ある鬼狩りの葛藤   作:clearflag

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第05話 鬼殺隊

1

 季節は移ろう。鰯雲が浮かぶ空の下、鬼殺隊の隊服を身に纏う二人の人影。秋は春と並び、鬼狩りにとって活動のしやすい気候である。

 

「じゃあ、始めようか」

 

 快活に話すのは、朝地光明(あさじこうめい)。おおらかで、面倒見の良い男である。鬼殺隊の十段階ある階級の最高位である《(きのえ)》であり、柱に最も近い男と称される実力を持つ。余談であるが、柱の打診を断り続けている(・・・・・・・)と言うのが、もっぱらの噂だ。

 

「よろしく、お願いします」

 

 正面に立つ玲士(れいし)は、ペコリと軽く頭を下げた。あの一件以来、二人は任務を共にすることが多かった。相変わらず、容易く人の懐に入って来る朝地に対し、戸惑いしかなかったが、何度も顔を合わせるうちに心が緩み、うっかり溢してしまったのだ。

 

 ────全集中・常中が使えない。

 

 それを聞いた朝地は、自ら教えると名乗りを上げ、トントン拍子に場が設けられてしまった。

 

「まずは、利き腕の左から行こう。何も持たずに腕を上げて」

 

 その言葉に従い、玲士は目を瞑り、腕を上げる。手の内を晒すなら、しかと習得をしなければ利に合わないと、自身を納得させる。

 

「深くゆっくり深呼吸して。急ぐなよ。筋肉の筋を意識するんだ」

 

 左腕のみに意識を集中をする。

 

「血液は、心臓から送られる。肩から順番に、腕、手、指先。少し呼吸が早いぞ。速度は一定間隔になるように。自分だけの呼吸の流れがあるはずだ」

 

 朝地は、隊士の中では兄貴分的存在だ。人に教えるのが上手く、下の階級の者からは慕われている。

 一方、朝地の掲げる人命優先に否定的な者もいた。常にリスクを回避した作戦、場合によっては、鬼と交渉し、手を引くことも珍しくなく、《甲》として相応しくないと陰口を言われることはよくあった。家族が生きているから自分の命が惜しいんだとか、覚悟が足りないだとか、金のことしか考えていないだとか、隊士の不満の矛先にされた。

 

「そこまで」

 

 朝地の合図で、玲士は息を上げた。時間にしたら、たかが数分だった。

 

「うん。筋は悪くないね。むしろ、それだけ出来ていれば、常中の会得は難しくないと思うんだけどなぁ」

「すいません」

「悪い癖だな」

 

 意味が分からず、俯かせた顔を持ち上げた。

 

「直ぐ謝るのだよ。初めから出来る奴なんていないんだから、良いんだよ。気にしなくて」

 

 顔をクシャっとさせ、笑う朝地に、玲士は返す言葉が見つからなかった。

 

「次は、右腕もやってみよう──」

 

 一日を通し鍛錬は行われた。

 

 

2

 玲士が鬼殺隊に入隊し、半年が経過した。

 十二鬼月ないしそれ相応の力を持つ鬼の前情報があった場合、高い階級の者が作戦責任者に任命される。戦場では、連携が何よりも重要であるため、責任者が指揮を取りやすい隊士を指名し作戦に加えることは、よくある話だった。

 そのため、上の階級の者に、二回、三回と、指名された下の階級の者は、将来を期待されているんだと思うことも少なくない。まして、相手が柱だった日には、継子候補ではと噂が流れるほどだ。実情として、個性派揃いの柱の継子になりたいと本気で思う者は、ごく一部である。

 曇天の空からは、大粒の雨が落ち続ける。小さな漁船の上には、数人の隊士か乗っていた。

 

(冷えるな)

 

 口からは白い息が漏れ出る。玲士が赴いたのは、ある漁村からほど近い川だった。深夜に船を出し、明け方、村に戻る深夜漁が盛んなこの村では、船が転覆する事故が多発していた。

 村人は、川の神の祟りだと、恐れながらも生活のために漁へと出ているらしい。古くからある村の伝説を鵜呑みにするならば、それは十年に一度の周期で訪れるもので、村人曰く、今は辛抱の時だと言う。

 

「お前が朝地の舎弟?」

 

 玲士に声を掛けたのは、今回の任務の指揮を取る、音柱の宇髄天元。宝石が散りばめられた額当てをした大柄な男だ。

 本来なら、悪天候の中、船を出すのは正しい選択ではない。しかし、他に船がなければ、確実に奴は狙って来ると踏んでの作戦だった。

 

「・・・・・・どう言う意味ですか?」

「そのままんの意味だけど」

「だったら違います」

 

 宇髄は「ほーん」と気のない反応だった。

 

「派手に喜べ。俺の補佐をやらせてやろう」

 

 現在の玲士の階級は下から三番目の《(かのと)》。玲士より、階級が上の隊士も参加している。

 

「本当ですか?」

「他の奴らは船酔いが酷いみてぇだからな」

 

 宇髄は、親指を立て残りの指を折り畳み、窓の外を指した。川に向かって嘔吐する者、座り込み顔色の悪い者が数人視界に入る。

 二人が居るのは、船内の中央に造られた休憩室。当初は、他の隊士も居たが、船の揺れに耐え切れなくなり、横殴りの雨と風が舞う外へ、一人、また一人と飛び出して行ったのだ。

 

「なるほど・・・・・・」

「俺一人で充分な任務だがな」

 

 見た目の派手具合は、自尊心に比例しているらしい。

 外から悲鳴と共に船が激しく揺れた。

 

「鬼!?」

「行くぞ、東衛(とうえい)!!」

 

 休憩室を二人は飛び出した。船の先に立つのは、鬼。半魚人と例えれば良いだろうか、鱗のような肌に、顔の隅にはギョロッとした目が付いていた。

 

「鬼、狩リ、カ?」

 

 宇髄が先頭に立ち、直ぐ後ろに玲士は控える。

 

「ああ、だったらどうするよ?」

「殺、ス」

 

 片言喋りの鬼は、宇随に指を指した。

 

「派手に、その言葉を返してやるぜ」

 

 背中の双刀を引き抜き、宇随は構える──しかし、鬼は船から川へと飛び込んでしまった。

 

「テメェ、逃げんじゃねぇ!!」

 

 船の上は、淡い光を灯すランタンが数個あるだけだ。気を抜くと簡単に背後を取られそうな薄暗さである。

 直ぐに時は訪れた。足元から突き上げるような衝撃。木が軋む音がし、何かが壊された。

 

「音柱様、後ろ!!」

 

 玲士は叫んだ。船の後方に穴が空き、船酔いを訴えていた隊士が、鬼に次々と川へと引きずり込まれていた。

 

「鬼、狩リ、殺ス」

「地味な真似しやがって!!」

 

 瞬きする間もなく、宇髄の刀は、隊士を掴んでいる鬼の手を斬り落とした。そこでは終わらず、頸に刃を向けたが遅かった。鬼は空いた穴から、再び川に潜り込んだ。

 

「俺が川の中に行きます」

 

 玲士は、状況を打破しようと、上着のボタンに手を掛けた。

 

「待て。闇雲に行動を起こすんじゃねぇ」

「ですが、早くしないと捕まった二人が。それに船だって」

 

 船は比較的、川辺から近い位置にある。だが、嵐の中を泳いで戻るのは容易ではない。

 

「この俺を誰だと思っている。天下の宇髄天元様だぞ」

 

 しかし、このままでは沈没は免れない。

 

「東衛。あとそこのお前、泳ぎは?」

 

 玲士は「大丈夫です」と答え、船酔いを訴えていた先輩隊士、村田の方に視線を向ける。村田は、顔色は悪いが静かに頷いた。

 

「村田は、捕まった二人を助けろ」

 

 宇髄は指示を出す。

 

「東衛は、俺が鬼の気を引いた隙に頸を狙え」 

「はい」

 

 傾いて行く船。気配なく、鬼は闇夜を斬り裂く。鋭利な先が玲士を捉えた。

 

「────!!」

 

 足場の安定しない中、刀で鬼の攻撃を振り払う。

 

「悪イ奴、嫌イ。鬼狩リ、嫌イ」

 

 鬼の手には、銛。正確には銛を型どった水の塊だった。血鬼術なのだろう。

 

 宇髄は、声を張り上げた。

 

「行くぞ、野郎共!!」

 

 双刀を鬼ではなく、船に向かって振り下ろした。

 

「音の呼吸、壱ノ型────轟!!」

 

 爆音と共に、船を中心に周囲の水が打ち上がった。衝撃で、鬼の持つ水で出来た銛も無くなり無防備となる。玲士は、即座に攻撃へと移行する。

 

 (あお)の呼吸、弐ノ型────「(らい)(こう)!!!!」

 

 今は、向き出しの地に足は着いている。一瞬で、間合いを詰め、真一文字に振り被った刀を振り抜く。

 

「ズ、ルイ」

 

 はねた頸は転がり落ちた。ホッとする間もなく、宇髄が叫ぶ。

 

「岸まで、走れぇぇ!!」

 

 空に向け、打ち上げられた水が空から落ちて来る。玲士は、呼吸を整え、全速力で地面を蹴り上げた。

 

「お前ら、生きているか!?」

「はい、大丈夫です」

 

 間一髪、岸まで辿り着くことが出来た。玲士は答えたが、村田の返答がない。

 

「た、助けてくれ!!」

 

 捕まっていた隊士二人を両脇に抱え、溺れかけていた。

 

「何やってんだ、アイツは!!」

 

 宇髄が川に飛び込み助けたことで、ことなきを得た。

 

 

3

 鬼殺隊本部、産屋敷邸。

 一つ、敷居の高いところに腰を下ろすのは、鬼殺隊の最高責任者である産屋敷耀哉。隊士からは、お館様と呼ばれている。

 

「では、柱合会議を始めようか」

 

 《柱合会議》────半年に一度、耀哉が柱と情報共有するための場だ。

 

 耀哉と対面する形で座る柱は、その画数と同じく、九人で構成される。戦死や引退などで、席が空いた場合、一定の条件を満たした甲の位から新しい柱が選ばれる。

 

 ──岩柱・悲鳴嶼行冥

 

 ──音柱・宇髄天元

 

 ──水柱・冨岡義勇

 

 ──風柱・不死川実弥

 

 ──蛇柱・伊黒小芭内

 

 ──炎柱・煉獄杏寿郎

 

 ──蟲柱・胡蝶しのぶ

 

 ──恋柱・甘露寺蜜璃

 

 ──霞柱・時透無一郎

 

 歴代最強と呼び声高い九人の柱。上弦の鬼の討伐、ひいては、鬼舞辻無惨の頸を取ることを大いに期待されていた。

 十二鬼月に関する報告から始まり、一般隊士の育成方針など、隊に纏わる議題が進められて行く。会議は終盤になり、痺れを切らした(・・・・・・・)風柱の不死川実弥が声を上げた。

 

「恐れながら、お館様。『折れた刀の剣士』、奴についてはどうお考えなのでしょうか? 一般人への被害はまだ耳にしませんが、多くの同胞が奴に殺されています」

 

 《折れた刀の剣士》────鬼殺隊の隊服を身に纏い日輪刀を携える鬼。元隊士と目されているが、彼に繋がる情報は何一つ上がらない。

 

「そうだね。多くの子供たちが命を落としているのは事実だ。でも──鬼殺隊として、動く余地はないよ」

「このまま野放しにしておいては、奴の思い通りです。そのうち一般人への被害も出るでしょう。鬼を滅殺してこその鬼殺隊。こちら側に居た人間が鬼の手に落ちるなど、言語道断です」

 

 口にはしないが、他の柱も考えは同じだった。鬼を斬るはずの人間が鬼になるなど、容認出来るはずがない。そして何より、身体能力が高く、鬼にとって、御馳走となる隊士を幾人も食べているのだ。確実に大きな障害となるのが目に見えている。だが、鬼狩りばかりを狙うと言うことならば、考えによっては逆手を取ることも出来る、実弥はそう考えていた。

 

「優先すべきは、鬼舞辻無惨の情報及び十二鬼月の討伐だ。助かった子供の話しだと、その鬼は十二鬼月ではないと聞いているよ。被害者数を踏まえても、隊として動く段階ではないと私は思う」

「しかし──」

 

 引かない実弥を悲鳴嶼行冥が静止した。

 

「不死川。そこまでだ」

 

 悲鳴嶼は、柱の中で最年長である。実力は当然のこと、柱の中心的存在だった。

 実弥は、これ以上は言わなかったが、わだかまりを残す結果となった。

 

 

4

 鬼殺隊において、女性の割合は圧倒的に少ない。大切な人を亡くした彼女らに、周囲の人間は、ありふれ日常と娘としての幸せを手にさせることこそが、最善の解決策(・・・)だと考るからだ。

 無論、周囲の声を振り切り、剣士を志ざす者は居る。とは言え、男性と比べて、体格的に不利であり、最終選別の合格率は芳しくない。入隊が出来たとしても、任務には鬼以外の危険も伴うし、女性特有の体調の問題だとかが考慮されているとは言えない。

 この日、西越周(にしごえしゅう)は、蟲柱の胡蝶しのぶが取り仕切る蝶屋敷を訪れていた。

 刀が入った竹刀袋を右手で力強く握り締め、周は屋敷の玄関ではなく、庭先へと向かう。隊服の上に看護服を着た少女を見つけ、キツく結んでいた口を開いた。

 

「神崎」

「西越さん。刀、ですか?」

 

 神崎アオイは、洗濯物を干していた手を止め、チラりと竹刀袋に視線を向けると周に目的を訊ねた。

 

「ああ。彼女に持って来た。上がっても良いか?」

「どうぞ。しのぶ様は任務に出ております」

 

 アオイは、ある部屋に周を通した。

 

「待たせたな。刀、研いて来たぜ」

 

 周が言葉を投げ掛けたのは位牌。しのぶの亡き姉、胡蝶カナエに向けたものだった。カナエの刀を担当していたのが周であり、周が作った刀で、初めて柱になったのがカナエだった。

 

「そっちはどうよ? 俺は相変わらず刀ばっか打ってるよ。しのぶ・・・・・・アイツは本当によく頑張ってる」

 

 だから、心配するな。そう、周は思いを込める。

 戦死した隊士の刀は、打った刀鍛冶に戻され研ぎ直される。もし、折れていれば打ち直し、その後、家族の元へと返される。身寄りがなければ、育手もしくは産屋敷家の保有する鬼殺隊のための墓に奉納されると言った流れとなる。

 本来、その先は刀鍛冶が関わってはならない。だが、周は、カナエを失った蝶屋敷、しのぶの姿を見て我慢出来ずに言ってしまった。──『これからも、花柱の刀を研がせて欲しい』と。元来、勝ち気な性格だったはずの少女は、見たことがない柔和な笑顔を浮かべると、周の頼みを承諾した。

 周は、ことを終え、刀を部屋に残し戸を開くと、ちょうどしのぶと対面した。見下す形で、小柄なしのぶに視線を合わせる。

 

「いつもありがとうございます」

 

 しのぶは、姉にそっくりな笑顔で礼を言う。

 

「俺が好きでやらせて貰っていることだからな」

「また、お送りしますね」

「あぁ。邪魔したな」

 

 毎回、交わされる台詞のような同じ会話。それでも、二人の中ではこの瞬間、絶対に鬼をこの世から滅ぼす、互いが互いに誓い合っていた。

 

「──折れた刀の剣士」

 

 しのぶは、振り向き周に問うた。

 

「どう言った鬼か御存知ですか?」

「知らねえ。柱が知らねえなら、知らねえよ」

 

 あのしのぶの口から名前が出るなど、柱合会議の議題にでもなったのだろうか。ならば、聞いた話よりずっと状況は悪い。周は、心の中で舌打ちを一つ。

 

「そうですか。西越さんなら何か御存知と思ったのですが」

「残念だったな」

 

 右手をヒラりと流し、逃げるように周は蝶屋敷を後にした。




東衛玲士
鬼殺隊に入隊し、半年。階級は辛。ある任務以降、宇髄の命令により、宇髄を神と呼称していたが、朝地に見つかり即時撤廃された。過去には、杏寿郎を炎柱様と呼んだところ、鳥肌が立つから止めるよう言われたことがある。

西越周
亡き花柱、胡蝶カナエの担当刀鍛冶であった。何十本と、剣士らに刀を送って来たが、柱に至ったのはカナエのみ。しかし、彼女は鬼に殺されてしまう。もっと良い刀が作れていれば、その思いを刻むように今日も刀を叩く。

宇髄天元
朝地から良い新人が居ると聞き、さっそく自身が指揮を取る任務に指名してみた。玲士の刀の腕に将来性を感じるも、宇髄の評価としては、真面目で地味な野郎。冗談半分で、上官命令と称し、神と呼ぶよう命じるが・・・・・・。
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