ある鬼狩りの葛藤   作:clearflag

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第08話 思惑

1

 早朝。まだ、完全に目覚めていない町は、人気がなく、何処か空気が澄んでいる。凍てつくような寒さに、西越周(にしごえしゅう)は身を強張らせ、足早に歩を進めていた。

 目的は、朝地光明(あさじこうめい)への事情聴衆だ。去ること、二週間ほど前。十人の隊士が、鬼を斬るべく、ある村を訪れた。そこに現れたのが、折れた刀の剣士──鬼殺隊の隊服を身に纏い、折れた日輪刀を携える鬼。

 本当ならば、朝地の怪我の具合を見て、適当に呼び出して話を聞こうなどと、周は考えていたが、そうは行かなくなった。玲士(れいし)が鬼殺隊を辞めたのだ。産屋敷耀哉から連絡を受け、直ぐに刀鍛冶の里を飛び出した。

 

「邪魔すっぞ」

 

 周は、乱暴に蝶屋敷の玄関の戸を開けた。戸は開けたままで、履き物を雑に脱ぐと、ズカズカと上がり込む。手当たり次第に、部屋の戸を開けて行き、目的の人物を探す。

 そして、何部屋か目の戸を開けた時だった。

 

「──見つけた」

 

 ベッドの上に横たわる朝地。眠っていた。周は、側に寄ると、勢い良く枕を引き抜いた。当然、持ち上げられていた頭は、重力に従い、下に打ち付ける形となる。しかし、仮にも朝地は、怪我人である。頭と腕には包帯が巻かれていたが、周には関係のない話だった。

 

「起きろ」

 

 顔を歪めて、薄目を開く朝地。

 

「西越、さん?」

「おう。個室で、直ぐに見つけられなかったぜ。まあ、話しをするには都合が良いがな」

 

 蝶屋敷の個室は、女性や怪我の重い者、要注意の隊士などが優先的に割り当てられる。

 

「折れた刀の剣士ですか?」

 

 朝地は、後頭部を擦りながら上半身を起こし、目的を尋ねた。普通であれば、怒るところであるが、そんなことが出来る立場ではなかった。

 

「それもそうだが、問題は玲士だ」

「・・・・・・辞める、そうですね」

「知ってたのかよ。てか、もう辞めたよ」

 

 周の眉間にシワが寄って行く。

 

「この前、蝶屋敷に来た時に聞きまして」

「そうかい」

 

 頭をかき、周は大袈裟に溜め息を付いた。朝地は、そう言う男だったと思い出す。何故、玲士を止めなかったのかと尋ねれば、返ってくる答えは決まっている。──『彼の意思を遮る権利はありません』だろう。

 玲士の面倒を見てくれないか(・・・・・・・・・・)と頼んだ時もそうだった。大人しく人の下に付く奴じゃないから、近付いてそれとなく刀を教えて欲しいと伝えたら、そう返されたのだ。

 元々は、炎柱・煉獄杏寿郎の継子になるだろうと高を括っていたわけだが、見事に裏切られてしまい、周が手を回すこととなった。

 

「まず一つ、アイツが除隊したことは今後伏せてくれ」

「分かりました。・・・・・・連れ戻すんですか?」

「それしかないだろう」

 

 側の椅子を手繰り寄せ、周は足を組み座る。

 

「じゃあ、次。──折れた刀の剣士は、強かったのか? 柱の打診を断った男が、ここまでの大怪我を負ったんだ。それ相応の説明がなきゃ、俺は納得しないからな」

 

 周は、疑っていた。柱に最も近い男、朝地光明。正確には、柱の打診を断った隠れた実力者なのだ。そして、折れた刀の剣士の捜索に従事する隊士の一人。

 本来なら、身内の不始末は身内で処理をしなければならない。無論、東衛と西越は総力を上げて、父親殺しの誠也の行方を追ったが、情報は掴めなかった。しぶしぶ、次の手段として打ったのが、金を目的とする隊士を、金を使って、捜索と鬼殺を依頼すると言うものだった。

 

「十二鬼月ではありませんが、そこらの鬼よりは間違いなく強いです。ただ、問題は一緒に居た鬼です」

 

 通常、鬼が群れることはない。

 

「群れていたのか?」

「いえ。協力関係と言うよりは、上下関係。折れた刀の剣士は、上弦の弐に仕えている、俺にはそう見えました」

 

 周は耳を疑った。

 

「上弦の弐だと」

「はい。氷の術を使う男の鬼でした」

「何だよ、それ・・・・・・。産屋敷に報告は?」

「意識が戻った三日前に、鴉を通じて」

 

 鬼舞辻無惨の直属の配下である、十二鬼月は、上弦と下弦の二つに分けられる。上弦の鬼は幾人の柱を喰い殺しており、上弦の鬼の頸を斬ることは、鬼舞辻無惨に次ぐ鬼殺隊の悲願でもあった。何故なら、過去百年、上弦の頸を取った実績がない。

 

「お前以外に、上弦の弐と対峙したのは?」

「玲士です。二人で、折れた刀の剣士を追った先に。他の隊士は、怪我で動けませんでしたので」

「その話、産屋敷以外にしたか?」

「いえ。話が錯綜するといけないので、上弦の弐については、誰にも。明日の子細報告で話すつもりです」

 

 周は、口角を上げた。

 

「なら、都合が良い。上弦の弐と戦ったのは、お前一人ってことにしてくれ。産屋敷には、言っておく」

 

 表向き、玲士が除隊していない体で進めるとなると、上弦と戦ったとなれば、子細報告に招集されるのは目に見えていた。そうなれば、居ない人間を探して連れてくる必要が出てしまう。

 

「西越さん」

 

 朝地は、椅子から立ち上がり、帰ろうとする周を止めた。

 

「あ?」

「もし、玲士が恐れをなして逃げたとお思いなら、間違いだと思いますよ。貴方が思っているよりも、彼は強い人間です」

 

 呆気に取られた周だったが、キツく口を閉じると、「頼んだぞ」とだけ言い残した。

 

 

2

 周が蝶屋敷を後にし、幾分が経った。廊下では、パタパタと世話しなく複数の足音が聞こえる。今日も一日が始まったか、そんなことを思いつつ、朝地は窓の外の青空を見つめていた。

 部屋の戸が叩かれた。

 

「入りますよ」

 

 お盆に食事を乗せた、胡蝶しのぶだった。

 

「ありがとう。帰ってたんだな」

 

 しのぶは、一週間ほど、任務で屋敷を空けていた。

 

「ええ。あまり長くは離れたくないんですけどね。調子は、如何ですか?」

「うん。問題ないよ」

 

 そう答えると、朝地は、品定めをするように、しのぶを頭から足元までを、じっくりと見つめる。柱は、一般隊士より遥かに多い業務量を担っており、満足に休みを取れていないことを朝地は知っていた。しかし、常に隊服姿のしのぶが、今日は着物を着ていたのだ。

 

「何ですか、ジロジロと」

「──男か?」

 

 瞬間、ピキッと空気に亀裂が入った気がした。

 

「もしかして、私が殿方と逢引のために着物を着ていると?」

「違うのか?」

 

 しのぶは、微笑みながら青筋を立て、側の机の上に、お盆を置くと、朝地の腹部に鉄拳を放った。

 

「ちょ・・・・・・俺、怪我人・・・・・・」

 

 腹部を抑えた。

 

「朝地さんが失礼なことを言うからですよ? 身なりを着飾るのは、自分のためですから。たまの非番くらい好きにして良いでしょう」

「なら先に、そう言ってくれよ・・・・・・。何なら、しのぶに気があるって奴、知ってるし。紹介するぞ」

「結構です」

 

 ばっさりと切り捨てられた。しのぶの顔が真剣なものに変わる。

 

「少し、仕事の話しを良いでしょうか?」

「どうぞ」

「先の折れた刀の剣士の件なんですが、聞いた話によると、前情報通り、折れた日輪刀を持ち、鬼殺隊の隊服を着ていたと。──本当に、それだけなんでしょうか?」

 

 真剣な眼差しが朝地を射抜く。

 他の隊士は、刀による切り傷であったが、朝地は凍傷に近い、裂傷だった。亡き姉、カナエの怪我に酷似していたことを、しのぶは見逃さなかった。

 

「この前、お館様に報告したけど、もう一人、鬼が居たよ。上弦の弐、男の鬼だった。武器は、二本の扇、ヘラヘラ笑う奴だった」

「それ、本当ですか!?」

 

 しのぶは、珍しく声を荒げた。

 カナエが死ぬ間際に、しのぶのが姉から聞き出した仇の特徴。頭から血を被ったような鬼で、鋭い対の扇を持った、にこにこと屈託なく笑う。──間違いなく姉を殺した鬼だ。

 

「あ、ああ、そうだよ」

「他に何か覚えていることはありますか!?」

「氷の術を使うってことくらいかな──って、しのぶ?」

 

 朝地の呼び掛けを無視し、しのぶは部屋を飛び出した。

 

 

3

 東京府、上野。

 玲士は朝から、図書館に籠もっていた。大正の世における情報を得る手段は、主に新聞。次に、街頭に掲示されている広告や書物、知り合いからの言伝などである。

 目下の課題は、《万世極楽教》が何たるかを調べること。上弦の弐・童磨──自らを教祖と名乗る鬼。他に手掛りがない以上、分かることから繋がる情報を見つけ出さなくてはならない。

 分厚い本を閉じると、玲士は溜め息を一つ。期待はしていなかったが、思うような結果は得られなかった。

 

(何か文献があればと思ったが)

 

 前回、鬼殺隊が上弦の鬼の頸を取ったのは、江戸時代、文化の頃。今から百年は前の話だ。単純に考えると、童磨と言う鬼は、百年以上は生きていることになる。それだけ長い間、ふざけた教えを説いているとしたら、人間社会に何かしらの爪痕が残っていると仮定したのだが無駄足となってしまった。

 こうなってしまっては、地道に聞き込みをするしかないのだろうか。少なくとも都心部を根城にしている可能性は低い。地方に足を向けるとなると、気が遠くなる。

 

「・・・・・・ん」

 

 伸びをし、席から立ち上がった。本を片手に、竹刀袋を肩に掛ける。玲士は、白のワイシャツに、黒のパンツ、灰色のチョッキと言う格好だった。洋装は、都心部の中流階級以上の層や会社務めの労働者の間で、広がりを見せていた。 

 大通りに出ると、行き交う人の姿を横目に、これからどうするかを思案する。

 すると、女性の声だった。──「泥棒っー!!」と悲鳴が上がった。反射的に、悲鳴のあった方角へ顔を向けると、道路を挟んだ道の反対側、女物のカバンを抱えながら、周囲の人間を突き飛ばしながら逃げる男が視界に入った。間違いない、ひったくりである。

 玲士の体は考えるよりも先に動いた。男を目で追いながら、先周りを図る。人混みで、周囲の人間にぶつかりながら走る男の逃げ道を防ぐのは容易だった。目の前に立ちはだかると、玲士は、ひったくりの脛を目掛けて、蹴りを放つ。男は、派手に地面に転び倒れると、盗んだ鞄は側に飛んだ。

 

「嫌だ!! 俺は、俺は死にたくない!!」

 

 立ち上がろうとした男を、玲士は羽交い締めにする。

 

「大人しくして下さい。窃盗で死刑にはなりませんから」 

 

 諦め悪く暴れ続ける。

 

「俺は殺されるんだ、アイツに喰われるんだ!!」

 

(この人は多分、嘘は付いていない)

 

 直感的に、玲士は思う。男が普通の状態でないことは、明らかだった。顔は蒼白になり、何度も頭を振るい恐怖を叫ぶ。

 変な薬に手を出したことによる幻覚の影響か、何処かのゴロツキといざこざがあるのか。頬の真新しい傷跡が、何かしらの問題を抱えているのではないだろうかと、余計に思わせた。

 

「──ぐっ」

 

 突然、玲士の横腹に鋭い痛み走った。

 

「んお、すまん、すまん。気ぃつかへんかったわ」

 

 顔を上げると、新聞を広げた中年の男。通行人に蹴られたようだ。力の抜けた玲士から、その隙きをついて、ひったくりの男は、這いつくばるようにして、逃げ去る。

 

「おい、待て!!」

 

 追おうとするも、肩を掴まれた。

 

「兄ちゃん」

 

 またしても新聞の男だ。玲士は、男を睨み付ける。

 

「鞄は無事や。ひったくりは、警察が捕まえるやろう」

 

 少し泥の付いた鞄を押し付けられた。

 

「気ぃつけや」

 

 去り際に、玲士の肩をポンポンと二回叩いた。

 

「・・・・・・」

「あの、ありがとうございます!!」

 

 息を上げ、駆けて来たのは持ち主の女性だった。

 

「いえ、中身を確認された方が」

 

 鞄を返すと、中を開く。抜かれたものは特になかったようだ。

 

「本当に、ありがとうございました。何とお礼を申して良いか」

「たまたま、居合わせただけですから」

 

 女性は、おもむろに鞄から、小さな箱を取り出した。

 

「こちらを差し上げます」

 

 金の指輪だった。平打ちのシンプルなデザインだ。

 

「い、いや、そんな高価なものは」

「元々、これから売りに出すものだったんです。主人も恩人に差し上げたと申せば、きっと喜びます。もし、盗人にあのまま持って行かれてしまっていたら、今、手元にはありませんし」

「しかし・・・・・・」

「安物なので、遠慮は御無用ですよ。金は、最近、下火なんです」

 

 女性は、上品に微笑むと、玲士の手に小さな箱を授ける。最後に深々と頭を下げると、人混みへと帰って行った。知らぬ間に、周囲の人だかりはなくなり、何事もなかったかのように、元の日常を取り戻していた。道端に佇むのは、玲士一人。

 

「喰われる、か」

 

 手の平の上で回す、小さな箱を見つめながら、職業病と言えば良いのだろうか──ひったくり男の『喰われるんだ』の言葉が頭を離れなかった。




東衛玲士
鬼となった兄の捜索に専念するため、鬼殺隊を除隊。現在は、野良の鬼狩り状態にある。除隊の旨は、輝哉と朝地のみに伝え、東衛と西越に知らせは送っていない。基本的には、冷静で、立ち振る舞いは落ち着いているが、行動派。

西越周
表の顔は刀鍛冶、裏の顔は折れた刀の剣士捜索隊の責任者。人員は、周の人選によるもので、五人程度で構成されているらしいが、必ずしも剣士から選抜しているわけでない。粗暴だが、頭が切れるため、舐めていると痛い目に合う。

朝地光明
過去に柱の打診を断った最強の一般隊士。現在は、蝶屋敷で療養中。来る者は拒まず、去る者は追わずの姿勢で、除隊する玲士を鼓舞する形で見送った。温厚に見えるが、主導権を握るタイプで、気の知れた相手によく冗談を言う。
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