あと、題名ですが、一応『品内富士見との関係 鱗飛龍の場合』って書いてます。
「初めまして、僕の名前は品内富士見です。日本から来ました。よろしく」
日本人の癖にえらく中国語が達者な奴。俺、鱗飛龍がアイツに──品内富士見に感じた最初の印象はそんな感じだった。本人曰く、『めっちゃ勉強した』らしいが、それにしたってまぁ随分と達者に喋るもんだと、ほとほと感心してたのを覚えてる。
「なぁフジミ、これどうやってとくんだ?」
「え?あぁ、それはこうすれば……」
「フジミー、外でサッカーやろうぜ!」
「おう、後でなー」
アイツはすごい奴だった。勉強もできるし、運動でも誰にも負けない。運動はともかく、勉強に関しちゃ俺もそこそこ自信あったんだけど、アイツにはきっと勝てないと思うね。そんなアイツだからこそ、周りには人が沢山いたと思う。『よくわかんない奴』から、『外の国から来たできる奴』に、俺達の印象が変化するのにも、あんまり時間はかからなかったと思うな。
そんな富士見と、俺が友達になったのは、ほんの些細な、親の都合が原因だったりする。
「……引っ越し?」
「あぁ、日本にな」
父さんから告げられたその一言は、俺を驚かせるには十分すぎるくらいの衝撃を持っていた。引っ越し。しかもまだ、行ったこともない別の国へ。
「……いきなりで驚いたとは思うが、わかってくれ。上からの命令で、日本に新しく建てる支店を任されることになった。
「でも貴方、いきなりそんなこと言われたって……手続きだって色々あるでしょう。すぐに日本に、と言うわけにはいかないわ」
「安心しろ。もちろんすぐに、ってわけじゃあない。私にだって残している仕事がいくつかある。その引き継ぎだって済ませなければいけないし、私にしかできない仕事もある。それを踏まえて五ヶ月ほど時間を貰えてな。それまでに準備を済ませればいい」
母さんの言葉を予想していたかのように、父さんは答える。
「それに、転勤とは言え支店を任されることになったんだ。言わば昇格だ。給料も上がる。日本にいくってのは、私も流石に不安だが、そこに目を瞑れば良い話だとは思わないか?」
「そうねぇ…でも、飛龍の学校はどうするの?」
「ちゃんと用意するさ。……飛龍も、それでいいか?」
父さんは俺に話しかけてきた。正直な話を言えば、俺は嫌だった。日本なんて行ったことないし、友達と離ればなれになるのは寂しい。でも──
「うん」
言えなかった。子供心に、って奴なのかな。父さんと母さんに迷惑をかけたくない、そう思ってしまった俺は、
「わかった。俺もそれで良いよ」
そう、答えてしまったのだ。
「日本について色々教えてくれ」
日本にいくことが決定になって、俺がまず最初にすることは日本について知ること、そして、日本語が話せるようになることだった。幸運なことに、俺のクラスには日本から来た男、フジミがいる。コイツに頼れば日本について知るのは簡単だろう。
「あー、えっと……鱗、だったよな。鱗飛龍」
「応」
「日本について知りたい、か。そういや最近皆に言われるな。同じ感じで、日本で流行ってるものについてとか、話せば良いかい?」
「いや、そうじゃない。実は……」
俺は、フジミに引っ越しのことについて話した。
「成る程、日本にね……そりゃまた災難なこった。どうやら、日本だろうが中国だろうが、親が身勝手なのは変わらないらしいな」
「フジミも親の都合なのか?」
「そんなところだ。一応納得はしてるがな」
そう言えば、フジミが中国にきた理由を聞いたことはなかった。本人が話を誤魔化してたってのもあるが、俺たち自身があまり興味がなかったのが一番の理由だけど。
「日本についてか…まぁ詳しいことは教えてやれないぞ?さっき言った、日本で流行ってるものの他なら……えーと、文化とか、作法とか」
「それでも良い。あと、日本語も教えてくれると助かる」
「OK日本語もね。了解した。ただ、俺習い事やっててさ、その合間合間でいいか?あと、日本語も簡単なのが限度だ」
「わかった。頼む」
「OK頼まれた。よろしく頼むぜ早速明日からだ。住所渡しとくからここ来てくれ」
そう言ってフジミはメモ帳に、サラサラと鉛筆で何処かの住所を書いて俺に渡し、そのまま家に帰った。
「詰めが甘いッ!」
「ガフッ!?」
一体何が起きているんだか、俺は理解ができなかった。俺は昨日のメモに書かれた住所──フジミの家についた。着いた筈、なのに、そこではフジミが、謎の老人にボコボコにされていた。どういうことだこれ。なんでこんなことになってんだ。日本について教えてくれる雰囲気じゃないぞこれ。
「さっさと起きよ。……やはりタカヒトと比べれば張り合いはないな……才能は認めてやってもいいが」
「
「フ……フジミ!?」
「ん?お、鱗じゃん。やっほー。そっか、そうだったな」
謎の老人と軽口を交わしたあと、俺の方に気づいたフジミ。どうやら日本について教えてくれることを忘れていたらしい。
「む、
「クラスメートです。なんでも近々、日本に引っ越すんだそうで、日本について色々教える約束してたんですよ」
「えっ、ちょフジミお前人の──」
「ほう、約束と来たか。然らば仕方あるまい。そちらを優先して構わん」
お前人の家の事情をそう簡単に喋ってんなよ!とツッコミを入れようとしたが、さっきの謎の老人に口を挟まれ、言えずのままにフジミがやってきた。
「お前、人の家の事情を……!」
「言わねぇで説得もなにもできねぇだろう。勝手に言ったのは悪かったが、老師にバレんのは必要経費だ」
そう言うとフジミは家の中に入り、親に
「ほんじゃ早速始めるが、まずは文字と挨拶から行こうか。話すにしたって何にしたって、それができなきゃ始まらん」
「も、文字?」
「おう、日本語は基本的には『ア段』から『オ段』までの五つの口の形に『ア行』から『ワ行』までの十の子音が組み合わされる五十音の文字の塊みたいなもんだ。濁音半濁音、半音も加えりゃもっと数は増えるが、まずはこの五十音、形と読みから覚えてくれ」
「え、ちょ、ちょっと待ってくれ」
いきなり訳のわからん言葉の羅列を広げられ気が動転した俺の制止を聞くそぶりも見せず、フジミは鞄の中から何やら手帳を取り出して俺に渡した。そこには、良くわからない、それでいて見たことがあるような蛇が這ったみたいな形のナニカと、それに関する解説が書いてあった。
「それが日本で最も使われる字の形式、『ヒラガナ』だ。漢字を元に作られてるから、覚えやすい筈だ。その次はヒラガナ同様漢字を元にして作られた文字、『カタカナ』を教える。その次は中国で話されてる言葉の日本語での呼び方……詳しい文法はその後な。
あと挨拶だが、そっちはこの手帳参照。家族と使うとかして慣れさせておいた方がいいかもな」
フジミは二つ目の手帳を俺に手渡す。そちらには馴染みのある挨拶とさっきのナニカの羅列が書かれていた。
「うお、おぉ…?フジ、ミ?」
「さぁ鱗、忙しくなるぜ?何せお前にゃ五ヶ月しか時間が残されてねぇんだからな。最低限、日本で暮らしていくのに不自由しねぇレベルまでお前の日本語能力を鍛える。楽しく厳しい日本語教室の始まり始まり、だ」
そう言ってフジミは、少し怖い笑顔を浮かべた。俺は、渡された二冊の手帳を手に持ちながら、この男に頼み事をしたことを、ちょっと後悔した。
「キレが無いッ!!」
「「ぐぉあァッ!?」」
フジミとの日本語教室が始まって早1ヶ月。俺は今日も老師──周李炎さんにぶっ飛ばされていた。……いやどういうこと!?
「いやホントにどういうことォ!?」
「うおっ、何だよどうした鱗」
何で俺武術習ってんの!?いや自分から志願したんだけどさぁ!でもこんなハードだとは思わないじゃん!?毎日生傷が絶えない所じゃ済まないレベルでボコボコにされてんだけど!?これ7歳の子供にはキツいよ!絶対おかしいからな!?ってフジミに言ったらさぁ!
「いやそんなにか?俺去年も親父から同じ感じで稽古つけてもらってたけどこなせないレベルじゃなかったぞ?」
それは!お前が!おかしいんだよ!しかもその後みっちり日本語教室って…休ませる気無いだろアンタら師弟!
「なんか百面相してっとこ悪いが、老師から休憩降りたぞ。ホレ、水」
「え?あ、ありがとう」
俺はフジミに渡された瓢箪の中の水を口に含む。あで、さっき口切ったのかな、冷やされた水がちょっと沁みる。
「っつー……」
「あ、口やられたな?俺も最初なったよ、親父とやってた時。親父も老師も、容赦無く顔狙うもんなぁ」
「ホントだよ……とっさに受け取っても貫通するって……そんなん守りようないじゃん……」
「発勁使いは相手の攻撃の直線上から逃げて横から急所狙うのが得策だと。老師言ってたぜ。……つっても、俺老師以外に発勁なんて使ってる人見たことないけどな……親父も使えないし」
「だよなぁ」
んー……なんだかんだ言っても、俺もこの現状を楽しめてるみたいだ。老師は厳しいけど指導は丁寧だし、フジミも話してて楽しいやつだ。色々知ってて、勉強になることも多い。フジミんことの親御さんもいい人だし。どんなに辛くても、一向にこの生活を辞める気になれないのは、やっぱりこの人たちが良い人だからだ。だからこそ、この人達と、あと数ヵ月しか一緒に居られないってのは……うん。ちょっと、寂しいな。
「隙が多いッ!」
「「のあぁっ!!」」
今日も今日とてぶっ飛ばされる。老師はやっばり容赦が無さすぎる。全身痛ぇ。痛いし熱い。子供相手に個性で燃やしにかかるのは容赦ないってレベルじゃないよ……。でもフジミ曰く、「本気の老師は軽く見積もってあの十五倍は強い」んだそうだ。化け物、化け物だ……!
「しかし、鱗も受け見とるの上手くなったな」
「そうか?滅茶苦茶体痛いけど、強くなってる?」
「なってるなってる。痛いで済んでんなら上手くなってる証拠だって。うっかりヤバイの食らって一度ガチ死してる俺が言うんだ、間違いない」
「経験者の言葉は説得力が違いすぎるよ……」
フジミの個性については割と早い段階で知った。て言うか、何度も老師に火達磨にされてりゃ俺でもわかる。死んでも死なない、格好いいと思ったけど、何度も死ぬって辛いんじゃないかって思った。──でも、強くなってるか。ちょっと嬉しい。
「老師も言ってたよ。才能あるってさ」
「お前にすら一度も勝てたことないけどな」
「バァカ、こちとら一年分とは言え武術の経験があるんだ、そう簡単に負けてたまるか」
「ハハッ、だな」
老師の元で学び始めて四ヶ月ちょっと、思えばいろんなことがあったな。誕生日会も、今までは家族だけで祝ってたから、賑やかで今年は嬉しかった。色んなことを学んだし、色んなとこに連れてって貰った。半年経ってないとは思えないくらい、すっごい楽しくて──
「あれ?」
気づけば俺は、不思議と涙を溢していた。
「う、うぉお!?鱗!?どうした、腹でも痛いのか!?」
「ひっ、う、あぁ、なん、でも、ない。あれ?なん、で」
なんで、勝手に涙なんか流れるんだ。何で──そんな思いが駆け巡っていたけど、それでも俺は、心の底では気づいていた。押し留めていただけで、圧し殺していただけで、ホントは、
「──中国に、い、たい」
本当は、やっぱり俺は、悲しかったんだ。中国を離れるなんて、嫌だった。皆と、友達と別れるのは寂しいんだ。まだ沢山、たっくさん、やりたいことがあるんだ。寂しい、淋しい、悲しい、哀しい。俺はやっぱり、日本になんか行きたくなかったんだ。その思いを、ようやっとのこと理解しながら、俺は、ぼろぼろと涙を溢した。
「……そうか」
フジミは、俺の背中を擦りながら、呟くように言った。
「でもそれは無理だ、鱗。もう、お前が中国を発つまで一ヶ月もねぇ。……どうしてやりたくても、お前がどう望んでも、それは変わらねぇ。変えられねぇ。どう足掻いてもお前は……日本に行かざるを得ない」
俺はその言葉に、突き放されたような感覚を覚えた。夢から現実に引き戻されるみたいに、嫌な感覚。よりによってそれを、コイツに感じさせられるなんて。そんな風に言わなくても、そう俺がフジミに言おうとしたとき、
「だが、日本に行こうが、何をしようが、俺達の友情は終わらねぇ」
「!」
フジミが灰色の目で俺を見る。
「友情ってのは、その程度がどうかは知らねぇが、お互いがお互いを友達だって認識する限り、絶対に途切れやしねぇ。どこに居たってな」
「で、でも、話なんか出来ないし、遊んだりだって」
「一緒に遊んでなきゃ友達じゃないってのか?ふざけんな。そんなもん無くたって、友達は友達だろう。それが変わったりするもんか。大体、その場にいなくたって話をしたり、顔見たりする手段なんざいくらでもある」
フジミは、突き放すように淡々と話す。しかしその言葉には俺を励ますかのような熱があった。一度引っ越しを経験した、フジミだからこそ言えるような、そんな励ましの言葉だった。
「俺達は友達だ。どこに居ようが、何してようが、いつだって友達だ。お前が日本に行こうが、俺が中国離れてロシアだとかエジプトだとか、そういう離れた場所に行こうが、それだけは変わらねぇ」
「……あぁ」
「中国を離れたら、いつまた会えるかもわからねぇ。もしかしたら、今生の別れかも知れねぇな。それでも俺達は、一生友達だ。お互いがそれを認識する限り」
フジミは言う。
「俺はお前を一生忘れねぇ。お前と友達だってことを、俺は一生、絶対に忘れねぇ。だから鱗、お前も俺を忘れるな。俺と言う
「あぁ……絶対忘れねぇ!」
俺は、フジミの言葉に頷いた。涙はもう、とっくに止まっていた。
「俺達は」
「あぁ、俺達は──」
寂しさは、悲しさは、いつの間にか薄れていた。だって──
「「友達だ」」
俺には、友達がいるから。
「老師まで空港まで来たのかよ。わざわざ来ることないのに」
日本へ引っ越す当日。北京の国際空港に着いたら、入り口に品内家親子と周老師が立っていた。
「莫迦者。自分の弟子を見送らん師匠が居るわけなかろうよ」
「右に同じく。友達を見送らねぇ奴があるか。嫌だっつっても俺は来たぞ」
「勝手だなぁ、師弟揃って」
本当に勝手だ。でも、それがちょっと嬉しくもある。
「修行を欠かすでないぞ飛龍。
「ありがとうございます、老師。本当に、お世話になりました」
「うむ、再び会う日を待ち望んでおるぞ」
老師はそう言って笑う。かけたサングラスが日に照ってキラリ、と光った。
「おばさん、日本料理美味しかったです。おじさん、本、ありがとうございました。ゆっくり読みます」
「いえいえ、こちらこそ。息子と遊んでくれてありがとうね。日本でも頑張って」
「まだ読み終えてなかったのか……と言いたいところだが、まぁ、気長に読んでくれ。日本にゃ他にも、色んなものがあるからな。楽しんできなさい」
「はい」
フジミのお父さんとお母さんにもお礼をいう。そして最後に、アイツへと向き直る。
「先に色々言われたし、もう俺言うことねぇぞ」
「絞まらねぇな、おい」
「あぁ、そういえばお前、結局俺に組手で一回も勝てなかったな」
「最後に煽ってくって、嫌な奴かよお前!」
思わずずっこける。全く、コイツは最後の最後まで……でも、こいつらしくてそれはそれで良いか。一息ついて、改めてフジミに向き直る。フジミも、俺にしっかりと向き直っていた。
「「またな」」
たった一言の言葉。ただ一度の握手。それだけを交わして、俺達は、空港内へ入っていった。それだけで良かった。俺達に、それ以上は要らなかった。また会えようと、会えなかろうと、この一言、それだけ言えればそれで良い。だって俺達の友情は、何処に居ても、何をしてても、絶えず変わることはないのだから。
というわけで鱗君視点のお話でした。友情って書くのムズい。滅茶苦茶下手くそになった気がする。