その日はいつもよりお城が騒がしかった。
兵隊さんも慌ててお城を走り回って、お母様もとても忙しそうだった。
「ご報告申し上げます! 我が国が管理下においていた迷宮が何者かの手により攻略されました!」
「……そう。 一体どの国の軍隊かしら?」
「そ、それが……」
「どうしたの?」
「ほ、報告によりますと、女の子、一人とのこと」
「女の子?」
「それと、小動物が一匹、だそうで」
「我が軍が攻略できなかった迷宮をそんな子どもに攻略されるなんて……。 その娘、調べはついているの?」
「いえ、どこの国の誰かすら分かっておりません」
「とても訓練された子なのか、それとも……、もしどこの国にも所属していないんであれば、我が国に……」
お母様は酷く悩んだ顔をしていた。
「お、お母様?」
「ごめんね、今日のピクニックは延期にしてちょうだい、リゼ」
「……はい、わかりました」
お母様はいつもそうだった。
約束をしてもすぐに破る。
今日のピクニックだってこうなると思っていた。
私にはわからないけど、きっとものすごく大変なことが起きてしまったんだ。
仕方がない。
そう自分に言い聞かせて部屋に戻る途中、ふと庭に目をやると、いつもは閉まっている外に続く裏門が開いていた。
きっと急いでいた兵隊さんが閉め忘れたのかな?
あそこから外に出てはいけないと言われてはいるものの、私はどうしてもあの門が気になってしまい、外に出てみることにした。
正門とは反対に位置するこの門の先は森が広がっていた。
所々にランタン置いてあり、その灯りは道を示していた。
私はそのランタンが照らす道を進んでいく。
きっとお母様もびっくりしてるんじゃないかな。
私がお城にいないことに、今日ピクニック一緒にいってあげれば、なんて思ってくれているんじゃないか。
そんなことを考えながら歩いていくと、灯りの先に見えてきたのは一軒のボロい小屋だった。
ランタンも丁度この小屋までで消えていて、他に道らしい道もなかったので、私はその小屋に入ってみることにした。
「お、おじゃましまーす」
中は埃っぽく、そしてなぜか少しだけ臭かった。
だがそんなことすぐにどうでもよくなった。
なぜなら、目の前で人が倒れていたからである。
「大丈夫ですか!?」
私はその人に駆け寄り頭を抱える。
そして頭を大きく揺らしながら呼び掛ける。
すると倒れていた人は目を開き、私の手を掴む。
「誰か知らんが、人の睡眠邪魔しないでくれる?」
そう言って私の手を離す。
睡眠? 倒れていたんじゃなくて?
寝てたの? 床に?
「紛らわしんだよ! 寝るなら布団に寝なさいよ!」
「布団で寝ると寝すぎるんだよ」
「あと! 誰か知らんがって言ったけどね、私はこの国の、ヘルエスタ王国第2皇女、リゼ・ヘルエスタよ! 」
「皇女様……? この小さい子が?」
「この無礼者! 倒れてると思って心配してあげたのにその態度はなによ!」
そう言って私はポカポカとその人を叩いた。
「悪かった悪かったって。 それで、皇女様はなんでここに来たんですか?」
「裏門に誰もいなくて、開いてたから」
「入ってきた、と」
こくりと頷く。
「いいですか皇女様、ここはヘルエスタ王国が有する土地ではありますが国境で、日夜隣接する国々が土地を広めようと進軍を計画している場所なんです。 つまり非常に危ないところなんですよ」
「……?」
「ようするに、皇女様なんか食べちゃうぞーって人たちがいっぱいいるかもしれない場所なんです」
な、なんだって!?
どうしよう、食べられたら……。
お母様たちにももう会えないの?
今日行くはずだったピクニックの穴埋めもしてもらうことなく、私はここで死んでしまうの?
「うぅ……、うっ、うぇーん!!! たべられぢゃう!!!」
「えっ!? そんな泣くこと!? ちょ、ごめんごめんって!! 冗談だって!!」
「うっく、ひっく、じょ、冗談、なの?ひっく」
「うん、半分くらいは……」
「じゃあもう半分は本当なんだぁー!!!うわーん!!!」
「あーもう! なんでこっちにきたんだし!!」
それからひとしきり泣いた私は、一週回ってなんとか冷静になった。
「ほら、ココア」
「ありがとうございます……」
「落ち着いた?」
「はい」
ココアとか毛布とかくれて優しいし、それなのに無礼者とか言っちゃった。
「あの、名前教えてもらってもいいですか?」
「私の? 私の名前は、アンジュ・カトリーナ。 錬金術師目指してるここに住んでるもんだよ」
「アンジュ、さん」
その人は真っ赤な髪と整った顔が特徴の中性的な見た目をしていた。
「それで、皇女様はどうして入っちゃいけないって言われているここにきたの?」
「えっと、実は今日お母様とピクニックに行く約束をしていたのに、今朝急に行けなくなって。 だから私がこっそりお城から消えたら心配してもっと私に割く時間が増えるんじゃって思って」
「つまりお母さんに構ってほしかったんだ」
私は無言で頷く。
「アンジュさんは、どうして城下町とかじゃなくて、こんなところに住んでるの?」
「私はここがいんだ。 騒がしいのも人が多いのも嫌いだし、それに……」
と、アンジュさんが続きを言おうとした瞬間、小屋のドアが開かれる。
「!?」
アンジュさんは驚いた顔をしながらも、素早く私の前を塞ぐ。
「結界は貼っておいた。 そう簡単に破れる代物じゃない。 一体どこの国の人間だ!?」
声を荒げるアンジュさんからは、先ほどまでの冷静さが抜け落ち、その心の内を焦燥が支配していくのを見ていて感じた。
「あ、すみません。 人の家だったんですね。 すごい結界が貼ってあったからてっきり隠し迷宮かなにかだと思って」
扉を開けたその人は、とても柔らかく優しい声音の女の人だった。
「あったから壊せるようなもんじゃないはずなんだけどな、私の結界は。 お前、何者だ?」
「えっと、私ルルって言います。 さっきこの近くにあった迷宮クリアしちゃって、新しい迷宮探してるんですけど、ご存じない、ですよね?」
迷宮をクリアした女の子、朝お母様が話してた人だ。
じゃあ、この人のせいで今日のピクニックは延期にされたんだ。
この人のせいで……。
「うぉぉぉお! お前のせいだー!」
私は無鉄砲にもそのルルと名乗った女の子に突っ込んでいった。
が、すぐに裾をアンジュさんに掴まれ実際に突っ込むことはなかった。
「リゼ! やめな!」
「離してアンジュさん! 私、あの人のこと……、うぉぉぉお!」
「やめなってば!」
「リゼ、リゼ……? もしかしてあなた、第2皇女のリゼ・ヘルエスタさんですか?」
するとルルと名乗った女の子は、私の名前を聞いて両手で顔を覆う。
「すごい! こんな偶然ってあるんですね! やったぁ!」
「あの、お一人で盛り上がりのところ申し訳ないけど、この子は渡さないし、迷宮も近くにないから出ていって欲しいんだけど」
「ねぇリゼ様? 私とお友だちになってくれませんか?」
「なっ!? おい、人の話聞けよ!!」
「ヘルエスタ王国に私を招待してほしいんです! 王様とかなら、きっと別の迷宮のこととか知っているはず! 」
「いい加減にしなよ」
瞬間、私たちとルルとういう女の子の間に激しい炎の柱が立つ。
「すごい! これって魔法ですか?」
「生憎これは錬金術だ。 リゼ、逃げるよ」
そう言ってアンジュさんは私の手を引いて逃げる。
壁に突然穴が空き、私たちが通った瞬間壁はまた元通りに戻った。
アンジュさんは一直線に城に走っていく。
そのまま裏門から入り、城の中へとついた。
「はぁ……、はぁ……、リゼ、大丈夫?」
「う、うん。 ありがと、アンジュさん」
それから私たちはお母様にさっきのことを話した。
「ひとまず、アンジュ、リゼを助けてくれて感謝します」
「いえ、女王陛下。 むしろリゼ皇女を危険な目に遇わせてしまい誠に申し訳ございませんでした」
「二人とも無事ならばそれに越したことはないわ。 それはそれとして、リゼ! どうして裏門から出ていったりしたの!? あっちは危ないから入っちゃダメって言ったでしょう!?」
「ごめんなざいぃ~!! うわーん!!!」
お母様の元に帰ってきたからなのか、今まで張り詰めていた心が一気に解けて、私はお母様に抱きついて泣きじゃくっていた。