バディファイトif〜臥炎キョウヤに弟がいたら〜 作:楠木東弥
腹が減る。腹が減る。腹が減る。
脳内で響く、バディの欲求。
何かを食わせろと訴えるその声に、少年、イカヅチは頭がおかしくなりそうだった。
彼の腹は物理的に満たされている。
なのに際限なく、まるで喰ったものが即座に消化か消滅でもしているように、四六時中食欲に侵されている。
それも当然、バディの名は《大魍魎 ヤミゲドウ》。
世界を喰らう化け物の狂気に、一介の人間が耐えられるはずもない。
むしろ、未だイカヅチに理性と呼べるものが残っている方がおかしいと言える。
そして、いつからだろうか、日を追うごとにヤミゲドウの狂気に当てられ、イカヅチ自身の正気が蝕まれ始めたのは。
腹が減る。腹が減る。腹が減る。
その欲求がバディのものではなく、自分のものであると気付いたのはいつだろうか。
バディは一心同体とはよく言われる言葉だが、今の彼らほど一心となっている存在もいない。
これを異端と呼ぶ者もいる。
しかしそもそも、モンスターとはそういうものなのだ。
元より人間と思考も力もかけ離れた存在を、カードに押し込めてその力を封印しているだけ。
イカヅチとヤミゲドウはバディ契約などという生半可なもので結ばれてはいない。
もっと深く、根底から混ざり合っている。
もはや離れることなどできないし、イカヅチにその気はない。
さながら中島敦の”山月記”のように、イカヅチの内面は既に化け物となっていた。
◆◇◆◇
「あ?」
ふと、一人と一匹しかいない空間で、イカヅチは声を上げた。
威圧的な声質のせいでわかりにくいが、それに含まれるのはシンプルな疑問。
何が起きているのかわからない、という感情の吐露。
その理由を明かすにはまず、彼らが立つ場所と状況を説明せねばならない。
端的にいえば、そこは祠であり、遺跡だった。
世界を滅ぼす厄災が再び目覚めないようにと、レジェンドワールドにモンスターが現れる以前に角王たちが作ったもの。
つまるところ、イーターが封印されていた場所だ。
そして、イカヅチとヤミゲドウはイーターが発する邪気を感じでここまでやってきた。
ヤミゲドウの完全復活を果たすために、食欲以外に目覚めた唯一の欲。
「ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!!」
吠えた。
欲望は生きる目的にして、大敵だ。
満たされない欲など害でしかない。
故にイカヅチは怒り、その感情に呼応して四方八方に雷が飛び散る。
ヤミゲドウの哀しみが彼の裡に流れ込む。
――獣に堕ちる。
ヤミゲドウの感情の渦に呑まれながら、そんな事を思う。
イカヅチの背中から赤色の翼が生え、丁度祠の中心あたりまで飛び立ち、周囲の全てを破壊していく。
封印のために使ったのであろう札と魔法陣、イーターが眠っていた紫の繭の残骸、そして地面と壁。
視界に入るそれらを雷が砕いていき、祠が崩壊寸前となった頃。
イカヅチの常人離れした感覚が、自身に迫る異物を感知した。
直後、構えたイカヅチの掌に衝撃が走る。
――それによって、右腕が粉砕した。
「……あ?」
そんな呟きを置き去りに、真横方向に加えられたベクトルに従って壁に衝突する。
時間にして2秒に満たない間に、死に体となった少年の形をした異形の肉体。
混乱で一杯のイカヅチは把握できていないが、彼の右腕は悲惨な姿と化していた。
骨は粉砕され、血管は弾け飛び、筋肉は断裂し、神経は異常を吐き出し続けている。
それらをまとめて包んでいる皮膚は……人間の色をしていない。
「ハァァァッ!」
「ヤミゲドォッ!」
追撃を加えようと迫る何者かに対し、イカヅチはバディの名を叫ぶ。
突如、両者の間に一体のモンスターが現れた。
黒い全身に灰色の鎧を纏い、尾より百足を思わせる尻尾が幾重にも伸び、目と鼻が存在しない頭部を追撃者に向けている。
それこそは厄災の権化、それこそは邪神の片割れ、それこそが、《大魍魎 ヤミゲドウ》。
「チィィッ!キャスト、《開かずの間》!」
反射的に発動した防御魔法に、ヤミゲドウの爪が突き刺さった。
金属同士がぶつかり合ったような甲高い音が響き渡り、バリアにいくつもの穴を作る。
流石に割れはしなかったが、ヒビが入っておりこれ以上は耐えられないだろう。
「ハッ、こうも早くそちらからやってくるとはのぅ!好都合じゃ!」
故に地面を抉るほどの脚力でその場を離脱し、イカヅチとの会話を試みる。
対し彼らのアクションは、
「……誰だ、お前」
「我は《トイレの花子さん》。レジェンドワールドの守護者をしておる者じゃ」
「知らねぇな。興味もねぇ」
生やした赤い翼で花子さんと同じく宙に浮き、会話に応えた。
その理由は、壊れた右腕を再生する時間を稼ぐためだ。
ヤミゲドウの影響で人間のそれではなくなったイカヅチの肉体は、エンシェントワールドのモンスターのように再生が可能である。
ただ完全には同化出来ていないため、完治までに10分はかかる。
それを遠目に理解した花子さんは静かに背後の壁に近付き、
「フンッ!」
思い切り壁を蹴ってその姿を消した。
それはイカヅチの視覚での話であり、花子さんの視界には自身を見失っているイカヅチの姿がある。
このままいけば邪神の片割れを無傷で斃し、これからの被害を0に出来る。
そんな考えが花子さんの脳裏を駆けたと同時、
「GROOOAAA!!」
ヤミゲドウの六本の尻尾のうち、四本が叩き潰さんと殺到した。
絨毯爆撃のように迫るそれに対し、花子さんは自身のベクトルを無理矢理変更して地面に着地して構えを取る。
そのま再度地面を蹴って尻尾に迫り、思いっきり拳を振り抜いた。
凄まじい衝撃波が発生すると同時、尻尾の一本に大穴が開き、花子さんとイカヅチの視線が一瞬だけ交差する。
そして、ヤミゲドウは間髪開けず穴目掛けて爪の先端を打ち込んだ。
小さな体が勢い良く吹き飛ばされ、下肢と胴体が地面に埋まる。
「ぐっ、うぅぅぅぅぅぅ……!!」
白い服が裂け、ヘソの上あたりに爪が当たっている。
が、それ以上は花子さんが両腕で押さえているため進まない。
彼女はデンジャーワールドのモンスターと対等に殴り合えるだけの膂力を有しているが、それを発揮するのはあくまで少女の身体。
力を余す事なく放てるわけではなく、それがここにきて大きな枷となっている。
が、膂力だけが花子さんの武器ではない。
彼女もまた、”製作者”より武器を与えられている。
「GO……A」
最初に異変を感じたのは、ヤミゲドウ。
敵に向けて伸ばしている腕の先、爪に発生した違和感。
あらゆる攻撃を食らった事のあるヤミゲドウでも、過去に覚えのない感覚。
思考を共有しているイカヅチが花子さんに視線を向けると同時、違和感の正体はそのタネを明かす。
「GYUUUAAA ――!」
「なっ!?」
ヤミゲドウの爪を、捻じ切るという形で。
そのありえない光景に、イカヅチは目を疑った。
が、それは悪手。
自身を殺し得る脅威から目を背けたのは、そう言わざるを得ない。
「フンッ!」
死が、理不尽な力の権化が、容赦なく少年に振り落とされる。
親に虐待された過去が、封印石を壊そうとやってきた外の連中が、耳元で嫌らしく囁くドクロの姿が、走馬灯のように脳裏を駆ける。
「 ――羅ァァァァッ!!」
がむしゃらに伸ばした左腕が、花子さんに掴まれた。
捻れる。
花子さんが掴んだ所を中心に、イカヅチの腕が回転し始めた。
神経も、筋肉も、血管も、
2秒にも満たない間にイカヅチの腕は腕の役割を放棄し、宿主から離れ地面に落ちた。
だが、それが狙い。
左腕が消失した痛みを無理矢理意識外に追いやり、花子さんの首を掴む。
そして、もう一本の腕も無くなる前にバディに向けて叫んだ。
「俺ごと喰らえ!ヤミゲドウ!」
「GYAAAAOOOOO!!」
「ほぅ……!」
花子さんは内心感心しながら、イカヅチの腕を一瞬で捻じ切りその場から離脱した。
自身のスピードの前にはイカヅチとヤミゲドウも無力。
そう思考した脳に、予想外の声が浴びせられる。
「キャストォ!【
「ぐっ!?」
瞬間、未だ花子さんの首を掴んでいた手から黒紫の瘴気が溢れた。
それは花子さんの四肢に纏わり付き、身動きを取れなくする。
全身から力が抜けていく感覚に、そのまま地面に落ちた。
その魔法を発したのは、他ならぬイカヅチ。
やった事は側から見ると呆気ないが、花子さんには信じられなかった。
両腕を無くした状態で、一介の人間が魔法を使用したのだ。
それも、自身の腕を媒介させて。
魔力が篭った物やモンスターの一部を触媒に魔法を行使するのは、決して珍しくはない(世界樹といった”場所”自体が仲立ちをすることもある)
だが、多大な集中力を必要とするそれをイカヅチが補助もなくやりきったのは、花子さんの常識では測れなかった。
(……マズイの、百鬼魔導とやらは。身動きすら取れんか。これは死んだな、我)
身動きは取れず、話してなんとかなる相手ではない。
待つのは死あるのみだと、花子さんは瞬時に理解した。
(死ぬのはよい。じゃが、知らせねば。此奴らが敵であると、我は無様に敗れたと。伯爵に伝えねば)
身動きは取れないと言ったが、指ぐらいはかろうじて動く。
「コールじゃ、【メンジョーはかせ】」
「はいはーい。バディファイトを研究して100年、メンジョーはかせだぜ〜……ってマジか」
現れたのは白い髭に黒い髪とグラサンを携え、白衣を身に纏った若い男、メンジョーはかせ。
チグハグな印象を受けるその男は、いつものように軽い調子で花子さんに話しかけ、グラサンの奥の目を見開いた。
「はかせ、手短に言うぞ。我は死ぬ。地球に行け、助けを求めよ。此奴らがヤミゲドウとそのバディじゃ」
「りょーかい。いやしかし、別れってもんは呆気ないねぇ。20年のラストがこれって」
メンジョーはかせは魂だけの存在、現世の存在が触れる事は出来ない。
完全体のヤミゲドウなら喰えたが、それが出来ない今、メンジョーはかせが最も安全にドーン伯爵に情報を流せると判断した。
そして花子さんはヤミゲドウの腕に掴まれ、
「……後は頼むぞ、悠斗よ」
イーターの所有者の名を呟き、その腹に収まった。
これがこの日、レジェンドワールドに起きた悲劇、その全てである。
序盤あたりの描写がわかりにくかったかなぁ、と。
プロローグをある程度長くし、語りたい事を書くと冗長になってしまうしダレます。
何より言葉選びが終わってるのがなぁ。
文才欲しいけどなー俺もなー。
次回からは新章ですが、当然のようにストックはございません。
下手したら冬になるかもしれませんが、ダイナミックコロナ君に負けず花火大会、しよう!(したい)