準備を整えたローマ軍とともに麻菜達もまた進軍を開始する。
小競り合いのような戦闘は途中であったものの、道程を順調に消化していく。
そしてローマを出て数日後のことだ。
ついにマトモな敵の兵力とぶつかり、ここで麻菜は満を持してライダーのナポレオンを投入した。
「Maître! よく見てくれ! これがオレの……余の
青白赤の軍服を纏った大勢の兵士達。
それらの前に馬に乗り、両手を広げ宣言するナポレオン。
麻菜はそれを見て、とても興奮していた。
ついでに、その横にいるネロもまた同じく興奮していた。
「すっごい! 本物すっごい!」
「何という軍勢だ! 余のローマ軍よりも少しだけ凄いぞ!」
2人の美少女達からの声援にナポレオンは気を良くして鷹揚に頷く。
「陛下、此度は間に合いましたので」
「グルーシー、構わないとも。あのときは仕方がなかった。私の采配が悪かったのさ」
馬に乗り、いの一番にやってきた将軍とそう会話するナポレオン。
麻菜は感動に震えた。
グルーシー元帥とナポレオンのやり取りが見られるなんて、と。
「陛下、此度はウェリントンはいないようですね。連中の偽装退却は懲り懲りです」
「ネイ、まったく君は……いや、済んだことだ。君と同じ立場であれば私でも勝利を確信し、追撃しただろう。優秀であればあるほど、あれは見抜けない」
2番手でやってきたネイ元帥に、そのようにナポレオンは答えた。
その後も続々とやってくるナポレオンの元帥達に麻菜とネロは感嘆の声を上げる。
「麻菜、余もあのような軍を創り上げるぞ……」
ネロもまた感動に震え、そのように決意を述べた。
「さて諸君、今回の敵はローマ軍だ。イタリア軍じゃないぞ、ローマ軍だ。我ら、
ナポレオンはそう言って、麻菜を指し示す。
美しい、という声が上がる。
「陛下、是非とも私に命令を。イギリス軍の方陣を潰すよりも簡単にローマ軍を蹂躙しましょう」
「まあ慌てるな、ネイ。じっくりと、だ。前方の敵は主力ではない。じっくり戦い、痛めつけ、敵の主力を釣りだしたところで一気に蹂躙するのだ」
そう命令を下し、ナポレオンは麻菜へと視線を向ける。
「さぁ、maître。君の番だ。
「実は
「勿論だとも」
ナポレオンの言葉に麻菜は喜び、広い場所へと赴いて彼女の軍勢を召喚する。
まず現れたのは巨大な城門であった。
ゆっくりと門扉が開かれ、そして、現れた。
「懐かしい、懐かしい音楽だ……」
奏でられる勇ましい音色。
それはナポレオンにとって、この場にいる全てのフランス軍人達にとって聞き慣れた懐かしいものだった。
太鼓と笛の音色。
勇ましいそれらとともに、歩調を合わせて城門から彼らは現れた。
フランス軍と同じ軍服、同じように見える装備。
しかし、その掲げる旗はフランスのものではない。
よくよく見れば銃も少し違う。
「素晴らしい、maître。真似をした、というのは無粋だな。故に、余はこう讃えよう。よくここまで創り上げた、と」
ナポレオンはそう告げた。
将軍達もまた感心しており、そしてネロは――
「ずるい! 余も創る! 絶対創る! 麻菜に負けてなるものか!」
羨望と興奮と感動が混ざり合って、おかしなことになっていた。
そんな様子をナポレオンは微笑ましく思いつつ、フランス軍を模した軍勢が城門から完全に出てきたところで、異なるメロディを聞いた。
陽気なものだった。
それはだんだんと大きくなり――ナポレオンは目を見開いた。
彼にとって、まさに仇敵ともいえる存在だった。
他の将軍達もまた彼と同じように驚き、目を見開いている。
赤い軍服に三角帽。
見た目は多少違えど、ナポレオンにはすぐに分かった。
彼の時代から下り、レッドコートと呼ばれる存在だったが、彼はその原型となった名を叫んだ。
「イギリスの近衛歩兵連隊! それまで創ってしまったか!」
フランス軍とイギリス軍が並んで戦うなど、ナポレオンからすれば信じられないことだ。
だが、彼の驚きはそれだけに留まらない。
彼にとってエジプトで聞き慣れた独特の音楽が聞こえてきた。
そして、独特の民族衣装に身を包んだ軍勢が現れる。
「オスマン帝国のイェニチェリ軍団! はは、maître、懐かしい連中のパーティか!」
ナポレオンは笑うしかない。
麻菜の節操のなさに。
とはいえ、彼女からすればかっこいいから、欲しくなったから、という理由で創り上げただろうことは想像に難くない。
「他にも色々あるけど、とりあえずあなたに見せたかったのはこんな感じかしら」
麻菜は戻ってきて、そう言った。
「うむ、素晴らしい。イギリスやオスマンの連中は多少思うところはあるがな」
「どうしても作りたかったので……」
「だろうな、maître。君はそういう性格だ」
ナポレオンは笑いながらそう言った。
「ところで麻菜よ。大変素晴らしいものであったが、どうやら連合ローマの連中には良い効果をもたらしたようだぞ」
ネロの言葉にそちらへと視線を向けてみれば、彼らは遠目にも分かる程に混乱しているようだった。
それも当然だろう、何しろ急に万を超えるフランス軍と麻菜の軍勢が目の前に現れたのだから。
数で劣勢となり、さらには向こうにいるサーヴァントが質においても劣勢と悟ったのだろう。
「浮足立っているようだな。Maître、やるか?」
「任せたわ。ネロ、いいかしら?」
「うむ、余は一向に構わん! フランスの皇帝よ。余にそなたの戦いを見せて欲しい。あ、でもなるべくなら死傷者は出さないようにしてくれると、余は嬉しいぞ!」
ナポレオンは不敵な笑みを浮かべ告げる。
「さぁ、諸君。戦争をしよう」
「これは酷いですね……」
マシュは呆れ顔であった。
彼女の隣にはカウンターサーヴァントとして召喚されたブーディカやタマモキャットがいたりする。
ここにはいないが、他のカウンターサーヴァントとしてスパルタクスと呂布、荊軻がいる。
ブーディカもまた苦笑しており、タマモキャットは目を輝かせている。
実際に戦っているのはナポレオン率いるフランス軍だ。
フランス軍は装備・練度・士気の全てにおいて連合ローマ帝国軍に優越しており、むしろ敵の主力を引っ張り出すのが難しそうな程であった。
だが、ナポレオンは巧妙に敵軍主力を後方から引きずり出そうとしている。
「戦争なんてこんなもんだろ」
「質と量の両方で上回っていれば一方的な蹂躙で終わる」
「ですよねぇ……というか、ご主人様があんなものを隠し持っていたのが私としてはびっくりですが」
マシュ以外のカルデアサーヴァント――ケルトの2人と玉藻、そして哪吒は戦争とはこういうもの、と理解していた。
そこでブーディカが口を開く。
「カルデアのマスターは愉快な子だね」
「先輩は世界一頼りになるんですけど、世界一ワガママなんです」
「一緒にいて退屈しなさそう」
「ブーディカさん、来てください。先輩の暴走を止める人が必要です」
考えておくよ、とブーディカ。
そこへタマモキャットが口を挟む。
「オリジナルよ、お前のご主人は面白そうだな! キャットも行くからお前は首を洗って待っているがよい」
「……私、九尾なんですけど、いいんですか?」
移動する際に邪魔となるので一尾しか出していない尻尾を本来の九尾へと戻して、そう尋ねる玉藻。
「おっとチートであるな! それは勘弁願うので、キャットは大人しくオリジナルのサインを貰って、ご主人に尽くすだけの存在となるのだな」
ワンワン、と何故か吠え始めるタマモキャット。
玉藻はそれを見て色々と複雑だった。
バーサーカーというのは理解できるんですが、もうちょっとマトモに意思疎通できないもんですかね、と。
そんな玉藻の思いは露知らず、キャットは麻菜を応援する。
ちなみに麻菜はネロとともにナポレオンの指揮をする姿を間近で観戦している為、現状は何もしていない。
「何でご主人様を応援しているんですか?」
「ご主人が戦う姿を見たいのだワン。キャットの本能からすると、とんでもないと予想されるのだな」
「あ、そういうところは分かるんですね」
玉藻は感心してしまう。
「敵が崩壊しました。迅速に騎兵による追撃に移っています。さすがはナポレオンさんですね」
その言葉に他の面々が戦場へと視線を向ける。
敵の戦列は完全に崩壊し、麻のように散り散りとなって敵兵が逃げていく。
そこへすかさずフランス軍騎兵が逃げる敵を追っていく。
もはや戦闘の趨勢は明らかであった。
「大勝利ではあるが、やはり死傷者は減らせなかったか……」
ネロは難しい顔をしていた。
今回の戦闘で連合ローマ軍の兵士達は捕虜となるか、死者となるかのどちらかであった。
逃げ切れた者は極めて少数であり、また敵の指揮官であったサーヴァントも討ち取られている。
戦闘の最中に判明したことであったが、敵側の指揮官と軍師はアレキサンダーと諸葛孔明という組み合わせであったが、ナポレオン率いる全盛期の
アレキサンダーや諸葛孔明が各々の軍勢を率いていたなら、まだやりようはあったかもしれない。
「ネイ元帥とグルーシー元帥が張り切っていたから、仕方がないといえば仕方がないかもしれないわ」
麻菜の言葉にネロは軽く頷きながら、言葉を紡ぐ。
「勇猛な将軍は羨ましいものだ。しかし、連合ローマの兵も、元々は余の兵であり、ローマの民だ。例え、皇帝を僭称する輩についたとしてもな」
ネロはなるべく犠牲は少なく、と願っていたが、それは叶わなかった。
数千の死者と万に迫る負傷者だ
概算で6万近い兵を連合ローマは動員していたが、割合で考えるならば数千程度の死者で収まったことは幸運ではあるといえた。
だが、ネロは悲しかった。
「というか、ネロ自身も結構はしゃいでいたような」
「う、うむ……確かに余もはしゃいでしまった。だが、仕方がないであろう。あれほどの軍勢を目にして、はしゃがぬ輩はおらん。所詮、余が感傷に浸っているだけだ」
ネロはそう言って、表情を変えた。
いつもの人懐っこいものではなく、冷徹なものだ。
「やむを得ない事情があったとしても、余に、皇帝たる余に刃を向けたのだ。ならば、反乱として始末せねばならぬ。そうせねば、ローマは続かぬ」
皇帝としての顔なのだろう、と麻菜は思う。
なるほど、これならば異教徒を殺せる、と彼女は確信する。
心が悲鳴を上げている、とか本当は悲しんでいるだとかそういう陳腐な言葉を麻菜は掛けたりはしない。
彼女も前世で似たようなことを仕事としてやってきたのだ。
だから、麻菜が掛ける言葉は同情などではない。
「ネロ、あなたは責務を果たしている。あなた以外にはできない責務を十分に果たしているわ」
それを聞き、ネロは麻菜に微笑みかけた。
「そなたくらいなものだ。そのように言うのは」
「そうなの?」
「うむ。余の仕事はローマを富ませ、拡大し、次の皇帝へと渡すこと。永遠とローマが続く為の礎となることだ。勿論、余は個人としてもローマとその民を愛しているぞ」
だが、とネロは言葉を続ける。
「皇帝は人の心が分からないとたまに言われることがある。だが、余からすれば、皇帝の心なんぞ皇帝を経験した者以外に分からぬだろう、と言い返してやりたいものだ。何より、そのような瑣末事を気にするよりも、ローマの繁栄と拡大を皇帝に願えば良いのだ。それらは民の生活に直結するものであるからな」
麻菜はネロの言葉を聞き、深く頷いた。
彼女としても、似たような経験はあったのだ。
「ネロ、民衆という集団はとても身勝手なものよ。好き放題に言って、自分達の言ったことが実行されたらどうなるか、ということにまで目を向けない。基本的に過程や結果なんてどうでもいいのよ」
「……余はそれでも愛そう。彼らがローマの民であるならば」
ネロはそう告げた。
麻菜は彼女の懐の深さに感服した。
ネロは若くして死ぬということくらいは麻菜とて知っている。
だが、具体的にどういう状況になって死ぬかまでは知らなかった。
マシュに聞けば良かったかな、と思いつつも麻菜は自身の予想を告げる。
「ネロ、私の予想であるけれど、おそらくあなたは民衆に殺される可能性がある」
ネロは僅かに目を見開いたものの、それを静かに受け止めた。
「余も、そのような予感はあるのだ。余は民を愛している。だが、民は余を愛しているのかと……疑問に思う時はある。先程、余は自ら瑣末事であると言ったが、それでもやはり気になってしまう」
「ネロ、私と一緒に未来へ行きましょう」
麻菜は躊躇なく告げた。
彼女自身も、その言葉が感傷からくるものであると理解している。
だが、言わずにはいられなかった。
たとえ、ネロの答えが分かりきったものであったとしても。
王宮の浴場で求婚されたときとは全く逆の立場になっていることに麻菜は内心苦笑する。
ネロは両手を麻菜へと伸ばし、その頬を優しく触る。
「そなたの誘いは、とても嬉しい。そなたと共に未来へと逃避するのは、きっと甘美なことだろう」
ネロは愛しく、麻菜の頬を撫でながら、更に言葉を続ける。
「皇帝などではなく、単なる一少女としてなら余はそなたの誘いにのっただろう」
けれど、とネロは続ける。
「余は皇帝だ。ローマの皇帝である。そなたの語ったことが現実となろうとも、余は最後の間際までローマと共にありたいのだ。たとえ、ローマを追われることになろうとも」
そうなったら、きっと余は泣いてしまうがな、とネロは朗らかに笑った。
麻菜はたまらずに無限倉庫からあるアイテムを取り出し、それをネロへと渡した。
蛍石の首飾りだ。
装飾などは特にない、しいて言えば蛍石自体が丸く加工されただけの質素なものだ。
ローマ市内を巡る道中でネロは色んなことを麻菜に話していた。
その時、好きな宝石について、ネロは蛍石が一番好きだと語っていた。
「あなた、蛍石が好きだったでしょう? 私はあなたの最期を看取ることはできないけれど、これを私の代わりに」
「……ありがとう。そなたにつけて欲しい」
麻菜はネロに首飾りをつけた。
「ふふ、どうだ? 似合うであろう?」
「ええ、似合っているわ」
にこりと人懐っこい笑みを浮かべるネロと頷く麻菜。
「麻菜、そなたは泡沫の夢のようなものだ。そなたが未来へと帰ってしまう、その間際まで、余はそなたと共にありたい」
ネロはそう告げ、麻菜の手を引いた。
向かう先は天幕内に設けられた寝所だった。
「ご主人様、ネロさんをカルデアで召喚できるってことを忘れているんじゃ……」
何を話しているのか、心配になった玉藻はこっそりと権能を使って盗み聞きしていた。
何やら映画のワンシーンみたいな会話に玉藻としては、羨ましいやら悲しいやらで複雑ではあった。
「ま、まあ、ご主人様も雰囲気に流されそうな感じがしますし。しかし、ネロさんの口説き方は情熱的ですね……」
そのとき玉藻の脳裏に電撃が走る。
「ご主人様は口説かれることに慣れていない……! 口説くことは慣れていますが、口説かれることには……」
極めて大きな発見だった。
常に麻菜は口説く側であり玉藻達は口説かれる側。
それがいい、と玉藻達も望んだものではあったが、しかしそれでは麻菜に対して主導権を握ることができない。
対してネロはどうだろうか、麻菜に対して主導権を握り、ぐいぐいと押しに押しているではないか。
結果として、あそこまで麻菜に言わせるまでに。
「……ご主人様を情熱的に口説くとコロッと落ちる気がしますね」
ネロが実践し、効果を上げている。
玉藻はにやりと笑みを浮かべた。
そして、麻菜とネロの会話を聞いていたのは玉藻だけではなかった。
「所長、ちょっと情熱的に……イタリア男っぽく麻菜を口説くとイケるみたいだ」
「何を馬鹿なことを言い出しているの!?」
麻菜が何をしでかすか分かったものではない。
最低限の監視を、ということで音声だけは監視していたが、予想外の方向へぶっ飛んでしまい、ダ・ヴィンチはニヤニヤ顔で麻菜とネロのやり取りを聞いていた。
尊いものだ、と思いながら。
その表情は傍目にはかなり気持ち悪いことになっていたが、ダ・ヴィンチ的には自分が楽しめたので問題はない。
さらに所長にもアドバイスできたので、言うことなしだった。
「このあとは移動して、ヒスパニア……スペインのあたりにある敵の首都を攻撃するのよね?」
オルガマリーはそう問いかけた。
「そうだよ。それで終わりさ。これまでローマ縁の敵ばかりだから最後に立ちはだかるのは建国者のロムルスだろうけどね」
「なぜかしらね、心配も不安もないわ」
オルガマリーの言葉にダ・ヴィンチもまた頷いたのだった。