアトルを制圧する。

 

 あっという間にケツァル・コアトルは地面に組み伏せられ、麻菜に背中に乗られた状態で片腕を捻り上げられていた。

 

 やったことは分かるが、ここまで自然にできるものかとケツァル・コアトルは驚きだ。

 

「身体の動きと呼吸を重視した格闘技……かしら?」

「ええ、そんな感じ。システマっていうやつよ。昔の仕事柄、どんな状況でもリラックスして、アレコレできる必要があったからね……で、どうする? あなたの力ならこの状況でも簡単にひっくり返せそうだけども」

 

 麻菜の言葉にケツァル・コアトルはくすくすと笑う。

 

「全力で頬を殴ったのに殺せなかった。私の負けよ」

「本当に?」

「本当よ。お姉さん、嘘つかないデース」

「喋り方のせいで一気に胡散臭くなったわね」

 

 麻菜はそう答えながら、ケツァル・コアトルから離れる。

 しかし、そこでケツァル・コアトルがまさかの行動に出た。

 彼女は麻菜が退くと同時にすぐさま彼女を抱きしめて、頭を撫で始めたのだ。

 

「もう私に戦闘の意志はないわ。安心して。今からあなたは私のマスターよ」

 

 ケツァル・コアトルがそう告げると、麻菜は深く――それはもう深く溜息を吐いた。

 そのまま彼女はケツァル・コアトルに身体を預けながら告げる。

 

「素手で、強化以外の魔法もスキルもほとんど無しなんて戦い……もう二度とやんない」

「それでも少しくらいは楽しかったかしら?」

「そりゃまあ……ちょびっとだけね。あと最後の一撃を防いだら魔力もすっからかんよ。魔力放出、練習しといてホント良かったわ」

「私の全力全開のパンチをよく受け止めたと思うわ」

「アレを秒間何十発も繰り出してくるんでしょう? あなたみたいなとんでもねぇのは縛りとか無しで何十時間も掛けてちまちま削るのがセオリーだもの。こんな戦い方、私のスタイルじゃない」

 

 ぷー、と頬を膨らませる麻菜にケツァル・コアトルは微笑む。

 

「でも、あなたは最後までルールを守ってくれた。それが嬉しいわ」

「こういう場での戦いのルールっていうのは守っておかないとね。特に神様相手なら尚更……あなたこそ、ルールを途中で捻じ曲げてこなかったから助かった」

「私はそんな性悪じゃないデース」

 

 ケツァル・コアトルはそう告げて、一度言葉を切って問いかける。

 

「それで、あなたは私に何を望むの?」

 

 問いに麻菜はすぐさま答える。

 

「あなたが欲しい。私は生やせるので」

 

 ケツァル・コアトルは目を丸くするが、すぐに意味を理解する。

 

「告白をされちゃったわ。うふふ、いいわよ。ただし、私のルチャにも付き合ってね」

「縛りがないやつならいいわよ。その代わり永遠に傍にいなさい。でもって、私にご利益を頂戴……とりあえず精神的に疲れたのでおんぶして。それと、戦利品にあのでっかい斧は貰っていくから」

「ええ、構わないわ。といっても、斧は私のものではないんだけどね」

「じゃあ、尚更私が貰ってもいいわね」

 

 そんな会話をしながら、麻菜はでっかい斧を無限倉庫へと回収し、転移門(ゲート)を開く。

 

 ウルクに戻ったら事情説明をケツァル・コアトルに丸投げして、さっさと寝ようそうしよう――

 

 飲食や睡眠不要の指輪をつけているとはいえ、精神的な疲労まではどうにもならなかった。

 

 

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