ある鬼狩りの葛藤   作:clearflag

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第06話 折れた刀の剣士

1

 組織とは、人が増えれば増えるほど、統制を取るのが難しくなるものである。

 殉職者が絶えない鬼殺隊では、常に人員を要をしており、猫の手も借りたいほどの多忙さを極める。多くの隊士が大切な人を奪われた怒りと悲しみを原動力とし、今日も刀を振るっているわけだが、必ずしも皆が前述の境遇ではないことを忘れてはならない。

 この日、玲士(れいし)は合同任務に赴いていた。朝地光明(あさじこうめい)を先頭とし、十人の隊士が一つの列を作り、ある村を目指し森の中を歩いていた。

 

「なぁ。お前、朝地一派なの?」

 

 朝地一派とは、朝地の掲げる《人命優先》に賛同する隊士らを指す。玲士は、後方からの声に少しだけ首を捻じり、直ぐに正面へ戻した。

 

「違います」

 

 先輩隊士は「ふーん」と、薄い反応だったが、それが始まりだった。

 

「俺は、朝地さんが指揮を取る任務は、今回で四回目。下手に柱の継子を目指すより、朝地さんみたいな人の下に付いた方が良いよな、絶対」

 

 適当に相槌を打ちつつ、話しは続く。

 

「正直、朝地さんの考えに賛成だなー。死んだら、そこで終わりじゃん。自分の命を優先して、何が悪いんだって。そう思うだろう?」

「確かに死んだら終わりです。でも、後がなければ立ち向かうしかありません」

 

 二人の会話は、前の隊士にも聞こえていたようだ。一昔前に流行したと言うバンカラスタイルの黒マントの男が振り向くと、「私語は謹しめ」と注意をした。

 軽く頭を下げる。これで、お喋りも終わりか、そう思った時、背後で小さく「何だ。お前、そっちなのか」と呟きが聞こえた。

 鬼殺隊を志願する理由として、鬼への復讐の次に多いのが《金》である。一番下の階級で、給与は大卒初任給程度。家柄も学歴も問われない死と隣合わせの実力社会は、刀一本で、全てが決まる。

 一方で、《金》を目的とする隊士の中には、小物の鬼しか相手にせず、合同任務では、積極的に前線に出ようとしない者がいるのは周知の事実だ。だが、復讐に燃える者たちと同じ覚悟と気迫を持って任務に臨めと言うのは、あまりにも酷な話しだろう。

 出発をして、約三十分ほどが経つ。

 

(村が近いのか、空気が重い)

 

 見え隠れする夕日に目を細め、玲士は、鬼の気配を感じていた。

 

「一旦、集合。今回の任務の詳細を確認をする」

 

 朝地の号令に、隊士が輪となる。合同任務への参加は、二ヶ月前に、音柱の宇髄天元からの指名を受けて以来だった。

 

「この先の村は、百人にも満たない小さな村だと聞いている。情報提供者は、定期的に、その村へ検診に行っている町医者からだ。最近、立て続けで、村人が行方不明になっているらしい」

 

 伝令の紙が二枚目に移る。

 

「不審に思った医者は、村長に警察へ通報するよう進言したが、祖の教えに反すると追い返されたそうだ。その話を耳にした、隊士が視察に向かったところ『鬼の気配あり』との報告を最後に三日前から連絡が途絶えている」

 

 朝地は、グルりと隊士を見回し、紙を鴉に戻した。

 

「いつでも刀を抜ける準備をしておくように」

 

 説明の後、十人の隊士は、村へと歩みを進めた。もうすぐ村に着く直前だと言う時、道端に、うずくまる少女と遭遇した。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 朝地は駆け寄る。少女が顔を上げると涙を流し、手で押さえる腹部からは、出血をしていた。側には、血の付いた小さな刃物が落ちている。

 

「たす、けて。痛いの」

「ああ。今、手当てするから、君は助かるよ。よく、頑張ったね。すまないが二人ここに残ってくれ」

 

 怪我が付きものの鬼狩りは、簡単な応急処置であれば自分で出来る者も多い。二人の隊士が前に出て、少女の処置に当たる。

 

「応急処置をしたら、近くの診療所まで。他の者は、これより、二手に分かれて村に入る」

 

 

2

 森を抜けると、広大な畑が目に入る。その側には、家がポツンポツンと、隣人と呼びがたい距離を置いて建ち並んでいた。八人の隊士は四人ずつ、東と西に分かれて、調査へと当たる。

 

「誰も居ません」

 

 玲士は、ある家の戸を閉めて、朝地に声を掛ける。一軒、一軒、家を周っているのだが、東班の成果はゼロ。人っ子一人居ないのだ。居たのは、先ほどの少女だけ。

 

「鬼の気配はあるんだけどな。もう少し探そうか」

「はい」

 

 何となく、嫌な予感がして、西の方角に顔を向けた。

 

(もしかして、一人じゃないのか?)

 

「どうした? 行くぞ」

「すいません」

 

 朝地の背を追う。

 玲士は、鬼の存在を《空気の揺らぎ》として、捉える。鬼は、人間とは全く違う呼吸の流れを持つからだ。その流れを纏う空気の小さな揺らぎを無意識に感知することが出来た。

 遠くから声が聞こえる。辺りを見回すと、段々と人影が大きくなって行く。西班の隊士だった。

 

「朝地さん!!」

 

 黒マントの隊士が息を上げて走って来た。

 

「西側で、村人の集団自決が行われています!! とても自分たちで処置できる数じゃありません!!」

 

 現場は一気に混乱と化する。

 

「他に異常は?」

「分からないです」

「西班は、そのまま治療に当たってくれ。東班は、この村を根城にする鬼を斬る」

 

 冷淡な声が、空から降り注ぐ。

 

「──全く、騒々しい限りだ」

 

 茅葺き屋根の上に腰を降ろし、こちらを見下ろす鬼が居た。頬杖を付き、目元は白地の布のようなものを巻いて目隠しをしている。にも関わらず、玲士らをジッと見つめていた。

 

(兄、ちゃん?)

 

 玲士の鼓動は、自然と早くなる。目の前の鬼から目を離せなかった。鬼殺隊の隊服に身を包み、その上には、返り血を浴びた白地の羽織を着ていた。

 

「己の闇に勝てぬ者など、生きる価値はない。さて、貴様らは、どうだろうな?」

 

 ゆったりとした動作で、鬼は鞘から刀を引き抜いた。しかし、刀身は折れている。刃元から、十センチあるかどうかと言うところで先が無くなり、誰が見ても使いものにならない状態だった。

 坊主頭の隊士が驚きの声を上げる。

 

「や、刃がない!?」

「いや、あるさ──」

 

 瞬きをした後、気付いた時には視界から鬼は消えていた。肉を裂く音と共に、頬に水気のある何かが飛び、隣の隊士が反射的に顔を横に向ける。

 

「ほら、見ろ。切れたじゃないか」

 

 頭部が切断されていた。坊主頭の隊士だった。血の海が地面に徐々に広がって行く。鬼は、今度は、振り切った刀を隣の隊士の喉元に突き刺した。そのまま頭上に刀を振り斬り、見るも無残な姿となる。残るは、三人。玲士、朝地、黒マントだけだ。

 

「──塵旋風・削ぎ!!」

 

 足音なく接近し、朝地は鬼の頸に刀を振るう。

 

「良い剣筋だ。柱に近い力を感じる」

 

 難なく鬼は避けると、間合いを取った。

 

「お前は、折れた刀の剣士か?」

 

 鬼の口角が少し上がる。その言葉を待っていたかのようだ。

 

「さあ、僕は一度も名乗ったことないけど」

 

 朝地は、乾いた口の中で、必死にツバを飲み込んだ。冷静にならなければならない。そう思えば思うほど、自身の体から血の気が引くのが分かった。

 

(──朝地さんの様子が)

 

 未だ、鞘から刀を抜けない玲士であったが、朝地の異変に気付く。

 

「分かりやすい奴だな。老人どもに、僕を殺すように命じられたか? 回りくどいことはせずに、さっさと柱を寄越せば良いものを」

 

「何の話だ?」

「誰を差し向けようとも僕には敵わないって話さ」

 

 その頃、黒マントは、民家の裏に隠れながら、鬼の背後へと周っていた。しかし、裏を取ったのは鬼だった。

 

「裏をかいたつもりか?」

「な!?」

 

 とっさに、刀を構え、攻撃に備える。刃が重なり合った瞬間、黒マントの刀が折れた。

 

「分かっただろう。僕の刃は固いんだ。縦の力にも横の力にも」

 

 首筋に見えない刃が触れる。

 

「た、助けて下さい。朝地さん・・・・・・」

「お前の相手は俺だ。彼から手を引け」

 

 朝地は再び刀を構えて、鬼に言い放つ。

 

「特別だ。目的が一つ果たせるからな」

 

 刀を降ろし、代わりに回し蹴りが放たれる。黒マントは、石ころのように軽々と飛ばされた。朝地は駆け寄る。

 

「始めようか」

 

 鬼は、焦点を玲士へと移す。

 

「早く刀を抜け。無防備の相手を殺しても意味がない」

 

 手が震えた。自分の体なのに自分じゃない感覚。

 

「腰抜けが。潔く散れ」

 

 動けない玲士に見えない刃が振りかぶる。

 

「──散るのはお前だ」

 

 朝地の振った刀は、鬼の頸を掠めた。続けて、第ニ撃。軌道を変え、防ごうとした鬼の手首を落とした。鬼に焦りの表情が浮かぶ。当然だ。先ほど、朝地は手加減はしていないが、全力ではなかった。

 鬼は刀を拾いあげると、森へと逃げる。

 

「逃がすか!!」

 

 朝地は追う。負傷者の居る状況で、いつもの朝地ならば、絶対にしない行動(・・・・・・・・)だ。

 玲士の中では、ある憶測が立った。東衛(とうえい)西越(にしごえ)の両家は、一日も早い折れた刀の剣士の死を望んでいる。産屋敷の許可の元、秘密裏に捜索隊を作り、隊士らを動かしていることを玲士は知っていた。そこに、金が絡んでいるであろうことは容易に想像がつく。

 違和感のある朝地の焦った様子。恐らく、鬼への恐怖心ではない。──事実、階級は高いが金を得るために働く者を、折れた刀の剣士の捜索に従事させていた。無論、金を使って(・・・・・)だ。

 

「本当、馬鹿みたいだ」

 

 玲士は、吹っ切れた顔になると、朝地を追った。

 

 

3

 朝地と鬼の姿は、村の外れにある寺院にあった。追い付いた玲士は、少し息を上げて、朝地の側に寄る。朝地は、先ほどよりも見るからに真っ青な顔をしていた。

 そこに居たのは、瞳に《上弦弐》と刻まれた鬼だった。

 

「やあやあ。俺は童磨。君ら二人が、今日のお客さん?」

 

 優男風の姿をした鬼だった。頭から血を被ったような髪で、ニコニコと笑いかける。

 

誠也(せいや)殿は下がって良いよ。死んだ村人を運んでおいてよ」

「承知」

「に、兄ちゃん!!」

 

 玲士に目もくれず、鬼は童磨の指示に動く。

 

「さて。頂くとしようかな」

 

 童磨は立ち上がると、伸びをする。ゆとりを感じられる動作だ。

 

「玲士。お前は、逃げろ」

 

 肩を掴まれて、後ろに投げ飛ばされる。

 

「朝地さん!!」 

 

 童磨が対の扇を一振りした。周囲の温度が下がり、蓮を模した氷が朝地を目掛けて咲き誇る。全てを払い落とし、童磨との間合いを詰めて行く。右から左へ、左から右へと揺さぶりながら、迫り来る蓮に遅れを取ることなく、刀を振るい確実に落とす。

 

「す、凄い・・・・・・」

 

 玲士は、心の声を漏らした。はっきり言って、次元が違う。朝地の逃げろは、『お前では勝てない』の意味だと気付いた。

 

「爪々・科戸風!!」

 

 爪でえぐるような斬撃が四度繰り出される。

 

「速いねぇ。でも、俺を殺すには、ちょっと遅いなぁ」 

 

 閉じた扇に止められた。朝地は負けじと攻撃の手を緩めず、果敢に攻め立てる。しかし、相手は上弦だ。攻防戦はそう長くは続かなかった。

 朝地は膝から崩れ落ちると、血が飛び散った。

 

「そろそろ終わりかな?」

 

(──俺がやらなきゃ)

 

 玲士は、朝地の前に立ち塞がる。

 

「君、本気かい? そいつより弱いだろう?」

「やってみなきゃ、分からないだろう!!」

 

 しかし、防戦一方だった。朝地を背に刀を振るう。

 

雨打(あまう)ち!!」

 

 必死に食らい付き、受け身の型で、氷を落として行く。防御に徹するので精一杯だった。とてもじゃないが、攻撃に移れない。だが、朝地の時よりも威力は弱い。

 

(手加減されているのか)

 

 急に攻撃が止まった。

 

「そっか。誠也殿だ!!」

 

 童磨は、満面の笑みを浮かべる。

 

「君の瞳、誰かに似ているなーって、ずっと思っていたんだ。だから、兄ちゃんって呼んでいたんだね」

「・・・・・・何が言いたい?」

「誠也殿は変り者でさ。初めの頃は泣きながら人間を殺しては喰って、吐いては、落ち込んでの繰返しでね。男は好みじゃないけど、誠也殿が人間の時に俺が喰べといてあげたら良かったなと、何度思ったことか」

 

 涙を流す童磨。

 

「ふざけているのか」

「えー。人を殺してしまったから悔い改めたいと、俺のところに来たのは誠也殿だよ。あまりにも絶望するもんだから、鬼にしてあげたんだ。悪いのは、全部鬼狩りだって教えてあげてね」

 

(こいつが!!)

 

 怒りが込み上げて来る。

 

「あ、お礼はいいからね。俺は、万世極楽教の教祖なんだ。信者の皆と幸せになることが務め、当然のことをしただけだから」

「それ以上は、喋るな!!!!」

 

 玲士の胸のうちなど、いざ知らず、童磨は全く別の方向を見ていた。

 

「もう、夜明けか。少しお喋りし過ぎちゃったみたいだね」

 

 童磨は、薄ら笑いを浮かべ去って行く。

 

「待て──」

 

 足元を引っ張られた。地面を這う血塗れの朝地だった。

 

「や、めろ」

 

 その瞬間、頭に上った血が一気に下がった。

 

 

4

 日が登る頃になり、柱と隠が到着した。

 玲士の目の前には、三人の遺体。集団自決の処置に当たっていた西班の隊士だった。玲士は軽傷だったため、隠から遺体の確認を頼まれた。

 

「間違い、ないです」

「ありがとうございます」

 

 辺り一帯は、目を覆い隠したくなるほどの地獄だった。殉職した五人の隊士の他、集団自決をした村人は二十人を超え、別に食い散らかされた遺体が数体あった。

 村に入る直前、少女を保護した二人の隊士は、重症。側には、自ら腹を裂いたと思われる少女の遺体があった。三日前に連絡が途絶えた隊士は、「既に食われた可能性が高い」、そう隠が話していたのを玲士は、小耳に挟んだ。

 

(何も出来なかった)

 

 生還者は、五人。重症の朝地は、真っ先に治療班に囲われて、今現在、懸命な処置が行われている。

 玲士は、大木の根本に座り込む。動きたくなかった。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 心配する男の声に、顔を持ち上げる。隠だった。

 

「凄い怪我だな。これで押さえると良い」

 

 集中力が切れて、止血していた傷が開いたようだ。手ぬぐいを受け取り、額に当てる。

 

「立てるか? 悪いが、胡蝶様は、朝地さんから手を離せない。あんたの治療は、蝶屋敷に行ってからになるから、辛いと思うが歩いて行ってくれな」

 

 玲士の肩をポンポンと叩く。

 

「はい」

 

 動く素振りのない玲士に、さらに声を掛ける。

 

「そう落ち込むなって。あんた、新人なんだろう? すげえ戦いを五体満足で生き残ったんだ」

 

 言葉を返す気にならなった。

 

 遠くで、「後藤、早くしろ」と呼ぶ声に「今、行くから!!」と隠は答え、去り際、玲士にもう一度声を掛けた。

 

「頑張れよ」

 

 今日も長い一日が始まる。




東衛玲士
鬼の存在を《空気の揺らぎ》として、捉える。意思を持って認知をするのではなく、人とは異なる呼吸の流れを無意識に感知するもの。いわゆる、第六感に近い。周囲からは、勘の良い人、よくそう言われる人に多い能力。

朝地光明
柱と遜色ない実力を持ち、数多くの任務の指揮を務めて来た。だが、朝地が戦うのは正義や復讐のためではない。東衛と西越に買収され、通常任務の他、折れた刀の剣士の情報があれば、その地域へ赴き、捜索活動を行っていた。

折れた刀の剣士(東衛誠也)
鬼化した誠也の姿。盗んだ隊士の隊服と刀を身に着け、血塗られた白の羽織を合わせている。羽織は、自身が殺めた父の羽織で、東衛の剣士だけに与えられるものだった。目元には布を巻き視界を閉ざしているが、見えるようである。
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