やはり伝説の餓狼達が俺の師匠なのは間違っているだろうか。   作:佐世保の中年ライダー

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お久しぶりです。
ようやく仕事の繁忙期が過ぎました。
これからもゆっくりのんびりの更新ですがよろしくお願いいたします。


九月の朝はこうして始まった。

 

 唐突だが、物語は前回から少しばかり時間を遡る。ってか物語はとか前回はとか果さて何の事やらと、ちと一考。まぁしかし、今は亡き西城◯樹さんもかつて歌っていたではないか『ときが未来に進むと誰が決めたんだ』とな。

 更に言うならば、時間という概念はそれを観測する人類と云う知的生命体が存在すればこそ、過去から現在そして未来へと一方通行の様に流れて行ってると認識されている訳である。しかしながら不完全な生命体である俺達人類の体感する処の時間の経過って事象、その総てを余す事無く感知出来ているのかと問われれば、それは否であると言わざるを得ないだろう。

 なれば人類が体感として感知できていないだけで、バイツァ・ダスト第三の爆弾よろしく時間の巻き戻り現象が起きている可能性も無きにしも非ずであると言えよう。おそらくは多くの人が体験した事があるだろうが、時として感じるデジャヴ、所謂既視感って感覚はその表れなのかも知れないのではないだろうか。

 

 「三十ぅ六……三十…七……三十ぅ九………四十……」

 

 連連と正当化の論理を並べ立ててみたが、取り敢えず現状を少し語るとしよう。

 早朝の過ごしやすい爽やかな環境の中、毎度のごとく鍛錬に励む。俺を師匠と慕ってくれている留美が、サキサキの監督の元腕立て伏せを行っている所だ。

 

 「ヨシ、良いよ留美。腕立てもだいぶ出来る様になったね。じゃあ、後十回頑張ろうか!」

 

 「はい……沙希師匠……四十一、四十ぅ二……」

 

 川崎が懸命に頑張る留美に優しく声を掛け腕立て伏せの回数を以前よりも増して出来る様になった事を褒め、その上でもう一踏ん張りを指示すると、疲れを感じさせる声音だが彼女の指示にしっかりと応えて留美が更に回数を重ねる。当初はほんの数回しか出来なかった留美が、これだけの回数をこなせる様になったんだから本当に大したものだ。

 それに俺だけではなく、留美は川崎の事もまた師として敬意を払っている事がその態度からもはっきりと分かる、その言葉を真摯に受け止めている。もしかすると留美は川崎の事を姉の様に思っているのだろうかと思われる。

 

 「うん。偉いね留美!」

 

 留美に優しい眼差しを向けて優しく褒めるその様は、紛れも無く千葉の姉のあるべき姿だ。流石は川崎、略して“さすかわ”俺も千葉の兄として、斯く在りたいものである。

 

 「るーちゃん、えらい!がんはれぇ〜!」

 

 姉の真似をしてニッコニコ笑顔でけーちゃんが留美を褒める。うっ、小さな天使がこの場に御降臨あそばされた!世俗の垢に塗れた俺の心が純白に染め上げられ浄化される。あぁ、この溢れ出てくる感情を何と例えようか…………

 

 「はじめの方に比べると、だいぶやる様になったな留美ちゃん。よぉし、俺も留美ちゃんに負けてられないな!」

 

 「大志はスクワット、あと百回だからね。」

 

 留美に触発されたんだろうか、スクワットに励んでいた大志がちょっとばかり兄貴風を吹かせて留美にいいとこ見せようとでも思ったんだろうが、それをサキサキに見透かされてさらなる課題を追加された。

 大志のやつは小町を狙っているフシがあるし、ぶっちゃけ言っていい気味だと木星帰りの男の様にせせら笑ってやろう。

 

 「え〜っ!?姉ちゃんスパルタ過ぎだよぉ!俺今受験生だよ、受験生ッ!」

 

 「あんたねぇ。そんな事は関係無いんだよ大志、普段からきちんと勉強をしていりゃ受験なんて乗り越えられるはずだよ。それにあんただって極限流の門下生なんだからね。後に続く者に根性見せてごらん!」

 

 ぼやく大志に川崎が喝を入れるのだが、その喝にも家族としての愛情が込められている事が俺にも解る。

 

 「もう、解ったよ!やるよ。やればいいんだろ!」

 

 やけっぱちな態度で大志は川崎に応えると、スクワットの回数を重ねていく。姉からの発破が大志に伝わったのか或いは単に大志がぶぅたれているだけなのか、その大志の態度からは俺には判断出来ないが、サキサキの顔に浮かんだ微笑を観るに彼女の想いはどうやら弟に伝わっている様だ。

 

 「くぅ〜っ、でも姉ちゃん。まだ早朝でしかももう九月だってのに、ちょっと暑すぎじゃねぇ?俺もう汗だくだよぉ!」

 

 しかし姉の指示に従いスクワットに励む大志のヤツが、今度は気候に対してグダグダと文句を言い出しはじめた。全く五月蝿い小僧だと言ってやりたい所だが、しかしこれに対しては甚だ不本意ではあるが俺も大志と同感である。九月も始まったと言うのに、この暑さにやられてしまい未だに熱中症に罹る人が後を絶たない状況である。殊に仕事やスポーツなど屋外で活動している人達など殊更であろう。

 

 「そりゃあんただけじゃ無くて、みんなそうだよ。ドリンクだって用意してあるんだから、適度に休憩と水分補給しながらガンバんなよ。」

 

 川崎の言や尤もである。此処で俺達が暑いと嘆いた所で、それによって気温が下がる訳でも過ごしやすくなる訳でも無いし、季節が一気にチェンジする訳でも無いと思われる。

 

 「わかった………」

 

 この長く続く異常な夏の気候。識者の間では、Co2の増加による地球の温暖化が原因だという説が多数を占めている様だが、実際は人間が年間に排出するCo2の量は微々たるものであると云う話だ。現状は世界各地にある火山やそれに連なる噴煙だとか地球自体が活動して排出するCo2の分量の方がはるかに多いらしい。その言によると、それらが実に全体量の九割近くを占めているのだそうだ。

 

 「留美も水分はしっかりと補給しながらやるんだよ。」

 

 「はい。沙希師匠!」

 

 て事はアレだな。まるで同調圧力の様に世界的規模で推し進められている、Co2削減運動なんて物が如何に滑稽で無意味な物であるのかと言う事が、其処に如実に現れているって事だ。

 且つ其処に付け加えるならば、一部の研究者の間では現在の温暖化は地球と言う惑星の活動のただのサイクルに過ぎず、逆に地球は今後は次第に寒冷化して行くって説もありそうだ。

 それが事実はどうか知らんけど、まぁ俺としては一部世間を騒がせた初夏の頃の今冬の温暖な気候の影響により不作となり、今夏はあまり市場に出回らなかった『梅』だとか、不況その他の要素により日本人特有の?恐怖心を煽られ買い占めに走る愚か者とか火事場泥棒の様に転売の為に買い漁る馬鹿達によって、すっかり売り場から見かけなくなってしまったか、あったとしてもべらぼうな価格が提示されている十キロ売りの『米』が、適正な価格で販売出来る体制が整えられるのならどうでもいいんだが、現況そうもいかんのだろうな。

 

 なんて、柄にも無く環境問題や食糧事情や経済状況に付いて考えてみた物の、農家でも無ければ環境保護団体に属している訳でも無ければ経産省の役人でも無い俺が、ソレに付いて理屈を捏ねた所で現状に変化が現れる訳でも無い、公に向けての何かしらの行動を起こしる訳でも無いからな。故にこんなものは垂れ流しの妄言だと思ってくれ。

 

 「やぁ〜、何だかんだと大志くんも沙希さんの言う事にはしっかり実行するあたり、やっぱり根が素直なんですね。それともお家の家事を預かる沙希さんには頭が上がらないんでしょうかね。」

 

 まぁ、俺は俺としてここは一つ俺らしい事を考えるとするか。

 

 「さぁ、どうなんだろうね。」

 

 小町と川崎の会話を何気なしに流し聞きしながら、俺はレッツストレッチング。

 

 「うちの兄も言ってましたよ沙希さんの料理の腕は確かだって。前に沙希さんに頂いたお弁当もすごく美味しかったし、沙希さんはきっと家庭的な良いお嫁さんになるだろうって!」

 

 俺の方をニマニマとしながら、小町がチラ見しつつ川崎に要らん事をバラしやがった。まったくコイツは雪乃や結衣やいろはの時といい今といい、そんなに俺の周りの女子にチョッカイを掛けて何がやりたいんだよ。此処で俺が何か反応しようものならソレこそ小町の思う壺だ。

 

 「そっ、そんな別に大した物を出したつもりは無いんどけどね。」

 

 BeCool、精神を冷静に保つ様に努めろ俺。こんな時はアレだ素数を数えるん……だってこのネタはもう擦られ過ぎてお腹いっぱいだ。そうだな、だったらここは俺らしく俺らしいネタを考えてやり過ごすべきだろう。うん、それが精神衛生的にもグッドだし、ブレンの扱い方としてもイエスだね。

 

 「ねっ、ねぇ、比企谷。」

 

 何やら俺のボッチ故に鍛えられた人感知センサーが視線を感じているがここは一つスルーを決め込む。さてどうするか。ヨシ、ここ最近のアニメや漫画事情でもひとつ。

 

 「ねえってば!」

 

 はて、何やら俺を呼ぶ声もする様ですが、あっしには関わり合いの無いこって。

 最近は身の回りのあらゆる物の物価が高騰してしまい、書籍一般までをが馬鹿高くなってしまってんだよな。親父が持ってる昔のジャ◯プコミックスなんて三百円代で買えたってのに、今じゃもう五百円代なんだからたまったもんじゃ無い。

 

 「あちゃぁ〜っ、駄目です沙希さん。うちのバカ兄ってば、焦りを隠す為に脳内一人遊びにふけっていて人の話をシャット・アウトしてますね。でしたらここは一つ小町にお任せあれです。」

 

 いや、ソレさえもがまだ安価な方だろうな。先に復刻されたマ◯ジンKC『特攻◯拓』の単行本なんて七百円代〜八百円代だったからな。

 まぁ、それでもちょっと金銭的に余裕があるなら買いだろうとは思うんだが。話は変わるがしかし俺的には『特攻「喰らえお兄ちゃん!花蝶ハリセン!!」

 

 「あべしっ!?」

 

 スパコーーン!と乾いた甲高い音を響くと同時に、俺の後頭部に衝撃が疾走る。股割りからの柔軟前屈運動を行っていた俺は、その衝撃に額を地面に叩き付ける事態を辛うじて避けられた。厚めのボール紙で作られている小町のハリセンで打たれた後頭部を擦りながら、俺は体勢を立て直して立ち上がり、加害者である憎き肉片、もとい小町に目を向けて抗議をくれてやる。

 

 「おいコラ小町、イキナリ何をするんだよお前は!今のダメージで幼稚園の頃のお遊戯発表会の演劇の記憶が消えちまっただろうが!」

 

 幼少期からボッチだった俺の数少ない思い出メモリーが、更に少なくなって隙間だらけのスカスカになってしまうだろう。流石にそんな隙間だらけになってしまっては笑うセール◯マン喪◯福造さんだろうと、俺のメモリー(こころ)の隙間を埋める事も能わないぞきっと!

 

 「何言ってんのさお兄ちゃん!さっきから沙希さんがお兄ちゃんの事呼んでるのに、しれっと聴こえないふりしてたんだから自業自得だよ。それに、どうせお兄ちゃんのお遊戯会の役なんて背景の樹の役で枝をユラユラ揺らしてたくらいでしょ!そんなん別に大した思い出でも無いじゃん。」

 

 小町は異議ありとばかりにビシッと右手人差し指を突き付け、俺の胸元をその指でツンツンとツッ突きながら論破を仕掛けてくる。それがまた実に正鵠を射ているのが何とももどかしく、上手い事反撃の狼煙も上げられそうに無く、湿気った様に燻ぶってしまう。

 

 「うぬっぅ……いや、てか何でお前がそんなお遊戯発表会の事知ってんだよ?あの頃ってまだお前三歳くらいだったよね?」

 

 勢いは失った物の一言くらいは言ってやらねばとは思うが、反撃の言葉が出て来ないのが何とも歯痒い。

 

 「ククク、お兄ちゃん語るに落ちるとはこの事だよ。自分から馬脚を現すなんて、とんだおマヌケさんだね。其処まで言えるって事は実際にはゴミィちゃんの記憶は無くなってないって事だよね!」

 

 「ぐぬぬ………」

 

 ニマニマと俺に勝ち誇る小町の表情が何とも俺の中のムカつき指数を爆上げしてくれるが、マジで言い返せない程的確に言葉の刃で抉り取ってくる。それは長年家族として共に過ごして来た気安さからであって決して他意がある訳では無い。そうだと思いたい。

 

 「ほらほらさっさと白状しなよお兄ちゃん!沙希さんの呼び掛けを無視してたのは、何か疚しい事か誤魔化したい事があったんだよね。だから現実逃避に何時ものお約束みたいに別の事考えてたんだよねぇ〜!」

 

 殴りたい(殴らんが)この笑顔。

 

 「……イヤ、別に俺はだな、そんな川崎の事とかは関係無く個人的な願望として叶う物なら『特攻の◯〜afterdecade』を所十◯先生の作画で読みたかったとか、考えてただけだからな!!」

 

 俺の激白にけーちゃん以外の女子陣から深々とした溜息が漏れた。解せぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 一通りの鍛錬のメニューをこなし終え、クールダウンの為のストレッチも終えた俺は持参したタオルで汗を拭う。そして何気なしに共に汗をかいた仲間達の様子を伺う。

 長年極限流空手の門下生として鍛錬を続けてきた川崎姉弟は、余裕を持った様子で俺同様にタオルで汗を拭っているし、本格的な修行こそ行っていないが不知火流の基礎を習っている小町も多少の余裕がある。

 

 「留美、どうだ大丈夫か?」

 

 しかし鍛錬を始めて一月に満たない留美はまだまだ基礎体力を付けている段階であり、俺達と比して体力的な余裕はまだ無い。

 

 「八幡師匠……うん。ちょっと疲れたけど平気。」

 

 「そうか。まぁ、基礎鍛錬の成果ってのは直ぐに出る物でも自覚出来る物でも無いからな。最初の内はそれがもどかしく感じるかもだけど、その辺はまぁ、焦らず気長に考えような。」

 

 浅く呼吸と繰り返し息を整えながら汗を拭う留美に俺はそう語り掛けたんだが、どうにも留美の様子が何時もと違う様に感じられる。

 

 「うん。」

 

 俺の言葉に留美はそう頷くが、何だがやはり今の留美には元気が無いように思える。何故だろうかと俺は溜息の様に息を吐く留美を見て思案する。思案し、俺は彼女との出会いを思い返してみる。

 留美達のクラスで一種の流行りの様に繰り返されていたと云う、誰かをターゲットに据えたシカトをすると云う行為。クラスに蔓延するソレを周囲の空気に流されるままに、留美もその空気に歩調を併せてしまったが為に加害者と被害者の二つの立場に身を置くこととなった。

 あの日俺達と出会い自らの行いを省みて、自らを変えていこうと決意した留美。許されざるをとも流されるままに傷つけてしまったかつての友人に真摯に謝罪する事をけついした彼女だったが、果たしてどうなる事だろうかな。

 

 「留美……以前の友達と仲なおり出来ないで、ギクシャクしたままいるのが怖いか?」

 

 俺は、身長差のある留美との目線の高さを埋める為に軽く膝を曲げて身を屈め、目線の高さを併せる。

 

 「八幡師匠………うん。」

 

 留美は己の罪ってやつを十分に理解しているし、反省もしている。その上で夏休みの登校日にもそのかつての友達に謝罪を行ったが、その友人から赦されてはいない。それは留美自身も覚悟はしていただろうが、いざ現実として突き付けられては心が萎びるのも致し方無した。

 人は感情に支配された生物と言っても過言では無いだろう。かつてその友人が首謀者達のターゲットになった時に留美は、その友人に手を差し伸べる事をしなかった。その時の報いが今の留美の身に降り掛かっているのだから、それはある意味では留美自身の自業自得と言える。

 

 「難しいところだよな。すまんな留美、俺はそれに対して何もしてやれないし、何かを言った所で気休めにもならない無責任な発言しか出来ないだろう。留美の問題は相手の感情次第だから、多分留美の望んだ結末を迎える可能性は低いだろう。」

 

 俺はわずか一月に満たない時間ではあるが、鶴見留美と云う少女と関わりを持ってしまった。それも積極的に自ら望んでまで行ったことだ。故に俺は留美に対して贔屓目を持って接している事を否定する事は出来ないだろう。昔の青春ドラマよろしく、俺が教師役やリーダー役を担ってしゃしゃり出て「過ぎた事を何時までも引きずらないで赦してやる事も大事だぞ」とか言って説得まがいな事など出来るだけの話術もカリスマも持ち合わせが無い。

 そうやって第三者が介入し、形だけその場で頷き握手を交わさせたとしても、その第三者がいない場所ではどうなる。そう言った状況もシミュレートしてみて、それが悪手でしか無いと容易に結論付けられよう。

 結果としては、却って留美とその友人達との関係を悪くするまであるだろう。

 

 「うん。それも覚悟してる。あんまりしつこいと却ってウザいと思われるし、その辺も。」

 

 俺の目を真っ直ぐ見据えて留美はそう返事を返してきた。その眼差しは彼女の決意の籠もった、小さくとも美しい物だ。

 

 「そうか。留美はすげえな。」

 

 兄貴達との出会いまで、全てを諦め友人なんてものの存在を諦めきっていた俺とは大違いだな。これだから俺は個人的に留美対して深く感情移入をしているんだろう。だったら俺は俺が、“してやれる”なんてのは烏滸がましいが彼女の道行きにちょっとした方向性を示してみよう。

 

 「なぁ留美。留美も今年の年末か来年始め辺りに極限流の道場がこっちに開設される事は知ってるよな。サカザキのご隠居が言ってたろ?」

 

 「……うん?」

 

 「それでだな。前にみんなで東京の極限流道場を訪ねた時に、留美は向こうの道場の同じ年代の娘達と仲良くなってただろう……それで俺からの提案なんだが。」

 

 「もしも、留美にその気があるのなら極限流の千葉道場に入門してみないか!?」

 

 たとえそれが、今はただの逃げ道でしかなかろうとも。

 

 「八幡師匠………師匠はもう私に格闘技教えるの嫌になった!?」

 

 俺の提案に留美がまるで捨てられた仔犬の様な不安気な表情で、そう問うてくる。くっ、そんな目をしないでくれ留美、俺にそんな気がある訳が無い。

 

 「いや!違うって、そんな事は無いぞ留美。そのだな、今日から新学期が始まるだろう。そうなると俺も放課後は部活やバイトがあるし今までの様に、頻繁には留美に修行を付けてやれなくなってしまうだろう。勿論、天候が悪い日や体調不良の時を除いては朝の鍛錬は此れ迄通りに続けていくが。」

 

 俺にとっては、お前はもう妹も同然なんだ。ここまで関わりがあるのにアッサリと切り捨てる真似が出来るはず無いだろう。

 

 「当然俺も、俺が兄貴達から教わった事を留美にも伝えたいと思っている。それは川崎も同じ思いだと思うぞ、なぁサキサキ。」

 

 先だっても語ったが、川崎もまた俺と近しい感情を持ち合わせている筈である、多分。

 

 「サキサキ言うな!まあそれはアタシも同じだけどね留美。」

 

 「て事だ留美。それでも俺が極限流道場への入門を勧めるのは、極限流空手の指導者の方々が人間的に信頼ができて立派な人達だからだってのもあるんだが、あの日の東京支部で留美が新しい友達が出来た様に、こっちでも同年代の切磋琢磨して高めあえる仲間が出来るかもって思ったからなんだ。遠く離れちゃいるけど、俺にもロックっ云う五分の兄弟でライバルって呼べるヤツがいるからな。これか俺の勝手な願いなんだが、留美にもそう言った存在を得て欲しいと思っているんだ。」

 

 「八幡師匠………」

 

 「それに当然極限流道場が千葉に開設されりゃ川崎もそこに所属する事になるだろうしな。そうだろ川崎サキサキさん!?」

 

 柄にもなく、俺は留美から向けられる信頼の眼差しが眩しくて誤魔化す様に矛先を川崎に向ける。

 

 「アンタはいい加減にっ!全くけど比企谷の言う通りだよ留美。アタシの方にもご隠居からそう要請が来てるしね、比企谷と同じでアタシも夕方はバイトばあるから毎日道場に詰めてるって訳にはいかないけど、可能な限りは通うつもりだよ。」

 

 怒った様に俺に文句をたれる川崎だが、彼女も俺の真意に気が付いた様で微苦笑を浮かべると、俺の言に同意してくれた。

 

 「だそうだ。なぁ留美、俺はこの夏休みの間お前が懸命に自分に出来る事を頑張ってきた姿を見ていた。だから、そんな留美に無責任に頑張れなんて言えない。だから俺はお前に辛ければ逃げても良いし、苦しければ立ち止まった休んだって良いっ言うよ。何だったら俺達とこうして鍛錬を続ける事が留美にとっての逃げ道的な位置づけであっても構わないって思ってもいる。だがまぁ留美は基本生真面目だからそんな風には思って無いだろうけどな。」

 

 「八幡師匠、沙希師匠。」

 

 留美が俺達の名を呼び小さな声でありがとうと呟き、ペコリと頭を下げた。留美の問題が今後どうなるのかは今は知り得ないが、それがどうか彼女にとってより善き方向に向かう事を願っておこう。

 




楽曲引用  ターンエーターン 西城秀樹
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