ある鬼狩りの葛藤   作:clearflag

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第07話 感情論

1

 背に《隠》の文字。黒子の装束を纏った男。名は、後藤と言った。

 見上げれば、雲一つない青空。こんな日は、『女の子と甘味処に行きてーな』などと思ってみるが、残念ながら、後藤にそのような相手は居なかった。終いには、寄り添って歩く恋人たちを見つけては睨みつけ、全ては仕事のせいであると、結論付ける。

 

「ったく、忙しいって言うのによ」

 

 《隠》に属す後藤は、蝶屋敷を訪れていた。

 

 《隠》────鬼殺隊の事後処理部隊。鬼と剣士の戦いの後処理や隠蔽、負傷した隊士の救護が主な仕事である。剣才に恵まれなかったことで、隠の道に進む者は多い。

 

 後藤は、蟲柱・胡蝶しのぶの仕事部屋である診療室の戸を叩いた。

 

「胡蝶様、後藤です」

「どうぞ」

 

 許可が下り、部屋の中へと入る。

 

「失礼します!!」

 

 元気よく挨拶をし、そっと戸を閉めた。

 

「すみません。急に呼び出してしまって」

 

 椅子に腰掛けるしのぶは、形の良い眉をハの字にして、謝罪の言葉を述べる。十人すれ違えば、十人振り返る美しい顔立ちで、気を抜くと惚れてしまいそうになるが、忘れてはならない。彼女は、後藤の恐れる存在、柱なのだ。

 

「いえ。何なりと!!」

 

 決して目を合わせることなく答える。

 後藤の背は汗で、びっしょりだった。呼び出される理由に心当たりがないからだ。昨日、突然、蝶屋敷に来るよう、しのぶの鴉から伝令があったわけだが、大した話でなければ、鴉を通じて済む話である。

 

「後藤さん。先日の折れた刀の剣士及び集団自決の件のことなんですが。貴方の死傷者数の報告を読んだところ、任務に参加した隊士は十名。内、殉職者が五名。負傷者が五名となっていますが、間違いないですね?」

「はい。その通りです!!」

 

 背を正し答える。隠が介入した事後処理については、その任務に参加した隊士の安否確認の結果を、しのぶに報告するよう義務付けられていた。

 

「しかし、蝶屋敷の治療部屋に居る隊士は、四人です。断っておきますが、軽症でとっくのとうに帰られた、と言うわけではないんですよ」

 

 汗が背中だけでなく、額にも湧き出る。いきなり核心を突くことはせず、外堀から埋めて行く、お得意の手法。崩れることのない、しのぶの微笑みに、後藤は身の危険を感じ始めた。

 

「別に、貴方を責めているわけではありませんよ。報告だと、その隊士は『頭部に怪我あり』と記載がありますし、人の命に関わることですから、確認をしようと思いましてね」

「・・・・・・はい」

「一度、こちらの報告書をお戻ししますので、再度確認して頂けますか? 四人の隊士は、治療部屋に居ますので」

 

 有無を言わせない目に見えない圧力に押されて、報告書を受け取った。提出する前より、心なしか重い。

 

「五人目の怪我の状態が分かりましたら、直ぐに教えて下さい。あまり酷いようでしたら、蝶屋敷まで、お願いしますね」

 

 後藤は、しのぶの満面の笑顔に見送られた。

 

 

2

 神奈川県、横浜市。

 東京に並ぶ重要都市の一つである。個人で売買を行う商人を始め、商社、外資系企業と、朝から晩まで多くの人と金が行き交う日本有数の国際貿易港──横浜港。

 ひと目を避けるように、街灯から外れた路地には二つの人影があった。

 

「殺すなら、ささっと殺せよ!!」

 

 地面に尻を付き、ツバを飛ばす勢いで喚き散らす鬼。元々なのか、鬼特有のものなのか分からないが、青白い顔が、さらに青くなり、恐怖による焦りの表情が加わる。

 対して、東衛玲士(とうえいれいし)は、無表情だった。左手に持つ刀の先で、鬼の首筋をソっと撫で上げる。

 

「もう一度、聞く。鬼の名は、童磨。対の扇を持ち氷の術を使う。見た目は、若い男だ」 

「い、いい加減にしろよ!! 知らねえって、さっきから言ってんだろうがぁぁ!!」

 

 息の上がった鬼は、両肩を激しく上下させていた。口元、手足、身なりと、複数箇所に血の跡があり、何度も刺されては、再生したことを物語っていた。

 

「そうか・・・・・・」 

「ちょ、待て──」

 

 玲士は、刀を振りかぶり鬼の頸を落とした。

 上弦の弐・童磨との戦いから数日が経過していた。玲士は、蝶屋敷には行かなかった。近くの町の診療所で、怪我の治療を受けた後、寝る間も惜しんで、狂ったように鬼を斬り続けている。行き場のない感情は、刀にぶつけるしかなかった。

 

「──階級、(かのと)。東衛隊士。探したぞ」

 

 見計らったかのように、投げ掛けられた声。玲士はゆっくりと振り向いた。そこには、隠の隊服に当たる黒子の装束を纏った男が立っていた。記憶を辿り、あの一件(・・・・)の事後処理で、手ぬぐいを渡してくれた人物であると、答えを導き出す。確か、同僚に『後藤』と呼ばれていた。

 

朝地(あさじ)さん、どうなりましたか?」

「まだ意識は戻らないが、命に別状はない」

「そうですか」

 

 命に別状はない、その言葉に少しだけ気持ちが軽くなった気がした。だが、これ以上は話すことはない、玲士は、後藤の横を通り抜けようとする。

 

「ちょ、ちょい待てや!!」

「急いでいるんですが」

 

 足を止めた。

 

「行くぞ、蝶屋敷に」

「必要ありません」

「怪我、治ってないだろう!!」

 

 後藤が指差したのは、包帯が巻かれた玲士の頭。

 

「近くの診療所で見て貰ったんで」

 

 だから放っておいてくれ、そんな意味合いを込めた。

 しかし、後藤は、途端に顔を真っ赤にして怒り出した。

 

「あ、の、な!! 外部の診療所は、緊急時以外は、使っちゃいけねえんだよ!! それに、お前は今な、行方不明者扱いになってんだぞ!! 鴉も付けずに勝手な行動しやがって!!」

 

 実は、今回の玲士の行動がかなり問題視されていた。前々から、蝶屋敷と藤の花の家紋の家を敬遠する行為は、当主の産屋敷耀哉の黙認の上で、成り立っていたが、本来、推奨される行為ではない。外部の診療所を受診すると言うことは、鬼殺隊の情報が流出する危険生が伴う。

 

「それ、隊律違反になりますか?」

 

 そう、隊律として、明確に示されているわけではない。行動を制限し、怪我が悪化したら本末転倒である。あくまで、推奨されない行為(・・・・・・・・)であると言うだけの話だ。 

 後藤には、火に油だった。

 

「こっちはな、心配して、探し回ったってのに。だいたいな、普通、あんだけの怪我したら、ベッドの上に居なきゃいけねえんだよ!! お前のせいで、俺はな!!」

「見逃して頂けませんか? 今回だけは勘弁して下さい」

 

 玲士は、深々と頭を下げた。その姿に後藤は冷静になる。

 

「・・・・・・何を先急いでんだよ。仲間が死んで悔しいのは、俺だって同じだ。本当は、この手で鬼を殺してやりてえよ。俺にはないが、アンタには、その力があるんだ。ちゃんと、治療を受けてくれよ」

「お願いします」

 

 頭を上げない玲士に、後藤は溜め息を吐く。

 

「今回だけだぞ。胡蝶様には、軽症のため蝶屋敷には行かなかったと言っておく。分かっていると思うが、次はないからな」

「はい。ありがとうございます」

「それと、次、怪我したら蝶屋敷に行くことな──」

 

 隠きっての人情に厚い男、後藤。この時、後藤は玲士のある決断を見抜くことは出来なかった。

 

 

3

 数日後。後藤の働きかけで、伝達の行き違いと言う名の元、玲士は、お咎めなく鬼殺に勤しむことが許された。

 ある民宿の和室。二階に位置するその部屋は、眺めが良く、遠くの山々までよく見えた。玲士は、冬の寒さなど露知らず、窓を開け放し、澄んだ朝の空気に肌を晒していた。 

 玲士の手元には、キセル。吸い始めたのは、鬼殺隊に入隊してからだった。自分は大人である、その証拠が欲しくて、そんなくだらない理由で手を出し、今では考えごとをする時、何となく口に咥えるのだ。

 窓際に止まっていた鳶丸(とびまる)により、思考が中断する。

 

「あんまり好き勝手すんなよな」

「分かってる」

「いつか倒れるぞ」

 

 いつになく、鳶丸は真面目だった。思い返せば、鬼殺隊に入って以降、常に側に居るのは鎹鴉である鳶丸だ。

 

「──自分の道は自分で決める」

 

 玲士は、何処か遠く一点を見つめる。

 

「周りが見逃しても俺様は見逃さねーぞ!!」

 

 鳶丸は、最近の玲士の行動を心配していた。何故なら、ほとんど休息を取らず、取り憑かれたように鬼を斬り続けているからだ。

 

「ありがとう」

 

 空いた手を伸ばし、感謝の気持ちを込め、鳶丸の頭を撫でてやる。

 

「ガキのくせに・・・・・・」

「そうだ。鳶、お館様に届けて貰えるかな?」

 

 鳶丸の頭から手を離すと、隊服の懐から、白い封筒を取り出した。笑顔で玲士は、「反省文」と付け加え、鳶丸へ渡す。

 

「俺様が居ない隙に居なくなんなよ」

「今日は、非番だから大人しくしてるよ」

 

 なかなかその言葉を信用せず、飛び立とうとしない鳶丸だったが、しばらくして、しぶしぶ民宿の窓から飛び立った。

 

「ごめんな、鳶」

 

 発言とは裏腹に、鳶丸の姿が見えなくなったことを確認し、玲士は、隊服を脱ぎ捨てた。隠していた洋装へ着替えると、ある人物の元へと向かった。

 

 

4

 玲士が向かったのは、蝶屋敷だった。

 

「ここか・・・・・・」

 

 屋敷の門を前に、玲士は気持ちを落ち着かせる。流石は、柱の私邸と言ったところだろう。塀の向こう側には、立派な屋敷が顔を覗かせる。

 木の門を押して、中へと入った。出迎えたのは、手入れの行き届いた花や草木、庭先には池もあった。ただ広いだけではなく、お金もそれなりに投資されているように見て取れる。

 だが、人気はない。場所を間違えていないだろうかと不安を覚えつつ、庭の方へと足を伸ばす。

 

(誰も居ないか)

 

 諦め、屋内へ入ろう、そう思った時だ。 

 

「──こっち向けよ」

 

 男の声。玲士は、反射的に振り向いた。放たれたのは、拳。頬への鈍い痛みと共に、バランスを崩し背中から倒れた。何が起きたのか分からなかった。

 

「お前のせいで、朝地さんが怪我したんだろうが」

 

 玲士を見下ろすのは、療養中用の部屋着を着た男。そこで、共に任務へ参加した、あの黒マントの隊士だと初めて気付く。

 

 黒マントは、尻餅を着く玲士の胸倉を掴む。

 

「今さら何しに来たんだよ。鬼の前で、刀も抜けないヘタレが」

「・・・・・・」

「おい、謝罪の一つも出来ねえのか」

 

 今度は、膝蹴りが腹部に向かって放たれる。玲士は、地面にうずくまった。

 

「帰れよ。お前に、朝地さんは会わせねえよ」

 

 反論もやり返すことも出来なかった。

 

「ささっと消えろ」

「──そこまでだ」

 

 聞き慣れた声。顔を持ち上げると、松葉杖姿の朝地だった。朝地の後ろでは、幼い少女が隠れるようにして、こちらを心配そうな顔で見ている。少女は、騒ぎを発見するも、屋敷の管理をする面々が不在だった。そこで、申し訳ないと思いつつ、療養中の朝地に頼んだのだ。

 

「あ、朝地さん、これは──」

「部屋に戻れ。話しは後だ」

 

 黒マントの弁解は聞き入れられず、青い顔をして、屋敷の屋内へと消えて行った。

 

「ごめんな」

 

 玲士は、その言葉が何への謝罪か分からなかった。

 

「いえ。あの、出歩いて大丈夫なんですか?」

「少しくらいなら良いんじゃないかな」

 

 前と変わらぬ笑みを見せる。

 

「わ、私、消毒液とガーゼを取って来ます」

 

 先ほどまで、朝地の背に隠れていた少女が走り去る。

 

「俺、伝えたいことがあって来たんです」

「ああ、聞くよ」

 

 静かに息を吸って吐き、心の準備を整える。

 

「鬼殺隊を辞めます」

「そっか」

 

 朝地は、一瞬驚くが、こうなることが分かっていたような表情だった。

 

「すいません」

「何で、謝るんだよ。謝るのはこっちなのに。殴られたところは、大丈夫か? 後で、キツく叱っとくから」

「え、いや・・・・・・はい」

 

 言葉が上手く出て来なかった。

 

「俺は、指揮官として、判断を誤った。深い追いすべき状況ではなかった。上弦の弐との交戦中に、集団自決の治療に当たった三人の隊士が亡くなっている。傷口から折れた刀の剣士だと言うことだ。村の人たちにおいては、一人も助けられなかった」

「それは、俺が刀を抜かなかったから」

 

 あの時、刀を抜いていれば結果は変わったかもしれない、後悔の気持ちが沸き起こる。

 

「時には、少しの気の迷いが命取りとなる。だがな、揺るがない事実が一つここにある──この命は君に守られた」

 

 その言葉に息を飲んだ。

 

「意思あるとこに道は開く。もっと自信を持て、東衛玲士」

「・・・・・・はい。ありがとうございました」

 

 玲士は、朝地に頭を下げた。

 そして、一度も振り返ることなく、新たな道へ踏み出した。




青の呼吸
水の変幻自在な動き、雷の速さ、風の荒々しい斬り技を折り混ぜた、東衛独自の呼吸法。元々は、刀鍛冶を生業としていた西越が、腕の良い刀鍛冶を守るために、自衛を目的として取り入れたもの。産屋敷から正式に鬼狩りとなるよう申し入れがあった後、呼吸法を受け継ぐ分家として、東衛が生まれた。

壱ノ型 青天落とし
上段からの斬り技。跳躍状態でも使用可能。

弐ノ型 雷光 
高速の連撃技。複数の方向から攻撃を放つことが出来る。

参ノ型 雨打ち 
受け身の技。攻撃を避けると言うよりは流す。

肆ノ型 昇り龍 
低姿勢から繰り出す技。下段から上方に向けての攻撃。

伍ノ型 紫電
突き技。鬼の頸は落とせないため、牽制、迎撃向き。

陸ノ型 水天一碧
広範囲に放つ斬撃。青の呼吸で一番強力な技。
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