織斑一夏にとってヴァッシュと出会った時のことをよく覚えている訳ではない。
だがヴァッシュは幼かった一夏の面倒をよく見てくれていた。
そのためか物心ついたときには一夏とヴァッシュの仲はとても良かった。姉である千冬が嫉妬してしまうぐらいに。
ヴァッシュの傷の意味を知ると涙を流し自分の事のように泣いてしまった。そして自分がヴァッシュを守ると、今思えば顔が真っ赤になるようなセリフを堂々と言った時はヴァッシュは嬉しそうな申し訳ないような表情をしていたのは今でも覚えている。
だけど結局一夏は、ヴァッシュに守られてしまった。
あの時の事件の事を思い出すと一夏は悔しさと悲しさがこみ上げてくるのだ。
そしてこの事件以来、一夏は力を欲するようになる。そしてそのために必死の努力を行なってきた。
ヴァッシュの背中を守る事ができる程に強く、強く――――――――
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「……くん。織斑一夏くんっ」
「は、はいっ!?」
つい物思いにふけっていたら副担任の山田真耶先生が名前をよんだのでつい声が裏返ってしまった。そのせいでクラスの女子がくすくすと笑ってしまっている。くっそ恥ずかしい。こんな時にヴァッシュのことを思い出すなんてなぁ。一体あいつどこにいるんだろうか?
織斑一夏。世界でただひとりの男性IS操縦者である。
藍越学園を受験するはずがなんの因果かIS学園に入学することになったのだ。
最初はもちろん戸惑った。まさか自分が女性にしか動かせないISを動かせたなんて思考の中にあるはずがない。しかしそれが現実だという実感が出てくると同時にある感情が芽生えたのだ。
自分が長い間欲し続けてきた“力”を手にしたことに対する喜びが。
今でも思い出す。あの時の感情。
ヴァッシュが傷つく原因となった自分への怒り。
ボロボロになってなお自分を心配し、不安にさせまいと笑うヴァッシュにたいする悲しみ。
俺が強ければヴァッシュは旅立たなかったのにと自分に対する悔しさ。
でもあの時よりずっと俺は強くなった。習っていた剣道を家計を助けるためにバイトをするためやめたあとも暇を見つけてはこっそりと木刀を振るい続けた。朝は誰よりも早く起きてはランニングなどの運動を行なった。そのためか体は同級生と比べるとかなりたくましい体つきをしていた。
それでも足りない。そう感じていた一夏にIS学院入学はまさに自分が望むことだったのだ。
こうして一夏は喜んで入学した。が周りの環境的に早くも後悔していた。
(これは……想像以上にきつい……)
クラスに男子が俺一人がこんなにも辛いことだなんて。今までは力への切符を手にしたことによる感情しかなかったが、よく考えればすぐ分かることだ。世界にただ一人しか男性操縦者は居ないのだからほかはすべて女性に決まっている。そしたら俺に視線が集まることは当たり前のことだ。上野動物園のパンダの気持ちがわかる気がする。ストレスがマッハで死にそうだ。
「あ、あの〜、織斑くん。自己紹介君の番だからお願いしてもいいかな? だ、ダメかな?」
あれ、いつの間にか山田先生が涙目でペコペコ頭を俺に下げている。あー……自己紹介かー。
俺は自己紹介しますからそんなに謝らないでくださいと言って立ち上がる。と同時にものすごい注目を浴びてしまった。やめてそんなに見ないでお願いお腹痛くなる。
「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」
礼をして頭を上げると皆さんまだ何か期待した目でこっちを見ている。だからそんなに見つめないでホント胃に穴空いちゃいそう。さっさと終わらせるぞ。
「以上です」
数人ずっこけたがそんなことは知らん。こっちにも限界というものがあるのだ。
といきなり頭を叩かれた。なんとも気持ちいいほどの音だったが食らった俺にしてみればたまったもんじゃない
「いっーーー!?」
後ろを振り向けば仁王立ちで立っている千冬姉。
「げぇっ、関羽!?」
またパァンと叩かれた。ほんといい音出すよ千冬姉。すんごい痛いしね。慣れてらっしゃいますねホント。
「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」
千冬姉が何か言っているがあまりの痛さに耳に入ってこない。
そこからはクラスは大いに湧いた。あの千冬姉は有名人だったらしくクラスの女子はキャーキャーと黄色い声が上がるほどだった。その声に本気で鬱陶しそうにしている千冬姉。千冬姉ってなんの仕事してるか知らなかったんだけどこの様子を見る限り多分そういうことなのだろう。
クラスが落ち着いたという時にさっさと席についた俺。その時のやり取りで姉弟だとバレて女子がヒソヒソと会話してるがあまり気にしなかった。
「さて、いきなりだが君たちに紹介する者がいる」
「え? 織斑先生。そんな話は聞いてませんが……?」
「つい先ほど決定したのだ……全くあのばかものが」
最後の方はよく聞き取れなかったが何かいらついているようだ。あ〜あ〜山田先生がそれを見て何か粗相をしたのかと涙目じゃないか……。
「そのことはあとで話すとして……入れ」
ガラガラと開いたドアから入ってきた人物に教室はしんと静かになった。
真っ赤なコート、ツンツンした金髪、丸いサングラスとあまりにも目立つ風貌だったのもその要因なのだろうだが最も教室を静かにした理由はその人物が男だったからだ。
一体何者なのかと事情を知らぬものは考えたがいきなりガタンと言う音がしたため一斉に音の発生源を見ると。
一夏が席から立ち上がっていた。さっきの音は立ち上がった弾みで椅子が倒れたためだろう。
その立ち上がった一夏は信じられないといった驚きの表情をしていた。あまりに驚いたのか口をぽかんとあけ、目は飛び出るぐらいに見開かれている。その目には、彼だけを写していた。
「ほら、さっさと自己紹介をしろ」
「あ〜、え〜っと、ヴァッシュ・ザ・スタンピードといいます。ここで管理人? 用務員……だっけ? 僕自身あんまりよくわからないけどこれからよろしくね〜……」
「……もうちょっとちゃんとした自己紹介ができんのかお前らは」
「……あはは……。……あ」
そこでヴァッシュは学校で唯一の男子生徒を見つけた。ヴァッシュにとって忘れることはない自分を慕ってくれた弟のような存在。
「や、やあ、一夏。久しぶりだねぇ……何年振りかな?」
ははは……と笑う男に一夏はただ声も出さずに見ていたが、いきなりそいつのとこまで走り出してその勢いのまま
「ヴァッシュウウウウウウ!!!!」
「ぐはあああああ!!??」
顔面を思いっきり殴り飛ばしたのだ。殴られたヴァッシュと呼ばれた男は殴られた勢いで壁に激突してしまった。
「きゃああああ!?」
「お、織斑くん!?」
「一夏!?」
生徒たちはいきなりの暴力ざたフリーズしていたが頭が追いついたのか唐突に驚き叫んだ。
「お、お、織斑くん!? 一体、な、何、を!?」
あまりの出来事に驚きながらも一夏を抑えようとする山田先生。だがその制止を無視してヴァッシュに詰め寄る一夏。その表情は怒り一色に染め上がっていた。
「ヴァッシュ……てめぇ!」
「落ち着け馬鹿者」
「っ!!」
そのままつかみかかろうとする一夏を制する千冬。だが興奮している一夏は千冬に詰め寄った。
「千冬姉! 何でとめんだ! こいつは、ヴァッシュは!」
「いい加減にしろ一夏。そういうことは後にしろ。……それと織斑先生だ」
「っ…………わ、かりました。ち……織斑先生」
それでも納得いかないという顔をしながらも渋々と席についた一夏。殴られたヴァッシュは赤く腫れた頬を抑えながらただ一夏を見ていた。そんな二人を厳しい目で見る千冬と未だオロオロする山田先生。周りの生徒は先程の出来事のせいで一夏とヴァッシュを不安そうに見ていた。
そんな中彼らを見る目が違う少女が二人いた。
一人は篠ノ之 箒。一夏の幼馴染だ。彼女は一夏とヴァッシュの仲を知っていたため、一体二人の間に何があったのか、と二人を見ていた。
もう一人はセシリア オルコット。イギリスの代表候補生だ。彼女は二人をなんだか見下したように見ていた。特にヴァッシュを見る目は一夏を見る目よりひどい。
最初の授業は不穏な空気の中進んでいったのだった。