ペルシャ湾より上陸し、ウルクに攻め寄せる異形達。
その数、実に30万以上。
彼らは南から攻めてきたのだが、迅速に東側・西側・北側にまで回り込み、ウルクを完全に包囲した。
圧倒的な蹂躙、旧人類など歯牙にも掛けないという自信のもと、彼らは満を持してウルクへ殺到する。
その大群を迎え撃つのはギルガメッシュ率いる兵士達と時代も国も地域も違う、決して出会うはずのない数多の軍勢であった。
王や将軍、騎士などのサーヴァント達自身を触媒にして、彼らが全盛期に指揮をしていた軍や部隊を一部を除いてそっくりそのままウィッシュ・アポン・ア・スターによって、麻菜が召喚したのだ。
カエサルに率いられたローマ軍が密集陣形でもってラフム達による突撃を受け止める。
その隙にローマ軍の両翼に展開したレオニダス率いるスパルタ軍がラフム達に対して攻勢を仕掛け、一挙に包囲殲滅せんとする。
後詰としてジャンヌ及びジル・ド・レェ率いるフランス軍が待機しており、不測の事態に備えている。
しかし、北側はラフム達にとってかなりマシな戦場であった。
東側には織田信長率いる軍勢と長尾景虎率いる軍勢や新撰組などの日本勢が揃っていた。
織田軍がラフム達による突撃を受け止めている隙に、景虎は横合いから車懸りの陣でもって配下と共に突撃し、これにより潰走したラフム達に対しては新撰組や武蔵達が襲いかかる。
浅葱色の羽織――土方だけは違ったが――を纏った新撰組や、武蔵をはじめとした名だたる猛者達が襲ってくるのは、ラフム達の心胆を寒からしめるには十分であった。
とはいえ、ここも西側に比べたらマシなほうである。
西側のラフム達は恐るべき速さで狩られていた。
響き渡る数多の咆哮。
西側の防衛は中国勢だ。
虞美人がマスターとして指揮を執っているということになっているが、形式的なものだ。
そして、軍勢が召喚されたのは秦良玉と蘭陵王のみ。
兵士という意味では他地区よりも少ないかもしれないが、サーヴァントの面子が勝るとも劣らない。
彼らに加え、参戦しているサーヴァントは項羽・呂布・哪吒・李書文であった。
特に項羽と呂布が凄まじく、互いに競い合うようにラフム達を次々と始末していく。
虞美人は項羽の勇姿に目を輝かせているだけである。
そして、もっとも敵の勢いが強く、増援も次々とやってくる南側は他地区よりもラフム達にとって非常に酷いことになった。
ここにはナポレオン率いる
何よりもラフム達にとって悲劇であったのは麻菜の思い切った決断にあった。
彼女はナポレオンに自らの軍勢の指揮権を渡している。
といっても実際にやったことは将棋盤みたいな見た目の
南側に攻め寄せたラフム達はフランス軍及びホムンクルスの軍勢による弾幕により大歓迎され、完膚なきまでに叩き潰され、敗走した。
ラフム達の敗因は幾つかあったが、最終的に勝敗を決したのは精神の違いだった。
彼らがどれだけ兵士達を殺そうが誰も逃げることなく、規律を維持して整然と反撃を続ける。
ラフム達からすれば訳が分からなかった。
最初、彼らは死体を観察していた。そういう余裕もあった。
そこから旧人類を殺すことに楽しみを見出し、殺すことを楽しんだ。
楽しい楽しいと笑いながら自らが死ぬことも構わずに楽しみを優先させる。
しかし彼らは高い知性を持ち、さらに学習する生物であったことが仇になった。
彼らはやがてある疑問を抱く。
何故逃げない――?
どれだけ殺しても逃げずに立ち向かってくる。
攻撃されて自分が助からないと分かるや、自らの四肢でもってがっちりとラフムにまとわり付いて、その隙にラフムを殺させる兵士も多数いた。
ラフムにはどうしてそんなことをするのかが理解できない。
人類の悪性ばかりを詰め込んで作られたかのような彼らには分からなかった。
だが、その疑問を抱いてしまったことがラフム達にとある感情を引き起こさせるには十分だった。
彼らは殺すことを楽しんで――しかし、どれだけ殺しても終わらない。
何で何で――?
どれだけ考えようとも理由が分からない。
悪性しかない彼らには旧人類の善性が理解できない。
たとえ悪性しかないとはいえ、ラフムは知性を持ち感情のある生物だ。
そして生物にとって理解できないモノに対して抱く感情はたった一つ。
怖い怖い――!
個体間での情報共有も行っていたことがラフム達にとってはより悲劇を増す。
一度、臨界点を突破した理解できないモノへの恐怖は瞬く間に全てのラフムに伝染する。
これが旧人類であったならば、味方が崩れたとしても踏み留まる勇気ある者達が存在しただろう。
ラフムは確かに旧人類よりも優れた身体能力・知性・学習能力などを持ち、生命体としての完成度が高い。
だが、ラフムよりも不完全であり劣っているからこそ、互いに補い合う旧人類は集団において恐るべき力を発揮したのだ。
なお、一部のラフム達は突如として生命活動が停止するという不思議な事態に襲われたが、流れ弾に当たったのだろうとラフム達は大して注意を払わなかった。
戦況を見つつ、こっそりとラフムに対してとある実験をしていた麻菜は戻ってくるなり出迎えたマシュに告げる。
「あまり大したことないわね」
「えっ?」
マシュは驚いた。
「ちょろっと見てきたけど集団戦闘が下手くそなのよ」
「どういうことですか?」
「要するに効率的な殺し方ができていないのよ。無駄が多すぎる。例えばナポレオンなら巧みに複数の部隊を動かし、連携させ敵を倒す。でも、連中にはそういうのがない。数に任せて押し寄せるだけ」
朧気ながらもマシュにも話が見えてきた。
「個々人の戦闘での間合いの取り方だとか攻撃の仕方だとかそういうのはあるかもしれないけど、戦術レベルでの動きができていないのよ。まあ、相手からすれば味方の兵力は無限で、なおかつウルクを落とせば勝ちみたいな状況だから損害とか効率的かどうかとかどうでもいいかもね」
「軍隊みたいな統制が取れていないってことですか?」
「そういうことね。真正面から戦ったらナポレオン達の敵じゃないわ。個々のスペックと数は脅威だけど……解決策は見つかったから」
そう言って麻菜は不敵な笑みを浮かべてみせる。
「マシュ、世界で一番チョロい敵ってどんなヤツか教えてあげましょうか?」
「はい?」
「即死耐性が無いか、もしくは低いヤツよ」
「……先輩、まさか」
「そのまさか。さっき実験してきたんだけど、殺虫剤をかけたみたいに死んでった。やっぱりラフムなんて小洒落た名前じゃなくて、バビロニアゴキブリにしましょうよ。略してバビゴキ」
「それはちょっと……」
引き攣った顔になるマシュに麻菜は首を傾げてみせる。
そこへカルデアから通信が入った。
相手はオルガマリーだ。
「はいはい、マリー。どうかしたの?」
『麻菜、さっさと駆除しなさい。急にそういうものに見えてきたわ!』
「分かったわ。マリーの平穏の為に早急に駆除するから」
そう返して麻菜はマシュに告げる。
「マシュ、ちょっとあちこちに伝えてきて。これよりウルク周辺からバビロニアゴキブリの全面的な駆除を行うってね」
ウルクへの攻勢を撃退されたラフム達。
旧人類は理解できないから恐いという感情はあったが、彼らも知性と学習能力がある。
30万くらいで駄目だったから今度はもっとたくさんでいこうと判断して、たくさんの仲間を集めた。
大地を埋め尽くす仲間達にラフム達はけたけた笑いながら、進軍を開始したのだが――
突如として先頭を進んでいた数百のラフム達の生命活動が強制的に停止した。
まさしく青天の霹靂、ラフム達は情報共有によってそれを知り、旧人類よりも面白そうなものとしてそちらへと興味を移してしまった。
そこに立っていたのはたった1人。
「いやまあ、スキルの性質上、こうなることは分かっていたけどさ。やっぱり1人って寂しいわ」
麻菜であった。
彼女は普段着のままで、レーヴァテインすら持っていない。
ラフム達の前では自殺行為かと思いきや、事情を知る者達からすれば全く違う思いを抱くだろう。
そもそもからして麻菜が最初からどうにかすれば良かったのではないか、という話だが、単純に数が違うので防衛戦では麻菜単独では対処できない可能性があった為に安全策を取った。
ラフムがどんなものかじっくりと確認したかったというのも含まれている。
平野にぽつんと佇む麻菜を瞬く間にラフム達が二重三重に取り囲む。
軽く見ても千は越えており、ケタケタうるさいというのが麻菜の正直な感想である。
「うーん……ラフムって食べられるのかしら?」
呑気な麻菜に手近なラフムが近づいてきて、その鉤爪を振り下ろす。
しかし、それは呆気なく麻菜に素手で受け止められてしまう。
そこで彼女は閃きを得る。
「玲条麻菜の3分クッキング!」
麻菜は叫んだ。
通信を繋ぎっぱなしにしていたカルデアの管制室では誰もが溜息を吐き、カルデア経由で送られた映像を見ていたギルガメッシュやウルクに待機している虞美人やマシュも笑ったり呆れたりと様々な反応を示した。
「ラフムは産まれたばかりで寄生虫もおらず、新鮮なので食べても安全だと思います。ラフムは貴重なタンパク源ですので、食べましょう」
麻菜の言葉を理解できるが為、ラフム達は一斉に困惑した。
何を言っているんだ――?
そう思ったのも束の間、彼らは色んな意味で理解できないと確信に至ってしまう。
「ラフムは4本の手のようなものがあり、ここは鉤爪がついていて危険なのでちぎり取ります。あまり美味しくなさそうな部位ですからちょうどいいでしょう」
麻菜はそのまま鉤爪を引っ掴んで、強引に引っ張って取った。
血が吹き出るがそんなものには構わず、残る3本もちぎり取る。
悲鳴を上げて地面に倒れるラフム。
麻菜はそんなラフムに馬乗りになる。
「次にこの足と思われるものですが、ここも食べるには邪魔なので取りましょう」
2本の足を引っこ抜いた。
「最後にこの口がある頭ですね。噛まれると痛い上、危険な感染症に罹るかもしれませんので取ります」
頭を引きちぎった。
残った胴体部分を麻菜は天高く掲げる。
「可食部分は胴体だけでしょう。できれば焼きたいところですが、ここは生で一気に齧り付き……」
『やめなさい!』
オルガマリーによるストップが入った。
「え? 駄目?」
『駄目に決まっているでしょう!? というか、どうして食べようとするの!?』
「いや何かこう……食べれそうだったから? ほら、ゴキブリだって食べていた歴史があるし……」
『あなたはどうしてそう斜め上に行くのよ!? そりゃまあ、あなたとは色々と大事な関係にあるから、そういうところも認める努力はしたいけど限度があるわ!』
「じゃあやめる。たぶんだけど、肉がちゃんとあるから食べれないことはないと思う」
『汚染されたらどうするのよ!? あなたが人類の敵になったらもう誰も止められないじゃない!』
「うーん、それもそうね。たぶん大丈夫だろうけど」
『その自信はどこからくるのよ……』
「私なので。それはともかく、さっさと片付けましょうか」
麻菜は周囲を見回す。
ラフム達は何だか少し怯えているような気がしたが、気のせいだろう。
泣こうが喚こうが処理するだけだ。
律儀に待っていてもらった――といっても大した時間でもないが――彼らは慈悲深く一瞬で殺してやろうと麻菜は思い、スキルを発動させる。
「はい、ご苦労さん」
麻菜は絶望のオーラⅤを発動させた。
周辺のラフム達は勿論、草花や微生物に至るまで即死をレジストできない生きとし生けるものは全て死に絶えた。
カルデアの管制室やカルデア経由で見ていた者達は溜息しか出なかった。
とはいえ、ここから先に絶望が無い証明であることは間違いなく、それは喜ばしいことだ。
麻菜は
彼女はラフムの大群の中を縦横無尽に飛び回りながら、ペルシャ湾へ向かったのだった。