麻菜達がウルクを留守にしている間、カルデアから数名のサーヴァントがウルクへと派遣されていた。
何となく引っかかるものがあり、悪い予感が麻菜にはあったからだ。
その為、麻菜は途中で自分だけ
ここで言う専門家とは考古学者だとか探偵だとかそういう類ではなく、軍事の専門家である。
戦争を想定した諸々の調査を麻菜は彼らに依頼していた。
「野戦病院はこの区画に築きます」
「ああ、そうしてくれ。そちらはあなたに任せる」
ナイチンゲールの言葉にナポレオンは頷き、一任する。
すると彼女は足早に去っていった。
時代も国も違えど彼女は信頼ができる――多少意思疎通に問題があるが、一癖も二癖もある側近達と比べれば大したことはない。
「Maîtreの予感が外れるといいのだが……悪い予感は当たるものだ」
ナポレオンは腕組をしながら、ウルク市内及び周辺の地図とにらめっこする。
麻菜がギルガメッシュに依頼した新しい城壁の建設作業は順調だ。
他の都市や街などから避難してきた住民達が総出で作業にあたっていることも要因だろう。
ドラゴンやら何やらの幻想種とかそういう類――絶大な力を持つ単体もしくは少数の個体が相手であるならば神話の英雄達に任せれば事足りる。
問題は今、北壁に攻め寄せているような多数の魔獣達みたいなものが敵であった場合だ。
単純に数の問題で、四方八方から攻められたらどうしても取りこぼす敵が出てきてしまう。
大地ごと根こそぎ吹き飛ばせば問題ないかもしれないが、ウルクに被害が出るとマズイ。
ともあれ、幸いにも今のナポレオンは皇帝としての責務からは解放されている。
七面倒臭い政治とかそういうことは全部マスターである麻菜に丸投げでき、敵に勝つことだけを追求できる立場にある。
おまけに全盛期の
しかし今回、彼と一緒に派遣されたサーヴァントは宝具として軍勢召喚をもたない者ばかりだ。
戦場医療担当のナイチンゲールは別として、彼以外にはカエサル、セイバーのジル・ド・レェ、織田信長、長尾景虎というメンバーだった。
他のサーヴァントも派遣されるかもしれないが、それはさておきナポレオンとしてもジル・ド・レェやカエサルとは勿論、日本で名を馳せた信長や長尾景虎と共闘できるのは大歓迎であり、お手並み拝見といった思いだ。
ともあれ、軍勢に関しては麻菜が何とかするだろうとナポレオンは考えており、また元々軍勢を召喚できるサーヴァント達も投入するだろうと予想している。
だが、とナポレオンは思う。
我が
それは彼の自信だ。
もはや二度と失敗しないという断固とした決意であり、また共に戦うであろう様々な時代・国の将兵達に
勿論、それらは戦線を瓦解させない範囲で。
功を焦って敗北するなど最悪の事態であり、時にはウェリントンのようにじっくりと構えることも重要だ。
ウェリントンが召喚されていなくてよかったとナポレオンとしてはつくづく思う。
もし彼がいたならば、ワーテルローの再戦を申し込むことから始めただろう。
「地形に問題は見当たらない。だが、四正面となるとさすがに兵力が足りないか」
敵の数にもよるが、1000や2000程度ではないだろう。
最悪を想定すれば万を軽く超える大軍が四方八方から攻め寄せてくると考えるべきだ。
存在するかも分からない脅威に備えるなど馬鹿らしいと傍目には思えるかもしれないが、ナポレオンとしては麻菜の勘を信じたい。
勿論、何事もなく終わればそれに越したことはなかった。
一方その頃、クタに到着した麻菜達は困惑していた。
クタの中心部に地底へと通じる大きな穴が開いていた為だ。
しかも丁寧に穴の入り口には看板があり、そこに書かれていたのは――
「冥界への入り口はこちらって書いてあるわね」
看板を読んだイシュタルとしても誰がこんなことをしたのか察しはつくが、あまりの変わりっぷりにどう反応していいか分からない。
そのときだった。
穴の中から恐ろしい声――というよりも、恐ろしそうに演技している声が聞こえてきた。
『天命の粘土板は預かったーはやくこいーはやくこいー』
すごく聞き覚えのある声に麻菜は苦笑し、イシュタルはそれはもう深く溜息を吐いた。
マシュは真に受けてしまい、真剣な表情で唾を呑み込む。
アナは大して怖くないようで平然としており、そして虞美人は――
「……舐めてんの?」
「パイセン、どことなくパイセンと同じ感じがする子だから許してあげて」
「は? どういう意味?」
「肩書とか立場とか力とか実際に凄いんだけど、見た目と性格が可愛い」
突然褒められて虞美人は恥ずかしさを隠す為にそっぽを向いた。
「で、麻菜。どうするの?」
「イシュタル、ちょーっと色々とやってもいい?」
イシュタルの問いに対する麻菜の答え。
彼女の表情は悪戯を思いついた子供みたいな無邪気なものであり、イシュタルもニンマリと笑って頷いた。
麻菜は穴の入り口に立って呼びかける。
「おーい、エレちゃんー」
『エレちゃんと呼ぶなー……なーにー?』
「ウルクで仕入れたラム肉があるんだけど、持っていっていいー?」
『いーいーよー』
「イシュタルもいるけど、いいー?」
『仕方がないからーいーいーよー』
「じゃあ、エレちゃんの家にお邪魔するねー」
『待ってるねー……あ、7つの門があるから正直に答えて欲しいのだわー』
そんなやり取りにマシュは思わず笑ってしまう。
一瞬でエレシュキガルへの恐怖とかそういうものは消し飛んでしまった。
「先輩って凄いですね。いつの間に……?」
「色目を使っているだけでしょ、こいつ」
マシュと虞美人による正反対の言葉に麻菜は頬を膨らませる。
「マシュは素直なのに、ぐっちゃんが酷い」
「自分の胸に手を当てて考えろよ」
「自分の胸は触り慣れたので、パイセンの胸を触りたい」
「冥界に叩き落としてやる。エレシュキガルと乳繰り合え」
『まずはお友達からなのだわー! いきなりえっちなのは駄目なのだわー!』
聞こえていたらしいエレシュキガルからの返事に虞美人は顔を引き攣らせる。
イシュタルは大爆笑し、アナは肩を竦める。
「麻菜、あんた本当に最高ね。エレシュキガルといつの間に仲良くなったのよ?」
「色々とあってね。ともあれ、さっさと行きましょう」
そんなこんなで麻菜達は冥界へと足を踏み入れる。
そこでイシュタルが先頭に立ち、何やら道を知っているらしいことからマシュが質問して、イシュタルの冥界下りということが発覚してしまったのだが些細なことだ。
一方で麻菜はというと――
「ねーねー、パイセン。あそこの魂、お土産に持って帰っていいかな? きっとアレ、美女の魂よ」
「やめろバカ!」
『駄目なのだわ! 槍檻を勝手に開けちゃ駄目なのだわー!』
槍檻を開けようとする麻菜を虞美人とエレシュキガルが止めたり――
「冥界は死者の国、死者の国がこんな殺風景なんて誰も死にたがらない! 不老不死を求めまくるに違いないから死んでも安心なように楽園にする必要がある!」
「先輩、その種……撒いて大丈夫なんですか?」
「ヘルヘイムでも咲き誇る花々だから大丈夫じゃないの? いけるいける」
麻菜は無限倉庫から取り出して、種を道へと撒きまくる。
すると小さな芽が次々と出てきた。
そこで虞美人は問いかける。
「おい後輩。お前、さらっとヘルヘイムとか言ってなかったか?」
「そこに昔は私が所属していた組織の拠点があったので……というか、パイセンはどこまで私のことを知っているのよ?」
「異世界から転生してきた変なの」
「マシュ、芥先輩がいじめるんだけどー」
麻菜はマシュへと抱きついた。
それを拒むことはできず、マシュは麻菜を受け止めてしまう。
「マシュ、退いて。そいつを殺せない」
「えっと、芥さん……ここは穏便に……」
仲が良いんだか悪いんだか分からない状況にイシュタルがけらけら笑い、アナも小さく笑う。
エレシュキガルは自分もああいう感じに仲良くなりたいと思っていたが、1つ目の門が迫っているので我慢した。
そして、麻菜達はいよいよ1つ目の門に到達する。
『答えよ、答えよ……』
「門が喋った!?」
麻菜はわざとらしく驚きながら、門へ近づいてしげしげと観察する。
「うーん……いい仕事してますねぇ。この門、貰っていい? あと、ここがあのエレシュキガルのハウスね!」
「先輩先輩、エレシュキガルさんが反応に困っている感じがします」
「いいわよ! 麻菜! もっとアイツのペースを崩してやりなさい!」
「イシュタル、お前はどっちの味方なんだ……?」
そんな麻菜達を見てアナは告げる。
「バカばっかですね……」
「おい! 私とマシュは違うだろ!?」
すかさず否定する虞美人にアナは肩を竦めてみせる。
『あーもう! イシュタル! 説明して!』
「はいはい、もう威厳もへったくれもないわね」
『うるさいのだわ!』
エレシュキガルの怒りっぷりにイシュタルはけらけら笑いながら麻菜に告げる。
「これは公正と理性の門よ。魂の善悪を問う……善悪……うーん、駄目かもしれないわ」
「ちょっとイシュタル、あなたにまでそう言われてしまうなんて……」
麻菜はそう言いながら、無限倉庫から素早くあるモノを取り出し、イシュタルの手に握らせる。
イシュタルはその手に握らされたもの――大粒のエメラルドを見て咳払いを一つする。
そして、満面の笑みで告げる。
「麻菜ならば絶対大丈夫! だってあなたは史上類を見ない程に善人だわ! もう聖人! ああ、後光が眩しい……!」
イシュタルの言葉に麻菜はうんうんと頷く。
「先輩による女神の買収を確認しました……!」
「あいつ、手慣れてるわね」
「……イシュタルを買収しても意味がないのでは?」
アナの冷静なツッコミにマシュと虞美人は同意とばかりに頷く。
しかし麻菜は何故かドヤ顔でエレシュキガルに問いかける。
「さぁ、冥界の女主人エレシュキガルよ。この玲条麻菜が質問に答えよう!」
『ならば……美の基準は千差万別のようで絶対なり。黒は白に勝り、地は天に勝る。であれば、エレシュキガルとイシュタル、美しいのはどちらなりや?』
ん――?
天使が通り過ぎたかのような沈黙が訪れた。
麻菜達は全員、エレシュキガルとは対の存在であるイシュタルへと視線を向ける。
視線を向けられたイシュタルはいたたまれない気持ちになり、エレシュキガルへと声を掛ける。
「……前に来た時と質問が違うとかそういうのもあるけど、あんた、そこまで拗らせていたの?」
『答えよー……こーたーえーよー!』
何だか可哀相になってしまったイシュタルは麻菜へ視線を向ける。
すると麻菜は重々しく頷いて――語り始める。
「これは非常に難しい質問だわ。なぜならばイシュタルとエレシュキガルではその美しさと可愛さが別ベクトルにあって――」
あ、これ長くなるやつだ――
慣れているマシュと虞美人は確信し、アナもまたそれを察する。
その予想通り麻菜は30分近く、イシュタルとエレシュキガルの美しさ・可愛さについて朗々と語った。
イシュタルもエレシュキガルも顔が真っ赤になったが、麻菜は止まらない。
そして最後の最後で、麻菜はエレシュキガルと答えた。
エレシュキガルは嬉しさと恥ずかしさの狭間で悶々としながら門を開いた。
そして、彼女は気がついてしまう。
門はあと6つもある。
イシュタルと自分、どっちかという問いかけで延々とこれを聞かされるのではないか、と。
「エレシュキガル……ねぇ、やめましょうよ? これ嬉しいけど、メチャクチャ恥ずかしいわよ……?」
『……だーめー』
「そんなぁ……」
エレシュキガルにとっては恥ずかしさに身悶えていようが、直接麻菜達に見られる心配はないので問題はない。
一方、イシュタルは絶望した。