ある鬼狩りの葛藤   作:clearflag

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第02話 ケジメ

1

 東衛玲士(とうえいれいし)の朝は日の出と共に始まる。

 顔を洗い、着替えを済ませ、始めに行うのは柔軟。怪我の防止と可動域を広げるため、ゆっくり時間を掛ける。次に、走り込み。足腰の強化だ。短い距離を全力で走り、瞬発力を鍛える。そして、最後は持久力を付けるために、屋敷の外周をひたすら走る。時折り、すれ違う近所の人と挨拶を交わすのも日課だ。 

 何周走っただろうか、玲士の額からは汗が滲んでいた。真っ直ぐ前に向けていた顔を空に向けると、広がるのは、梅雨空。いつ何時、雨粒を落とし出しても不思議ではない灰色の雲。早く走り終えて屋敷に帰ろう、そう頭の片隅で考えた時、あの日の夜が脳裏を過ぎった。

 

「・・・・・・・・・・・・」 

 

 突然、蘇った記憶に憤りを感じながらも、邪念を払うように、足に力を込めると、走る速度を加速させた。

 玲士は、雨が好きじゃなかった。特に夜の雨は苦手だった。 

 あの日の夜、二年半前────東衛家の当主だった玲士の父は、鬼となった兄、誠也(せいや)との衝突の果てに帰らぬ人となった。同行した屋敷の者の報告によると、主は、誠也を生きた状態で取り押さえようとした。他の者の手出しは許さず、一人で向かって行ったとのことで、もし諦めて斬っていれば、死ぬことはなかっただろうとの話である。

 玲士の中で疑問だった。鬼の誠也を取り押さえたところで、どうする気だったのだろうか。人間に戻す術があったのだろうか。鬼のまま、部屋に閉じ込めておくつもりだったのだろうか。親として子を助けようとしたのか、守ろうとしたのか。今となっては、その真意は誰にも分からない。

 走り終えた玲士は、門を潜り屋敷の敷地へと戻る。世話役の青年に出迎えられると、手拭いを差し出された。

 

「ご苦労様です」

「ありがとうございます」

 

 手拭いを受け取り、汗を拭う。

 

「こうして、玲士さんのお付きが出来るのも終わりなんですね」

 

 世話役は今にも泣き出しそうな顔をしていた。玲士は鬼殺隊の任務に就くため、家を離れることが決まっていた。最終選別合格の証である刀が届いた時が、その旅立ちの合図となる。

 

「そんな大げさな」

 

 玲士は苦笑いで答えた。

 

「次に帰られる時は、奥様になられる方と一緒の時でしょうね」

「結婚か・・・・・・俺は見合いだろうな」

「恋愛結婚に御興味はないんですか? 最近は、その様な形の結婚も珍しくないと聞きます」

 

 玲士の両親は見合いだった。今は亡き先代の当主だった父は、元柱で婿入りをしている。母は東衛家の生まれで、子供の頃、鬼殺の剣士になるための稽古を受けていたが、呼吸の習得が出来なかった。とどのつまり、政略結婚である。自分も同じような形になるのだろうと、やんわり考えていた玲士の頭の中に恋愛結婚の文字など無かった。

 

「うーん。そう言われてもな・・・・・・」

 

 頭を傾け困った顔で答えた。今さら問われたところで、玲士は、女性や恋愛に特別な興味は無く、誰かを愛し誰かに愛されるなんて、本の中の絵空事にしか思えなかった。

 

「玲士さんなら選り取りみどりではないですか。端正なお顔に、東衛の家柄もありますし、女性から恋文をよく頂いているのが何よりの証です」

 

 目を輝かせる世話役の熱弁に気圧される玲士であったが、整った目鼻立ちをしているのは確かだった。派手さは欠けるが、大正の世においては高い身長と英語の読み書きをこなす知力が名家の出に箔を付け、異性からの好感に繋がっていたことを本人は知る由もない。

 

「それを男に言われてもな」

 

 ジト目で一別し、屋敷の屋内へと戻る。 

 

「あ、それと、客人が来ております」

 

 世話役は思い出したように言った。

 

「客人?」

 

 早朝から人の家に上がり込む失礼な奴は誰だろうか──考えるまでもなく、人の都合などお構いなしの知り合いがいたのを直ぐに思い出した。最終選別から二週間、そろそろ刀が届く頃だ。

 

「はい。刀鍛冶の西越(にしごえ)様です」

 

 《西越(にしごえ)》────京都の名家で、東衛と同一の先祖を持つとされる刀鍛冶の家。端的に言うと、親戚である。鬼殺の剣士が持つ刀はもちろん、料理包丁を始めとする刃物類を得意とし、宮家や華族に献上するほどの腕前を持つ。

 

 

2

 客間の襖を開くと、自分の家かのように茶碗の白飯を頬張る男が座っていた。玲士は呆れるしかなかった。身内と言えど、こんなにも遠慮と言う言葉を知らない大人が居るものだろうか。

 

(しゅう)さん、朝早くにどうも」

 

 声を掛けると、茶碗から離れた顔が玲士に向けられた。

 

「ああ。気にするな」

 

 色黒の角張った顔が無邪気に笑う。気にするのは、お前の方だろうと突込みたいところだが、担当の刀鍛冶(・・・・・・)にそんな口を聞けるはずもなかった。

 

「刀を持って来て下さったんですよね?」

「まあな。叔父様は元気か?」

 

 目的を放っておいて、周が口にしたのは違う話題だった。

 

「はい。毎日、大変そうですけど」

 

 叔父とは、玲士の母の弟である。母と同様に呼吸の習得が出来なかった叔父は東衛の経営面を引き継いだ。仕事に手広いのは血筋なようで、東衛は西越の刃物類を小売業者に卸す卸売業に携わっていた。

 東衛の血統が落ちたと叫ばれ、数十年。一族が受け継ぐ《(あお)の呼吸》の習得の難しさが要因と言える。水の変幻自在な動き、雷の素早さ、風の荒々しい斬り技を混ぜた、東衛独自の呼吸法だ。

 元々は、腕のある刀鍛冶を守るために、西越家の先祖が自衛のために取り入れたものだった。それを引き継ぎ、発展させた者たちが分家となり東衛を名乗ったのである。

 

「だろうな。商売と当主代行の任を一遍に任せられたら、俺なら逃げ出すぜ!!」

 

 残された本家の跡取りの玲士が未成年のため、名ばかりの東衛の当主代行を叔父が務めていた。

 周は、玲士より一回り歳上だが、玲士を歳下だからと、見下したり、気を使ったりすることはない。いつだって、西越家次期当主は、玲士を東衛家次期当主として対等に接する。ふと、緩んでいた顔が真剣な表情に変わり、低い声が出た。この強面な雰囲気が本来の姿である。

 

「それより、あの話どう思う?」

「鬼殺隊の隊服に、折れた刀を携える鬼。通称、折れた刀の剣士。兄は、誰よりも鬼殺隊に入ることを望んでいましたから、十中八九、本人と見ています」

 

 折れた刀の剣士は、鬼殺隊の中で話題になっていた。稀に、鬼の手に堕ちる隊士はいる。そうなると、何処の誰が鬼になったのかと言う噂が、隊士の間で広がって行く。そして今回、姿を暗ましていた誠也に関する情報が初めて上がったのだ。当然、東衛と西越は立場上、身内が鬼になったなど、到底、表に出せない話だ。余談であるが、隊士殺しの件は盗人による強盗殺人事件として、決着が付けられていた。

 

「そりゃあ、上はギスギスしてんだろうな」

 

 周は、楽しむように黒い笑みを浮かべる。

 鬼殺隊は、政府非公認の組織である。鬼殺隊を束ねる産屋敷家の力があるとは言え、結局は、金がものを言う世の中だ。引退した隊士を政府役人の護衛に派遣し、資金を得るための人脈作りを始め、藤の花の家紋の家の援助を受けたりもしているが、それだけで鬼殺隊の運営は維持できない。打倒、鬼舞辻無惨。即ち、同じ志を持つ家の協力が何よりも欠かせない。

 鬼狩りと刀鍛冶としての実績は元より、経済的に余裕のある東衛家と西越家は、鬼殺隊において、水面下では、それなりの強い立場(・・・・)に居るわけだ。付け加えると、引退後の隊士の働き口の受け皿にもなっていて、あの産屋敷も頭が上がらない。しかし、隊の中で情報共有したいことも、上手く行かない場合があるのは、そう言った大人の事情があるからだ。

 

「あまりそう言う話は・・・・・・」

「良いんだよ。そうやって世の中は回ってんの」

 

 周は、味噌汁の入った茶碗を取ると口に注ぎ込んだ。

 

「・・・・・・」

 

 人の命を守るため、死ぬ覚悟で鬼を斬る組織も、結局は社会に縛られている。金と権力から逃れることはできない。早くに両親を亡くし、大人にならざる得ない環境の中で育った玲士は、この世界が残酷で汚ことをよく知っていた。

 

「良い加減慣れろって」

「分かっています」

「・・・・・・なあ、斬れんのか?」

 

 心配の目が向けられた。周に『お前には、無理なんじゃないのか?』と無言で、そう言われているように玲士には思えた。

 最終選別合格の報告のため、京都の西越家を訪れた時のことだった。鬼殺隊の中で噂となっていた、折れた刀の剣士の捜索と早期抹殺を西の主が玲士に命じたのだ。

 

「もし互いに生きて会うことがあれば、そのつもりです。兄は、人を殺めていますから。それに、鬼を人に戻す術がない以上、法で裁くことも難しいでしょうし」

「あ、御代わり良いか?」

 

 空になった茶碗を玲士に見せ、白飯の御代わりを要求した。すっかり周に流されて、食べ終わった頃になり、やっと刀の話に戻った。

 

 

3

 二人は東衛家屋敷内にある道場へと移動した。

 

「よし、良いぞ」

 

 周の合図で、玲士は刀を鞘から引き抜いた。銀の鋼が刃元からみるみる色が変わって行く。刃は、深い緑がかった青色にと変化した。

 

「錆納戸か。青の呼吸の適正色だな」

 

 その言葉に玲士は胸を撫で下ろした。

 

「少し振ってみろ」

「はい」

「重くはないか? 握りはどうだ?」 

 

 刀を使う者の立場を理解しなければならない、その信念から周は剣術を習っている。呼吸は使えないが、一般人としては、それなりの腕を持っていた。

 

「少し重たい感じがありますけど、慣れると思います。握りは問題ないです」

「刃を通常の刀より長めにしたからな。お前の身長なら、それくらいで良いと思ったが・・・・・・」

 

 玲士の目線は、平均的な身長である周より少し高い位置にある。身長が高ければ、その分、手足は長くなり、筋肉量も多くなる。体格が良いとは言えないが、特別細身と言うわけでもないので、問題ないだろうと思い周は叩いたのだ。

 

「周さん、ありがとうございます」

「次は、長さは変えずに、軽くするか・・・・・・」

 

 手を顎に当て、周は思考の海に浸っていた。「刃を薄く、いや耐久性を考えると──」などと、ぶつぶつと口を動かす。

 

「あの周さん? 俺、これで大丈夫ですよ?」

「ん、ああ。何かあったら鴉を飛ばしてくれ」

 

 手をヒラリと流し、刀鍛冶の里へ帰って行った。

 

 

4

 両親の位牌が置かれた居間で、玲士は正座をしていた。鬼殺隊の隊服に着替え、これから、鬼殺の剣士として歩み出すことを報告していた。

 

「刀は、錆納戸になりました」

 

 玲士は、頭を下げた。鬼狩りを志したのは、東衛のためではない。鬼狩りとしての成功を願った母のため、鬼狩りに生涯を捧げた父の生きた証を残すため、鬼狩りを志した兄の夢を守るためである。何より、鬼狩りを否定すことは家族を否定することになる──好きだった家族を玲士は否定したくはなかった。

 乱暴に襖を叩く音がする。叩くと言うよりは叩き付けると言った方が正しいかもしれない。

 

「入って良いよ」

 

 その後に、一羽の黒い鴉が入って来た。

 

「準備は出来たか?」

 

 鬼殺隊の任務に付く当たり、伝達係として付けられた人の言葉を話す鴉。元々は、東衛と産屋敷を繋ぐ伝書鳩ならぬ伝書鴉だったが、この度、めでたく鎹鴉となった。亡き主が、鳶丸(とびまる)と名付け、よく可愛がっていた。

 

「うん、行けるよ」

「羽織は着ねーのか」

 

 鳶丸は首を傾げる。隊服の上に羽織を合わせる隊士は多い。洒落っ気のない隊服に個性を出せることができ、人目を引く背に大きく縫われた滅の文字や取締りの対象となっている刀を隠すこともできる。

 

「俺に着る資格はないよ」

 

 東衛家には、剣士だけに与えられる羽織があった。しかし、玲士は着る気になれなかった。自分には、鬼狩りの家に生まれた誇りも使命感も持ち合わせていない。そう思っていた。

 

 ────誠也を殺し、自らを殺す。

 

 それが、玲士の今を生きる理由だ。

 

「つまんねーな」

「それじゃあ、行こうか」

 

 刀は竹刀袋にしまい、金を上着の内ポケットに突っ込んだ。鬼を斬るには、これで事は足りる。

 屋敷の門の前では、見送りの親族に挨拶をした。

 

「お世話になりました。行って参ります」

 

 玲士は、漆黒の隊服に身を包み刀を携え、十五年過ごした家に別れを告げた。




東衛玲士
今代の青の呼吸の使い手。鬼となった兄を殺し、自らを殺すため、鬼狩りとなる。父の死後、産屋敷家から数度、育手を紹介する申し出の手紙が届いていたが、全て断っている。我流と元隊士の屋敷の使用人を相手に己を鍛えた。

西越周
鬼殺隊の創成期より続く、刀鍛冶の家の人間で、玲士の刀を打った張本人。名家の出を疑う、口の悪さと態度の大きさを兼ね備えた厚かましい男。彼が疎まれないのは、刀鍛冶としての腕と誰に対しても公正公平に接するからだろう。

鳶丸
東衛家の元伝書鴉。今は、玲士の鎹鴉を務める。
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