ある鬼狩りの葛藤   作:clearflag

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第04話 藤の花の家紋の家

1

 東衛玲士(とうえいれいし)は、強く思った。自身に落ち度があると、自覚があるほど、人に指摘された時、癪に障るのはない。

 玲士は、十日ほど前、鬼との戦いで右腕を負傷した。持ち歩いていた救急用品で応急処置をし、次の任務へ向かったが、苦戦を強いられたのちの勝利となった。利き腕ではないからと、怪我を甘く見ていたのが主な原因だが、結果的に、その戦いで肉体は限界に達し、自ら立てた誓いを早々に破ることとなった。

 残暑厳しく、太陽が容赦なくギラつく、昼下り。鬼が現れない日中は、次の任務地へ向かう移動時間に充てられることが多い。しかし、ある屋敷の一室に、玲士と鎹鴉の鳶丸(とびまる)は居た。断っておくが、非番と言うわけではない。

 

「言わんこっちゃねーな」

 

 鳶丸は、呆れ口調で主人である玲士に言い放った。対する本人の言い分としては、町医者に診てもらう算段であった。だが、不運にも診療所を構える規模の町が近くになく、泣く泣く《藤の花の家紋の家》を訪ねたのだ。

 

 《藤の花の家紋の家》────過去、鬼狩りに命を救われた一族である。恩義を忘れず、鬼狩りであれば、寝床や食事の提供、医者の手配など、無償で尽くしてくれる。

 

「聞ーてんのか?」

 

 背を向け、布団で横になる玲士に投げ掛けるも、先ほどから全て一方通行に終わっていた。

 

「藤の花の家紋の家には、世話にならねーって、豪語していた馬鹿は、何処のどいつだー?」

 

 そう、人に指摘されることほど、癪に障るものはない。自身に落ち度がある(・・・・・・・・・)と自覚があるものは。この場合、鴉にも適用されるのだろうか、そんなことを頭の片隅で考えつつ、玲士は、冷たくあしらう。

 

「仕方ないだろう」

「なら、蝶屋敷に行くか?」

 

 《蝶屋敷》────薬学に精通する、蟲柱・胡蝶しのぶが運営をする隊士専用の治療院。鬼殺隊の予算で賄わているため、診療を受ける隊士は出費の必要がなく、鬼の血鬼術に対する治療も行われており、多くの者が足を運ぶ。

 

「それ、は・・・・・・」

 

 玲士は、蝶屋敷に足を運んだことはないが、情報として、そう言った場があることは知っていた。

 

「本当、面倒くさい奴だな」

「余計なお世話だよ」

 

 体を起こした、玲士の右腕は吊られている。家の人が、治療のために医者を呼んでくれたのだ。結果は、全治三週間。その言葉を律儀に守るのならば、あと二週間は、布団の上に居なければならない。再びゴロりと布団に寝転がり、鳶丸に背を向けた。

 

「ここの家の人、優しいよな」

「ま、藤の花の家紋の家だからな」

 

 静かに時は過ぎる。部屋の音は寝息だけだ。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「何だ、寝ちまったのかー?」

 

 日は傾き、夕暮れを迎える。人の話し声で、玲士は目覚めた。

 

「何か、騒がしいな」

 

 布団から立ち上がり襖を開けると、廊下で家の者たちが慌てた様子だった。

 

「あの、どうしたんですか?」

「孫の千恵(ちえ)が帰って来なくて」 

 

 答えたのは、白髪頭の老婦人。この家へ来た時、玲士と同じくらいの年の孫娘が居ると話してくれた。千恵は、隣の村に買い物へ出掛けたらしいが、いつも家に帰って来ている時間をとっくに過ぎていると言う。

 

「俺が探して来ます」

 

 もう夕暮れ時である。時期に奴らは動き出す。

 

「で、ですが、腕が」

「大丈夫です。疲れは取れましたから」

 

 玲士は、浴衣から隊服に着替えると、刀を片手に屋敷を飛び出した。

 

 

2

「おい!! 腕、治ってないんだろー?」

 

 怪我などお構いなしに走る、玲士の背を鳶丸は追っていた。

 

「治ってはないけど、良くはなってるよ」

「無茶はすんなよ!!」

「分かってる」

 

 教えられた道を辿る。何処かで、怪我をしたのか、事件に巻き込まれたのか、それとも鬼の仕業なのか。

 

「──さっきと同じ道だ」

 

 隣の村へ繋がる道は一本道である。地面の土は行き来する人の足によって踏み固められ、そこを避けるように雑草は、行儀良く街道を彩っていた。何処を見ても差を感じない風景であるが、全く同じ風景は存在しない。刀を引き抜き、強襲に備える。僅かな変化も見落とさぬよう、意識を集中させ、慎重に足を運ぶ。

 

(人?)

 

 少し先に、しゃがみ込む人影が見えた。体格と着物から推測すると、恐らく若い娘であろう。孫娘の千恵だろうか。しかし、近付くにつれて空気の揺らぎが強くなる。

 

「大丈夫ですか?」

 

 警戒は緩めず、娘に声を掛けた。

 

「お前を喰べたら、元気になりそうじゃ」

 

 顔を持ち上げた娘は、酷く歪んだ醜悪な笑みを浮かべた。直後、玲士は背後からの気配に振り向く。トゲのあるツルが首筋を掠めた。直線に切られた傷はパクリと開き血が流れ出る。そのまま後ろにステップを踏み、急いで距離を取った。刃を鬼に向け、次の攻撃に備える。

 

「良く避けたのぅ」

 

 女の鬼だった。

 

「か、体が・・・・・・」

 

 鬼は、人の姿をしているが、木のように足から根を這っていた。周囲の木々は、風がないのに、意思を持つかのように不気味にカサカサと葉の音を響かせる。

 

「アンタが人さらいの犯人か?」

「人さらいとは何のことじゃ?」

 

 鬼が白い細腕を持ち上げて、手の平を玲士に向かってかざした。すると、地面からツルが勢い良く放たれた。ムチのように、曲線を描き踊りながら迫る──正面、右、左、と刀を振り切り落とすが、ツルの数は増え、次第に攻撃を避け切れなくなって行く。一度、待避しよう、そう思い、玲士は、森の中に飛び込む。

 

(持久戦だと、分が悪いな)

 

 玲士の右腕は完治していない。左手に持つ刀を振る度に、右腕には鋭い痛みが走る。この勝負、長引けばそれだけ不利になる。

 

「近付く方法を探さないと」

 

 あのツルをどうにかしなければ、鬼の首に刃は届かない。思考を巡らせながら、出来るだけ遠くへと逃げる。

 

「────!?」

 

 目の前の光景に言葉が出なかった。木の枝に、何人もの人がぶら下がっていた。首元は、ツルで縛られていて、まるで首吊り自殺のような格好だ。

 玲士は、しゃがみ込み呼吸が乱れて、息も上がる。首は苦手だった。自ら命を断った母の変わり果てた姿、兄に首を絞められ殺されそうになった時の記憶が呼び起こされる。

 

(大丈夫、大丈夫)

 

 深く息を吸って吐いてを繰り返す。まとわりつくのが嫌で、いつも開けている隊服の首元のホックを、さらにもう一つ、下のボタンを外した。

 

「ずいぶんと、余裕じゃなぁ」

 

 鬼の声がした時には遅かった。

 

「ぐ、ああああっ!!」

 

 右腕にツルが絡み付き締め付けられる。

 

「動きが変だと思うたら、そう言うことか」

 

 ニタニタと笑みを浮かぶ。このままだと、腕を引きちぎられる。そう予感し、玲士は、酸素を一気に体内に送り込む。

 

(────(あお)の呼吸、弐ノ型)

 

(らい)(こう)!!」

 

 刃は青の光を纏うと、一瞬のうちに、右腕のツルを斬り落とした。間を置かず、速度を上げ、一気に攻め込む。向かい合うように繰り出されるツルを連撃の斬り技で振り払い、間合いを詰めて行き、鬼の頸を目掛けて刃を真一文字に振り抜いた。

 しかし、感触が軽い。そう、玲士が斬ったのは、鬼ではなく大木だった。目の前で、一本の木が斬り倒された。

 

「惜しいのぅ」

 

 鬼は余裕の笑みを浮かべる。

 

「血鬼術か」

 

 この街道と森は、足を踏み入れた者の空間認識を狂わせる。普通の人間であれば、迷う。そして、人の姿をした鬼と遭遇し、助けを求めようと近付いた時に、トゲのあるツルに襲われるのだ。

 玲士の額から汗が流れる。右腕は、もう力が入らなかった。ズキズキと深い痛みだけが残される。

 どことなく植物のツルが蛇のように地面を這い、今か今かと様子を伺う。

 だが、やらなければ誰も守れない──気持ちを入れ直し、刃を鬼に向ける。

 

「終わりじゃ」

 

 全部で十本。ツルが矢のように放たれた。今まで一番多い数だ。

 避け切れない──直感的に死が側にあることを感じた。しかし、刀を振るわなければ未来は変えられない。

 それは、一瞬の出来事だった。迎撃をする直前、突風の後、ツルが全て斬り落とされた。

 

「おーい、大丈夫か?」

 

 刀を構えた仁王立ちの若い男は、顔を軽く捻り、緊張感のない声で、玲士の安否確認をする。

 

「ここは任せろ。その代わり、彼女を頼む」

 

 辺りを見回すと、少し離れた木の影に若い娘が見え隠れしていた。男が鬼狩りだと理解し、玲士は娘の元へと駆ける。

 

「千恵さんですか?」

 

 娘は静かに頷いた。玲士は、娘を背に隠す形で、男と鬼に視線を移す。

 

「き、貴様・・・・・・」

「なあ、『二兎を追う者は一兎をも得ず』って言葉は知っているか? 黙って、俺と彼女を見逃していれば、アンタの未来は違ったかもしれないな」

 

 鬼の目に焦りの色が走る。

 

「ち、違う──!!」

「話しは決裂だ。俺は、彼女を『家に帰す』と言ったんだ。でも、アンタは、見逃すことはしても、結界は解かなかった。大方、隙を狙って、また襲うつもりだったんだろう?」

「──死ね!!!!」

 

 ツルが束となり男に放たれた。

 対する男の刃は、真っ二つにツルを割いて行き、あっという間に鬼の頸を落とした。

 

「風の呼吸、捌ノ型。初烈風斬り」

 

 男の言葉の後、鬼は灰と化して行く。

 

「せっかくの血鬼術も、気配が大きければ台無しだな」

「何故じゃ、幸はただ──」

 

 時に鬼は、姿形を自身の望むものに変貌させる。

 玲士は、鬼の変貌に驚いた。

 

「お、男?」

 

 声は低く、体格も少し大柄になっている。姿は女だったはず、身に纏う着物は女物であった。

 

「許されなかったのだろう」

 

 鬼には目もくれず、それだけ男は言い残すと「帰ろう」と玲士と娘に声を掛けた。

 

 

3

 翌日。玲士は、朝食を済ませ、再度、医者の診察を受けた後のことだった。寝てばかりでは体が痛くなる、そう思い、縁側でキセルを吹かしていた時のことだ。

 

「昨日は、ありがとな」

 

 声の主は、昨日の鬼狩り。あぐらをかき、空を眺めていた玲士は立ち上がると、一礼をする。

 

「いえ。助けて頂いたのは自分の方です。ありがとうございました」

 

 昨夜の鬼の討伐後、玲士は、男と娘と共に藤の花の家紋の家へと戻った。命の恩人となった二人の鬼狩りは、家の者に涙の土下座で感謝され後に、体を休めることとなった。

 

(この人、まだ居たんだ)

 

 男に怪我をした様子はなかったし、とっくに次の任務へ向かったものと、玲士は思い込んでいた。

 

「あれ、歳いくつ?」

 

 向かい合う二人。男は、玲士の顔とキセルを何度か視線を往復させ、不思議そうな顔をして訊ねた。

 

「・・・・・・十五です」 

「真面目な顔してやるなぁ」

「来月で、十六ですけど」

「どっちにしろ、未成年だろ。君、名前は?」

 

 男は、一瞬、驚くも笑った。

 

「東衛です。東衛玲士」

朝地光明(あさじこうめい)だ」

 

 朝地は、はつらつとした笑顔を見せる。

 

「よろしく、お願いします」

 

 戸惑いつつ、玲士は軽く頭を下げた。朝地の雰囲気から何となく勘付いてはいたが、距離感の近い人間は苦手だった。特に馴れ馴れしい態度は、どう反応すれば良いのか困る。

 玲士は「失礼します」と、その場を後にしようとするも、そうは上手く行かなかった。

 

「俺は、十八で結婚したんだ。嫁さんとは十四からの付き合いでな。両親には勘当されたけど、嫁さんの親父さんの借金を返すために、鬼殺隊へ入ったんだ」

「そ、ですか」

 

 突然、始まった脈絡のない話。他人の苦労話ほど、どうでも良いものはない。

 

「君は何のために入った?」

「聞いて、どうするんですか」

 

 目を細めて、素っ気なく言い放つ。

 

「実は、東衛くんとは前から話してみたいと思っていたんだ」

「俺は、貴方に興味はありません」

 

 絶対的な拒絶を示した。目上の人間には、それ相応の態度は取って来た玲士だが、必要以上に自身の内に入り込もうとする者には、容赦はなかった。

 

「ひゅー。噂通りだな」

「噂?」

「生意気だって」

 

 朝地は変わらぬ笑みを浮かべる。

 

「・・・・・・」

「あれ、冗談だったんだけどなぁ」

 

 朝地は、苦笑いで、玲士の顔を覗き込んだ。世間的に見て、背の高い部類に入る玲士だが、目に見えて、朝地の方が長身で、肩幅もあった。助けられた時の朝地の背中を思い出し、それが父の姿と重なり、理由の分からない苛立ちが沸き起こる。

 

「喧嘩はしませんから」

「そりゃ、そうだ」

 

 それから数日。藤の花の家紋の家に居る間、ことあるごとに朝地は玲士に絡んで来た。今まで出会った隊士とは、違う人間だと言うことは理解できた。




東衛玲士
人並みより高い背丈と元柱である父親譲りの刀の腕を持つ。育ちは悪くないため、最低限の常識と社交性は持ち合わす。必要以上に他者と関わろうとしないのは、対人関係が苦手ではなく、警戒心が強いと言った方が正しいだろう。

朝地光明
人の懐へ容易く入り込む、マイペースな男。元々、鬼とは無縁の生活を送っていたが、妻の家の借金を返すべく鬼殺隊に入る。風の呼吸の使い手。人命優先を掲げ、鬼に背を向けることを厭わないことから、性格とは裏腹に敵が多い。
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