「あー、おりむー、おはよ~!」
今日がバレンタインデーだということをロランツィーネ・ローランディフィルネィがチョコレートを貰う光景で思い出していた織斑一夏は、背後から聞こえて来た間延びした声に振り返った。
「ん、おお、のほほんさん。それにファニールとオニールも。おはよう、みんな。」
「あ……お兄ちゃん。」
「おはよう……。」
いつもの様にニコニコ笑う布仏本音が制服の余った袖を大きく振りながらこちらに向かってくるのを見つけ、さらにその少し後ろからファニール・コメットとオニール・コメットの双子姉妹が来るのを見つけた一夏は挨拶をしたが、コメット姉妹の声に普段の元気さがないことに気付いて首を傾げた。
「どうしたんだ、お前たち?珍しく元気がないな。」
「大丈夫、ちょっと寝不足でねむいだけだよ。実は、昨日一晩かかってもチョコレートが上手く作れなくて……。」
「私たち、カナダでは料理もお菓子つくりもしたことなかったから、慣れてないのよね。」
「そこで~!お菓子と言えばこの私~、布仏本音が相談にのってたわけなんだよ~。」
ぶんぶんと袖を振り回す本音がえっへんと胸を張り、それを見たコメット姉妹は頼もしそうな視線と笑顔を向ける。
「うん、よろしく頼むわね。」
「今日中に完成すれば、まだ間に合うもんね!」
「はいは~い!お菓子のことなら私にお任せ~!」
そんな3人の様子を見た一夏は、指導役が本音ということに少しだけ不安を感じはしたが、かといってそれを指摘する訳にもいかないのでその場は送り出すことにしたのだった。
「い、一夏!おはよう!」
「よう、おはよう、シャル。」
空いた時間にやろうと持って来た勉強道具などが入った荷物を置いておこうと生徒会室に向かっていた一夏に、まるで待ち伏せていたかのように前から歩いて来たシャルロット・デュノアが緊張した面持ちで挨拶をして来た。
「あ、あの、今日の午後って、少し時間ある?」
「ん?何か用事があるのか?」
「う、うん、ちょっとだけ、2人きりになりたいんだけど、ど、どうかな……?」
もじもじとしながら少しだけ上目遣い気味に一夏を見上げ、本人にその気はないだろうが腕で胸も寄せて上げながらのシャルロットの問いに、一夏は特に何も考えずに答えた。
「別にいいぞ。」
「ほ、本当!?やった!」
ぱぁ、っと笑顔になったシャルロットが飛び上がって喜ぶ。
「ふふ、先手必勝作戦、大成功!」
「先手必勝?何のことだ?」
「あっ、こ、こっちの話!あははは……。そ、それじゃあ午後に、約束ね!楽しみにしてるね!」
それだけ言って、シャルロットは小走りで一夏の元から去っていった。
一方その頃。1年1組の教室では、
「何!?早くもシャルロットが動いただと!?」
「一夏を尾行していたラウラからの情報よ、間違いないわ!」
「慎重なシャルロットさんの事ですから、まだ行動には出ないと思っていましたのに……!」
「完全に、裏をかかれた……!」
「くうっ、『抜け駆け禁止同盟』にシャルロットを抱き込むのが遅れたのが痛かったわね。」
「ああ、我々の目的はただひとつ、『一夏と2人きりの状況でチョコを渡す』こと!」
「そのためにはお互い協力を惜しまず、各人のベストなタイミングを計るためにこうして集まった訳だけど……。」
「早くも状況が変わってしまいましたわね。」
「でも、バレンタインは始まったばかり……まだ焦る段階じゃ、ない……!」
「そうだな、急いては事を仕損じるやもしれん。」
「とにかく今は状況把握が重要ね!ラウラ!引き続きそちらの状況報告を!」
ISのプライベートチャンネルにそう呼びかける。しかし、返事はなかった。
「……あれ、ラウラ?ちょっと、応答しなさいよ!?ラウラ!?ラウラ!?」
「これは、まさか――!?」
「フッ、私が目指すのは確固たる己の完全勝利のみ……。故に、戦略的抜け駆けをさせてもらうぞ!悪く思うな!」
ラウラ・ボーデヴィッヒは廊下で不敵に笑う。ラウラが抜け駆け禁止同盟に参加したのは他でもない、斥候として一夏の監視に着くと言って1人だけ近付きながら、他の面々を遠ざけるためだ。
あとは会う約束を取り付けロマンチックにチョコレートを渡してあわよくばそのまま――。
「よう、ラウラ。おはよう。」
思考に耽るラウラに、生徒会室に荷物を置いて出てきた一夏が声を掛ける。
「う、うむ、おはよう。ええと、その……なんだ……。」
突然声を掛けられたラウラがどうにか外面を取り繕い挨拶を交わすが、一晩考え抜いた誘い文句の言葉が出て来ずに言葉を詰まらせる。
「ん?どうしたんだ?」
「よ、嫁よ!今日が何の日か知っているか!」
「バレンタインデーだろ?」
「うむ、その通りだ!だから、その……私は……。」
もじもじと俯いていたラウラだが、意を決して一夏の方へ1歩踏み出し、ビシッとその顔を指差した。
「こ、今夜、お前の部屋に行く!良いな!心して待っていろ!」
それだけ言ってラウラは顔を赤らめながら走り去っていった。
その後ろ姿を見つめながら、一夏は1人首を傾げていた。
「いつも勝手に俺の部屋に入って来てるのに、なんで今日は言ってきたんだ?」
一般的に夜這いの宣言なのだが、日常的に部屋に来ては全裸で寝ていく困った少女の乙女心は、鈍感な少年には理解できなかった。
一方その頃。1年1組の教室では、
「超小型偵察機からのデータによると、既にラウラも動いた模様……。」
「そんなもの、いつの間に用意していたのだ?」
「今日は決戦日だから……念には念を入れた。」
「ちぃっ、斥候するだなんて言い出したのは1人だけ抜け駆けするためだったのね!もう悠長にしてらんないわ!あたしも勝手にやらせてもらうわよ!」
「そうですわね。所詮、恋とは孤独な戦いですもの!」
「ここからは、自分との戦い……!」
凰鈴音が立ち上がり、セシリア・オルコットが続き、更識簪が燃える。
「う、うむ……そうだな……。」
1人、篠ノ之箒だけが沈んだ顔をしていた。
「…………。」
そんな箒を、目を金色に輝かせたセシリアが見つめていた。
「(困ったな……私だけではどうにも照れくさいから、誰かと一緒ならば自然に一夏を誘えると思ったのだが……。)」
この頃、より活発になってきた
「(同盟は決裂……一体どうすれば……ん?)」
少しだけ歪んでいるらしいロッカーを閉めたその時、箒はふと横で一緒に着替えていたヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーが手に持っている包みが目に入った。
「やっぱり、恥ずかしい……一体どうやって渡したらいいのか……で、でも、せっかくの手作りチョコ、一夏に食べて欲しい……ああっ、でもっ、でもっ!」
「ヴィシュヌ、それはもしや一夏へのチョコレートか?」
「ええっ!?な、なぜそれを!?」
「いや、思いっきり口に出ていたが……。」
箒がそう指摘するとヴィシュヌは顔を赤く染め、うぅ、と恥ずかしそうに呻いた。
その自分にはない可愛らしい姿に僅かにダメージを受けながら、箒はヴィシュヌの手を取った。
「それよりヴィシュヌ、相談がある!ここに、新たな同盟を結びたい!」
「え?」
目を丸くするヴィシュヌを、箒は真剣な眼差しで見つめていた。
その様子を、同じくISスーツに着替えていた天羽飛鳥がとても漢らしい考えで見ていた。
「レクイちゃんはああなっちゃダメだからね。」
「?うん、わかった!」
そんな2人を差して、飛鳥は横でおいしそうに飛鳥の作ったチョコレートを食べるレクイ・コンベにそう言ったのだった。