ある鬼狩りの葛藤   作:clearflag

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第03話 鬼狩り

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 玲士(れいし)が鬼殺の任務に就き、早二ヶ月。小物の鬼であれば一人で、何人もの人を喰べている強力な鬼であれば、先輩と組んだり、数人で班を作ったりし、任務に臨むこともある。玲士は、持ち前の成長力と身体能力で、大きな怪我をすることもなく、鬼の討伐数を順調に延ばしていた。

 

「おい、そっちに行ったぞ!!」

 

 遠くで同行中の先輩隊士が叫んだ。玲士は、左手に刀を握り、山の中を駆ける。身に纏うのは、詰め襟のある鬼殺隊の黒の隊服。学生の学ランを想起させる風貌であるが、学生服と大きな違いが一つある。背に白で大きく縫われた《滅》の文字だ。それに玲士は、焦げ茶のブーツを合わせて履いていた。草履は機能性が悪い──途中で脱げる可能があり、安全性に優れないため、守りとしては薄手でと言える。

 

(見つけた)

 

 右前方、空気の揺らぎが違う場所がある。遠目でも分かる人間とは掛け離れた姿。鬼だ。玲士は、深く深呼吸をする。

 

 《全集中の呼吸》────体中の血の巡りと心臓の鼓動を速くし、体温を上昇させ、一時的に身体能力を驚異的に上げることが出来る技法である。そのためには、肺を大きくし、血に多くの酸素を取り込む必要がある。

 

 こちらに気付いた鬼が、口を大きく開け叫んだ。

 

「────────!!!!」

 

 咆哮の後、音が消えた。

 

(またか)

 

 人間にとって、聴覚は重要な機能だ。意思疎通をするための会話、見えない外敵の動き、あらゆる事柄を把握するのが困難になる。あいにく今宵は新月。おまけに、鬼は緑に近いような肌の色をしていて、森の中では紛れて発見が遅れる。四方八方、全方向からの攻撃に反応出来るよう意識を集中させる。左手に持つ日輪刀に自然と力が入った。

 

(横からか)

 

 地面から引き抜かれたであろう大木が、玲士を目掛けてブーメランのように向かって来る。周囲の木々をぶった切り、勢いが落ちることなく迫って来た。普通であれば、相当な音の大きさが出るはずだ。

 

(よっ)

 

 地面を蹴り上げ、ハードルを飛び越える要領で、フワリと宙に飛び上がり避ける。真下を大木が通り過ぎると、背後で振動と共に土ぼこりが舞った。側の木の枝に着地し、大木が投げられた方向に体を向け突撃を開始する。枝木を斬り落しながら、足を前へ前へと押し出し走り駆ける。やがて、遠くで、背を向け巨体を揺らし逃げている鬼を視界に捉えた。斬ってくれと言っているようなものである。ここまでの戦闘を振り返ると、音がないのは相手も同じようだ。

 

(────(あお)の呼吸、壱ノ型)

 

 頭上の右斜め上に刀身を構え、一気に速度を上げ、間合いを詰める。勢いのそまま鬼の頸に刃を下ろし振り抜いた。

 

青天落(せいてんお)とし!!)

 

 頸は地に落ち、肉体は灰と化して行く。

 

「キキタクナイ、キキタクナイ・・・・・・」

 

 鬼の言葉に音が戻ったことに気付く。この光景を目にする度に、玲士は言葉では言い表せない、やるせない気持ちが湧き起こった。鬼と言えど、元は人間だ。同情するつもりはないが、これまでに、何人もの鬼と対峙をして気付いたことがある。人間だった時の記憶が今の姿形、血鬼術に繋がっているのではないかと。ならば、かつての兄が隊服を着て刀を携えていることに説明がつく。

 

(報われない人生だ)

 

 灰は風に流されて、鬼は跡形もなく消えた。刀を振り、刃に付いた血を払い鞘へと戻す。

 

「おーい、倒したのか!?」

 

 共に任務に当たっていた先輩隊士だった。

 

「はい。運良く背を向けてくれたので」

 

 そして、思いっ切り背中を叩かれた。

 

「良くやったな、新人」

「ありがとうございます」

 

 もう一人の先輩が口を開く。

 

「変わった呼吸だったな。派生した流派か?」

 

 その言葉に息を飲む。これがあるから、合同任務は好きじゃなかった。隠すつもりはないが、呼吸の話になると、嫌でも家のことに触れることになる。だから、うやむやにする。

 

「はい・・・・・・たまたま育手がそう言う人で」

 

 背中を叩いた先輩が納得したように笑った。

 

「へぇ。結構、居るよな。俺なんて、一番多いって言われている水の呼吸だぜ」

「名前、東衛(とうえい)って言ったよな?」

「あ、はい」

 

 呼吸の話題を振った先輩は、それ以上の質問をして来なかったが、探るような視線を玲士に向け続けた。

 

「じゃあ、頑張れよ」

 

 他愛ない会話の後、先輩二人に頭を下げ、玲士は、次の任務へと旅立った。

 

 

2

 数日後。

 

「よし。今日は、こんなもんかな」

 

 玲士は刀を鞘に納め、隊服の上着の内ポケットから取り出したのはキセル。近くの丸太に腰掛け、口から出た白い煙の輪は三日月の浮かぶ空へ登って行く。

 移動日と非番を除くと、鬼と対峙しない日はない。

 見渡す限りに生い茂る、竹藪の葉の触れ合う音に耳を澄ませ、星の煌めく夜空を見上げる。ふと、最終選別を思い出した。

 

 ────共に合格した同期は、生きているのだろうか。

 

 鬼殺隊に入る者の大多数は、身内を鬼に殺されたことが志願理由だ。藤襲山で試験が始まった直後に、恐怖で動けなくなる者や震えの止まらなくなった者を何人も見た。愛する者を殺された憎悪の感情があれど、人の力を超えた鬼と戦うのは死と隣り合わせの行為だ。足がすくむのも当然であろう。

 対して自分は、どうだったか──高揚していた。間違いなく、気持ちは高ぶっていた。この時のために自分は、今まで生きていたんだとさえ思った。命のやり取りの中で感じる生の実感──それは鬼を斬った瞬間、途端に失われ、心は酷い虚無感に支配される。

 

「なーに、黄昏れてんだ、ガキんちょ」

 

 一羽の鴉もとい鳶丸(とびまる)が玲士の肩に止まり、口を開いた。

 

「いや、別に」

「別にって、俺様が心配してやってたんぞ!! 喜んで相談するのが筋ってもんだろーが」

 

 嘴が勢い良く玲士の頭に繰り返し刺さる。

 

「痛い、痛いって、刺さってるって!!」

 

 鳶丸の胴体を掴み出来るだけ距離を取る。頭は背け、涙目で訴えた。

 

「俺様は、お前が鍛錬を始める前から東衛の家で働いてんだ!! 先輩なんだぞ!!」

「分かった、分かったから」

 

 鳶丸を宥めて、何とか場を落ち着かせた。休憩を切り上げると、玲士と鳶丸は、今晩泊まる宿探しへと目的を切り替える。

 月明かりを頼りに一番近くの町を目指して歩みを進めていた。

 

 ────藤の花の家紋の家の世話にはならない。

 

 入隊時に、玲士が決めたことだった。鬼となった兄、誠也(せいや)の件しかり、自分が誰かに何かをして貰える立場にあるとは、到底思えなかった。そのため、野宿をすることも珍しくなかった。

 

「単独任務で討伐数は六体。合同任務では三体。うち二体は補佐ってとこか」

 

 頭上を優雅に飛び回る鳶丸。

 

「それって、どうなの?」

「新人としてはまずまずだな。一年目は大抵、鬼に喰われるか、怪我や恐怖で除隊すると相場が決まっている。何故だか分かるか?」

 

 バサバサと翼をはためかせ、玲士の目の前で問を投げ掛ける。

 

「えーと、経験不足?」

「ピンポーン。飛び抜けた才能がなくとも、経験と恐怖に打ち勝つ心があれば、鬼に対抗する策を見つけられると言うものさ。ま、十二鬼月には、そんな話は通用しないがな」

 

 ガハハハと汚く笑った。

 

「ん? 明かりが見えて来たぞ」

 

 遠くに見えた明かりの灯る町並みに、安堵の気持ちから口角が緩む。自然と足も早くなった。 

 

「空いてるか聞いてくるよ」 

 

 鳶丸を外に待機させ、最初に目に付いた民宿の門を叩く。すると、年配の女性が出て来た。

 

「あの、今夜、泊まりたいのですが」

「部屋は空いておりますが、今晩のお食事は終わってしまいまして、明日の朝食のみのお出しになります」 

「それで、構いません」

 

 寝床を確保し、腹ごしらえをするために、街へと繰り出した。

 

 

3

 玲士は、屋台や定食屋を物色していた。すると、ある店の前で、人だかりが出来ているのが視界に入った。人の往来の多い通りではあるが、つい気になり足を向けた。

 

「なめてんじゃねぇぇ!!!!」

 

 低い怒号と共に、男が飛ばされのが見えた。周囲では「喧嘩か?」と囁かれる。

 人混みを割って入ると、いかにも柄の悪そうな酔っ払い男が、前掛けを付けた店主の男を見下ろしていた。

 

「すいません。手が滑って・・・・・・」

「ざっけんなよ!! こっちは客だぞ、オラァ!?」

 

 酔っ払いが店主の胸ぐらを掴んだ。

 

 このままでは危ない、そう思い玲士は飛び出した。

 

「ちょっと待って下さい!!」 

「何だ、テメェ?」

 

 玲士を睨み付ける酔っ払いの着物の膝辺りには、何か食べ物を零したような跡があった。恐らく、怒りの発端なのだろう。

 

 ────玲士に喧嘩の経験はない。

 

 剣士として育てられたとは言え、社会的に見れば、家は裕福な部類。兄とはおろか、友達と取っ組み合いをしたこともない。飛び出した手前、逃げる選択肢はないわけだが、生身の人間と素手での殴り合いは気が引けるものがある。上手く交渉をしなければならない、玲士は思考を高速で巡らせる。が、店主が声を張り上げた。

 

「その人は関係ありません。気が済むのなら、私を殴って下さい!!」

 

 店主は、大声で酔っ払いに言い放った。

 

「良い根性だなぁぁ!!」

 

 酔っ払いはニヤリと笑みを浮かべると、拳を思いっ切り引いて振り抜いた。バシッと乾いた音が辺りに響く。

 

「ふん。金は払わんぞ」

 

 捨て台詞を吐き、その場を後にした。散って行く野次馬を横目に、玲士は店主に声を掛けた。

 

「あの、大丈夫ですか?」

「はい。たまに居るんですよね」

 

 慣れた様子で立ち上がると、店主は着物の裾を軽く払った。

 

「そうだ、うちで一杯飲みませんか? 巻き込んでしまいましたし」

 

 ご厚意に甘え、そのまま居酒屋にお邪魔することにした。

 

 カウンター席に案内をされ、目の前に出されたのは、漬物、茶粥、イワシの塩焼き、そして、おちょこ。

 

「えーと、これは」

「お礼です。うちの自慢の日本酒です」

「・・・・・・」

 

 酒には良い思い出がなかった。東衛家において、十五の歳は、最終選別に行く年齢。選別に合格すると親族らに挨拶周りをしなくてはならない何とも面倒な仕来りがあるのだが、その会合で玲士は初めて酒を口にしたのだ。

 翌日、見事に二日酔いの頭痛と共に綺麗に記憶がなかったのだ。同席した大人には、『お前は酒を飲まない方が良い、周りも迷惑だ』と、勧めておいて何なんだよと言う態度を取られたのは、つい数カ月前のこと。

 とは言え、全くの飲まないのも悪い──考えていると、背後から聞き覚えのある声がした。

 

「俺が貰おうか」

「杏寿郎さん」

 

 現れた青年は、炎柱の煉獄杏寿郎。炎を象った羽織が目を引く。東衛と同じく、鬼狩りを生業とする一族の出身で、兄の誠也とも面識があった。

 玲士の隣の空いた席に腰を下ろす。

 

「元気にやっているか? 玲士少年」

「はい。お久しぶりです」

 

 玲士は椅子から立上がり、深々と一礼をした。杏寿郎とは鬼殺隊に入る前からの知り合いだ。かつて、二人の父は柱として切磋琢磨した仲であり、そこからの繋がりだった。

 

「そうかしこまるな。あの件は考えてくれたか?」

 

 あの話とは《継子》の件である。継子とは、柱が育てる一般隊士を指し、優秀で見込まれた者しかなることが出来ない。入隊そうそうに、玲士は声を掛けられたのだ。ちなみに、扱う呼吸が同じでなくてはならない決まりはない。

 

「ありがたいお話ですが、今回はお断りさせて頂きます。自分なりの方法で頑張ってみたいんです」

「そうか。ならば精進あるのみだな」

 

 ハッハッハと大口を開けて笑った。

 

「そうだ、大将、俺もこの少年と同じものを頼む!!」

「はいよ」

 

 玲士は「そう言えば」と勢いに乗せられて、すっかり聞けなかった疑問をぶつけた。

 

「あの、この辺って担当されていましたっけ?」

 

 柱には、それぞれ担当地区と言うものが割り当てられていた。各地に腕のある剣士を配置することで、有事の際に柔軟に対応ができるようになっている。

 

「いや、していない。俺は、継子の返事を聞きに来ただけだ!!」

「え・・・・・・そ、そんなに前でしたっけ?」

 

 嫌な汗が背中を伝った。旧知の仲とは言え、最高位に就く柱と入隊して二カ月の新人である。つまり、天と地の差だ。

 

「ああ。なかなか返事が貰えないのでな」

「すいません、俺、せっかくのお話を先延ばしにしてしまって!!」

 

 身振り手振りで、必死に頭を下げる。

 

「気にするな。玲士少年は、将来、大物になるだろうな!!」 

 

 謝罪の後に、久々にしっぽりと二人で、夜を明かした。




東衛玲士
鬼殺隊の新人隊士で、職務は剣士。階級は癸。羽織は着ず、黒の隊服上下と刀を竹刀袋に入れて持ち歩くスタイル。機能面を理由に草履ではなく、ブーツを愛用。新しいもの好きで、良いと思ったら、直ぐに取り入れる性格。

煉獄杏寿郎
東衛家の一連の出来事を知る数少ない人物。玲士に継子の話を持ち掛けていたが、呆気なく振られてしまう。

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