「お、重い……チョコってこんなに重かったのか……。」
IS学園に在籍する約360人の女子生徒。そのほぼ全員から30分ほどかけて渡されたチョコレートの山が入った大きな段ボール箱を抱えた織斑一夏は、昼食を食べるためにふらつきそうになりながらも食堂へと向かっていた。
バレンタインにチョコを貰うこと事態は今までもあったが、明らかに桁が違う今年のバレンタインチョコの量に食べる前から口の中が甘いやら苦いやらの錯覚を感じている一夏は、一刻も早くそれを拭いとるために頭の中で食べたい料理を思い浮かべながら廊下を歩く。
「今日はあんまりガッツリしたもの、食べたくないな……蕎麦にするか。」
何とか食堂まで辿り着いた一夏はまず段ボール箱を人が疎らに散らばっている食堂の席の1つに置き、軽く肩を回してから蕎麦を注文しに行った。
それを横目に確認した天羽飛鳥は、横に置いていた紙袋から包みを1つ取り出すと置かれた段ボール箱のチョコの山の上にそっと乗せ、カレーライスを食べ終わったレクイ・コンベの手を引きながら食堂を後にした。
「ママ、チョコ、直接渡さないの?」
飛鳥の手を握るレクイが飛鳥を見上げながらそう聞いた。
「チョコを貰うのに疲れてるみたいだったからなぁ。面と向かって渡すなら夜まで待たないと、多分嫌な思いさせるだけだよ。それはそれとして渡してくれたことに感謝はするだろうけど。」
30分もの間チョコを渡され続けるという状況に訓練とは別の疲れを感じている今の一夏は、チョコを渡されてもただ食傷するだけだ。渡してくれたことに感謝はするし嬉しいとも思うが、そんな人に面と向かってチョコを渡そうなんて飛鳥は思わない。
何せ、飛鳥が渡すのは先ほどまで一夏が貰っていた本命チョコとは違う、義理チョコ――男の友達に向けてのチョコなのだから。
「友達に嫌なことはするもんじゃないよ。」
『せっかく作ったから渡したけど、来年からは作らないでおこう』と考えながら、飛鳥は葉加瀬なのはと篠ノ之束のいる整備室に赴くのだった。
『ちなみにこの後、本来なら束さんが無人機を差し向けて来るんだけど、今はボクと一緒に缶詰状態だからそんな事件起こらないよ。』
『だからバレンタインイベントは夜のチョコパーティーで終わります。』
『それまで特に何もないからカットするよー。』
『というわけで、ロラン主催のチョコパーティーです。どうぞ!』
「チョコレート・スイーツ・パーティーへようこそ!さあみんな、思う存分堪能してくれたまえ!」
IS学園の制服ではなく、カジュアルな私服姿で出迎えたロランツィーネ・ローランディフィルネィの宣言と共に、チョコレート・スイーツ・パーティーが始まった。
「わあ~!お菓子がたくさんあるよ!」
「どれも綺麗で、美味しそうね!」
「凄いな、これ全部ロランが作ったのか?」
学園側に許可を貰い、食堂を借りて開催されたこのパーティーで用意されたチョコレートスイーツは全てロランによって作られたものだ。テーブルを埋め尽くす数々の輝いて見えるスイーツたちは、まるで本職の職人が手掛けたかのような物ばかり。
「ほんと、ロランのスイーツ作りの腕前ってパティシエ並よね!」
「んふふ、チョコレート、いっぱい……♪」
「わーい、どれから~、食べようかな~?」
今までも時々ロランからスイーツを振る舞われている代表候補生たちはどれだけ美味しいのか心を躍らせながらスイーツの写真を取りながら見て回り、好みの物を見つけては皿に取っていく。
「ふふふ、箒!君には特別に私の愛情をたっぷりと込めた、このロランツィーネ・チョコレートを贈ろう!」
「そ、そうか……。あ、ありがとう……。」
そんな中で特別なチョコを振る舞うロランとその愛情たっぷりという謳い文句に困っている篠ノ之箒を横目に、一夏は見たこともないスイーツが多いこの場で目移りしていた。
「うーん、こんなに種類があっちゃ、どれから食べようか迷っちまうな……。」
「あっ、ちょっと待って!一夏、先に食べて欲しいものがあるんだけどっ……!」
「え?」
僅かに頬を赤くしながら、凰鈴音が目移りしている一夏を呼び止めてポケットから綺麗な包みを手渡した。
「午後は結局飛鳥への友チョコ作りに忙しくて渡しそびれちゃったから、今渡すわ。はい一夏、あげる。」
「ああ!鈴さん、ズルイですわ!それでしたらわたくしも!一夏さん!こちら、差し上げますわ!」
「あれ?ここでチョコ渡しちゃう流れ?それならアタシも乗っかるわ!ふふん、チョコレート欲しい?そ~んなにアタシのが欲しいんなら、恵んであげるわ!」
「…………。……今日は、チョコレートを贈る日だそうね。あ、あなたには、世話になっているし……渡しておくわ。」
「あ、あの、クーも……クーもね……。あ、あの、あの……これ、チョコレート……。く、クーのじゃないよ、あの、えっと……ルーちゃんから!」
「うふふ、この流れじゃあ、おねーさんも渡さないわけにはいかないわね。はい、チョコレートよ。もちろんバレンタインの。本命かどうかは秘密ね?」
「わ、私だって……!こ、これっ!受け取って……ください!チョコマフィン、作ったの……!」
「おにーちゃん!わたしたちのチョコレート、受け取ってね!」
「アイドルの手作りチョコよ!せいぜい堪能しなさい!」
一瞬にして積み上がる専用機持ちたちからのチョコに困ったように笑いながら、一夏は感謝の気持ちを口にする。
「ありがとう、みんな。これで当分、糖分には困らないな!」
「「「………………。」」」
「ふふっ、一夏、それ面白い……!」
若干1名にのみ刺さるおやじギャグは、周りの生徒たちの喧騒によって流され、何もなかったものとして扱われるのだった。
IS学園の校舎内に数ある整備室の内の1室に女性の声が響き渡る。
「いっえーーーい!終わったー!なーちゃんおやすみ。」
両手を掲げ喜びの声を上げた束はそう言い残してばたりと倒れ、寝息を立て始めた。
「うん、おやすみ。」
そんな師匠に挨拶をしてから、なのはは組み上がった『それ』を撫でた。
バレンタイン翌日の午前4時頃。土日の休日を使っての泊まり込みの追い込み作業は終わり、製作に2ヶ月ほどかかった量子型演算処理システムはついに完成した。
「あとは、これをクアンタに載せるだけ……ふあぁ~……ねむい。」
最後の仕上げを考えようとしたなのはは欠伸を1つすると、靄の掛かり出した思考を振り払わず、寝息を立てる束の元に行ってその隣で横になった。
「起きたら、やらなきゃ……。」
束の胸元に顔を埋めたなのはは、そのまま寝息を立て始めた。
『よーし完成!あとは載せるだけー。』
『長く苦しい戦いだったね。』
『このゲームが人気ない理由、9割これだからねぇ。バトル以外大体ミニゲームさせられるっていう。しかも数ヶ月。』
『もちろん企業の支援があれば短くなるけど、
『前にGガン系列の機体作ってデビルガンダムが敵になった時は笑ったよね……。』
『技術力おかしいんだよなぁ……。』
土曜日と違い、今のIS学園でも日曜日は訓練のない完全な休日になっている。もちろん
街に遊びに出る者もいるし、寮の自室でだらける者もいる。中には休日だというのに訓練をする者もいるが、飛鳥はそのどれでもない。
人が多くて頭が痛くなるから街には用がない限りあまり出ないし、寮の自室で遊ぶには相手が居ないと燃えないし、訓練もほぼ必要ないので約束でもないとやらない。
自然豊かな場所にならぜひとも行きたいが、人工島にあるIS学園近郊にそんな場所はない。見える範囲では海しかない。モノレールで本島に移動しても街中なので気乗りしない。
別に量子ジャンプで旅に出てもいいのだが、わざわざそれをしてどこかに行きたいかと言われれば違うのでやらない。
なので飛鳥の休日の過ごし方は、基本なのはか束の世話である。今ではここにレクイも加わり、3人の世話をするのが日課だ。
「あーあ、工房で寝ちゃってるよ。」
レクイを連れてなのはの工房までやってきた飛鳥は、そこで眠っている束となのはを見て苦笑する。
「胸に顔埋めちゃってまぁ。」
束の大きな胸に顔を埋め、珍しく爆睡しているなのはを見て苦笑からその顔を暖かい眼差しに変えた飛鳥は、まだレクイがエネミーコアだった頃に自分が工房に持ち込んだタオルケットを2人にかけると、そのままレクイを連れて工房を後にした。
『いや起こしてよ。』
『百合の間に挟まるのはNG。』
『師弟愛じゃい!』
『後で私のキャラにもやって。』
『ふかふかが足りないからヤダ。』
『は?』