やはり伝説の餓狼達が俺の師匠なのは間違っているだろうか。   作:佐世保の中年ライダー

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やはり俺が苦労の末に訪れたチャンスは有効に活用できただろうか。

 

 『雪ノ下さんが、真空投げを…』

 

 背中を道場の板張りに強かに打ち付けられつつ俺は背に走る痛みに耐えなから心中を呟く、信じられなかった……。

 雪ノ下さんの俺の予想をブッチギリで遥かに越える実力と、之また予想も出来なかった『真空投げ」を繰り出してきてソレをモロに喰らったと云う現実。

 

 二重(ダブル)ショック!幽霊なんかに出会うよりももっと怪奇な遭遇って程大袈裟なモノじゃあ無いが、かなりのショックを精神的にも肉体的にも俺は今受けている。

 まぁつい先日藤堂さんから昔話として聞いた、あのギース・ハワードに古武術を伝授した周防辰巳師に藤堂さんも教えを受けたと言う話だったし、その関係で藤堂さんを介して雪ノ下さんが真空投げを使えるって可能性が無くは無い話なんだろうけどな。

 

 「っ……つぅ、ぷはぁ~っ。」

 

 結構なダメージを食らったからって何時までも寝ている訳にもいかないし、痛みもあるけど此処で止めるて選択を選ぶ訳にもいかん。

 しかしどうにも俺は今置かれた自分の状況に動揺を禁じ得ないし、焦りの気持ちが精神状態の大部分を占めているって事が理解出来る、やべぇな。

 

 「おっ、立ってきたね。」

 

 油断無く構えは崩しちゃいないしスキも晒しちゃ無いが雪ノ下さんは戯けた口調でそんな事を言う、その態度が何だか妙に癪に障る。

 立ち上がりながら俺は身体の状況を確認する、痛みはあるが体力気力共にまだ十分に闘える位の力は残っている。

 雪ノ下さんから被ったダメージ値は凡そ20パーセン強ってところか、仮に俺のHP(ヒットポイント)を100としたらさしずめ今のは『ユキノシタのこうげき、ハチマンは20のダメージをうけた』ってとこか。

 

 「そりゃあこんな所で終われ無いですしね、まぁ後付け加えるなら悔しいけど僕は男なんだなってヤツっすか。」

 

 先日からの雪ノ下さんの俺に対してビシビシと飛ばしてくるプレッシャーとか圧とかもそうだったが、俺の事が気に入らないとか雪乃と別れろとか諸々澱のように心に沈殿していて割と怒りの感情が沸々と湧いてくるってかプレッシャーと圧って同じ意味合いの言葉だったわな、俺うっかり。

 しかし自分の預かり知らない所でこんな風に女性から反感を持たれてるとか思ってもいなかったわ、中学時代は小学校からの延長で大半の人間に疎まれ敵視されていたから周りは常に敵だらけの気分はもう戦争、じゃ無いけど何時厄介事が身に降り掛かっても対処出来る様に『常在戦場』を気取っていたが、高校の入学式の日に結衣といろはと雪乃と出会ってからは、まるで潮目が変わったみたいに俺の周りには俺の事を認めてくれる人達が増えてそれも薄れて行って。

 まぁ彼女達が飛び切り高レベルの美少女なものだから男連中の嫉妬とか、そういった感情を受ける事はままあるが……はぁ〜っ、まいったなこりぁ今年の八幡は厄年か。

 

 「……ふーん、優柔不断なくせに一端の男を気取るんだね、ぷふふ。」

 

 知ってか知らずか俺のネタは完璧にスルーして雪ノ下さんはそう言って俺を嗤うが、しかしその顔に浮かぶ表情は鋭く突き刺す眼光で俺を見据え、更に侮蔑の色をも顕わにしている。

 

 「………随分俺に突っ掛かって来ますけど、俺雪ノ下さんに何か疎まれる様な事しましたかね。」

 

 くっ、精神的に余裕があれは今のセリフは、なろう系異世界チート主人公宜しく『あれ、もしかして俺何かやっちゃいましたか』とかって言えてたんだろうがな。

 ちょっと今は心に余裕が無いからごく普通にネタ無しで問うに済ましてしまった、其れは雪ノ下さんが投げ掛けた言葉が思いの外俺の芯深くに食らい込んだ様な気がしたからだろう。

 

 「気付かないし自覚も無いんだね、そうなんだ。」

 

 雪ノ下さんは呆れたとばかりに軽く嘆息しながらそれだけ言うと一度其処で言葉を区切る、そしてキッとこの日一番鋭い眼光を俺に向けると音声(おんじょう)は然程大きくは無いが含まれる感情は読み取れる、それは怒気。

 

 「だったら君にはもう何も言う必要は無いね、私が此処で斃してあける!」

 

 その怒気を孕む声音で雪ノ下さんは宣言すると俺へと向かい走り寄る、必討の意志をその身から溢れさせる龍が如く。

 対する俺はと言うと、未だに雪ノ下さんに対しての有効な反撃手段が思い浮かばないでいる始末だ、迂闊に打撃を繰り出そう物なら空かさず技をキャッチされて当て身を取られるだろうし、中途半端でヤケっぱちな青春の如き状況で気弾を放とう物ならそれも押して然りだろう。

 ならばどうするか、実戦の中で華麗に対処法を見付け出すか雪ノ下さんのスキきを見付け出すしか無いのか……ってイカンイカン、こんな思考の迷路に迷い込んでても碌な答えは導き出せないわな。

 それに雪ノ下さんはもう直ぐ其処まで迫ってんだからよ、今は目の前の現実に集中しろって俺。

 

 

 

 

 とは思っているものの、雪ノ下さんの高い技量による猛攻と俺の精神的な不安定さもあってか、突破口を開く事が出来ず攻めあぐねってよりも防戦一方な展開に陥ったままだ、未だにな。

 

 「破ッ!やッ!たぁーッ!」

 

 「ッ!」

 

 しかもこの闘いの開幕時に俺がやった様に雪ノ下さんが今はフェイントを織り交ぜつつの攻撃を仕掛けているものだから、読みを外されたりなどしているものだからブロッキングやジャストディフェンスが間に合わずただのガードによる防御で手一杯だ、あーもうッやり難いったらありゃあしない。

 其処に更に加えてな、考えるまいとしてもやっぱりどうしても考えてしまうんだよな、さっき迄の一連の雪ノ下さんの言葉の意味を。

 彼女が俺を嫌う理由や雪ノ下との別れを促す理由、そして俺を評しての優柔不断と切って捨てる理由。

 

 それを考えてしまう、こんな場面だってのにどうしようも無く。

 

 『何だろう、何が望みなんだ……。』

 

 解らない時は相手の立場になって考えてみろ、なんて良く聞く言葉だし一流の戦略家や戦術家は策を練る際にそれを実践しているのだろうが、しかし俺が実際にそうしてみようなどと思っても残念な事に俺は雪ノ下さんと云う人物の事を何ら知りはしないんだよな、これまでに会った回数だって片手で数えられる程度の回数だし、あっこれってもう詰んでね。

 

 「くぅっ、フッ!?」

 

 「ほらッ!これでどう!!?」

 

 俺のそんな葛藤なんぞ知らぬし存ぜぬであろう雪ノ下さんの猛攻は留まるところを知らずで、攻められる側の俺は必死こいてガードを固めさせられ、口からは苦い吐息が漏れる。

 

 「ぶはぁーっ……。」

 

 しかし、何だろう今の雪ノ下さんの眼にはさっきまでの嘲笑や蔑みの色が見えないし感じられない、今雪ノ下さんの瞳から俺が見て取ったのは……懸命さとか必死さとかそんな感情の様に思える。

 俺はもしかして、いやもしかせずとも俺は雪ノ下さんと云う一人の人間を見ていなかったのだろうか、先日から放たれていたプレッシャーとか挑発的な発言とかその他諸々の影響で、目を曇らされて俺は彼女の為人とか人格とかを見ようとしていなかったんじゃなかろうか。

 我ながら全く度し難いわ、敵だらけの環境に置かれたボッチであるが故に鍛えられた観察眼とか得意気に嘯いていたくせに、少しばかり周りに理解者が増えたからって………。

 

 考えろ俺、あの雪ノ下さんのひたむきで必死な瞳の意味を、何がどんな思いが彼女を突き動かしているのかを。

 

 雪乃と別れろ、優柔不断、俺の事が気に入らない、何故。

 

 なるだけ気を抜かず闘いに神経を集中しながらも、もう一度俺は雪ノ下さんの眼を確りと見据える。

 

 『はっ!?もしかして……』

 

 そして一つの答えに行き着いた、その答えが正鵠を射ている物なのかどうか、それはハッキリ言って解らん。

 

 だが、そう考えれば合点がいく様な気がする。

 

 それは雪ノ下さんの思いが俺と同じだという事だ、雪ノ下さんの思いそれは妹の雪乃の事を何よりも誰よりも大切に想っているって事だ。

 俺が妹の小町の事を大切に想っている様にだ、だとすると俺と雪ノ下さんとはある意味同士だと言っても過言じゃないんじゃね。

 はたと!俺はその様な思いにとらわれてしまう、そしてそれがこの場合は頗る位に拙かった、そこに行き着いたが故に俺は僅かばかりの時間心身共にスキを作ってしまった。

 

 「やッ!それッ!そこッ!」

 

 そしてそのスキを見逃す程に雪ノ下さんは甘い相手では無く、刹那の時間作ってしまったスキに俺の防御の隙間を縫って雪ノ下さんの振り抜く手刀が掠める様に俺の顎先を打つ。

 ハッと正気に戻り咄嗟にスウェーで避けようとしたが、時既に遅しでそれは間に合わずって訳でそうなってしまったんたが、それ以上の追撃を貰うまいと体勢を立て直そうとしたが、それは相悪としくじってしまった。

 顎先を打たれた為か脳を揺らされ三半規管が機能不全に陥ったみたいだ、ヤバイと思った時にはもう。

 

 「破ッ!せいッ!やっ!たあーっ!」

 

 「うぅっ、ぐふっ、ぐわーっ……。」

 

 蹈鞴を踏む俺を目掛けて雪ノ下さんは小さくジャンプして飛び蹴りを放ち、それを俺はもろに食らう、続け様に拳打から肘打ちの連撃。

 そして仕上げとばかりに放たれたのは幾重にも重なった気の衝撃波、それに俺は飲まれ弾かれた挙げ句に再度のダウンを喫してしまった。

 

 

 

 「はぁ……はぁ……ふぅ……」

 

 雪ノ下さんの連撃によってダウンさせられ道場の板張りの上で少しでも痛みとダメージの回復の為に、俺は荒い呼吸を数度繰り返す。

 受けたダメージによる体力の低下は残念だがこの僅かな時間での回復は無理の様だが、幸い痛みの方はかなり治まっておりこの先闘う事に支障は無さそうだ。

 

 「くぅーっ……」

 

 つか多少在ったとしてもそん事には構ってられんわな、何なら俺は雪ノ下さんに見せなきゃならないんだよ、俺の本気をなって我ながら柄にも無くちょっと格好付け過ぎか。

 そして認めてもらわないといけないんだよ雪ノ下さんに雪乃との事を、いや雪乃だけじゃ無く結衣といろはの事も俺が守れるってところを、雪ノ下さんに示さなきゃな。

 

 「よっと、ふはぁーっ。」

 

 スッと勢いを付けて立ち上がりつつの一呼吸、からの構えを取り直し雪ノ下さんを一瞥してからの。

 

 「どうもお待たせしましたかね。」

 

 一言のご挨拶をば、対峙する雪ノ下さんも同じ様に俺の眼をロックオンしてからの。

 

 「おや、何だか目の色が変わったみたいだねぇ〜っ、何て言うか所謂決意を固めたってところかな。」

 

 などと不敵な笑みを浮かべつつの一言を俺に贈呈して下さった、やっぱり俺って分かり易いんでしょうかね。

 

 「ええ、まぁお陰様で。」

 

 「アハハ、そのまま倒れておけば良かったのに態々まだ痛い思いをするつもりなんだね比企谷君。

 でもまあ良いか、此れからもう二度と立ち上がれない位に思いっ切り可愛がってから、その上でその素っ首欠き斬ってあげるよ。」

 

 えっ!?やだ何それ超絶的に怖いんですけど、俺首を斬られるのかよ言/成(ま/こと)やフレ/ンダみたいにされちゃうの、さしずめ言うならハ/チマンにされちゃうの!?

 雪ノ下さんは知らないのか嘗てダバ・マイロ○ドは言ったよね『人をやるのは嫌だよ。気持ちが悪い……不気味だ』って、雪ノ下さんにはそう云う気持ちは無いんですかね、無いんでしょうね。

 

 「いえ、そう云うの間に合ってますんで謹んで辞退させていただきますから悪しからずって事で出直して下さいごめんなさい。」

 

 雪ノ下さんの恐ろしい宣言にいろはの十八番(おはこ)高速お断りを真似て雪ノ下さんを往なそうと試みた俺だが、どうもそれは不発に終わった様で一瞬だけキョトンとした表情を見せた雪ノ下さんだったが直様我に返ると更に恐ろしいセリフを口にした。

 

 「ノンノン!遠慮なんて不要だぞ!比企谷君、たっぷり味あわせてあげるよ、本当の恐怖ってのをねぇ。」

 

 ひどく嗜虐的でいて且つ又蠱惑的にも見えて彼女の実年齢以上に妖艶さまでをも感じさせる表情で、まぁそれと真正面から対峙している俺としては複雑にして怪奇的で恐怖心を強かに引き起こされているんだけど。

 

 

 

 

 言葉の駆け引きをも駆使しつつ俺と雪ノ下さんの闘いは再開された、決意も改に雪ノ下さんへと立ち向かう俺だが不本意ながら未だにこの闘いの攻略法を思い付かないでいたりする。

 下手に此方から攻撃を放とう物なら感の良い雪ノ下さんにソレを取られてしまい投げられてしまいそうで、コレでは行けないと流れを変えなければと思ってはいれども反撃の糸口を見出だせず後手に回ってしまっているのが現状だ。

 たださっき迄とは違い、この闘いに勝利し雪ノ下さんに俺達の事を認めてもらうと言う確固たる目標を持てたおかげか彼女の動きが見える様になっていた。

 だから防御を固めるだけじゃ無く捌き弾く事も何とか可能となってるんだが、しかし雪ノ下さんもまた流石なもので其処から先、此方が手を出そうとしても巧みにそれを往なして俺の反撃を許してはくれない。

 

 「ほらッ!どうッ!?」

 

 「ッ!シュッ!」

 

 雪ノ下さんの繰り出す右掌底を弾き落とし俺も反撃のパンチを繰り出そうとするが、待っていましたとばかりにそれを掴もうと空かさず雪ノ下さんの左手がスタンバっている事を確認し迂闊に出す事も出来ない。

 更にフェイントを交えてローキックを放とうとするもそちらも雪ノ下さんは下段を取ろうと直ぐに対応出来る体勢を作っている、全く何てセンスをしてるんだよこの人は。

 まぁそんな訳で今の俺達の状況は創作物などでもお馴染みの千日手って状態に陥っているっぽい感じか、それは恰も互角の実力を持つ二人の黄金○闘士が相撃つ時に陥る千日戦争(ワンサウザンドウォー)な状況ってのは言い過ぎか。

 

 

 

 「破ッ!セイッ!……」

 

 「フッ!シッ!……」

 

 どれ位の時間が経ったのか神経を集中しての攻防、攻撃と防御に虚と実とを織り交ぜての駆け引きにこのままでは心身共に損耗していくだろう、呼吸さえもが不規則になり或いは暫しそれを止めてしまう程に掛かる重圧。

 

 「………ぷァ……ッ。」

 

 脳に酸素が行き渡らない為に次第に途切れ始める集中力と思考能力、コイツはちょっとヤバいかな。

 

 「………」

 

 今俺はどんな顔をしているんだ、雪ノ下さんはどんな顔をしている、何時まで続くんだこの時間は。

 

 「………」

 

 苦しい、たっぷりと思いっ切り吸って吐く一呼吸が欲しい、いや出来れば二呼吸、三呼吸ってかもう帰って寝たい。

 

 「……っぅ…。」

 

 何で俺はこんな事をしてんだろう、何で雪ノ下さんはこんなに闘えるんだ。

 

 「……!?」

 

 不味い、弱気になるなって俺、さっきの決意をもう忘れたのかよ。

 

 示さなきゃいけないんだろう、今眼の前のこの人に俺がやれるって事を。

 

 幸いにして、十分とは行かないけど小さく小刻みにだけど何とか呼吸は出来ているんだ、何を対ヴ○ルグ戦の時の幕之○一歩よろしく『永遠の無酸素運動』を気取ってるんだよ。

 

 よく見ろ、見据えろ、闘っている相手を眼の前の強者を、強敵を。

 

 「なっ!」

 

 挫けかけた気力を何とか繋ぎ止めて俺は雪ノ下さんを見る、見て取って驚きを禁じ得ない俺ガイル。

 今の雪ノ下さんの、彼女のその顔色は(直に観ることが叶わないが)俺の顔色と何ら変わりが無いと思う程に苦しそうな顔色だ。

 やっぱり貴女も苦しいんですよね雪ノ下さん、貴女もまた負けられないって絶対に勝つって決意の元に此処に立っているんですよね、しかも今日がある意味貴女にとってのデビュー戦みたいなものなんですよね。

 この数日の貴女との関わりに色々と思う処は在ったけど、そうっすね今は純粋に尊敬しますよ。

 一人の格闘家として、強者として、また同じく妹を持つ者としても。

 

 「しゃッ!」

 

 「おっと!」

 

 若干の距離を開け退治する俺達、その位置から振るわれた雪ノ下さんの左の手刀を軽く半歩分程後方へと下がり回避する俺だったが、完全回避とは行かずガードの為に挙げていた俺の左腕をその手刀が打つ。

 

 それによりパシンと甲高い音を立て弾かれてしまう俺の左ガード、不意に訪れる不十分な防備状態を逃す程に雪ノ下さんは甘い相手では無く当然ながらフロントステップを刻み距離を詰める。

 

 「もらったァッ!!」

 

 掛け声と共に雪ノ下さんは右腕を伸ばし俺に掴み掛かろうとする、シクッたと俺は慌てて左手のガードを戻そうとするとも、間に合うか。

 サッと外側から内へと左腕を動かす俺に一つの転機が訪れた、それは偶然が産んだ産物なのかはたまた必然の結果なのかは解らんが。

 

 「ちぃーッ!?」

 

 俺へと伸ばす雪ノ下さんの右腕肘辺りの道着の袖を偶々掴む形となった。

 

 「なっ!?」

 

 雪ノ下さんの驚きの声が聴こえた様な気がするが実際の処はよく解らない、何ならこの時の俺は半ば無意識に身体が動いていたからな、だからこれは後で藤堂さんから聞いた事だと断わっておく。

 

 「しまっ……」

 

 雪ノ下さんの道着の袖を取った俺は素早く彼女の内懐へと侵入すると、次はもう片方の右手をスルリと道着の前襟へと伸ばし掴み取る。

 グッと彼女の身体を引き寄せた俺は速攻で我が身を反転させるとほんの僅かに両膝を曲げ、掴んだ雪ノ下さんの右腕を引き込んで背中に彼女の身体を抱え込んだ、この時俺の背中には雪ノ下さんの柔らかな山脈が接触篇してしまったのだろうが、残念ながら無意識だった俺が発動篇を公開する事は叶わなかった、あっべっ、別に残念だなんて思っていないんだからね。

 ゲフンゲフン、続けよう。

 

 雪ノ下さんの身体を背中でキャッチした俺はそのまま彼女を前方回転させ背負い投げの要領で勢いを付け投げ飛ばす。

 この時、同時に右脚で彼女の右脚を掬うように蹴り上げるオマケを付けて。

 

 空を舞う雪ノ下さんの姿を見留めた瞬間俺は意識を取り戻し、その時になって初めて気が付いた俺が彼女を放り投げたのだと。

 

 「うぐぁ………っ……ぅ」

 

 道場の板張りに叩き付けられた雪ノ下さんの苦悶の声を聞きながら俺は漸く手にする事が出来た。

 

 「プハーッ、ふうーっはぁーっ…」

 

 たっぷりの余裕ある呼吸と脳に行き渡る酸素とを。

 

 「………山嵐……。」

 

 藤堂さんの僅かながら驚愕の色が混じる声が俺の耳に聴こえた様な気がしたが酸素を取り込む事を優先する俺にはその声が己の意識下に意味のある言葉としては届いてはいなかったが。

 

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