やはり伝説の餓狼達が俺の師匠なのは間違っているだろうか。 作:佐世保の中年ライダー
「ふーっ……はぁーっ……」
幾度繰り返したかは一々数えてはいないが繰り返し行った深い呼吸によって不足していた酸素を漸く、俺は身体中に行き渡らせる事が出来てちょっとひと息と行きたい所だが、相悪と此処は戦場で今は闘いの真っ最中とくれば迂闊に気を抜く事はある意味命取りだ。
何と言っても今はダウンしている雪ノ下さんだが、絶対にこのままでは終わらないだろうからな。
ゆっくりと息を調え緩やかに再動を始める雪ノ下さんを見やりながら俺が思うのは、先の雪ノ下さんに対して投げを決められたのは偶然の産物だったのかも知れないが、おかけでこの闘いに於ける一つの攻略法が掴めたと言うことだ。
「うっ……く、ふぅ。」
痛いっすよね雪ノ下さん、投げられて受けたダメージってのは強烈に痛いですからね、例えるなら打撃技で喰らったダメージを点のダメージとするならば投技のダメージってのは面のダメージと言えるだろう。
まぁだから普段から鍛えていない相手に対して受け身を取れないような投げ方をしたら、それこそ相手を半身不随とか下手を打つと生命さえ奪いかねないし、いやまぁ武道や格闘の経験者が一般人に対して手出しをするなんて事は本来あっちならないんだけどな。
しかし、世の中にはDQNってのは幾らでも居るわけで向こう見ずにも己と相手との力量差を測れない○○○○なヤツが武道の有段者に喧嘩を売るなんて話はよく聞くよな、それで有段者の人はなるだけ手出しをせずに上手くあしらおうとするんだが、そんな対応にDQNが更に逆上してってヤッパを持ち出したりっておっと話が反れたわ。
「……っっ、ふーっ。」
深く息を吐きながら雪ノ下さんは痛みに耐え、少々蹌踉めいちゃいるがもう立ち上がろうとしているし痛みのダメージの方も残っているだろうなのにもう立ち上がるんだからな、凄えわこの人。
まぁちょっと偉そうに言わせてもらうと『流石は雪ノ下さんだ』ってところだろうかな。
「ぁ、痛ったたたっ……。」
口に出してそう言っちゃいるが(いや実際に痛いんだろうが)雪ノ下さんの表情と声音にはその痛みを感じさせるものじゃない、今の雪ノ下さんの表情を例えるならば『てへぺろ、失敗失敗』と今にも言い出しそうな表情だし、声音の方はと言えば少し楽しさを感じさせる様な響きがある。
「ふう〜っ、今のはかなり痛かったよ比企谷君、やってくれるね〜。」
しかも何気に何処ぞの戦闘民族よろしく『オラ何だかワクワクしてきたぞ』とでも言い出しそうな雰囲気を醸し出してるし、雪ノ下さん的にはいよいよ此処からがクライマックスってやつだな。
「まぁ、何もせずに雪ノ下さんに一方的に良いようにされるってのも面白く無いっすからね。」
「へえ、まあ私もさ一方的に相手を蹂躪するってのもこう背筋がゾクゾクして愉しいんたけど、こんな感じの攻防戦ってのも悪くないって思えちゃったよ。
何せこれまで私、今みたいに投げられるなんて香澄おば様以外の人に経験無かったからねぇ、あぁ愉しい。」
さも愉しげに言いながら雪ノ下さんは構えを取り直す、SなのかMなのかそれとも両方の性質を持つハイブリッドなのかは知らんけど何れにしも俺はこの人怖いと思えてならん。
まぁどっちにしてもこの人と将来お付き合いする人は何かもう色々と、苦労とか心労とかでストレスマックスのブラック企業に就職しる位の覚悟が必要そうだわな、なので俺には無理だな。
「……あの、多分今の“たのしい”は世間一般的な“楽しい”って字を宛てて無いんですよね、発音のニュアンス的に。」
雪ノ下さんに返答を返しながら俺も改めて構えを取り直すがこれに対する返答を俺は期待してはいない、それよりも多分雪ノ下さんは別の所に突っ込みを入れてくるだろうと推察したからなんだが。
「おやっ!?アハハッ
と、やっぱり俺の予想通りに構えに雪ノ下さんは突っ込んできた、そう今の俺の構えは柔道の基本的な右脚を前へ出した右構え、学校の授業などでも基本的に使われる右構えの自然体だ。
雪ノ下さん程の高レベルな当て身系の技を繰り出せる腕前を持つ人を相手に打撃系の技のみで攻めるのは悪手と言えるだろう、まぁ兄貴達を始めとする世界トップレベルの格闘家ならば其れでも十分対応出来るんだろうが、まだまだ発展途上な俺ではそれだけでは無理だって事がこれまでの流れではっきりとしているんだから、だったら其処に別の対処法をプラスしなければならないって事だ。
「まぁ、そう思われるのも仕方が無いっすけどね、精々そう簡単に剥がされない様に気を付けておきますよ。」
右構え自然体からゆっくりと小刻みに雪ノ下さんへと接近しながら俺はそう答える、まぁ付け焼き刃だと雪ノ下さんから断じられるのも已む無しか。
しかし其処に一石を投じる様に見届人の藤堂さんが雪ノ下さんを窘めの言葉をかけた。
「陽乃ちゃん比企谷君の技を侮ってはいけませんよ、忘れたのですか比企谷君
の周りに居る方達の事を。」
俺の出方を警戒しつつも雪ノ下さんは藤堂さんの言を受けて数瞬の間黙考、やがてはたと思い出した様に呟いた。
「山田……十平衛老。」
雪ノ下さんは十平衛先生の存在に思い当たりその名を口にする、てか何気に十平衛老とか呼ばれると格好良さ気に感じるな、普段はとんでもないセクハラ爺さんなんだけとな。
「そうです、かつて鬼の山田と呼ばれた程の凄腕の柔道家である山田殿から教えを受けたのでしょう、でなければ山嵐などと云う高度な技を繰り出す事など出来よう筈がありませんからね。」
藤堂さんが雪ノ下さんに対して自らが推察して行き着いたであろ結論を語る、藤堂さんが言うように確かに俺は小学生の頃から十平衛先生から柔道の手ほどきを受けていた。
まぁ、教えてもらった事は時間的にそれ程長くないから柔道の基礎が主な内容だったがな、だから構えについては左右の自然体や自護体とかの基本動作とか受け身や幾つかの投技と寝技とかを教わったんだがったんだがって、えっちょっと待って!?。
「山嵐ですって、香澄おば様比企谷君は山嵐で私を投げたのですか。」
「へっ、嘘っ俺マジで山嵐を使ったんですか!?」
雪ノ下さんと俺は藤堂さんから告げられた言葉に同時に驚嘆の声を上げてしまった、いやだってねえ。
それに対して藤堂さんは静かにその首を縦に頷いて肯定する、まさか本当に俺は山嵐を決めたのかよ。
「と言うかどうして比企谷君が驚いているのよ。」
若干呆れた様な表情をしつつ雪ノ下さんが俺に突っ込むが、だって咄嗟に使ったのが山嵐だって言うんですからねぇ、まぁ小学生の頃に親父のコレクションから見つけて「帯をギュ○とね!」を読んで山嵐に興味を持って十平衛先生に色々教えてもらって、その後も個人的に練習はしてきたけどマジ使えたのかよ俺。
「いや、自分でも驚きますってそりゃあ、何せあの姿三四郎で有名な山嵐ですからね。」
因みに帯ギュを読んだ後に親父に教えてもらって知った勝○洋さん主演のドラマ版「姿三四郎」は中々に面白かったと付け加えておこう、機会があれば視聴する事をオススメする。
「ふ〜ん、まあ良いわ香澄おば様の言う通り君に対して迂闊にスキを晒す訳にはいかないって事は十分理解出来たわ、ふふふっそれじゃあ勝負の再開と行こうか比企谷君!」
「うす、そっすねそれじゃあ行きましょうか雪ノ下さん。」
ここからが俺にとってはこの闘いのある意味での真のスタートであり、且つ同時にクライマックスへの入口だな。
「………スッ、ハーッ……」
奇しくも示し合わせた訳でも無く俺と雪ノ下さんは互いに小さく呼吸をしながら小刻みに接近を試みる、きっと雪ノ下さんも遠間からの牽制とか考えずに近接戦でこの闘いの活路を得ようと決意しての事だろう。
「……ッ。」
ジリジリと二人して共に相手へとにじり寄るり遂には共に掴み合える程の距離へと到達すると、火のついた導火線が進み行き爆弾本体に吸込まれ弾ける様に。
「破ッ!破ッ!破ッ!」
「シャッ!ハッ!」
俺達の攻防戦が再開された、高速で繰り出される俺達の両手は互いを掴まんと或いは、打撃を加えようとビシバシと鈍い音と甲高い音を不規則に発しながらも決定打を叩き込む事の成功には至らず終いだ。
「じゃあコレでッ!」
しかしここで俺は十平衛先生に教わった左右両方の自然体の構えを適宜入れ替えつつ雪ノ下さんを翻弄すべく行動、また時にはその構えを解き少し離れた位置から打撃戦を仕掛ける素振りを見せたりと、相手側からすると
「なッ、しゃらくさいっ、ちょこまかちょこまかと!」
だがどうやらそれは案外と功を奏している様で雪ノ下さんは少し忌々しげな呟きを漏らす、俺に投技と言う攻めの選択肢が増えた事によって俺の出方を読むのが精神的にも困難になってるのかも知れない。
「そこだッ!」
「させない!」
右腕を大きく伸ばして雪ノ下さんの奥襟を掴もうとする俺に対し、逆にその腕を掴み反撃に出ようとする雪ノ下さんだがこれは実は目眩ましのフェイントで、俺は素早くその手を引き戻すと同時に体勢を変える。
「なっ!?」
体勢を低くして内懐へと飛び込み身体毎回転を加えながらの左拳を雪ノ下さんの横腹へと突き立てる。
肉を打つ感触が拳から伝わるのと、その打撃音が道場に響き渡るのに混じって雪ノ下さんの小さな呻き声がほぼ同時に伝わる、だがしかし俺は其処に微妙な違和感を感じていたがそれに構わずに次のステップに移るべく動く。
「ハァーッ!」
俺のリバーブローによって体勢を崩した様に見える雪ノ下さんを追って、撃壁背水掌を追撃として加えようと動いたのだが。
「甘いよッ!」
「なっ!?」
さっき感じた違和感の正体を俺は此処で知る事になった、それは雪ノ下さんは俺のリバーブローを受けながらも素早くそれを察知して、自らその身を逸らすことで威力を減衰させていた様だ。
全くこの人はどんだけの才能を持っているんだよ、これはもしかすると俺やロックや川崎、材木座やJrよりもワンランク上の実力を身に着けているんじゃ無いのか。
「破ぁーッ!」
撃壁背水掌を打つべく繰り出した俺の手を雪ノ下さんはブロッキングによって弾き飛ばし、俺に対して拳打による逆撃を放とうとする。
「クッ、させんッ!」
咄嗟に俺は声に出し防御をとろうするが、雪ノ下さんのブロッキングによって少し体勢を崩していた為反応が若干遅れてしまったのだが、しかし此処で今日の為に用意したゴム底の地下足袋がその力を発揮してくれた。
思いっきり振るわれる打ち下ろし気味の雪ノ下さんの左の拳打が俺の右のガードを強かに打ち据える、それはガード越しでも強烈な威力あ込められている事を嫌になるほどに俺に伝えて来た。
何なら今日俺と雪ノ下さん両者が放った中でも一番の威力があったんじゃないかって思える程だ、もし此れをまともに食らっていたら俺は今頃ダウンを奪われていただろうな確実に。
「ぐぅぇッ……」
咄嗟にガードと共にグッと脚の裏に力を込めるとギュッと道場の板張りにゴムが吸い付くような音が響き、衝撃を吸収してくれて何とか俺は雪ノ下さんの拳打を防御する事に成功出来て心の中でホッとひと息気分だ。
ひと息序に言っておくと、さっき口から“ぐぅぇッ”なんて情け無い声が漏れたのはどうかスルーしていただきたい。
おっと、それよりも。
俺に拳打を繰り出してきた雪ノ下さんだ、がガードに依ってそれを俺に防がれてしまった訳だが。
当然俺としては雪ノ下さんが次の攻撃を繰り出して来るんじゃないかとかなり削り取られたガード耐久値だが、それを承知で防御を固めていた。
しかし俺にとっては幸運な事だろうが何故か雪ノ下さんは直様に次の攻撃を俺に振るわなかった、時間にするとそれは一秒とか二秒とかその程度のごく短時間の事だったが、雪ノ下さんの攻撃が来ない事に違和感を覚えながらも俺は咄嗟にバックステップで雪ノ下さんから距離を取った、その間にも俺は脳内では高速で思考していた何故雪ノ下さんは俺に追撃を仕掛けなかったのかと。
「!?」
何故雪ノ下さんは来なかったのか、それは敢えてスキを見せて俺の打ち気を誘って迎撃するつもりだったのか、それとも溜めの必要な技を繰り出そうとしていたのか、或いは……。
そして彼我の距離は大凡1メートル強程、それはもう一歩踏み込めば互いの打撃が届くだろうって距離、その距離を保ちつつ俺は状況を確認すべく雪ノ下さんの様子を見やる。
「……っ。」
俺の眼前に立つ雪ノ下さんは、その雪ノ下さんの表情は一見すると平静を装っているが、微かだが何か痛みを抑え耐えている様に感じられる。
様な気がする、何せこれまでの雪ノ下さんの闘いっぷりからそれさえもが誘いの為の演技にも思える訳で、さて俺としては此れをどう捉え判断をするべきか。
「シゃーッ!」
まぁしゃあない、黙って考えていたって拉致が開かないし此処は積極的に動いて、動きながら雪ノ下さんの状態を確認しながら都度状況に対応しようと俺は雪ノ下さんに向かい前進する。
左構え自然体の体勢からこれまでの近接戦と同様にフェイントを交えながら攻撃を仕掛る、攻勢に出ながら同時に俺は雪ノ下さんの状態を確認する。
「ふッ!くぅッ……」
俺の攻勢に対して雪ノ下さんはガードやブロッキングを駆使して的確に対処をして来るし、そしてスキあらば当て身を取ろうともしている。
此れは流石は雪ノ下さんだなと言いたい所だがしかし、次第に雪ノ下さんの置かれた状況に対する俺の疑問は確信に限りなく近いモノにあると思われる。
「どうしたんすか雪ノ下ッ?さっき迄と比べてちょっとばかりスピードが落ちているんじゃないですかねッと!」
俺の動きに対する反応が一見すると気付かないかも知れないが、ごく僅かに遅れている事が解る。
なので俺は精神的に揺さぶりと挑発とを兼ねて先の言葉を投げかけたって訳なんだが。
「そんなのはッ、君の気のせいだよって言いたい処だけど仕合の開始から、ハッ……もうかなりの時間が過ぎてるからね、それなりに体力は消耗していても可怪しくはないってのッ、それは君だって同じでしょ!」
俺の攻勢を捌きながらそう言う雪ノ下さんたが、まぁ言っている事は確かに同意せざるを得ない部分もある、消耗しているのは俺だって同じだし何なら受けたダメージの総合値は俺の方が上だし。
「そりゃあそうっすねっ!」
けど、肉体的な耐久値なら多分俺の方が高い筈だしな、まだまだ十分に耐えられる筈だ多分……きっと、そうであって欲しいなぁ。
「けど、実戦経験なら雪ノ下さんよりも俺の方が上ですからね、まだまだ活けますよっ!」
そう言って俺はふと思い出していた。
去年の秋だったよな、あの場所であの人に出会ったのは。
ひと目見てヒシヒシと伝わって来たっけな、テリー兄ちゃんに勝るとも劣らない程の実力を秘めているって事が。
あの時のあの人とのリュウさんとの手合わせがある意味の俺の初めての実戦だったっけな。
あの時はリュウさんにほとんど完封負けって言っていい程俺は何もさせてもらえなくて、悔しさよりも世界の大きさってのを痛感させられたんだよな。
そして兄貴達以外にも目標とする人が出来て、更に自分を磨かなきゃなんて思ったんだよな柄にもなくな。
それから次はパオパオカフェでの川崎との対戦だったっけ、まさか自分の身近にあの極限流空手の使い手が居たってのも驚きだったけどそれが自分の同級生でしかも流派の中でも将来を嘱望されているってんだから驚きも一入だったよな。
ロックや材木座と同様に共に切磋琢磨できる相手が現れたんだ、その存在が俺を心身共に一段上に上げてくれたって確信を持って言える。
だからこそ俺は千葉村でジョーあんちゃんを相手に何とか食らいつく事が出来たんだ、そう言やあの時だったな。
“お前のその眼の良さは天性のものだな、比企谷の兄貴と姉貴に感謝しろよ”だったかな、あの時ジョーあんちゃんがそう言っれたのは。
そしてロバート師範との一戦だ、何故だかロバート師範は俺の事を気に入ってくれて、俺の力を見定めたいって言って手合わせをしてもらって。
試合の結果としては勝者扱いをしてもらったけど、あの仕合は実質的には明らかに俺の負けだった。
『でも、あの一戦で俺はッ!』
あの一戦で俺は更に経験を積んでもう一段階上に行けた筈だ、そうだそして。
この雪ノ下さんとの、この数分間の手合わせで確実に……。
「こちらの練度も上がっている!」
自らを鼓舞するように俺は雪ノ下さんに断言し、そう叫ぶ。
「私だってぇッ!」
雪ノ下さんもまた己に喝を入れる意味も込めてだろう、俺に負けじと叫ぶ。
この時俺は確信していた、それは雪ノ下さんもそれは同じだったと思うが、この一戦の終わりの時はもう間もなく訪れるだろうってな。