北部・南部における救出作戦後、麻菜は休日を1日だけ挟んで西部・東部の救出作戦を実行に移し、数日程で無事に完了した。
なお、この間にも麻菜は夜毎にイシュタルと語り合い、時にケツァル・コアトルもそこに加わっている。
さて、この頃になるとギルガメッシュの休暇も終わり、彼は溜まった仕事を片付けながら、救出作戦の成果及びそこで得られた情報などの報告を麻菜に求めた。
単なる報告であった為に麻菜は1人でジグラットへと向かい、ギルガメッシュとの謁見を果たす。
麻菜は簡潔に救出作戦の成果を報告し、またケツァル・コアトルの要望――兵士を鍛えたいというもの――を伝える
ギルガメッシュは成果に関しては問題ないとばかりに軽く頷いた後、ケツァル・コアトルの要望も承諾し、兵士長に必要な手配をさせると答えた。
そして、麻菜は本題である三女神同盟について説明する。
「ケツァル・コアトルによれば三女神同盟の残る2柱はティアマトと名乗っている輩とエレシュキガルなんですって」
ギルガメッシュは鷹揚に頷きつつも、問いかける。
「ティアマトと名乗っている輩……? また随分と歯切れが悪いな」
「私も実際に見たわけじゃないのよ。ただ、ケツァル・コアトルの証言によると、ティアマトだと思い込んでいるゴルゴーンという可能性がある。彼女の証言にあるティアマトとカルデアにいるゴルゴーンは見た目がそっくりだし……サイズは違うけど」
なるほど、とギルガメッシュは頷きながら、指示を出す。
「以前、天命の粘土板をクタで失くしたから探しに行ってこい」
「分かったわ」
「三女神が出てきたあたりでクタでは住民の大量死が起きている。精々気をつけることだ」
「都市の浄化ね。任せて」
「……何を勘違いしている?」
ギルガメッシュの問いかけに麻菜は首を傾げる。
「疫病が流行ったから、ついでに都市の焼却もしてこいってことでしょう? ちゃんと焼いとくから安心して」
「そういう意味ではない! ともあれ、クタの都市神はエレシュキガルだ。ついでにエレシュキガルもどうにかしてこい」
そんなこんなで麻菜はクタへと向かうことになったのだが、速さが求められる救出作戦ではないということでマシュと虞美人、イシュタルとアナもついていくことになった。
ケツァル・コアトルは兵士達の訓練がある為、お留守番だ。
そしてクタへと向かう道すがら、途中で夜になった為に野営することになった。
夜間行軍をする必要も特にない為、麻菜による提案だ。
とはいえ、実際のところは彼女がバーベキューをしたかっただけである。
これを見越して彼女はウルク出発前に大量のラム肉と野菜、樽に入った麦酒を市場で仕入れてあった。
そんな中、イシュタルが麻菜を少し離れた場所へと誘った。
夜のイシュタルは明らかにイシュタル本人ではないのだが、麻菜としては害もないし、話をしていて新鮮で、楽しい為そのままにしている。
勿論、楽しいという意味には麻菜が夜のイシュタルをおちょくると面白い反応をしてくれるということも含まれる。
というよりも、ケツァル・コアトルがこっそりと正体を教えてくれていた。
「エレシュキガルをどうするの?」
「まずは対話かしらね。意外と誤解されがちだけど私って、いきなり戦いを吹っかけることはしないわ」
「……言われてみればそうね」
これまでに麻菜が戦った女神はケツァル・コアトルだけとはいえ、夜のイシュタルであってもあのノリは知っている。
ケツァル・コアトルと麻菜、そして夜のイシュタルという3人で夜更けに飲み会をしたこともあり、その場でケツァル・コアトル自らが語っていた。
嫌がる麻菜に勝負を仕掛けた、と。
「まあ……問答無用で潰したこともあったんだけど。ロンドンでのこととか」
「あれは流石に可哀想だと思ったわ」
特異点の修復に関して、イシュタルも麻菜の口から聞いていたのだが……麻菜によるやらかしが凄すぎた。
それはさておき麻菜は告げる。
「調べた限り、エレシュキガルは職務に忠実で真面目であり、彼女にしかできない役割を果たしていると私は思うわ」
その言葉にイシュタルは麻菜をまじまじと見つめる。
「ただ問題が一つだけある。どんな仕事でも休みは必要で、また職場環境改善は重要だわ。それだけで仕事の効率が段違い……エレシュキガルに休暇を取らせて、100年くらい私が代行するってのはどう? その間は特異点も何とか保たせるから」
「え、いやそれは駄目なのだわ。あなたに任せたら絶対無茶苦茶になるのだわ……それに私にとって死者の魂を管理することは誰にも譲れない仕事で、私だけの役割だから……」
イシュタルはそこまで答えて気がついた。
今、自分は何と言ってしまったのだ、と。
麻菜はにんまりと笑っており、そこでイシュタル――エレシュキガルは嵌められたことに気がついた。
「も、もう! 麻菜って本当に性格が悪いのだわ!」
怒ってポカポカと麻菜を殴るエレシュキガル。
全く痛くない上に微笑ましいものだ。
「で、エレちゃん」
「馴れ馴れしい! 私は冥界の女主人よ!」
「もう色々とバレてるから」
「……いつ分かったの?」
「最初は何か違和感があるなって感じだったけど、しばらくして別人だと確信して、正体が分かったのはつい最近ね」
麻菜の言葉に深く溜息を吐くエレシュキガル。
そんな彼女に麻菜は語りかける。
「あんまりこう言いたくはないけど、譲れない役割、誇りを持って取り組んでいる仕事、何よりもあなたにしかできないこと……まあ、愚痴くらいなら酒を飲みながら聞いてあげる」
エレシュキガルはしょんぼりと顔を俯けてしまう。
とはいえ、それで終わる麻菜ではない。
「といっても、仕事の中に楽しみを見つけるのは大事よ。ワーワー言ってくる連中って、大抵利益にならないから、ついうっかり殺しちゃっても問題ない」
「……その理論でいくと私が麻菜を殺してもいいと思うのだわ」
「殺したいの?」
問われるとエレシュキガルも答えに困り、また彼女の勘はそうすると碌でもないことになると囁いている。
何よりもケツァル・コアトルと肉弾戦ができる時点で冥界ならともかく、地上では勝ち目がないのではないか、とエレシュキガルは思ってしまう。
「で、エレシュキガル。また何で三女神同盟に? ぼっち女神だから友達が欲しかったの? ちなみに私はあなたと友達どころかもっと深い関係になりたいんだけど……」
「誰がぼっち女神ですって!? 違うわ! 私はメソポタミア全ての人間を殺して、その魂を支配下におこうとしているのよ! あと……お、お……お友達から始めて欲しいのだわ!」
エレシュキガルの言葉に麻菜はうんうんと何度も頷く。
「それもまたあなたによる愛の形ってやつでしょう? 基本的に神とかって人間大好きだし……ヒトの魂だけでも守ろうとしているとかそういうやつでしょ?」
「そ、そんなことないわ! そもそも私、生きているモノって気持ち悪いって思うし……」
「これまでのやり取りで分かったことだけども……あなたは嘘をつくとき、鼻の頭に少しだけ血管が浮き出るわ」
麻菜の指摘に慌ててエレシュキガルは鼻の頭を抑えてしまう。
その反応に麻菜はけらけら笑い、それを見てエレシュキガルは察した。
「もしかして……!?」
「ええ、嘘よ。でも、可愛らしい女神は見つかったようね」
麻菜の言葉にエレシュキガルはがっくりと項垂れる。
「酷いのだわ……」
「だわだわしてきたのだわ」
「何よそれ?」
「何だか語感が良かったので……ともあれ、魔術王とかそういうのは全部私がまるっとぶち殺すから、あなたが無理矢理生者を死者にする必要もないわ。というか友達なら、本音を話してくれるわよねぇ?」
麻菜はエレシュキガルの肩をがっちりと抱いて、にっこりと微笑む。
肉食動物に捕まったかのような錯覚にエレシュキガルは囚われる。
とんでもないのに捕まってしまったのだわ――
エレシュキガルは内心嘆いたが、しかしその表情は明るかった。